無意味な抗い
今回から15話になります、よろしくお願いします。
「“だから曇りなき無謬の蒼穹だけは俺を照らしてくれ、もう逃避げる道は閉ざされている”」
俺の口から紡がれる詠唱は、俺自身への鼓舞と戒めであったが、今となっては別の意味を孕んでいることに気付く。
「“継承は今ここに成された”——“刮目せよ” “我は血を継ぎ、罪過の先を往く者 渇すれども盗泉の水は飲まず”ッ! 」
これで何回目になるか分からない命を削る行為。
俺はこの戦闘が開始されてから、ただ自身の“法”でリアムの命を刈り取るという行為に徹していた。
一見馬鹿染みた愚行と思うだろうが、そもそも俺とリアムでは圧倒的に経験の差が開いている。
先程見た記憶曰く、リアムも呪力を用いての交戦は左程ないようだが、それでも改暦を迎えてからヘレ・ソフィアと互角に戦っているのだ。
それだけでなく、奴は自身の能力をこれでもかと言う程熟知している。だから、以前弱点であった暴走行為もあり得ないだろう。
さらにナイフを用いての戦闘であれば、より勝算が下がるのは自明。そもそも格闘術などでちまちまと俺を嬲るくらいならば、無限ともいえよう呪力で俺を圧倒した方が早い。
そう出られたら俺の攻撃手段など、神の“法”を用いての攻撃しかない。だからこそ俺は自身の命を削りながら、リアムの命を削って行く。
『業火の仮面』の汚染による自壊衝動のときもそうだったが、リアムは何度俺の“法”を食らおうが、ひたすら攻撃を受けた個所だけを削って瀕死を逃れている。
所詮、互いを徐々に削るだけの交戦を制する鍵はたった2つ。
最大出力で一気に相手を仕留めるか、リアムの全てを削りきるかのどちらかだ。
だが、どちらも不可能。
俺は魔術と言う存在を思い出した上で、神であるヘレ・ソフィアの“法”を見様見真似した結果、2度目の覚醒に至った。
この継承こそ神の御業であるものの人間である以上、蓋を開ければ自身の生命力を削ることでしか力を発揮出来ないお粗末な代物だ。
ゆえにこのまま戦闘が長引けば、俺は寿命が尽きて勝手に死ぬ。
リアムからすればこの状況は万々歳だろうが、納得は出来ないだろう。
なにせ俺達は数ヶ月だけだが繋がりがあって、今や互いに殺し合うと決意した中である。挙句に俺はリアムの恋人を破壊した。
無論、このことに怒らないほどリアムは呆けたものではない。むしろ――
「“喰え”」
俺がナイフに乗せて放った“法”は、一瞬にしてリアムが形成した顎で一瞬にして喰われてしまう。
最初こそあの顎の動きを停止させ、それどころか機能停止に陥らせたが、今やそれも通りにくい。その理由はただ1つだとリアムは語る。
「なにせ俺は今、この大陸を覆っていた呪力全てをこの一戦に懸けている。『ゴースト』は消え、『マタ』を発症させる瘴気こそ消えたが、それらの原因であった呪力は全てお前に向けられている」
つまりは圧倒的エネルギー保持の差だ。
奴は無限とも言える呪力があるが、俺にある力とは有限である。
リアムの攻撃をなんとか掻い潜るものの、俺はリアムの体にすら触れられず、黒い顎に翻弄されるだけ。
もはや詰みの状態。ではここをどう切り抜けるか。
そう考えた刹那、放たれた3体の顎が俺を丸呑みにする。
「——づッ!」
俺はなんとか“法”で全身を包んで即死は免れるものの、もう黒い顎達を機能停止させるだけの力がない。それはリアムもとうに見切っている。
「……残念だな。お前が断罪者にならなかっただけマシだったが、彼女を壊した罪をたったこれだけで済ますのは」
「黙れよ……ッ!」
俺は奴の呪力の波越しに、奴の灰色の瞳を見据える。
所詮、こいつがしたいのは害獣退治と憂さ晴らしだ。
愛しい彼女との庭を荒らしたその罰を贖えと、自身によく似た鬱陶しい産物を目に留まらぬほどに嬲り殺したいと。奴が戦うのはたったそれだけの理由だ。
だからこそ、俺は本当にこの男は浅はかでどうしようもない男だと思う。
こんな人格の持ち主じゃ、きっとマナも苦労しただろう。そんな言葉が呑気にも脳裏をかすめた瞬間だった。
「……そうか」
俺は“法”をナイフに纏わせては黒い顎を裂く。そして後退して息を整え、今思い浮かんだ勝算を反芻する。
確かに今の俺に戦える手立ては、ほぼない。しかし、それは体と命を削った場合に限るのであって対話はまだ可能だ。
一見、対話や説得は無謀に見えるも、リアムのように常時精神的に不安定で暴力でしか物を言えない人間に対し、言葉は最大の武器になる。
それは過去、『原初の災厄』との戦いで立証されていた。
『原初の災厄』はあのとき圧倒的な力量さがあったにも関わらず、言葉だけでリアムの精神を嬲って心を折りに折った。
結果、『原初の災厄』は自身が邪念であると余計なことを口にしたせいで反撃されたが、自らの弱点を暴露するまでは圧倒的に優位にいた。
正直、俺は『原初の災厄』のように他者の心を折ることなんて出来ないし、そもそもそんなことなどしたくない。だが、もうそんな悠長に構えていられないのだ。
それに奴を救うと言う意志は嘘ではないし、こんな暴力で奴の涙を拭えるわけではない。
リアムは俺なんかよりも数十倍程の年月の間、傷口から溢れる過去の痛みを耐え続けた。
だからこそ痛みで少々螺子の外れた発言をするが、痛みを全く感じない訳じゃない。
カゲフミが俺の過去を清算するのを手助けたのと同じように、俺もまたリアムの全てを清算させる。
そう決めた以上、俺は“法”を全身に纏わせて膜のように張り付ける。だが、それは愚行だとリアムは嘆息する。
「もういい、面倒だ。全て終わらせてやる」
細々とした作業ももはや面倒。
そんな調子で自分を喰らい返せないならば、用はないと俺に死の宣告を告げる。
「“俺は見るに堪えない鬼畜外道”、“血の海を渡り歩き、悪意と絶望を食っては肥え太る”」
先程記憶の中で聞いたものとは違う詠唱に、俺は思わず眉を顰める。
違和感ばかりが毎秒膨らんで行くも、解答には辿り着けずに詠唱は続く。
「“逃避たければ赦しを乞え、然して俺の耳には愛しい彼女の言葉しか届かない”」
聞けば聞くほど別人ではないかと思わせる言葉に、俺の背中は怖気でゾクリと粟立つ。
いいや、そうじゃない。こいつの詠唱がこうも変わったのは全てこいつが持つ“法”そのものが神の“法”に近づいたからであり――
「“お前らを殺すのは捕食の邪神だ”——“そして『愛』以外は全て滅しろ”」
瞬間、俺は荒波に呑まれたかのように呆気なくリアムの呪力の海に溺れる。
呪力の波は咥内に入らずとも、皮膚へと浸食して肉どころか骨さえ突き破っていく。
「ぐ、がァアアアア――――—ッ!」
ゴリゴリと、ガリガリと肉を噛み、骨を砕き、肉体だけでなく精神さえ闇に染め上げていく。
精神の中では奴が今まで経験した絶望が押し寄せ、狂えと囁きかけてくる。
心身共に相手を噛み砕き、跡形も残さない。それこそリアムがヘレ・ソフィアと戦うことでさらに生まれ変わった“法”だった。
「どうだ? ひたすら内側も外側も喰われた感想は。干渉能力をあのとき以上に研いだ上で、捕食能力もここまで安定させた。もはや逃げ場などどこにもない」
ヘレ・ソフィアとの長きに渡る2度の戦い。それが悪食の狩人を捕食の邪神へと変化えた。
1度この海に浸食されれば、そこで終了。
断罪者の俺やカゲフミの異能のような一触即発の絶技。これこそ彼岸の主たるリアムの真骨頂。
そんなどうしようもない圧倒的力に呑まれて、俺の意識は遠のいていく。
既にここは『ラジアータ』などではなく、『ラジアータ』でも現実でもないどこか。
薄暗い絶望に俺は呑まれて堕ちていく。
いやー、早速始まったリアム君戦ですがどう見ても無理ゲーですね。ありがとうございました。
ラインバレル君は燃料が限られているのに、リアム君の場合呪力が無限なので多分再誕の“法”を後100回は使っても普通にピンピンしていられます。だからと言って100回どころか、1回でもあの“法”に触れたらアウトなんですがね。
さて、ラインバレル君の運命や如何に――!
⚔67話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一読後に閲覧することを推奨します※)
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