『血濡れの剣』の死神
「先生。その人はね、あの邪神リアムを斃してくれた救世主様だよ」
と、俺が目を覚ましたときに視界に映った少女が、再びこの場へとやって来ては話へと割り込んできた。
医師は少女の話を嘘だろうと疑っていたが、少女は「なら」とこう提案する。
「さすがに狂獄を越えて確認するのは難しいから、避難信号を『血濡れの剣』に送るのはどう? そこで兵隊さん達に捜査してもらうの。そうすれば全部分かるよ」
そんな少女の一言で、確かに悠長なことは言っていられないと判断した集落の長が『血濡れの剣』へと避難信号を送ったと言う。
そして、避難信号を送って3日後。
狂獄まで『血濡れの剣』の兵士が派遣され、元『ラジアータ』跡地を調査。
調査は3週間と長引いたが、そこでリアムの呪力の消失と同時に『ゴースト』がここ一帯にいないことが確認された。
こうして、リアムが斃されたと言う事実は大陸中へと伝わっていく。
無論、今起きている現実と短期間の調査で納得のいかない『聖火隊』は再度『ラジアータ』へ調査員を派遣した。
一方で『血濡れの剣』本部で大気中にあるリアムの呪力の有無を鑑識するなど、それはもう大事が起こりに起こった。
俺はこんな大事になる前に、あの少女へ何故あのとき医師へ助言したのか気になって声を掛けたことがある。
その際、少女はこう返してきた。
「え? だって、私はリアムお父様とマナお母様の子供よ? お2人が人間に戻ったら、人間に戻るのは道理じゃない」
「って、ことはつまり君は……」
俺はある可能性が脳裏を過るが、嘘であって欲しいと恐怖で少女を疑った。
なにせ脳裏を過った仮説が正しければ、この少女は。
「そう、『ゴースト』よ。知らなかった? 『ゴースト』がお父様達の子供であること」
「いやいやいやいや! そこじゃなくて、なんで『ゴースト』が人になってんだよ!? あいつらはなにも言ってなかったぞ!?」
「でしょうね、お父様とお母様は少々抜けているもの。なにより、私達は1度リアムお父様に取り込まれたけど、あの2人から産まれたと言う事実は消えない。だから、お父様の呪力が一切なくなってもこの世界に存在し続ける」
当の本人達は俺に大事なことを告げずに、そのまま眠ってしまったため真偽は確かめようがない。
一体どうやってこの子の言葉を信じるか混乱していた中、俺はあることを思いついた。
「そうだ! あの記憶搾取が出来る訳の分からないチャラい『ゴースト』の名前は!?」
俺はこのとき、目の前にいる『ゴースト』へと質問を投げかける。
本当に『ゴースト』達がリアムとマナの子供ならば、兄弟である『ゴースト』のことも知っているだろうと言う安易な考えであった。
そんな俺の一世一大の質問に対して、少女は平然とこう答える。
「『ナインス』お兄様。麹塵色の目玉を持った『ゴースト』の上位個体よね?」
そう易々と返されてしまうと同時に、俺は突き付けられた現実に絶叫を上げた。
俺を驚かせてきた『ゴースト』の少女は、この日一晩俺にくっついては上機嫌に笑みを浮かべていた。
確かにこの悪趣味さは、『セカンド』にそっくりだと俺は真っ青な顔をして、一晩じっくり現実を教えこまれたのだ。
ただ、このことをこのまま隠し通す訳にもいかないだろうと翌日少女を説得したところで、少女は「あのねぇ」と俺に呆れたように言葉を向けた。
「私達が『ゴースト』だと言って誰が信じるの? それにその事実が今明るみになれば、大勢の兄弟達が路頭に迷うわ。真実を知った人間が『ゴースト』と共存出来ると思ってる?」
そう諭されると、俺はなにも言い返せなくなった。
この事実についてはしばらく俺と『ゴースト』達の間での秘密にしておこう……なんて約束するも現実は甘くない。
リアムの死が確認された後、突如各地で孤児達が増えたことに違和感を抱いた『聖火隊』の人間は、各地に散らばった孤児達を一斉に回収。
無論、あの少女も『聖火隊』本部へと預かられてしまったのだが、こんな事態などまだ序の口である。
そして聖戦を終え、この集落に『血濡れの剣』の兵士が訪ねてきた1ヶ月後に再度『血濡れの剣』の兵士がこの集落を訪れる。
「アタシはルシェラ・リアテル。『血濡れの剣』の17部隊隊長なんだが……お前、ラインバレル・ルテーシアとか言ったか?」
黒いレンズ越しに俺を睨む彼女から、俺は『アミシャ』に建てられた簡易取り調べ室で尋問を受けることになった。
本来ならこの第17部隊がこのような情報収集や確認作業に向けられることはないと、ルシェラさんは取り調べ中にて語った。
そして本来鉄火場に送られる彼女が俺を尋問した理由は、当然あの日俺が何故狂獄の先にいたのかについてだ。
「確かアンタは聖都・セイビアの住人だろ? 一応人相の特徴も人伝に聞いたら、今のアンタのツラとは大分違うって言うじゃないか。……アンタ、本当にラインバレル・ルテーシアって奴なのかい?」
「……はい。信じてもらえないでしょうが、これには色々訳がありまして」
「なら吐け、全部だ。ちなみに嘘吐いても無駄だからな? 一応、嘘探知機用の兵士も用意してるからよ」
そうして、俺は嘘探知機の役割を持つ兵士とルシェラさんの前で全てを語ることになる。
一瞬、嘘を吐いた方がいいのではないかと思ったが、嘘を吐けばそれこそ嘘だとバレた瞬間に俺の首が飛ぶ。
だが、はたしてリアムを打倒した上にヘレ・ソフィアと邂逅したことなど信じてもらえるかと不安になりつつ、俺は全てを語るのに半日を要した。
そして俺の話を全て聞き終わったルシェラさんと同席していた兵士は、目を見開く。
同席していた兵士は俺を化け物でも見るかのような視線を向けていたが、ルシェラさんは違う。
彼女は薄い金色の目を細めては、唇を舌で舐めずった後に「ほう」と感嘆した。
「なぁるほど……。兄貴が回してくれた情報に少なくとも嘘はないらしいね。そうだ、ここで取引をしよう」
そう言って、ルシェラさんが指を鳴らした後に同席していた兵士の身体は内側から水風船のように弾け飛ぶ。
取調室全体が血の赤で染まるのを見て俺は唖然とするが、ルシェラさんは愉快そうに目を細めたままである。
「ここでアタシが素直にこれらを本当だと上に報告したら、アンタはどうなると思う?」
「えっと……。と言うより、なんで……?」
何故、仲間であり重要な証拠を記した唯一の存在を殺したのだと困惑に陥った刹那、死神は嗤笑して俺の未来を予測する。
「間違いなくアンタは殺される。なんでかって? アタシらにとっての大星を殺したからだよ。『血濡れの剣』はいつだって神の使徒でならなければいけないのに、実はアンタが真の神の使徒で、邪神を討ってしまった……その役目がなくなったら、アタシらはどうやって食っていけばいい?」
瞬間、ルシェラさんが俺に顔を近づけて、俺は反射的に息を呑む。
今の俺は神の御業どころか呪力すらないただの凡人。はたしてリアムの身体で神の御業を行使出来るかどうかも分からないのだ。
そんな中で、この死神に目をつけられて生き残れるはずがない。そして、それを当然ルシェラさんは分かっている。
「そこで、だ。アンタの身柄を解放してやるから、1つだけ条件を呑め」
「条件、って……?」
邪神を斃し、神をも説得させた男が浮かべるとは思えない恐怖に情けなさを覚えつつ、ルシェラさんはこう切り出す。
「アタシと一戦殺ろうじゃないか。そしてアタシに勝ってみせな、そうしたらお前に良いように動いてやるよ」
ルシェラさん曰く、この第17部隊は以前カゲフミが言っていた『血濡れの剣』上位の実働部隊だそうだ。
ましてや、今俺の眼前にいるルシェラ・リアテルと言う女傑は『血濡れの剣』の死神と渾名される存在だと言う。
詳細こそ知らないが、確かに取り調べ室で同席していた一般兵はルシェラさんを恐れていたようだった。
はたしてそんな人物に今の俺が敵うのか不安に思うも、俺が生き残れる道など1つしかない。
「分かりました。その取引に応じます」
「よろしい」
そして、妖艶な声が俺の耳元を撫でた結果、一瞬にしてこの施設が地図上から消失した。
はい、今回は驚愕ばかりの回でした。
『ゴースト』の仕組みについては活動報告で解説しましたが、この論に則るならば『ナインス』や『セカンド』も生きてたら人型になってたんじゃ……なります。
ただでさえ情報量が多いのに、なんか死神がやってきましたね。
言っておきますが、今のラインバレル君はほぼ戦えません。だってもう神の御業も使えるか怪しいんですから。あの滅殺で使いきりましたし。
一体、彼の平穏はいつになったらやってくるのやら……。
⚔79話の内容解説はこちらになります↓(※多々ネタバレが含まれるので、本編一読後に閲覧するのを推奨します※)
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