誰がため
聖都セイビアは資源も豊かで、あの田舎街と違って『マタ』の治療への見識も深い。
だから『マタ』の治療にはうってつけで、あのようなデマも一切ない。
だからこそ俺ら姉弟はセイビアへ逃げるように移住してきたが、問題は山積みであった。
セイビア生活水準は高く、それなりに物価も高い。
普通に働いていてはその日暮らしていくので精一杯なため、俺は裏社会に足を突っ込むような真似さえした。
おかげで年齢の割に短期間でかなりの大金を稼げたが、姉さんはもちろんいい顔などしない。
むしろ、こんなことを言い出した。
「本当に私ったらお荷物ね。いっそこのまま消えてしまえばいいのに」
勝気で明るい姉さんの口からそんな言葉が出た瞬間、俺は情けなくて無力な自分を何度も恨んだ。
ああ、何故あのときヨセフを殴らなかったのだろうと。
そもそも、街を追い出される前にあいつを殴っていれば――いや、あいつを殴ったところでなにも解決はしないと延々と悔恨がループする。
俺達が聖都に逃げ込んで来た理由は、もう1つだけある。
それは治療班が定期的に滞在しているからだが、例え治療班の治療を受けたところで、姉さんの容体がよくならないことは俺自身なんとなく分かっていた。
なにせヨセフから別れを切り出されて以降、姉さんは一気に呪力で体を蝕まれていったのだ。その速度は異常で、そのせいで俺は仕事に行くことすら怖かった。
俺が目を離した瞬間、姉さんの息が止まってしまったらどうしよう。
そんな不安と毎日戦い、危険な仕事をしながら身も心も擦り減らす。
治療班にヒーリングを依頼して、かなりの大金が吹き飛んだが、しかしそれでも構わない。
どうか、最後に残されたたった1人の家族だけは救って欲しい。そんな俺の願いは無慈悲にも踏みにじられる。
2年後の1094年の8月2日。姉さんは帰らぬ人となる。
姉さんの葬儀は質素なもので、俺以外に参列者などいなかった。
それも仕方がない。なにせ姉さんはセイビアに移住して以降、友人を作ることは不可能だった。
万が一、あの街にいる姉さんの友人に訃報を知らせたところで、姉さんの墓に石を投げつけられるのは目に見えている。
ヨセフに裏切られたあの日から、姉さんは生きる気力を徐々に失くして、どんどん卑屈になっていった。
そしていつも悲しそうな目で、俺へこう告げていた。
「ライ。いくら治療費を稼ぐためとは言え、危ない仕事をしないでちょうだい。……ううん、たまには学校に行ってもいいのよ?」
そんな姉さんの俺を気遣う言葉を、俺はいつだって拒否してきた。それどころか張り付いた笑みと、心配の言葉だけを返すのみ。
「いいんだよ。俺がそうしたいから、そうしてるだけ。姉さんと一緒にいたい、それ以外に願いなんてないんだ」
俺自身、自身がしていることとこの一言がどれだけ姉さんを絶望の淵に立たせていたか薄々気づいていた。
けれどもいつも姉さんのことを理由にして、姉さんに笑って欲しいと欺瞞の笑みを向けていた。
それは苦しかったし、本当なら止めたかった。けれどもどうしても止められない。
この世で1人しか残されていない家族を失わないためにも、元気づけるためにも俺は笑わなければならなかったから。
それが間違っていたとしても、姉さんの望むことでなかったとしてもだ。
「たった1人の家族と一緒にいたいって願いが、間違いだっていうのかよ……」
姉さんの葬儀の後、俺は涙を流しながら、彼女の墓石の前で雨空を仰ぐ。
これが、ラインバレル・ルテーシアの後悔であり罪過だ。
姉さんのためになにも出来なかったこと、ヨセフに手も下せずに姉さんの味わった苦しみを返せなかったこと。
なによりももっと恨めしかったのが、俺に抗う力が一切なかったこともだ。
ヨセフを罰す力もなく、かと言って姉さんを救う力もない。
毎日のように姉さんを悲しませて、けれども生きていくために身も心も削るのは当然の対価で。
俺が子供だったから、なにも出来ない甲斐性無しだったから、姉さんは死んでしまった。
もはや俺に残された道は、なにもない。
姉さんの死後、俺は何度だってあのときのことを悔やみ、俺自身を殺してやりたいと自暴自棄になっていた。
ああ、一体俺はどうすれば良かったのだと。
ヨセフを罰せば良かった? 俺は本当に出来たこと全てを姉さんに尽くせたのか?
そう憎悪と幼稚な八つ当たりと後悔に飲まれても、それらはすぐ波に呑まれていった。
いや、でも仕方ないじゃないかとに欠けた憎悪を埋める感情の整備が働きかける。
彼にもきっとなにか事情があった、彼は『マタ』への恐怖に押し潰されただけ。
『マタ』に対する正しい見識などなく、閉鎖的なコミュニティに住んでいる以上、死と言う恐怖はいずれなんらかの形で伝播する。
実際、父さんと母さんが『マタ』を発症したとき、2人は街の住人には表立って『マタ』を発症したことを周囲に教えておらずに実情を隠していた。
何故、父さん達が周囲に『マタ』に罹ったことを隠すのか、今では容易に理解出来る。
俺達が街を追い出されたとき同様、周囲からの村八分を避けるためだ。
だが、俺達姉弟はそこを失念していたため、安易に未だ身内ではない第三者へと実情を語ってしまったのだ。
だからこそヨセフだけを責めるのは、お門違いなのではないかと自分自身に問う俺がいた。
ああやって噂を流したのも、自分や血の繋がった家族を守る防衛手段だったのではないかとも思うのは当然かもしれない。
自身の身を案じるのは、決して悪いことじゃない。
だからあの人は自分の守るものを守るべく、あんな決断を出したのだと。
俺達を貶めた意図は分からないけれども、それでもあの人は本当に善い人だったじゃあないか――なんて思考が逡巡した瞬間、俺は俺を殺したくて堪らなかった。
姉さんが亡くなってからの生活は散々で、俺は学校へ復学する。
しかしいつもどこか空虚を抱えており、仕事を理由にそのうち学校にすら行かなくなった。
いつだって後悔して、塞ぎこんだその結果、俺はとうとう味覚を失ってさらに自暴自棄となる。
本当は独り身にこんな一軒家など広すぎる。
しかし、ここは数年であっても姉さんと暮らした家だからと俺は執拗に過去に縋った。
後は知っての通り、俺は力欲しさに『聖火隊』への入隊を志願する。
理由は姉さんや両親の仇を討つため、出来ることならば不幸の原因であるそれに姉さん達が味わった苦しみを味わせるなど片腹痛い話だ。
たった1人の男さえ殴れない男が、どう戦場に出ると言うのか。
現に俺には呪力がなく、身体検査を受けて結果が出た瞬間に『聖火隊』の施設を追い出されたときは滑稽だった。
それでも、それでもと俺は足掻き続ける。
どうか俺を惨めにさせないで下さいと
憎悪もなく戦う術もないが、それでも屈辱と後悔を晴らすきっかけを下さい。
全ては姉さんを、両親の仇を――と、家族を盾にして自分のために何度も何度も何度も何度も。
結局、それが自分の抱く苦しみを緩和させるだけの一時的な処置だとずっと気づかないまま。
『正しき人間』でありたいとか、大好きな家族の尊厳を守りたいなんて最もらしいことを盾にして、自分の弱さに目を向けたくなかっただけだ。
そんな事実には、もう姉さんが死ぬ間際にとっくに辿り着いていたと言うのに。
こうなった結末も、あれだけ胸を痛めた過去も、姉さんへ向けた欺瞞も、戦う理由も、全てひっくり返して結局無意味だったと現実を知りたくなかったから――
タイトル名!!タイトル名が思いつかないよ!そしてどこかで聞いたことがあるよ!
と、これでラインバレル君の罪過は終了です。
正直、これはヨセフが悪いのであってラインバレル君達は悪くありません。
なので、罪過と呼ぶには見当違いですし、ラインバレル君がここまで胸を痛める必要はなかった。ここまではいいでしょう。
しかし彼の過ちとは、お姉さんの死を盾にして自分を惨めにさせないでくれという現実逃避に他なりません。
では、この後ラインバレル君はどんな道を選ぶのかについては次回に続きます。
⚔61話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレを含みますので、本編一読後に閲覧するのを推奨します※)
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