昏き牢獄にて最愛の彼女は青年に意志を託す
闇は堕ちてきた救世主を嘲笑い、歓迎する。
一生変わらぬであろう海の底には、牢獄が存在していた。
その牢獄とは邪神が望み、邪神に愛された少女が嘆く黄泉の国——つまるところ、リアムと言う男の精神の中だった。
この牢獄は永久不変。
朽ちることもなく、栄えることもない切り取られた日記の1ページ。そんな温かいはずの場所に広がっていたのは正に地獄だった。
「なんだよ、これ……」
目を覚ましたラインバレルは、思わず瞠目する。
自分の眼前に広がるのは、のどかな村の風景。だが、その村は悉く赤に染まっていた。
建物は損壊し、地面を転がるのは切り裂かれた死体だけ。誰の呼吸さえ感じないこの場所に思わず息を呑んでしまうも、ラインバレルはどこか懐かしさを感じていた。
「ここは確か、リアムとマナが育ったあの村……?」
そう、この死屍累々の血染めの村はかつてマナと言う少女と『原初の災厄』が引き起こした虐殺舞台の成れの果て。そして復讐者となったリアムにとっての始まりの場所。
肌を刺す冷たさは、氷点下にも達するもので呼吸をすれば、肺が徐々に凍っていく始末。
ラインバレルは肺の痛みに耐えつつ、この冷たさはリアムが全てを失ったときの絶望と同じ温度だと実感した。
本来ならば、邪神であるリアムに喰われた者はただの死骸どころか無に還る。
だが、それでもラインバレルが今もこうしてリアムの記憶の中——いや、内側で生きているのにも理由があるとラインバレルは自覚した。なにせ、自分を歓迎したのはリアムではなくとある少女だからだ。
「目が覚めましたか?」
荒い呼吸を繰り返すラインバレルは、過酷な現実から目を逸らさんと覚悟を決めて顔を上げる。
きっとこの後に自分が目にする現実こそ、リアムの隠した真実の1つなのだと理解していたから。
奴がどうして、ここまで自分に拘るのか。
何故、こうも自分の内側に留めようとするのか。
その答えを得るためにラインバレルはその赤い瞳を覗き込む。
赤い瞳に赤い髪。それはリアムの抱いていた亡骸であり、彼が愛した想い人そのもの。
「初めまして、ラインバレルさん。わたしがマナよ」
「あ……どうも」
にこりと微笑むマナに対し、思わずラインバレルは呆気に取られて瞬きをする。
なにせマナはこちらへと手を差し伸べ、自身を立ち上がらせようとしていた。
いくらラインバレルを歓迎しているとはいえ、さすがにこんな事態となればなにかの意図しかないと思えてくる。だからこそ、ラインバレルはこう口にした。
「その……なんで俺は、リアムの中にいるんですか?」
そう譫言のように呟けば、マナはくすりと笑う。
「わたしがあなたを呼んだの。きっとあなたならリアムを救ってくれると思ったから」
「……そうでしたか」
マナはラインバレルの手を引いては、そのまま立ち上がらせる。そしてラインバレルの手を引いてはそのままどこかへと歩き出した。
2人が歩くこと十数分。2人が足を止めたのは半壊した家の前だった。
「ここは?」
ラインバレルがそうマナを見遣って問えば、マナは半壊した家を赤い瞳に焼き付けるようにじっと見つめてはこう返す。
「わたしとリアムが住んでいた家。……まぁ、リアムの中だと色んな人が住んでいるんだけどね」
「人?」
人などさっき自分が目を覚ましたときは死体以外なかったと疑問に思い、ラインバレルは周囲を見渡す。すると眼前に広がったのはまたも地獄の有様だった。
なにせ、村人達に代わってここで暮らしているのは『ゴースト』達。
黄金色の目玉と黒い爪を携えた化け物達は、ここで平然と人間かのように生活している。その異常さに、ラインバレルは目を逸らせずにいた。
対してマナは、どこか恥ずかしそうに笑っては頬を掻く。
「ごめんなさい。少し気味が悪いでしょうけど、安心して。この子達は襲って来ないから」
「襲ってこないって、どうしてです?」
ラインバレルはマナに問いかけつつ、目端で『ゴースト』達の生活を見遣る。
確かにここにいる『ゴースト』達はマナやラインバレルを襲うことなく、ただ平然と人間のように存在している。
そんな現実は薄気味悪いが、どこか温かいという矛盾を発しているからこそ疑問が尽きない。
ゆえにマナはまず、この世界の前提をラインバレルへ明かす。
「そもそも、ここにいる『ゴースト』達はわたしとリアムの子供なの。わたしは死後、『原初の災厄』と融合していたとは言え、『ゴースト』を産むことが出来たから……そして、わたしはいつかリアムに食べられてからずっとここにいる」
「つまり、リアムとあなたは融合していたと?」
「ええ。だから、本来女でないリアムが『ゴースト』を産めたのも、わたしがリアムの内側にいたから」
「そんな……」
ラインバレルは思わず知ってしまった真実の1つに、呆気に取られてしまう。
これは旧暦に隠されていた闇の1つだが、そもそも『ゴースト』は母体がなければ産むことは出来ない。
マナと言う少女が『ゴースト』を産めたのは、自身の憎悪と『原初の災厄』の呪力を種にして『ゴースト』を腹に宿したから。
マナは、そんな重き真相を知ったラインバレルに仕方ないと宥めるように苦笑だけを寄越す。
「いつかわたしがリアムに聞いたの。子供は欲しいか……って。もう、リアムってばあのときわたしとの子供がーって残念そうにしてたから、思わず笑っちゃった」
「でも、それはあなたも望んでいたんでしょう? いつかはリアムの子供を産んで、平和に暮らせたら……って」
「まぁ、わたしが子供に嫉妬しなかったらの話だけど」
マナは目を逸らし、その赤い瞳に哀切を宿す。けれどもそれは叶わぬ夢だったのだと。
「あれは『原初の災厄』にほぼ意識を奪われながらも発したマナの本音だった。わたしにとっての願いだった。でも……」
徐々にマナの声は小さくなっていき、やがて言葉は虚空に消える。
ラインバレルは俯くマナを見遣り、思わず同情的な表情を浮かべた。
何故ならラインバレルは知っている。マナはリアムを愛しながらも、その裏では彼を憎んでいたことを。
最初あった彼を想う愛が、やがては憎しみへと変わる。
彼を返して下さいと言う切実な願いは、どうして彼はわたしを捨てたのと怨嗟の声へと変わった。
その結果、『原初の災厄』と言う災厄を喚んで全てを壊すきっかけとなった。それを未だマナは後悔している。
「分かってはいるの。もうこれ以上わたしが謝り続けても、リアムは元には戻らない。彼はずっと私と死別したことを後悔して、その後悔は彼を責めて止まないの」
「だから、俺をここに呼んだ……と」
「うん、そう。もうわたしの声はどうしてもリアムには届かないから」
マナの瞳から一瞬涙が零れるも、彼女は手の甲で涙を拭う。そしてラインバレルと向き合っては頭を下げる。
「だからどうか、彼を眠らせてあげて。もうあなたしか頼れる人はいないから」
ああ、そうか。とラインバレルはこのときリアムの矛盾を理解した。
彼が安堵していたのは、内側にいるマナも共に安堵して、リアムの気を落ち着かせていたからだ。
唯一、リアムを救えそうな可能性のあるラインバレルを生かすことで、無理にリアムの気をラインバレルへと向けたのだ。
つまり、リアムのラインバレルへ抱く矛盾とはマナの働きかけもあってこそ。
ようやくここでラインバレルは、今まで疑問だったリアムの謎について大方納得する。
だが、後1つだけ残されていると謎があるとすれば、先程判明した歪な絆についてだ。
本当にリアムはラインバレルを自身と同族と見ていたのか。
そしてそこに他意はないのか、 なにより本当にラインバレルが憎かったのか。
ただ、今そんなことを彼の内側で考えても仕方がない。
ラインバレルの眼前に立つマナもまた、リアムの最後の願いだけは聞いて欲しいとマナはラインバレルに懇願している。
ゆえに全てを解決するには手段は1つだけだ。むしろリアムを救わなければいけない理由だけが増えていく。
なら――と、ラインバレルはマナの肩を優しく叩いて顔を上げさせた。
「もちろんです。もう、ソフィアもいませんしね。後は俺がどうにかします」
「ええ、お願い」
そう儚く笑い、涙を零すマナ。そしてマナはラインバレルがここへ堕ちて来た際に、手を離して落としたナイフを差し出した。
ラインバレルはマナからナイフを受け取ると、マナを安心させるように微笑み返す。
「少し手荒な真似にはなりますが、なるべくあいつに痛い思いはさせません。奴の傷付いた心を慰めるのは、あなたに任せますよ」
「分かったわ」
そうしてラインバレルは地を蹴って、上へと跳躍する。
昏い呪力の海の中を必死に泳いで、そのままリアムを内側から食い破るべく、ナイフの持ち手を変えてはナイフを振り上げた。
「——なッ!?」
次瞬、あっさりとリアムの胴体は裂け、そこからラインバレルはなんとか地上へと帰還する。
リアムは一瞬驚いたものの、すぐに自身の肉体への修復作業に入るが――しかし。
「『原初の災厄』にあれだけ酷いことをされたんだ、これぐらいは耐えろよ?」
ラインバレルは“法”を自身の肉体へと纏わせ、張り付けようとした肉を裂いては内側から掻き回す。
トン、とリアムの頭頂部に足をつけて着地するも、すぐにリアムの呪力はラインバレルを射抜かんと杭へと姿形を変形させた。しかし、ラインバレルはそれさえも回し蹴りで払い落とす。
「おま、え゛ぇえええ……ッ! なんで、なんで……ッ!」
そう体を裂かれた激痛に噎び泣くリアムを見て、ラインバレルは思わず胸を撫で下ろした。
ああ、こいつはやはり1300年前から変わっていないと。
そしてそのまま地面へと着地して、リアムと距離を詰める。
「ここからは俺の本音と彼女の願いだ。今度は耳を逸らさずにしっかり聞けよ」
「だま、れぇえエエエエ――——ッ!!」
狂乱したリアムは、そのまま自身の肉体から黒い刀剣を抜く。ラインバレルはつかさず迎撃し、甲高い鍔競り音が一帯に響く。
「これが俺とお前の最終戦だ! 言い訳も全部捨てて、素の自分で戦ってみろ!」
おおーっと!前作から多々女神と化していたマナがまた女神となったぞう!しかもリアム君を甘やかしてない!
いや~、にしてもヤバいところに連れ込まれてしまいましたねラインバレル君。そしてなんとか即死を回避して反撃しましたが、一体どうなるんや……。でも、『原初の災厄』より酷いことしてるよラインバレル君。
⚔68話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一読後に閲覧することを推奨します※)
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