最後の戦い
今回から16話になります、よろしくお願いします。
リアムが死んでから、この『ラジアータ』に起こる異変は異様なものだった。
この辺りを覆っていた瘴気は霧散し、昏い空は青くなりかけている。変わらないとすれば赤い大地ぐらい――だったのは数分前だ。
血が染みた大地は、白く発光して白銀へと染まる。
そしてこの辺りを包む空気は、どんどん重みを増していくのだ。
まるで、荘厳なる存在の降臨を祝福しているかのように。それは確かに間違ってなどいない。
リアムを斃した後、俺はヘレ・ソフィアを討つとヘレ・ソフィア本人と約束を交わしている。
そのため、彼がリアムが討たれたと知れた以上は再度この場に来るだろう。
恐らく、後数分も経たない内にこの場に降りてくるだろうかと空を見上げているときだった。
「ラインバレルさん」
聞き覚えのある声に驚き、俺は声のした方へ反射的に振り向く。するとそこには笑みを浮かべたマナが立っていた。
「マナ、さん……? どうしてここに? あなたはリアムの内側にしかいられないんじゃ……」
呆気に取られる俺に対し、マナさんはどこかきゅっと唇を噛み締めて真剣な表情を浮かべる。そして俺の質問に短く答えた。
「今まではリアムがこの肉体の主導権を握っていたから表に出られなかっただけ。そもそもこの身体は思念そのもので……ほら」
そ言って彼女は俺の手を掴むが、マナの手は俺の手に触れると淡雪のように溶ける。
確かに思い返せば、いくらリアムに肉体を喰われたと言えど、その内側にあった肉体は亡骸としてリアムが大事に手に抱いていた。
しかもその肉体を壊されたのであれば、この世に肉体を以て具現など不可能。
だが、それでもリアムと言う外郭を壊されたことで自由に動けると聞けば、俺は早くリアムの後を追ってやって欲しいと思う。
ただそれは彼女も同じようで、急くように俺へとこう切り出す。
「それより、ヘレ・ソフィアが来る前にあなたに1つだけ警告しておくわ」
「警告……?」
先程まで恋人の身を案じていた柔和な表情とは違い、マナはどこか恨めしそうに天を睨む。そしてマナが俺の手に自身の手のひらを翳すと、俺の手中になにかが握られる。
「これは、なんですか?」
俺の手に握られたのは、黒いなにかの結晶。
一体なんなのかと単刀直入に聞けば、マナも短く返す。
「これはリアムの肉体の一部で、ヘレ・ソフィアを討つ上で欠かせない術式よ。多分、あなたが普通に戦っても勝ち目はないもの」
「まぁ、確かに俺に勝機などありませんが、これでどうにかなると?」
「ええ」
そう頷くと、マナは俺の瞳を確かと見ては頭を深く下げる。
「後回しになってしまったけれど、リアムを救ってくれてありがとう。おかげで彼も眠れる……けど、もう1つだけお願いと言うか……」
「なんでしょう?」
「ヘレ・ソフィアのことなのだけれど、どうか気を抜かないで。彼は決してわたし達の知るソフィアではないわ」
マナ達の知るソフィア――それはかつて、リアム達の住んでいた村にいた伯爵家の長男であるソフィア・アールミテのことだと俺は察する。
今まで疑問ではあったが、ソフィア・アールミテという青年とヘレ・ソフィアは類似している点が多い。
違いがあるとすれば、雪のような銀髪は金色へと変化し、目の色も蒼色とは逆の紅へとすり替わっていることと名前ぐらいだ。
しかし同一視など出来ないと、マナは語る。何故なら。
「彼はソフィア・アールミテと言う存在がこの世に産まれなかった場合の……神の一部であった彼が完成した存在なの。思考も違うし、性格も違う。とにかくソフィア・アールミテとは別の人間よ」
何故ソフィア・アールミテと言う存在が、神の一部なのかは相変わらず不明だ。とは言え、先程脳裏に流し込まれた記憶にあるソフィアは確かに呪術の仕手としては異常であった。
カゲフミと同等の技量と呪力量は当然、未だ科学で判明されていない分子操作や分子結合を得意とするその性質。
のみならず、他の異能の顕現や使用も可能なのだ。
さらに加えて、絶対不回避の未来予知まで携えたとなるともはや人間ではない。
まるで神に愛され、同時に神に見放された憐れな存在こそソフィア・アールミテと言う青年。
そしてその神に見放された憐れな青年の肉体を、神と至らせるべく利用するなど酷く不愉快な話だ。
俺は喉奥からこみ上げる苦さと警告された認識ごと呑み込んで、気を引き締める。すると、マナの姿が砂糖菓子のように崩れていく。
「わたしに出来ることはこれぐらい。なにせ、彼がソフィアでない以上、わたしの声など聞いてもくれやしないから説得のしようもない。またあなた1人に押し付けるのは心苦しいけれど……」
そう憂いを帯びるマナに対し、俺は別にいいのだと首を横に振る。
「いえ、むしろ大事なことを伝えに来てくれてありがとうございます。さらには力になってもらって……後はリアムと温かいひと時を過ごして下さいね」
と微笑みを返せば、マナは目を見開いて自嘲交じりにこう言い残した。
「……本当、リアムが嫌うのもなんとなく分かるわ。けれど結局、あなたの温かさで人情を取り戻したのはとっても皮肉」
次瞬、マナの姿は消え、同時にこの地に光源が降臨する。
白い光が赤い荒野を覆い、世界全てを白に塗り替える。そして白き天から現れた白い衣装を纏う美丈夫こそ、“繁栄”を司る神の一柱。
「先程ぶりですね、ラインバレル・ルテーシア。まさか本当にリアムを討てるとは思ってはいませんでしたよ。寿命も大分削れたようですが、お加減はいかがです?」
「そんなこと、あなたなら分かるでしょうに」
同じ“法”を持つ――いや、本家本元である彼からすれば、今の俺の状態など見て取れるであろう。そして俺自身も今の自分の状態を把握している。
正直、俺の体はもう内臓がボロボロであり、体細胞も所々修復出来ない状態である。
やはり“法”で身体を強化して、リアムに食い下がった代償はあまりにも高すぎた。だがそれに悔いなど一切ない。
そんな俺の意図が伝わったのか、ヘレ・ソフィアは俺を憐れむように睥睨した。
「……ああ、本当に残念でなりません。あんなもののために命を捧げるなど。放って適当に腐らせておけばいいと言うのに」
「と言うことは、最初からあなたはリアムをサンプルとして扱う気はなかったと?」
建前上はリアムを呪力から人々を守るサンプルと称したが、こんな態度を見ていると、正直あの言葉も疑いたくなる。
ただ単に自分が討てないから、適当に害にならない範囲で捨てておけばいい。でなくば、条約なんてものも結ばないだろう。
要はヘレ・ソフィアの目標はどこまで行っても人類の繁栄のみ。そして願うは人類の幸せそれ以外にない。人間の愛し方が異常だと言うのは否めないが。
ヘレ・ソフィアはそんな俺の思考を読んだのか、口端をうっすらと吊り上げる。と同時に、紅く錆びた鎖がヘレ・ソフィアを囲うように浮かび上がる。
これこそ、ありとあらゆる命と運命を強制停止させる『血』と言う権能。さらに錆びた鎖の周囲を、白い何枚もの刃が連なる。
あの刃こそ『原初の災厄』の転生を次代へと許さない『罰』の1つである『連鎖』。
どちらも俺と似たような能力だが、あまりにも格が違うのは一目瞭然だ。
俺は1人の人間を機能停止させるのが限界なのに対し、向こうは因果や人間の成長に干渉して、魂ごと浄滅することが可能である。
目標を失わず確実に捕捉し、さらには干渉能力も絶大。挙句に強制的な機能停止を操るとなれば十分厄介な相手だ。
そしてソフィアとこの男が別人だとしても、その瞳からは傲慢さが滲み出ている。ゆえに、俺と言う謀反人にかける情などないのは丸わかりである。
だから俺は抵抗を諦め、リアムの血で濡れたナイフを捨てては両手を挙げた。すると、ヘレ・ソフィアの眉が微かに動く。
「……おや、あなたは私の下す『罰』を甘んじて受け入れると?」
「いいえ、そのつもりはありません。確かにマナはあなたとソフィアが違うと言いましたが――」
瞬間、俺は“法”で脚を強化して、コンマ1秒でヘレ・ソフィアとの距離を詰める。
「——ッ!?」
「フィジカルのなさは多分そっくりでしょうに」
そう平然と吐き捨てると、俺はそのまま端正な顔に拳を打ち込む。
手ごたえは感じたし、これで奴が常時自身の“法”で身体強化をしていると言う説は消えた。
今から強化する可能性は十分にあるが、それでも彼が自身の決めた方針を変える方があり得ないと俺は読んでいた。
ヘレ・ソフィアはそのまま上空に逃げるが、俺は地を蹴って宙を疾駆してはすぐにヘレ・ソフィアに追いつくが、しかし。
「甘いですよ。かのお嬢さんのように宙で身動きが取れないのに、こうするなど……あなたこそ浅はかすぎる」
「いや、条件だったらそっちも同じでしょうよ」
「何?」
例え神であろうとも、フィジカルが人間と同じであれば俺と条件は同じである。
さらにこちらは同じ神の“法”を行使している以上、どう動くか予測は可能なのだ。
だから、お前の動きはこちらも読めているぞと宣告した瞬間だった。
俺の目の前からヘレ・ソフィアは消え、ここ一帯に気配すら消してしまう。
一体何故と俺が思案を巡らせていれば、鎖と光刃がこちらへと迫って来る。
「ちっ!」
俺は“法”にて矢を形成させ、そのまま鎖と光刃を撃ち抜こうと足掻くも、それは一瞬にして焼かれて消えた。
「な……ッ!」
「光源の温度と言うのは、それこそこの自然界では計り知れないものです。そして光源とは温度だけが武器ではない」
ヘレ・ソフィアの声が響いた後、すぐに俺はヘレ・ソフィアが姿を消したカラクリを理解する。
と言うのも、俺の周囲を黒い影が囲んでいるのを俺が認識したから。
ただ俺の影が見えたのはたった一瞬。俺が自身の影を認識したとき、黒い影はなにかによって強制的に白へ塗り潰される。
「光が当たれば影が出来る、これは当たり前の法則でしょう? しかし、超密度の光源で照らした場合影は小さくなる。と言うよりも、視覚で捉えることなど不可能」
「しま――ッ!」
視界で捉えることなど不可能。
この言葉でヘレ・ソフィアが一体なにをしでかそうとしているのかを今頃になって察知するが、もう遅い。
視認出来る範囲を超えた光源が俺を包み込み、まずは視界を潰す。
しかも一時的なものではなく、正に俺の視界を永久に奪うといった意図の元でだ。
「言ったでしょう? あなたは嬲り殺しにすると。こういった趣味はリアムと合うのがなんとも皮肉ですが」
ゆえに許しを乞え。
それが出来ないのであれば、潔く罰を受け入れろと神は言う。
だから俺はすぐさま自身の目を潰して、光源をそのまま受け入れてなんとか難を逃れる。
そして、すぐに俺は“法”で潰した目の修復を開始。
―—と足掻いた瞬間、ふわりと甘美な匂いが周囲を包み、背筋が粟立つ。
まさかと思い、地へと足を付けて後退すれば俺の肉体が蒸発し始めた。
「づ、ぁああああ―――ッ!」
視界を潰した以上、一体なにが起こったのかさっぱり分からない。だが、これも俺の罪状を知らしめるための1つだとヘレ・ソフィアは親切に俺へと今起こったことを説明する。
「今、私は分体を作って光刃を約1000枚精製しました。分体3体であなたを囲んでね。つまりあなたは今、3000枚程の光源の刃に切り裂かれたと言う訳です」
3000枚ほどの光刃で肉を裂いて、よくもまぁ生きていたと思ったが、俺を守ってくれた存在は俺の左手で僅かに冷たさを主張する。
俺の左手にあるもの――それは先程マナから渡されたリアムの肉体の一部で特殊な術式だ。
恐らくこれは呪力で練られているため、神の“法”を唯一打ち返せる存在だ。
まさかこれがこんなところで役に立つとはと安堵している間にも、光の断罪刃は俺の身を切り裂いて肉片へと変えようとしている。
左手に握られた黒い破片は俺の体を修復するのと同時に、この身を守ろうと必死に抵抗するが、明らかに段々術式の出力が低下していくのを感じた。
「ラインバレルさん、そのままじゃあなたが燃え尽きてしまう! それにこの術式でヘレ・ソフィアを射抜けるのは1度だけ。だからここを今すぐ離れて!」
リアムの肉体の欠片を通してマナが助言するが、もはやこの光源に包まれた大地に逃げ場などない。
だが――と俺は闘い抜くことを選択し、回復した両目で再度頭上を見上げ、咆哮を上げた瞬間。
「——え?」
いつの間にか目潰しをされている間に、紅く錆びた鎖が俺の心臓を射抜いたことに気付く。
今まで光源でカモフラージュされていたのだろう、おかげで俺は気づけなかった。と同時のことだ。
「“闇は光に消え、祈りを供物とするならば汝の願いはなにやらん?”」
神は宣告した。闇は不要であり、神に祈るならば祈りを捧げよと。
「“信託とはすなわち人々の希望、ゆえに私は光輝たる座から汝らに告げよう”」
この言葉を出せば最期、お前達は死ぬと言う無慈悲な言葉はあまりにも冷たい。
「それではさようなら、仮初の救世主。邪神を討ったその褒美として安らかな死を」
怜悧な声が俺を褒め遣わした瞬間、偽りの救世主など不要だと神の裁きが下る。
「“神が下す罰は今ここ”——“刮目せよ”、“連鎖と血が繋ぐは人々を救世する光の道なり”」
瞬間、俺は胸部から吹き出した血どころか肉体さえも蒸発して、そのまま焼かれて散り逝った。
もう嫌だ、またタイトルが決まらない病が……どうも織坂一です。
まさかリアム君が死んだかと思えば、次はマナが出て来てびっくりですね。けれども一応思念の塊なので、現世に留まることは出来ません。でも、ラインバレル君の応援をしてたという矛盾。
こうしてマナからの忠告を受けて始まったヘレ・ソフィア戦ですが、無理ゲーにも程がありますね。こいつ戦闘に向かないタイプじゃなかったんか?
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