弱虫2人の物語
「おい、起きろ」
リアムとの激戦のときとは打って変わり、白に焼き尽くされた神の庭で俺はヘレ・ソフィアに敗れた。
いいや、敗れたなんて単純な言葉で片づけられない結果となった。
なにせ、俺は奴の“法”で肉体どころか魂まで焼き切れたのだ。
だからこそ今俺がいる場所は、きっと地獄かなにかだろうと暗澹な世界で俺はぼんやりと考えてしまう。
だが先程から気になるのは、「起きろ」と言う重い呼びかけと脇腹を蹴られる感覚。
もう肉体などないはずなのにと不思議に思うが、冥府へと下ればきっと感覚を諸々の感覚を取り戻すんだろうなと寝返りを打った瞬間に、俺は誰かに思い切り尻を蹴り上げられる。と同時に怒声が俺の耳を劈いた。
「馬鹿が! さっき俺にヘレ・ソフィアをどうにかすると言ったばかりだろ!? だと言うのにそのザマは一体なんだ!」
「——っ痛……って、リアム!?」
俺の焼き潰されたはずの視界に映ったのは、随分と見慣れたその姿。
黒く乱れた髪に、傷だらけの肌、そして生気のない灰色の瞳。
いや、生気のない瞳と言うのは撤回しよう。今は幾分と生気に満ちて――って、何故だ?
俺は死んで、リアムも同じく死んだはず。
なのに、冥府でこんなにもすぐ再会するなどあまりにも事が早すぎると、俺は飛び起きるように身を起こした。
「なんでお前がここにいるんだ!? ……って、そうか。俺もお前も死んでるんだから当たり前か」
「は?」
瞬間、リアムの声が鉛のように重くなる。
そして再度放たれた怒号で、俺は今置かれている状況を知ることになる。
「死にかけたお前を俺が間一髪で助けたんだろうが! 今お前がいるのは残った俺の肉体の中……つまり、俺の精神の中だ!」
「え? また?」
俺はうっかり感謝の言葉よりも先に、あんな気味の悪い場所に舞い戻ったのかと悪態を吐けば、リアムはとうとう怒りが絶頂に達したのか、俺を蹴ることさえ止める。
そして深い溜息を吐きながら、俺の隣へと腰を下ろす。
「……ったく、お前のことなんか信用するんじゃなかった。後、さっきの言葉は撤回させろ。やっぱお前は中途半端でどうしようもない奴だ」
「うっわ、妙に腹立つな。と言うか、お前……」
「なんだ?」
俺はうっかり喧嘩を買いかけたが、こんな場所で呑気に喧嘩をしている場合ではないだろう。それにこうやって無駄口を叩いていられる状況でもないはず。
だと言うのに、俺はこいつに現れた変化に驚かずにはいられない。
「口調大分違うのな。邪神モードのときは大分重苦しいと言うか若干中二病入ってたけど」
「チューニビョウ?」
リアムは俺を睨みつつ、なんだそれはと視線で訴えるが、俺はこのカルチャーショックを曖昧なままにしておくことにする。
なにせ説明をすれば長くなるだろうし、リアムも俺とただ会話がしたいためにこうしている訳ではないはず。なにせ、リアム本人はわざわざ窮地に陥った俺を助けたのだから。
「その……つまり、なんか素に戻ったって安心しただけだよ。それについては、また機会があるときにでも話そう」
はたしてそんな日が来るかは不明だが、それよりも俺らにはすべきことがあるだろうと俺もようやく現実に帰還した。そしていくつか浮かんだ疑問をリアムへと投げかける。
「だが、お前の肉体はヘレ・ソフィアが降りてくる際に焼かれたんじゃないか?」
「まぁな。だから今は火傷で大分痛むが、逆を言えばその程度だ。まだそこらに転がっているが、ヘレ・ソフィア自体、そこら辺はどうでもいいんだろう」
「それはお前が死んでいるからか?」
「いや、まだ死んではいない。確かにお前に止めこそ刺されたが、呪力で強化され続けたこの身体を砕きたいなら、あの光で焼くんじゃなく、鎖の方で貫いた方がいい。だからと言って、息を吹き返すはずもないはずなんだが……」
「……もしかして、未練1つで息を吹き返したとか言わないよな?」
「多分そうだ。だが、それも俺の肉体の欠片があるからだろうな。なにせそれにはまだ俺の呪力が残っている」
未練1つで息を吹き返したと聞き、いい加減こいつはいつまで死ねないんだとリアムを不憫に思いかけるも、俺はそのまま憐憫の一言を飲み下す。
その未練や呪力の塊がなければ、今こうしてリアムは俺に手を貸すことなど出来やしなかっただろう。
そもそも、こいつが手を貸すこと自体意外なのだが、それについてもまた後に回そうと一区切り打つ。
すると、リアムもようやくこの一言が言えると本題へと切り込んできた。
「まぁ、俺がどうして生きているのかは未練とその欠片に埋め込んだ呪力のせいだと片付けるぞ。そして俺はさっきお前がどこにいると言った?」
「確か、ここはお前の精神の中だろ? と言うかどうやって俺を引き摺りこんできた?」
「疑問を疑問で返すな。……そうか、それも納得がいかないか」
「いかないね。説明頼むよ」
はぁ、とリアムは一息吐くとまずは俺の疑問に答え始めた。
「お前をここまで引きずりこんだのも、俺の干渉能力の余波だろうな。元々、その術式は俺の呪力ありきのもの……それに俺らは結構長い間、意識が繋がってただろ? だから呪力がなくとも、こっち側に引っ張ることはそこまで難しくはなかった」
俺を救ったのは、リアムの術式の他にもあの数ヶ月間の旅があってのことかと知ると、俺は大分仲間達との旅で得たものばかりだったと気づく。
失ったものなどほんのわずかでしかなかったと安堵し、その僅かなものを守れなかったことの不甲斐なさに涙が出そうになった。
しかし、泣いている暇などないし、こいつの前で涙を見せるのはあのとき1回だけでいいと俺は涙を拭う。
そんな俺の様子を見て、リアムもどこか安堵したような表情を見せた。
「まとめてしまえば、お前は今俺の肉体に匿われているようなものだ。そして幸いなことに、あの馬鹿はお前がこうなってることに気づいちゃいない。つまり今は好機だ」
「けどどうする? 俺には肉体がないどころか、魂すらない。つまり来世に期待なんてことも言ってられないんだぞ?」
そう、詰まるところそれに尽きる。
奇跡的に俺の意識を拾い上げたとは言え、俺にはもう肉体も魂もない。ただこうして拾い上げられた僅かな意識しかないのだと返せば、リアムは「だが」と切り返す。
「今は俺の肉体があるだろう? 一応ある程度は動くし、持つはず。そもそも俺が人間の頃にあったモンなんて、マナからもらった干渉能力と耐久性ぐらいのもんだ」
「それって……」
要は、この身体を使えとリアムは言いたいのだろう。
そして案の定俺の予測は正しかったのか、リアムは静かに首肯する。
「いいから使え。俺の意識だっていつまでも持つ訳じゃないし、俺の肉体に刻んだ術式もこれ以上削れたらただの石ころ同然になる」
「——ッ、けど、そんなのお前に……」
申し訳ない、合わせる顔がないと言いかけて、俺は額を小突かれる。
「どうでもいいだろ、そんなの。どうせ俺らの得意分野なんて泥の中を這うことぐらいだ。俺の尊厳を守るとか、もうそんなのはいい。俺は既に救われたんだ。なら、今度は俺の番だ」
と、リアムは今までくれた助言など些事であり、気紛れの産物だったと吐き捨てる。
「お前がくれた友愛はな、温かかったよ。もっとこんなのが早く欲しかったし、そうすれば人生も少しはマシになったんだろうなと恨みもしたが、それもどうでもいい」
なんにせよ自分は生前に得られないものを得て、学習出来なかったことも今、俺を通して学べた。
たった1人の少女に依存し、他者を傷つけるだけの畜生はもう不要なのだとリアムは断言する。
「お前とは殺し合いもしたし、気に入らない部分もまだある。だが、それでも俺にとって、唯一の……」
そう言葉を継ぎかけて、リアムは俯いて言葉を詰まらせる。
ギリ、と奥歯を噛んでいるその様は、またなにか悔やんでいるのかと思うも、そうではなかった。なにせ表情だけは穏やかで矛盾したものだったから。
リアムは俺の額から手を放し、そのまま俺の胸元に拳を当てる。
そして、今まで1度たりとも見せなかった笑みを向けて俺へこう告げた。
「対等でいれた存在なんだ。それになにより、俺は先駆者でもある。ここで格好つけなかったら、いつどこで格好つけるんだよ」
今はただ、俺と言う存在のために在れればそれでいいと晴れやかな笑みは語る。
鬱屈で暗い表情が浮かべた笑みは見慣れないが、こいつなりの精一杯の鼓舞なのだと俺は思う。
なにせ微かに震える拳は、恐怖を隠しきれていない。
本当なら、肉体のことなんか明かさずに眠りたかっただろう。
けれども、そうさせなかったのは何故か。
それは自身と対等でいてくれて、大事なものを気づかせてくれた俺への感謝だと、生まれて初めてこいつはマナ以外の人間に感謝を向けた。
そんな重く大事なものを無下に出来るほど俺は非情じゃない。むしろ嬉しさで泣き出したいぐらいだ。
あんなにも弱虫で、自分勝手だったリアムがここまで変わるきっかけを作ったのは無駄ではなかった。
悔しいし、なんでもっと早くなんて後悔があったとしても、今こうして辿り着けたことを悲しんでいる訳ではないのだ。
だから、その感謝だけのためにリアムも俺へと大事なものを託す。
そしてこうして俺に自身の肉体を託すと言うことは、今まで死なせた人達への償いでもある。
それを察した俺は胸に当てられたリアムの拳に、自身の拳を当てた。
「一応お前も『原初の災厄』から世界を守った英雄だもんな。……まぁ、その後に邪神になっちゃ元も子もないんだが」
「……こんなときでも、お前は俺への罵倒を忘れないのかよ」
リアムはどこか悲痛そうに眉を顰めるが、俺は悪いと微苦笑を返しては立ち上がる。
「でも、ありがとう。お前には本当に世話になりっぱなしだよ」
「だからもうそれは……」
「聞き飽きたって? 俺も言い飽きたよ。だから礼を言うのはこれで最後だ。今は――……」
いつの日か、『原初の災厄』はリアムに対して物語を准えよと言った。
あれは結局、リアムの転落劇として幕を閉じてしまったが、今ここにある物語は違う。
ここにあるのは、ただの凡人が救世主へとなる物語。
でも、当の主役である俺は主人公なんて大役を務められるほど立派でもないし、自身の非力さを思えその資格も素養もないだろう。
だから、今ここから先に描かれる物語はこうだ。
「弱虫2人で、あのクソったれな神様を殴ってやろう。俺らの手で人間の尊厳を取り戻すんだ」
「……なんだそれ」
リアムは冗談じゃないと、喉を鳴らして笑う。
そんな物語は配役がおかしいと笑うが、でもそれも悪くないと子供っぽい笑みを浮かべて。
「すごく、面白そうだ」
「だろ?」
半分は見栄で、半分は本音の一言。
俺達は再度手を合わせては、叩き合う。
正直、俺もこのままヘレ・ソフィアと戦ったところでなにも生まないと理解しているし、なにより怖かった。
まだ自分の肉体を失うならばいいと強がっても、本音は死にたくなどないんだ。
なのに、もう肉体も魂もないなんて、あまりにも非情な話だ。
それは神様に楯突いたからだと言われればそこまでだが、それでも俺はヘレ・ソフィアと言う存在に教えたいことがあった。
それを伝えずに死ぬのも惜しいなんて強欲な俺に、同じく臆病な友は俺の誘いに便乗してくれたのだ。
俺がヘレ・ソフィアをどうにかすると言っておきながら、こんな事態になったのはとても恥ずかしい。
ただ今は、2人の主人公が手を組んで悪党に挑むことだけを考えよう。
こうして俺達は突発的でありながら、融合を果たす。
見た目は無論のこと、妥当すべき敵の意識も、目的も。
恐怖も恥も贖いも。全部、重いものを2人で背負って前に進む。だが。
「……それはすごく楽しそうだが、それはあいつを殴ったらまでの話。全てが片付いた後も一緒にいようなんてのは御免だ。俺はいい加減眠るし、お前も新しい世界を生きろ」
あまりにも短い間だが、それもいいだろうと俺は笑みを返す。
「ああ、今度こそ約束を守るから」
いい加減信用を失ってもいい俺に対し、リアムはお前らしくあってくれと願う。
そうして俺達は、初めて並び立って共に1歩踏み出す。
いつしかカゲフミとしたことを、俺はもう1人の友人と同じことを焼き直す。
こうして俺達は神の庭を踏み荒らして、神本人の前へと姿を現した。
神の庭までの辿り着き方は相棒が知っていたから、迷うことなどなかった。そして再度ヘレ・ソフィアと顔を合わせた瞬間、俺達は声を合わせてこう胸の内で宣戦布告する。
「「勝つぞ」」
そうして今度こそ、これが最終決戦。
『原初の災厄』がこの様を見ていれば、きっと演目をこう語るだろう。屑当然の端役による泥臭い足掻き以下の産物だ――と。
あ、あのリアム君に初めて友達が出来ただと……ッ!?
この展開については、本編を書き終えた後に付け足しました。
最初はラインバレル君がリアム君の肉体を継いで1人で戦うという構図だったのですが、なんだか微妙でしたし、リアム君の肉体をどうして使えるのかも謎なままだったので。
なにより、こういった展開が個人的に好みなので。(最終決戦でライバル同士が手を組む構図です)
さぁ、ここから弱虫2人と悪党と言う名の神にアベンジしますよ。
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