聖戦の前章
「……なんて地獄だったんだよ、旧暦と新暦と言う時代は。元凶となった俺が言えた話ではないが、今もまだこの1300年で死んだ者達の怨嗟が俺の精神を蝕む」
漆黒の飛沫に呑まれた俺達が知ったのは、あまりにも残酷すぎる世界の裏側だった。
あの闇に呑まれて、この世界の記憶を見ている間、俺はずっと汗と寒気が止まらなかった。
新暦にて『マタ』に蝕まれ苦しむ人達は、不可視の壁に隔たれた無事である俺達へと助けてと救いを乞うた。
だが、『マタ』に特効薬などないし、症状を緩和させることが出来るのは治療班のみ。
だが、新暦には治療班すらいなかった。おかげで人々が苦しむその様は、俺が目にしてきた現実よりも計り知れないものだった。
挙句自身が『マタ』を発症せずとも、近しく大切な者が『マタ』に罹ることで憎悪により連鎖的にリアムの呪力が猛威を奮う。
これはリアムの呪力の抵抗でもあるが、もう1つ関係していることがあるとリアム本人は語る。
「人間1度絶望してしまえば、生きる気力は自然となくなる。だから余計に抗う気力を失くして死に至る……無慈悲にも程があるがな」
「みんな絶望して、やり場もない怒りを抱えていたのか……。と言うことはつまり……」
「そう、ループだ。怒る者の傍にいれば呪いに体を蝕まれ、怒りに狂った果てに絶望してもなお憎悪に蝕まれる」
もはや、新暦に流行した『マタ』は改暦にて流行しているより圧倒的な暴威だ。
憎悪を抱き、怒れる者が近くにいれば最後。感情と言う人としてあるべきものへの悍ましさを覚えたその瞬間、俺の中である疑問が浮上した。
では何故改暦に生きる人間達は、新暦に起こった『マタ』と同等の被害に遭っていないのかと。
しかし、そんな疑問が浮上すると同時にリアムの背後に呪力の渦が突如顕現する。
「ん?」
リアムは背後を振り返り、黒い渦を灰色の瞳で視認した後、ふと足元へと視線を落とす。
「ギ、ガ……ガァアア……」
軋んだ人ならざる声は、『ゴースト』の発する金切り声によく似ている。しかし、そんな人とかけ離れた声を発するのは俺の大事な友人の声帯からだった。
カゲフミは穴だらけになった体を呪力だけで再生させ、今やリアムの足首に爪が食い込む程の力で掴んでいる。
さらにカゲフミを中心に展開された呪力の渦でリアムを呑み、奴ごと根絶させると猛威を振おうとしていた。
「……驚いた。体内の『ゴースト』に干渉して、ついでに呪力を根こそぎ奪ったのに。俺への怒りだけで、よくもここまで回復したな。お前、本当に人間か?」
一瞬、リアムはカゲフミを見て怯んでは距離を置こうとするも、カゲフミはそうはさせないとさらに呪力で奴の足首を握る右手を強化する。
「ガ、ガァアアアアア――—ッ!!」
「カゲフミ!」
もはや人間とは言えないその様と暴走に俺は制止の声を上げるも、この声がカゲフミに届くことはない。そして黒い渦はリアムを呑み込むも、カゲフミの呪力は弾かれる。
しかし、その弾かれた呪力を再び弾丸に変え、大雨のように再度リアムへと降らす。だが。
「よくも彼女に触れたな」
その怨嗟の一言が、カゲフミの呪力を全て吸収する。
カゲフミが放った弾丸は、リアムではなくリアムの抱いていた亡骸の肩へ触れたことで、リアムの怒りの導火線に触れてしまう。
そして今度こそ、リアムはカゲフミの体内から呪力を根こそぎ奪い、ある制約を発動した。
「“お前らを殺すのは捕食の邪神だ”——“そして『愛』以外は全て滅しろ”」
愛しい彼女に触れるのならば、根絶させる前にこちら側がそれら全てを根こそぎ奪うと。
そんな死刑宣告にも近しい詠唱が紡がれると同時に、呪力を干されたカゲフミは再び動きを止めてしまう。
リアムはカゲフミがもう動けないと判断したのか、顔を逸らして彼を見遣ることなどしなかった。
俺はこの数秒に起きた出来事に圧倒され、数秒言葉が出ないどころか現実にさえ追いつけずにいた。
カゲフミを完全に封殺した後、リアムはカゲフミを最初からいなかったかのようにカゲフミを意に介さない。
そして、次は生き残ったお前の番と言わんばかりに死の足音がやって来る。
「これが旧暦から今に至る歴史の真実だ。俺も不幸を創り上げた原因の1つだが、ヘレ・ソフィアもまた同罪だ。俺と戦うことを選んで人類の系譜を絶った。今は神様のくせに相当の性悪だろ? ……まぁ、そっちの方が管理しやすいか」
「管理……?」
と俺はようやく動いた口で疑問をぶつければ、リアムは殺意に満ちた眼で俺を見遣る。
「これで冥土の土産は全部くれてやった。だから、本物の絶望が来る前に俺の憎悪で諸共死ね。俺以上の半端者が」
夥しいその視線に思わず怯みそうになるが、だからと言ってここで折れて絶望なんてすれば今まで犠牲にしたものが無駄になる。それに、俺はまだ死ぬ訳にはいかない。
その理由は今もまだ分からないけれど、まず今すべきことは……なんて思考を巡らせてもなにをすべきか全く分からないのだ。
まず肉弾戦など論外。
しかしリアムを守護するように周囲を囲む黒い顎もまた侮れず、かと言い奇跡的にリアムに攻撃が届いてもそれも無効化される。
もはや混乱どころか白紙と化した脳味噌では、世界の裏側にある真実を受け入れることで精一杯だ。俺はただもう理解が出来ないと混乱で喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
「だからなんなんだよ、管理とか……分かる訳ないだろ!? そんなもの!」
まるで助けてと救いを求めるように。全てが嘘であって欲しいと願うように俺は声を張り上げる。
ここを切り抜けられる思考と、力とタイミングさえあればとこの窮地を脱せるのにと出来もしない妄執に取り憑かれながら。
だから、神様。どうかチャンスを下さい――と天に祈った瞬間だった。
「分からなくて構いません。なにせ人間達が事情を知ったところで何も出来やしませんし、期待もしていません。ですがリアム、そこの彼を殺すのは許しませんよ」
そう柔和な声がこの場に響いた瞬間、白い長靴のつま先が地面に触れる。
そしてリアムに並ぶようにこの場に現れたのは、若い男だった。
金糸のような髪を後ろで束ね、束ねた髪はまるで海を泳ぐ魚のように揺らぐ。そしてなによりも特徴的なのが右目の泣き黒子と、柘榴石のような瞳。
目を合わせるどころか、その姿を視認した瞬間に俺はその荘厳さに体を粉にされそうになる。ただ、この容貌には見覚えがあった。
聖都・セイビアに置いてある宗教画であれば、どの絵にすら描かれているその姿。彼こそが“繁栄”を司る神の一柱。
「ヘレ、ソフィア神……?」
俺が動けず地面へたれ込んでいると、ヘレ・ソフィア神の隣に並ぶリアムは彼を睨んでは舌打ちする。
「確かに仕掛けたのは俺だ。だからと言ってそこの男を譲る気はない。……いや、もういいか」
すると、リアムは灰色の瞳に諦観の色を映す。そして、リアムの隣に並んだヘレ・ソフィア神は小さく微笑みを零した。
「ええ、もういいでしょう。聖戦に参ずる役者は全員揃いましたし、他の神が横槍を入れないように説得はしました」
そう言ってリアムを窘めると同時に浮かべた微笑みを見た瞬間、俺の心臓は激しく鼓動を刻んでいく。
「止めろ」
と、急に俺はこれ以上なにも言うなと2人へと制止していた。
何故か俺の本能はこれ以上この2人を会話させるなと訴えかけるが、この状況で俺がこの2人を止めることなど不可能だ。
それに俺がどう足掻いたところで、こいつらはなにがあってもこの先起こる未来を俺へと告げるだろうと予知が脳裏を過る。
聞くな、このまま遠くへ逃げろと俺の脳細胞が警鐘を鳴らすが、情けないことに俺は立ち上がることすら出来ない。
はたしてそれは畏敬か恐怖からか分からないが、理解出来ることはただ1つ。
選択のときがやってきた、それだけだと。
そして神は、無情にもその口で全てを語る。
何故こうも過去に殺し合った存在と肩を並べ、結託した素ぶりを見せているのか。
なにより、リアムが見せた世界の歴史の闇の奥底はまだあると。
「まず、あなたの疑問を解消して差し上げましょう。何故神たる私が邪神と手を組んでいるのか。それは――」
「止めてくれ……」
聞きたくない。
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない――どうかその宣告で俺が今まで抱いていた幻想を壊さないでくれと縋るように言葉が漏れた。
そもそも、今この世界こそあなたが望んだものではなかったのかと視線で訴えるも、柘榴色の瞳に俺は映ってなどいない。そして慈愛に満ちた声は残酷な胸の内を明かす。
「あなた方人類への贖罪です。そして、あなた方への牽制を込めて。全ては私が秩序を定めるがゆえに、あなた達を愛しているがために……理由などそれきり。どうか理解いただきたい」
わぁ……あのカゲフミがとうとう一発退場というか普通にこいつ人間じゃない。
おかげでリアム君もびっくり。けど一瞬にして仕留めるのはさすが邪神(2回目)
しかも普通になんかヘレ・ソフィアがぬるっと登場してきましたが、こいつ登場早々からヤバい案件持ち込んでるんですけど本当に最悪ならぬ災厄。
⚔53話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一読後に閲覧するのを推奨します※)
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