神の特性と呪縛
奴が俺に生きる意味はなんなのかと問いかけてくるのは、なんとなくだが読めていた。
読めたと言うよりも確信に近く、その質問が来ることはリアムもまた予測出来たらしい。
「なにせあいつからすれば、人間なんて肉袋みたいなもんだ。存在意義など求めていないし、ただそこに置くだけ。それどころか意思さえも、どうとでもなると舐め腐ってるのはよく分かるだろ?」
「まぁ、そうだな……。お前が言えた話じゃないがそれでも奴は――……」
俺は内側にいるリアムに嫌味を返してしまうが、お前の言うことは確かだと首肯する。
ヘレ・ソフィアは俺達人間に進化など求めておらず、そもそも進化自体奴が予め仕込んだものばかりだ。
だからこそ、俺のように奴の意志に背く人間の気持ちなど読めやしないのだろう。
はたして、奴はどんな意図があって俺に生きる意味を問うのかは不明だが、今こんなことを考えても闘いの足を引っ張りかねないゆえに、首を横に振って本題に意識を集中させた。
俺自身、生きる意味など問われたところで、俺には答えが分からない。いや、質問の意味が分からなかった。
生きている人の中には、毎日死にたいと思う人間もいるだろうが、逆に生きたいと願っている人間もいるのだ。
そこに理由がある者もいれば、理由もなくただなんとなくと生存本能に従って生きている者も多い。だから理由などどうでもいい、それが答えだ。
「……だが、その生存本能こそ奴が人間に埋め込んだ生きる理由だ。だとしたらお前もまたそこらの有象無象だと蔑まれるだろうな」
「だからなんだよ。今更あんな外道に好かれたいと思っちゃいないし、そもそもそれはきっかけに過ぎないだろ?」
そう、あくまでこの生存本能とは生きていくためのきっかけの1つに過ぎない。
生存本能の他に俺が生きたい理由を挙げてみるなら、父さんや母さん、姉さんやカゲフミ、カナタやミシャのぶんまで長生きして世界を見てみたいからと言う理由が大半を占めている。
この願いと直面すれば、自然と生きたい理由はふつふつと湧いて出た。
そう言えば、『ラジアータ』はかの神国・『ファフニル』の一帯だったなとリアムの記憶が想起すれば、かつてのように賑わう『ファフニル』と言う国を一目見たいとも思う。
そして元霊碑街であるこの場所には、マナの墓もある。
なら、後で花を添えてやりたいとか、リアムやソフィア、マナが育った村の跡地を見たい等々……俺にはしたいことがまだあるのだ。
だが、そんなしたいことをしているうちに、恐らくまた俺の駄目な部分が出るだろう。
守りたい誰かが出来たら、今度は死なせないとか幸せにするとか―—そうして道はどんどん逸れたり、分岐が変わっていく。
結局、守りたいものだけが増えて、本来守るべき自分は擦り潰される。だが大事な人達をそれで守れれば構わないと思ってしまえる自分がいる。
なによりそんな他者のために自ら犠牲を強いる性分だからこそ、今こうしてリアム達は力を貸してくれた訳で。
俺はあのとき光源に焼かれて肉体ごと蒸発して、魂もない上に体も借りている状態だが、今もまだなんとか生きている。
本当に俺とリアム共々、泥の中で足掻くことしか出来ないと恥じるが、今はそれでもいい。
ヘレ・ソフィアを殴るまでは相対すると決めた以上、余計に引くと言う選択肢などない。
とまぁ、俺が生きているのはこういうことだと俺はヘレ・ソフィアへ視線で語る。すると彼は溜息だけを返してくる。
「本当に分かりませんね、人間は。どうして弱いくせに抗うのか……」
「……」
相も変わらず、神は言う。
あなた方は無力であり、弱者であるから神に管理されていなさいと。
確かにそんな慈悲に救われる者はいるし、現にこいつの慈悲で生き残った人間は多い。だが、まだこいつは気づかない。だから俺はいい加減にしろと嚇怒を煮え滾らせながらもこう返す。
「確かに、あなたから見たら人間なんて弱く見えるんでしょうね。天に召し上げられる前のあなたがそうだったように」
「は? 私はヘレ・ソフィアであり、かのソフィア・アールミテと言う青年ではありませんよ?」
「ええ、それは既に聞いています。ですが、どうも違和感が拭えないんですよね」
「違和感?」
俺はマナからソフィア・アールミテとこいつが別人だと言われても、やはりどこか引っ掛かるものがあった。
それは見た目とか口調などではなく、どこかこいつの芯にかの青年の姿がある気がしたから。
なにせこのヘレ・ソフィアと言う存在自体、後付け臭くて仕方ない。
ソフィアが人間ではなかったら、そうなった? なんだその屁理屈は。
1人だけありもしない希望を抱いて死んだ以上、ソフィア・アールミテもまた只人に他ならない。
いくら今は神だからとて、やけに傲慢なのも変なところで生真面目なのも、恐らく前の自分が関係しているように見えるのだ。
「容姿とかじゃなくて、なんて言うか……その奉仕精神とか傲慢なところとか、後はリアムにやたら固執するところとか。違和感ばかりでなにがなにやら……。とまぁ、それはともかく」
一旦、この違和感についてはどうでもいい。
なんにせよ、こいつが人間を自身の玩具と見ている以上、そこだけは矯正しなければならないだろう。
でなくば、こいつは罪を延々と繰り返す。
リアムが封じられてこの世から消えるのが確定した以上、しばらく呪力関係での不幸は起きないかもしれないが、なにせ救世主と言う便利な駒を失ったのだ。きっとすぐにでもこいつは第二の救世主を創ることだろう。
しかし、その上でまた人の尊厳が踏みにじられるのだけはどうしても見過ごせないし気に入らない。
幸い、この偏屈な男もリアムと同じく対話が成立するタイプだ。
さらに、あの玉座から離れさせたことが功を奏したかと思うが、現実はそれ程甘くはない。
「……その先を口にしてご覧なさい。先程より痛い目をみますよ?」
とこいつは、『血』と『連鎖』の『罰』を容赦なく再度顕現させた。
再びこの地は白く塗り替えられ、何百もの断罪刃がヘレ・ソフィアの周囲を囲んでいる。
しかも、紅い鎖は今俺を確実に射抜こうとした。
事実、紅い鎖は俺の足元へと刃のように突き刺さっており、足を切断しようとしたのが容易に見て取れる。
だが、このままでは俺に勝機はない。
と言うより、事態を好転させるには、こいつの悪癖を改善出来るようなきっかけを作り得なければならない。
この闘いにおける勝利の条件は、ヘレ・ソフィアを討つのではなく彼になにかを気づかせること。そしてそのなにかとは、彼の本当の願いだ。
神と言う高尚な存在に願いを気づかせた程度で改心するかも謎だが、それでもなにも知らないよりはマシだろう。
現に俺は自身の願いを受け入れることで救われた邪神の存在を知っているから、余計にその可能性に賭けたくなった。
そして、その勝利へ繋ぐチャンスはたった1回。
もはや路上に転がる小さな石ころの大きさしかないリアムの術式は、持って後1回程度だとリアムは俺に教授する。
無論、致命傷を負わせられるほどでもないからタイミングを見計らうことも重要だ。
だから恐れず、しかし慎重に俺は言葉を選ぶ。
「ええ、今のは不敬すぎました。ただ、あなたが施しを与えた事実は変わらないでしょう? あなたの言うように人間は弱いから、あなたは憐れんで人間へ様々なものを与えた。それがあなたの愛。神としてどうしようも抑えきれない衝動……違いますか?」
「くっ」
瞬間、ヘレ・ソフィアは前屈みになっては腹を押さえて笑い始める。
ああ、そうか。あなたの目にはそう見えるのですね。
しかし、それはあなた達の描いたただの偶像に過ぎない。
それを真実と受け取るのが、どうしても可笑しくて愛おしい。とても馬鹿らしい――と。
「ここまでくると人間の主観とは可笑しいものですねぇ! 衝動? いいえ、そんな理性のなきものではない。これは我々の悪癖なのですよ、簡単に言うなら生まれ持った特性とでも言いましょうか。例えば、愛を司る神は愛に縛られる。人を守護せよと猛る雄々しい神ならば、戦にて人に加護をもたらす……我々はその呪縛からは逃れられない」
「つまり、あなたが繁栄と言う権能を司る以上は、あなたは人類を栄えさせること以外は考えられないと?」
「そう言うことです。多くの側面を持つ神は数多に存在しますが、あくまで私は繁栄と言う特性に縛られている。ゆえに自身の手で管理をしなければ気が済まないのですよ」
とヘレ・ソフィアから神々の事情を聞いて、神様も難儀だなと思うが、ここで色々と腑に落ちた。
はい。最終決戦に入る前に、ヘレ・ソフィアの特性の説明が入りました。
めちゃくちゃ分かりやすく言うと、ヘレ・ソフィアが今までしてきたことは繁栄という特性に縛られていたからです。
だからといって彼のしたことが許されるはずもないのですが、この頭が固すぎる中間管理職をどうすべきかが問題ですね。次回へ続く。
⚔75話の本編解説(活動内容)はこちらになります↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一読後に閲覧を推奨します)
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