災厄の運命は停まり、死に絶えた結果に得たもの
時は改暦260年。
かの呪術師四家を襲った災厄こそ、『原初の災厄』と言う存在だった。
およそ300年の時を越え、『原初の災厄』は当時タチバナ家とツチミカド家、クチナシ家、キクキョウ家の間で起きていた覇権争いに意気揚々と横入りする。
横入りと言うよりも、『原初の災厄』を再びこの世界に喚んだのは呪術師四家が派閥争いで生んだ憎悪だ。
今回も例に漏れず、『原初の災厄』は人間の憎悪を触媒に現世へ顕現した。
その結果、タチバナ家とツチミカド家、クチナシ家の人間は1人残らず死に絶えた訳だが、『原初の災厄』はこの世に顕現してあることを思い出す。
ああ、そう言えば前回この世界に顕現したとき、あの悪食に体を持っていかれたままだったと。
1度の顕現によって何億もの人間を殺せる存在が、たかが数百人を一瞬で仕留めることしか出来なかったのは、この弊害が原因と言っていい。
『原初の災厄』は300年前にリアムから干渉を受けたことにより、自身の呪力を粗方喰い千切られてしまった。
だが、それでもなお『原初の災厄』と言う存在が顕現することに支障はない。
なにせ何千年の時を機に人類を等しく殺す災厄であるため、例え干渉を受けようがこうして人間界に再度顕現することは可能なのだ。
ただ、あまりにも不完全な状態で現世に顕現した結果、今回『原初の災厄』が振り撒いた災禍などこの程度。
このまま数百年も眠るのは口惜しいと心残りを抱えた『原初の災厄』は、生き残ったキクキョウ家の当主へと憑依する。
以降、この現状を利用して『原初の災厄』は、人々を呪いと言う災厄から身を守る盾であるキクキョウ家の方針自体を狂わせていく。
彼がキクキョウ家の当主に憑依した後は、旧暦にあったあの3人の身内で起こった殺し合い以上に大きな損害を人類へ出すことになってしまう。
キクキョウ家で起こる親族同士のいがみ合いや暗殺の手引き、さらには何人かのキクキョウ家の人間を市井に下らせたのも『原初の災厄』の策謀によるもの。
そうして『原初の災厄』はこの世に憎悪と言う種を撒いて、それらが一気に芽吹くときを待っていた。
『原初の災厄』が今回の顕現で取った趣向とは、己が直々に手を下すのではなく、自身を始まりとして連鎖的に人間を不幸の底に堕とすこと。
要は、長きに渡って人間を苦痛と言うケージの中で飼い殺すのだ。
そして悪意の種は徐々に芽を出し、『マタ』や『ゴースト』の被害も増えていく。
しかし、これだけではつまらないと思った『原初の災厄』は憑依していた依り代が病で死んだと同時に、また違う人間へと憑依しては機を窺う。
こうして退屈しのぎも兼ねながら、人類の終焉をこの目で見届けるべく何度も何度もヘレ・ソフィアと言う秩序の番人の目を掻い潜る。
不幸なことに、『原初の災厄』は未だヘレ・ソフィアの肉体の元となった青年が自身に与えた智慧を今も所持していた。
ゆえに青年が与えた智慧を駆使し、ヘレ・ソフィアから逃げ続けていき150年が過ぎた頃。
「中々決定打と言えるものが出んなぁ……。なら、過程としてリアムを殺してみるか」
と、今度はリアムと言う害悪さえ巻き込んで世界の終焉を望む。
まずは小手調べに、リアムの呪力を暴発させるべく彼の怒りを買うきっかけを作ろうと発案した。そうでもしなければ、この先何百年、何千年と無駄に時間を潰すだけだと予期したからだ。
しかも、いつまでもヘレ・ソフィアの目を掻い潜るのも難しい。
それだけでなく、今こうして依り代に身を預けたままでリアムを仕留められる保証もなく。
だから、彼はリアムの復讐を建前にまずは自身が動くためにそれ相応の隠れ蓑を募ることにした。
何故なら、リアムを利用した世界の破滅と言う舞台を本格的に仕上げるには、リアム自身が撒き餌にならなければいけない。
だがそんな人材に心当りはないし、そんなものを一々育てるのも面倒な話だ。
なら自身の残った呪力を授けて、呪力を使わせて学習させてしまえばいい。そうして彼はまた800年に及んで、その器に相応しい者を探していく。
この800年のうち、何人か期待出来る人間はいたが、どいつもこいつも持って1年。戦闘回数にして10回未満しか耐え切れない現実に『原初の災厄』はこの計画を頓挫すべきかと悩んでいた頃だった。
そして改暦1096年。『原初の災厄』は鬱陶しいからと、キクキョウ家を『ラジアータ』から手を引かせた後に聖都・セイビアへと移住する。
このとき一聖職者として身を隠していた『原初の災厄』は、ようやく自身の理想と出会う。
その青年の名前こそ、ラインバレル・ルテーシア。
純朴で、呪力など一切扱えない謂わば、憎悪に犯されない頑丈な器。
なにより彼の性格ならば、今まで使い潰した人間より幾分かマシだろうと『原初の災厄』はラインバレルに狙いを定めた。
そして今度はある孤児に乗り移って、運命の日を待つ。
なにより、この頃には『原初の災厄』がかつて期待していた悪意の芽達は次々と芽吹くどころか立派に花を咲かせている。
どこを見渡しても、人を蹴落として憎悪に塗れた人間社会として成り立っていること自体不思議な世界。こんな理想郷が成り立つと同時に、自身の望んだ器がやってきた。
そして『原初の災厄』は遠目からラインバレルを観察するうち、こんなことを思うようになる。
こんな物珍しい純朴な青年が、憎悪に塗れて墜ちていく様は如何様なものかと。
それは目を奪う程の宝石のように美しいのか。それともリアム達のように目も当てられないぐらいに凡庸なのか。
と、様々な『原初の災厄』思惑と邪心が混じった結果が今である。
一見この世界は神と邪神による都合によって創られた世界に見えるが、実はそうではない。
邪神と神が世界を壊し、神が築いた礎を『原初の災厄』が強奪して育てた結果、今の改暦と言う時代が出来上がったのである。
ゆえに、人類を管理して繁栄をもたらす神からすれば『原初の災厄』は必ず始末しなければいけない存在だった。
最初は煩わしく面倒と思ったものの、『原初の災厄』が『ラジアータ』までラインバレルを連れてきたことで、ヘレ・ソフィアは長年求めていた救世主との邂逅を果たす。
それだけには感謝しようと、ヘレ・ソフィアは石化させた『原初の災厄』を赤く錆びた鎖で巻いて砕いた。
神が『原初の災厄』へと与えた謝礼は、『血』と『連鎖』の二重による『罰』。
ヘレ・ソフィアが操る『連鎖』とは、あらゆる存在の進化や成長を断ち切る最悪の“法”。
そして『血』は系譜、もしく自身が全うすべきと定められた未来をそこで閉ざすもの。
もはや『原初の災厄』は本来の力を取り戻すどころか、自身の運命を砕かれたがゆえにもう災厄ではいられない。
こうして人間に長い間災禍をもたらした原因の1つは、世界から弾かれてその存在に終止符を打たれる。
「無事『原初の災厄』の運命は停止りました。例え、今後誰かの悪意が奴を喚ぼうとも、彼は災厄として顕現出来ない」
『原初の災厄』がこの世界で生きていく術も、運命も、神の手によって断たれた瞬間、蒼穹を纏うラインバレルが目視した瞬間、必然と彼は目を見開く。
しかし、これはあくまでも神からの祝福であり、ヘレ・ソフィアは最初からこのときのために動いていた。
なにせヘレ・ソフィア自身、ラインバレル・ルテーシアと言う存在に目をつけていたからだ。それこそ『原初の災厄』がラインバレルと会うよりももっと早く。
ラインバレルが生まれるその前のこと――彼が母であるマリカ・ルテーシアの胎の中にいたときからであり、よもやマリカがラインバレルを産むことさえヘレ・ソフィアは事前に知っていた。
未だこの世に人型として生まれていない頃から、ヘレ・ソフィアはラインバレルこそ人間ながら神の“法”である神の御業を継承する人間だと予想していた。
神の“法”——それは神と選ばれた人間しか使えない究極の“法”であり、この世界に秩序をもたらすための統治の力。
ヘレ・ソフィアの場合は“繁栄”という形で神の“法”を使用しているが、ラインバレルの持つ“法”自身とはまた違うとヘレ・ソフィアは口にする。
「いかがです? その人々を救世する“法”は。自身の生命力を対価に他者を殺すことなく、生かしたまま救ってみせるのは、本当に……」
あなたこそが人々を呪いから救う救世主だと、ヘレ・ソフィアは感嘆を漏らす。
“繁栄”の神が長きに渡って創り上げてきた人間のうち、いくつか種を撒いた結果、唯一芽吹いたのがラインバレルだ。
ゆえに、『原初の災厄』から引き離さなければならないのは当然のこと。
しかし、ラインバレルを救世主とするには、自身と1度は接触させなければならなかった。
そしてヘレ・ソフィアと言う神が神の子に望むことはただ1つ。
その答えは感嘆を漏らしたヘレ・ソフィアではなく、ラインバレルが紡いだ。
「本当に都合のいい能力だと? 確かにこの能力があれば、最悪俺を人柱にすれば他の人間が救えますしね」
「ええ。だからこそ私はあなたを私の眷属として出迎え、今度こそリアムを討つ。無論、あなたの復讐への力添えはしますよ」
こうして、神は両親や姉、友の仇を討つと心を据えていたラインバレルへと取引を持ち掛けた。
そして彼がこの取引にどう応じるかは、もはや自明だ。
過去を焼べて復讐を遂げると誓った断罪者は今ここにおらず、いるのはただ神の御業を継承した救済の使徒のみ。
ゆえに、ラインバレル・ルテーシアが口にしたのは、否とヘレ・ソフィアの期待を裏切る一言だった。
はい、このマナレクAMにおける世界の裏側の全てを開示し終わりました。
リアム君が旧暦を壊し、ヘレ・ソフィアが人間を創り出して新暦を迎えて争った結果、リアム君は眠り、ヘレ・ソフィアはまた改暦という基盤を整えました。
一見、こいつら2人が全ての元凶かと思いきや、この呪力という力を世に広めて災厄を撒いたのが『原初の災厄』とこの3人はリレー形式で今の改暦を生み出してしまった……ものの、理由はなんであれヘレ・ソフィア責任を取りました(違います)
にしても、ラインバレル君がヘレ・ソフィアのお気に入りの理由が残酷すぎて涙が止まりませんね。この外道め。最初から『原初の災厄』を斃せるなら斃しといて……。
⚔65話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一一読後に閲覧することを推奨します※)
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