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マナイズム・レクイエム ~Allrgory Massiah~  作者: 織坂一
4. 青年は迷いと憂いを捨て■■■へと至る
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カゲフミ・キクキョウの追想



カゲフミ・キクキョウは体細胞が浄滅()かれ、凍てついてもなお、脳裏に幼い泣き声が打ち付けていた。


今もうるさく自身の耳を劈くのは、幼少の頃の自身の泣き声。

双子の弟であるトキツカ・キクキョウを非道な実験で失い、彼を守れなかった自身をこれでもかと言うぐらいに責めたときの悲痛な叫泣。


齢20歳と成長した彼は、今やキクキョウ家の人間どころか、『血濡れの剣(ブラッド)』の兵士全員を束にしても圧倒出来るほどの技量がある。だが、過去の彼はそうではなかった。


幼少の頃のカゲフミは、呪力など一切扱えない劣等生だった。


彼がそう呼ばれるのも、仕方ないことだろう。

なにせキクキョウ家は呪術師の家系であるがゆえ、呪術を以て人々を守らねばならない。

ゆえに呪力そのものがない時点で、カゲフミはキクキョウ家において不要な存在なのだ。

さらに周囲から当主候補であった兄と比べられ、落第生の烙印を押されるのはもはや必然と言えるだろう。


おかげで彼が味わった屈辱は、数えきれない程あった。

使用人に雑務を押し付けられるなら、まだマシだ。


常日頃からキクキョウ家分家の人間から八つ当たりを受けて、何度も生傷を負った。

そして4歳を迎えてしばらく経ったある日、彼は粗石で目を傷つけられて視力さえ失いかけた。


極めつけは6歳の誕生日会にて、食事に薬品を盛られたことだ。

カゲフミ自身、今まで誕生日など身内に祝われたことなどないから自身の誕生会を盛大に行うと聞いたときは嫌な予感がしてならなかった。


だが誕生会は強制的に開かれた結果、苦痛に喘ぐカゲフミは趣味の悪い見世物となってしまう。

カゲフミは俎上の鯉同然。しかし、祝宴会場にいた実兄であるトウヤはカゲフミを守ろうとしなかった。


いや、そもそも何故自身の身内が苦しむ姿を酒宴の肴としたのか。理由は至って単純。


トウヤからすれば、第一に優先すべきはキクキョウ家の存続。

次に優先すべきは、キクキョウ家全体の足並みを揃えることだ。


そもそも、キクキョウ家本家に2人も出来損ないがいることでトウヤは何度も身内から抗議を受けた。

出来損ないなど捨ててしまえと。だが、それが出来るなら最初からトウヤはその道を選んでいたことだろう。


実は、呪術を扱うのにも血筋は大分左右される。

ゆえにキクキョウ家から追い出し、適当に捨て置けば、後々厄介になってしまう。

しかし、だからと言ってこの出来損ない達のために自身の手を汚すことも馬鹿馬鹿しい。

結果、カゲフミとトキツカはキクキョウ家の人間の不満解消のための玩具とされた。


たった2人の出来損ない(おとうとたち)を餌に誡めが叶うのならば、トウヤにとって安い話だ。

既にトウヤ自身、自分には肉親などいないとまで割り切っていた。


だが、カゲフミの双子の弟であるトキツカだけはいつだって兄を守ろうと足掻いていた。

彼もカゲフミと同様、呪力が扱えないと言うのに、それでも強者に立ち向かう心根の強さがあった。


だからこそ強者に虐げられるカゲフミを救い、トキツカはいつもこう自身を戒めた。

目の前で誰かが苦しんでいたのなら、自分が助けてあげよう。

もし、誰かが泣いているのなら、その涙を自分が拭うのだと。


当然、あの日もまた例に漏れずトキツカはカゲフミを救おうと必死だった。

カゲフミが薬品によって臓器が損壊していくのに苦しむ最中、彼は小さな体でカゲフミを抱えて彼を病院まで連れていった。


病院までの道中で意識が朦朧としていたカゲフミは、いっそこのまま永眠(ねむ)れたらと切に願う。

だがいつ途切れてもおかしくない意識の中、トキツカはカゲフミにこう言い聞かせたのだ。



「大丈夫だよ、僕がいるよカゲフミ。僕は絶対に君を見捨てない、殺させない、絶対に」



だから生きててくれ、そう泣きじゃくりながらトキツカはカゲフミを病院まで運ぶ。

なんとか助かったカゲフミはこの事態の後、自身には弟が全てなのだと思い知らされる。


彼だけが自分にとっての家族。そして唯一守らなければならない大事な弟。

しかしいつまで経っても、どれだけ鍛錬を積もうが呪術1つさえ使えないカゲフミは、いつまで経ってもトキツカを守れない。

そしてとうとう、あの非道な実験がキクキョウ家で行われることになる。



「カゲフミ、ごめん」



またも使用人から庭の掃き掃除を任された2人だが、今日はやけに2人の間を静謐が包んでいた。

別段喧嘩をした訳でもないと言うのに、トキツカの顔色は今朝から曇ったままである。

カゲフミはトキツカを気遣ってなにかあったのかを聞いても、彼は一向に口元を硬く結んだままだ。

こうして沈黙だけが2人を包むが、突如その沈黙を破ったのはトキツカだった。


カゲフミ自身、彼の翳を射した表情を見て怖気が走った。

駄目だ、またこの子は誰かを救うなんてことを言い出すなんて予測は的中し、耳にした言葉は残酷なものだった。

カゲフミはトキツカが実験体になると聞いた瞬間、箒を投げ捨てて彼の肩を思い切り掴む。



「分かってるの!? そんな実験は上手くいく訳がないんだ! 旧暦でさえそんなことが出来た試しなんかないのに! そもそも体を失うんだよ!?」



今すぐにでも考え直せと訴えるカゲフミの言葉に、トキツカは顔を歪めて首を横に振る。

いいや、兄さん達は悪くないんだと彼らを泣きそうな顔で肯定して。



「分かってる。でもここで誰かが頑張らなきゃ、リアムは討てないんだ! リアムがいることで恩恵はあっても、それでも苦しんでいる人はたくさんいる! ……なら、助けてあげなくちゃ」



いつも通り彼は口にする。誰かの幸せの為に自分が犠牲になると。

この後カゲフミはこの場を立ち去って、キクキョウ家の離れに引きこもっていた。

それから1週間後には実験が開始され、その間カゲフミはトキツカと顔を合わせることなどなかった。


しばらくして2人が再び顔を合わせたのは、当然トキツカが無事実験から帰還したからではなく。



「トキ、ツカ……?」



カゲフミの足元に転がされた鉄の塊こそ、トキツカ本人。

カゲフミはゴミとして裏の庭に捨てられた弟の亡骸を目にして、最初は嘘だと現実を否定する。

全ては夢だと、自身の視力の悪さゆえに見間違えているだけと。だけれどもそれは夢にすらならなかった。


カゲフミは胸を刺す悲歎を堪えて、足元に転がるトキツカの亡骸を拾い上げる。

ただの鉄の塊と化したトキツカの体は、あまりにも冷たかった。

既に雨で濡れていたのもあるが、それ以上にカゲフミが抱いたトキツカの体は異様に冷え、人肌には程遠く感じた。


なにより、無機質で硬い表面(はだ)が現実を知らせるのに十分な証拠だった。

たった1人の家族を失い、抜け殻になったカゲフミは数ヶ月間キクキョウ家の離れで廃人と化していた。

そして彼もまた、実の兄が仕組んでいた策謀へと足を踏み入れてしまう。



「俺が、やらなきゃ……」



そうして、カゲフミもまたあの冷酷極まりない実験に身を投じてなんと実験は成功する。

彼は右腕を失い、改造の過程で左腕も3分の2も削られ、右目さえ失った。


こうしてキクキョウ家の劣等生は、キクキョウ家歴代の最強の呪術師に返り咲く。

だがこれは順当な結果であり、成功の鍵となったのはトキツカの死だ。


カゲフミはトキツカを失ったときに自我を失っており、挙句に彼を奪ったキクキョウ家の人間を日に日に恨み続けていた。


数ヶ月を得て溜まった呪力は根絶という特性を宿し、呪術師どころか呪力を用いての異能者の中でも類を見ない存在へと昇華した。

しかし実験が成功した直後、カゲフミは行方を晦ます。


彼は自身を追ってきたキクキョウ家の追っ手を皆殺しにし、キクキョウ家との絶縁をトウヤへ突き付けた。

事実、このままこいつらの思い通りになってやるかと言う固い意思がカゲフミの中にはあった。


いや、これだけの力を得たのならば、自身がすべきことはたった1つだけだと理解していたからである。


絶対にキクキョウ家(やつら)の玩具になるものか。

そう決意したカゲフミは3年程修行を積むことになる。

その後、5年程フリーランスの傭兵として戦場に身を投じて彼は戦い方と技を磨く。

十分な戦闘経験を積んだ後、彼はわざわざ『ゴースト』の群れに自ら突貫して相当な呪力量を搾取する。


全てはキクキョウ家への復讐のため。

それと同時に彼が『■■』と言う存在を知ったことで、『ラジアータ』へと目指すきっかけとなった。


カゲフミはリアムの持つ亡骸——『■■』と呼ばれるキクキョウ家が求めた奇跡そのものと言う存在をある街で耳にする。


街に滞在していた『血濡れの剣(ブラッド)』の兵士曰く、『■■』はリアムの呪力の根源を詰めたものだと言う。


要はリアムが不死身かつ、相当の呪力量を維持していられるのも『■■』があってこそのこと。

となれば、『■■』が秘める呪力量は生身の人間が持てる呪力の限界を超えているのと同義だ。


そんなものの存在をキクキョウ家の人間が聞けば、どれだけ『■■』を欲しがることかとカゲフミは予測する。


そして案の定、1年も経たないうちに同じく『■■』の存在を聞いたキクキョウ家の人間がいよいよ重い腰を上げる。と同時にカゲフミは『ラジアータ』へと向かったのだ。


全ては『■■』を奪取し、キクキョウ家の邪魔をしてやるために。

『■■』を奪取したその暁には、その全貌を余すことなく解明する。


叶うのならば、鉄の塊になってしまったトキツカを元に戻してやりたいと言う非人道的願望がカゲフミの理性と内側を蝕んでいった。



はい、前回ラインバレル君が断罪者までズッこけたというのに突然カゲフミ視点となりました。

前回の活動報告で少し触れたのですが、この12話はカゲフミ編の後編であり彼の過去話です。


なんでこんなわざわざ……と思うかもしれませんが、カゲフミの選択が今後ラインバレル君の運命を左右します。

さらに、今まで明かせなかったカゲフミの復讐者に至るまでの過程ですね。ここをすっ飛ばしたら永遠に明かされないのでねじ込みました。


というより、一文目で早々カゲフミ生存説が浮上してますけどこれマジ? だとしたら、あの子どうなっとるん?



⚔57話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレを含みますので、本編一読後に閲覧するのを推奨します)

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3173711/



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