真実を告げた神こそがこの世の悪ならば
「贖罪? 牽制? 一体何のためにそんなことを……。そのためならリアムを生かしても構わないとあなたはおっしゃるのですか?」
「残念ながら」
と、彼は悲哀さを滲ませて目を伏せる。
今この方がなにを考えているかなど分からないが、ただこの柔和な声が俺に知らせていることは1つだけ。
私は嘘など一切ついていないと言う嘆願のみだ。
「いつか、そこに横たわる彼が予測していましたね。リアムは人々を守るためのサンプルだと。……ええ、そうです。私がいくら人間を創り出し予め感情に手を加えても、憎悪は決して消えません。現に今もこうして世界は憎悪に満ちている」
「感情に手を加える……? それに人間を創り出したって、まさかあなたは……」
震える唇から、自然と声が漏れてしまう。
あの新暦を迎えて100年過ぎた後のリアムとの戦いで、もう1度人類は滅んだ。
だとすればそもそもの話、今こうして人類が生きて世界が存続していること自体がおかしな話である。
旧暦にあった聖書でさえ、アダムとイブは存在した。だが、その番すらいない世界で彼らを生み出すにはどうすればいいのか。
神様が世界を、人類をたった1人で作り出すのなら、それこそ手段は限定される。
挙句、今神様は予め感情に手を加えても憎悪は決して消えないと語った。
そこから導き出される結論など、もはや1つだけ。そして神は、無情にももう1つ隠していた真実の裏側を口にする。
「ええ。改暦を迎えてから生まれた人類は、全て私の智慧でさらに改良を加えた肉塊です。これでも、新暦の頃より人間に近しい物を創れた自信はあったのですが、それはまぁこの際は出来などいいでしょう」
その明かされることのなかった人類の誕生の経緯を聞かされた俺は、背筋が凍った。
それと同時に、俺の中で先程浮上した疑問はあっさりと解消される。
改暦を迎えて以降生きている人間が『マタ』への耐性を持っているのは、ヘレ・ソフィア神が自ら改良を加えていたからだ。
そんな無慈悲な現実を耳にすれば、先程まで嫌に速かった心臓の鼓動も段々と落ち着いていく。
いや、恐ろしすぎるがゆえに抵抗もなにもないと諦めただけである。
神に祈ることさえも無駄だと理解したから、体はこんなにも冷たくなって生きることを放棄しようとしている。
一方で繁栄においては全能である神ただ1人が、訥々と俺を安心させるかのように言葉を継ぐが所詮それは意味のないもののはずだったのだが。
「恐らくこの話を聞いて、あなたに怖い思いをさせたことでしょう。しかしそれが私の取れる最善策であり、その上でリアムとある条約を交わしたのです」
「条約……?」
「はい。私は人類を管理することこそ使命な訳ですから、不毛な争いは避けたい……ゆえにリアムの願いを相打ちした際に許容したのです。私がリアムが生きるのを見過ごす代わりに、『マタ』や『ゴースト』による被害は最小限にしろとね。実際リアムが眠りについたことで、大気に満ちた呪力の質量は落ちています」
それこそ神の一柱である自身に出来る選択だったなどと言われてしまえば、彼を責めることなど出来やしない。
もし、彼が言ったことが全て本当だと仮定しよう。
旧暦に滅んだ人達を元に人間を創り変えても、結局憎悪は消えなかった。
それは2度も立証されており、恐らく今もヘレ・ソフィア神は人間の改良を裏で行っているはずだ。
そして『マタ』による被害を最小限にするべきことは、根本の原因であるリアムを説得するのは妥当だ。
これこそ、世界に隠された真実の全てだと区切るようにヘレ・ソフィア神は最後に俺に警告する。
「ですから、もうこの『ラジアータ』に足を踏み入れてなどいけません。これが私からの最後の警告です」
「……でも」
何故か俺の唇は、自然と言葉を紡いでしまう。
こんな残酷な現実を知ってしまえば、余計にリアムへの憎悪は募ってしまう。
だけれど、これ以上被害を出したくないから口を噤めと?
そんなものはそっちの都合ではないか。
だからか、俺は不敬にも崇拝すべき神様を目の前に現実への文句を口にする。
「俺は憎いんです、リアムと言う男が。こいつが最初からいなければ、俺の家族は……仲間は、みんな悲しまなかったのに。どうして、それを我慢しなければならないのです?」
「——」
瞬間、俺の言葉を聞いたヘレ・ソフィア神は目を丸くする。
今になって初めて俺と視線を合わしたが、俺と視線を合わせた瞬間にその目を細める。
突如向けられた殺意に俺はさらに血の気が引くが、俺は直感であることを知らされた。
この人が見ているのは俺ではない。
この人が見ているのは、俺の中にある憎悪だと。
本来ならば、俺の中にそんな不純物など必要ないと語る視線は俺が抱えている異常性を理解していた。
だからこそ、その原因を作ったある人物へとヘレ・ソフィア神は静かに激昂する。
「……ああ、嘆かわしい。あなたのような『正しき人間』があの災厄にその精神を犯されるなど。リアム」
「なんだ?」
今まで強制的に蚊帳の外に追い出されたリアムに対し、ヘレ・ソフィア神は歯噛みしてはこう切り出した。
「『原初の災厄』は私に譲りなさい。次こそ罰を下し、あの汚物を浄滅してやりましょう」
そんな怒りを露わにするヘレ・ソフィア神に対し、リアムはどうでもいいと返す。
「勝手にしろ。……なら、『原初の災厄』に伝えておいてくれ。お前のせいでラインバレルは道を踏み外したと」
「当然ですね。私の管理下にある愛しき人々を、お前のような汚物に触れさせたこと自体が私の失態ですから」
道を踏み外した? 俺が?
ふと、2人の会話からまた疑問が生まれる。
「俺は別に、道を踏み外してなんか――」
そうだ。俺は道を踏み外してなどいない。
父さんの言いつけ通りに『正しき人間』であるため、人としてやってはいけないことは絶対にしなかった。
結果を残すためには努力したし、その上でズルなどもしていない。
自身を信じ、先を見据え、ただひたすらに前へ前へと、自身の人生を完遂すべく研鑽を重ねただけなのに。
「あれ?」
だが、それはあくまで数ヶ月前の自分だったと俺は気づく。
俺は『聖火隊』に入るために努力したが、ある日ヴァンタールと揉め、利き腕を落とされかけた。しかし、そんな窮地の中で俺を救ったのは誰だったか。
そしてそんな無力な俺に“罪業”なんて力を与えたのは誰だったか。なにより“罪業”とはなんだったか。
その起源が、脳内で勝手に再生される。
「でも、この『業火の仮面』を使った場合、“再誕”と言う法は使えないと?」
いつかの無力な自分が奴へ問う。そして俺に“罪業”を与えた『原初の災厄』はこう返したはずだ。
「使えんよ。そもそも、元は儂の呪力で能力を行使しているのだからな。むしろお前は犯される側だ」
たった二言しかないやり取りが巻き戻しされた瞬間、ヘレ・ソフィア神は俺を痛むような視線を向けて俺に現実を突きつける。
「……ええ、そうです。あなたは道を踏み外したのですよ、あのときにね」
「ああ……」
本当に、俺はただの阿呆ではないかと今更ながらに思う。
先程まで感じていた緊張や恐怖など一切残らず吹き飛んで、自身の愚かさを恥じる。だが、ヘレ・ソフィア神は俺に罪はないと首を横に振る。
「ですが私やリアムにそのことについて責められたくもないでしょうし、責める権利もない。ただ、あなたは私の理想だった。誰にも換え難い唯一の理想だと言うのに」
「理想?」
慙愧に堪えないと後悔するヘレ・ソフィア神の姿を見て、この人は何故ここまで俺を贔屓するのかと疑問に思う。
俺が今まで努力をしてきたから? ―—否。
俺が『正しき人間』であり続けたから? ——否。
逡巡した言葉をすべて否定したのは俺ではなく、ヘレ・ソフィア神の因縁の相手であるリアムであった。そして乾いた唇はこう動く。
お前が、そうもヘレ・ソフィアに愛された理由はな――と。
しかしリアムが答えを口にする前に、ヘレ・ソフィア神自身が答えを俺へと開示する。
「あなたはそんな脆い肉塊でありながら努力をし、技を研鑽してきた。なにより純朴で、潔癖で、人を一切憎まずに他者と手を取り合うその様こそ私の理想。誰もが至れなかった救世主のそのものなのですから」
そう微苦笑を浮かべるヘレ・ソフィア神だが、俺の中に滾ったのは誇りでも優越感でもなかった。
ただ単純に、怒りそのものと失望だけ。
ああ、神様も所詮はリアムと同じだったのかと、ただそれだけ。
「……ふざけるなよ」
罪滅ぼし? 自分に出来る精一杯のこと?
しかし、それらはただの自身のエゴでしかないじゃないか。
神様ならば、人間を救うことなんて造作もないでしょう?
なにせ、あなたは“繁栄”を司る神なのだから。
こんな文句を付けるのは最低だし、ただの子供の駄々だ。
だが、そもそも前提自体が気に食わない。
人々の歴史を存続させるために、旧暦に生きた人間を模倣した量産品が今改暦を生きる人間だ。そんなことを聞かされて今生きる人類はこの人に感謝などするだろうか?
自分達は神の操り人形。いや、それ以下だ。
俺達は生きろと言う命令だけを詰め込まれた肉塊で、こんな過酷な世界で生きることを強いられている。
こんな現実こそ、人間にとっての幸福なのか?
否、否、否否否——否ッ!
腹奥で煮え滾る嚇怒の念と失望は、『業火の仮面』に宿る呪力を触発し、俺から呪力を放出させる。
「……ふざけるな。ふざけるなァアアアア―——ッ!!」
神様は結局、邪神と同じだった。
自身の願いのためならば、如何なる邪道にすら手を染めて、闇をひた隠す。
それどころか大体の闇を暴かれた邪神の方がまだ善人に見えてくるが、どいつもこいつも、結局は――
「お前らの勝手で、俺らの尊厳を踏みにじるなァアアア――ッ!」
愛する人と一緒にいたいからと言う勝手で、地獄を生みだした邪神。
そして“繁栄”と言う免罪符を盾に、神として成すべきことを間違えた神。
こうも似ていて、反吐が出る存在を俺は許せるはずがない。
体内にある呪力を全て2人へ向けて放出する俺だが、恐らく出来ても彼らの片腕を持っていくことだけだろう。だが、それでも構わない。
お前らにとっては矮小な存在であろうが、俺達の怒りと苦しみを知れと“罪業”を展開したその瞬間、ヘレ・ソフィアはどこか泣き出しそうな子供のような表情を浮かべる。そして、白い唇はこう言葉を紡いだ。
ああ、あなたならばこの意思を理解してくれるはずだと思ったのにと。
そして、俺の滾らせた憎悪が2人に襲い掛かるその刹那で、2人は背後から黒い弾丸を浴びせられる。
「え?」
ヘレ・ソフィアが一瞬視線を背後へ向ければ、そこにはカゲフミが決死に立ち上がり、自身の能力を嫌という程2人へ撃ち込んだ後だった。なにより、今この隙を逃すはずもなく。
「「消え失せろォオオオオ―ー―ッ!」」
俺とカゲフミが激昂と殺意を込めて、放った呪力達は確実に2人の外道を捉えた。だが、俺達が全力で行使した呪力は、一瞬にして光によって浄滅かれる。
「残念です。ですがまだ救済の余地はありますよ、ラインバレル・ルテーシア。なら、あなたを救うべく、まずは」
とカゲフミの漆黒の瞳とヘレ・ソフィアの柘榴色の瞳が一瞬だけ互いを捉えた。その瞬間。
「——え?」
ゴトッ、と地面に無機質ななにかが落ちて、砕けた。
そして砕けたなにかは俺の足元まで、転がって来る。
思わず俺はそれを手に取るが、それはただの石ころではなく、黒く焼かれた人間の肉片だった。
「カゲ、フミ……?」
俺は自然と彼の名を呼び、カゲフミの姿をよくよく見て見れば、彼は既に光に焼かれて呪力どころか血——いや、細胞ごと固まっていた。
「呪力であらゆるものを根絶させるとは中々のものですね、さすがはキクキョウ家の生んだ復讐者。ですが私の下す『罰』に抗うことなど、そこの邪神以外には出来やしません」
「あ、ああ……っ」
俺は思わず、手に取っていた固まった肉片を地面へと落としてしまう。
同時にこの『ラジアータ』へ響いた絶叫は友には届かず、ただ外道2人を聖戦へと伸し上げる開戦の号砲になってしまった。
これで壮絶だった11話も終了になります。そして次からは4章へと突入します。
世界の真実と裏側を語った11話でしたが、結論からいうと大体はリアム君とヘレ・ソフィアのせい。そして、邪神も神もそう変わらんということです。
挙句、ラインバレル君とカゲフミがコンビプレイをかましたものの、無論この2人に攻撃が届くことなくカゲフミは退場となりました。いや、お前まだ戦えたん!?
もうラインバレル君のSAN値はマイナスに振り切ってます。そしていよいよ次話からラインバレル君の分岐点が始まります。
⚔54話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一読後に閲覧を推奨します※)
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