世界の闇に葬られた真実達
原初の罪はリアムと言う愚者が生きていたことであった。
旧暦1600年。リアムが兵役へ出たために、彼は自身の想い人であるマナと言う少女を傷付けてしまった。
マナとリアムは互いに愛し合っていたものの、どちらもその想いを告げられず近くも遠しい関係にあった。
さらに2人は周囲から疎まれていた存在だったゆえに、互いに恋心を寄せて依存心を育むのも非情に容易かった。
だがリアムが兵役により村を出て以降、マナは悲しみに暮れてしまう。
それも当然だろう。
なにせ1度戦場に送りこまれてしまえば、生き残れる可能性などごく僅か。よってマナは、このままではリアムを失ってしまうとリアムを守るために呪術へと手を染めることになる。
村にあった結界を利用し、どうか遠く離れたリアムを生きて自分の元へ返すようにそう呪術を施したのだが、そんな中で彼女は間違いを犯してしまった。
それは彼女に罰が当たったなんて、生温い話ではない。
マナは毎晩悲しみに暮れて涙を流すたび、自分を置いて、自身の名誉の回復のためだけに兵役へ出たリアムを憎んでいることに気付いてしまったのだ。
彼に生きて欲しいと言う願いと、彼を許せないと言う憎悪と彼を愛していると言う矛盾。
それらが混ざり合った瞬間、マナは『ゴースト』と言う化け物を産んでしまう。
マナは自身が産んだ『ゴースト』にあっさりと喰われてしまい、その後『原初の災厄』と言う絶対悪がその『ゴースト』を触媒にこの世に顕現する。
こうして、マナとリアムの全ては狂ってしまう。
失われた平穏な日常だけでなく、マナ自身も死んだ。そして最低最悪な災厄が執筆した残虐劇が幕を開けるのだ。
残虐劇が幕を開けるのは、マナの死後から2年後のこと。
リアムは怪我を理由に村へと帰ってきたが、そこで彼を待っていたのは『原初の災厄』と意識を同伴させたマナだった。
呑気にもリアムは、マナの内に秘められた狂気と『原初の災厄』と言う存在を知らないままに平穏な2年間を過ごす。そして全ての崩壊のときがやってきた。
ある日マナが村から失踪し、『ゴースト』の群れがリアム達の住んでいた村を強襲。その結果、村は数時間と経たずに壊滅する。
唯一、生き残ったリアムは村を襲った『ゴースト』の証言と1枚のパピルスに疑問を持ち、マナを探すべく村を後にした。
道中、リアムは闘いと言う困難に落とされては決死にマナと再会すべく絶望の中で1人闘い抜く。
そして戦った末にリアムを待っていたのは、マナの本心とマナの想いの裏側に隠された真実だった。
当然真実を知ったリアムの精神は壊れ、全てを裏で操っていた『原初の災厄』と戦うことになるのは必然。
なんとか『原初の災厄』に勝ったリアムは生き残ったものの、もはや彼にはなにも残されていなかった。
なにせ世界は、自身と『原初の災厄』のぶつかり合いで跡形もなく消えてしまった。
今や、この世界にいるのはたった2人。
自分が愛し、殺し、喰ってしまった愛しいマナの亡骸と憎い自分だけ。
苛烈な戦いはリアムの心身を大きく困憊させて、現に彼は1度死にかけた。
そしてその後、彼は『原初の災厄』が悪戯心で用意したマナの墓の前でリアムは息絶える。
しかし、それで終わりだったはずの物語は、彼の我侭で再度構築させられる。
もう生きたくないと死を願い焦がれたリアムだったが、相反して彼の意識は、現実には叶わなかったマナとの温かい未来を望んでしまったのだ。
リアムはもう死に向かって冥府に堕ちるだけのはずが、世界に残された呪力全てを吸収することで一命を取り留め、それどころか半分不死者と成り果てた。
彼が不死者として再誕した理由は、世界にあるだけあった呪力を全て吸収したからこそのこと。
その世界に残った呪力とは、ついさっきまで息をしていた人間達の怨念とこびりついた憎悪である。
忘れてはならないが、リアムが『原初の災厄』が死闘を繰り広げる瞬間まで、世界には生きている人間が何億人といた。
だが、戦いの舞台となったアールミテ家の屋敷から漏れ出した『原初の災厄』の呪力は災厄そのものとなって人類をまとめて葬り去った。
おかげで、何億もの人の命が、無念が、一瞬にして世界から消失したのだ。
とは言え、一瞬で世界に生きる人間全員の息が絶えたとしても、人々の無念と混乱は現世に爪を立てたままだ。
「私達はただ平和に生きていただけなのに、もっと生きたかったのに」
「許さない。お前だけは楽に死なせてなるものか」
そうして、何億もの人間の憎悪と混乱はリアムへの呪詛として彼の精神を侵食していった。
リアムはそれらに耳を傾けることさえしなかったが、それでもこの膨大な呪詛こそ彼を不死者へと変貌させる。
そして幸か不幸か、その憎悪をただ一瞬でもいいから未来を生きたいと願ったリアムが無意識のうちに利用する。
彼を巣食うはずの呪詛達とリアムの利害は一致したことで、彼は晴れて邪神と成った。
だが、その体に収まりきらない憎悪を浴びた彼は一時的に昏睡状態に陥り、ここで世界の終わりに一区切りがついたのだ。
こうして旧暦と言う時代は幕を閉じる。
そしてここからはリアムだけでなく、かつてリアムと相対した男の罪となる。
旧暦が終わったその1年後、世界は『新暦』という形で再生する。
その発端となったのが、器を失ったヘレ・ソフィアと言う神の半身が失った肉体を取り戻して、神々の一柱に再度加わったことだ。
彼は自身の肉体を回収した後、人類を自身の権能である“繁栄”によって再生させ、また世界と言う土台をコツコツと創り上げていったのである。
それから100年。ヘレ・ソフィアがもたらした再生と繁栄は旧暦の頃と左程変わらず、誰もが幸せを享受していたが、そんな平和もやがて崩壊する。
新暦100年。旧暦において神国とされた『ファフニル』の手前にある聖都の霊碑街。そこで100年近く眠っていたリアムは目を覚ます。
リアムは目を覚まして早々、自身が未だに生きていることに絶望して暴走状態に陥る。
傍から見ればヘレ・ソフィアは愚挙を犯したように見えるが、彼がリアムを霊碑街へと隔離したのにも理由がある。
リアムは、幾億人の憎悪を浴び続けたことで地獄の主へと昇華してしまっている。
ゆえにリアムを殺すのが難しく、実際他の神々もリアムの処遇には手を焼いていた。
リアムをどうすべきかと身内で議論を重ねた結果、霊碑街に結界を張ってリアムを隔離することが決められたのだ。
だが、リアムは霊碑街に張られた結界を無意識のうちに破って、新しく復興した世界を目にする。
臆病で人に流されやすい彼からすれば、今自身の目に映る現実が如何に悲痛なことだっただろうか。
自分はマナを取り戻したい一心で戦ったが、そのせいで世界は滅んでしまった。その罪過は彼の中で一生消えないものである。
本来なら無視出来たはずであろう罪過は、生半可に人間であったリアムの心を引き裂いた。
なにより今リアムが生きていることを、彼の記憶の中にいる最愛のマナが許してはくれなかった。
「どうしてあなたが生きているの?」
「な、んで君が……」
リアムは一向に気づかない。これが自身の妄想だと言うことを。
リアムが声を震わせて、マナに何故自分が生きているのかと問いかけても、妄想の産物でしかないマナが本心を語ることなど出来るはずもない。こうして、リアムはただ精神を死の淵まで追い詰められていく。
「あなたは、あのまま死ぬべきだったのに。どうして私と一緒に眠ってはくれないの?」
「——ッ、ご……め……ッ」
リアムは自分に向けられた数多の憎悪に対し、ただ怯えて謝罪しか出来ない。
ごめんなさい、ごめんなさい。許してください。
いいや、許してとまでは言わないからどうか、この現実を否定させて下さいと。
多大なまでの拒絶と罪悪感と逃避。
これらに精神を犯されたリアムは、自身の体内に埋め込まれた何億ものの人の無念と憎悪を放出させてしまう。
もはや自死を選んでも死ねないリアムに、どこにも逃げ場などなかった。
その結果、この霊碑街どころか大陸中に彼の体内に吸収された膨大な呪力が撒かれてしまったのだ。
しかもリアムが生きる無辜の民へ謝罪し、自己嫌悪に陥って自身を憎めば、より憎悪は大陸へと満ちていく。
その葛藤の末、この世に生まれてしまった負の産物こそ『ゴースト』と言う存在と『マタ』と言う病である。
特に『マタ』という病は、最初はなんてことのないものだった。
いや、そもそもある程度医学が発達していた新暦において呪いによる異能など無用の長物。
人々が知る病とは、細菌によって引き起こされるものであって、呪いと言った非現実的存在が干渉してくると言った知見などない。
ヘレ・ソフィアも、予め呪いと言う概念全てを人に認識させないことで、人間が抱く憎悪を暴走させて周囲に危害を加えないよう対策済みである。
それゆえいくら呪いによって原因不明の体調不良を起こす人がいても、薬剤での一時的処置でどうにかなるだろうと言う認識の甘さがあった。
だが、薬など一切効かない摩訶不思議の現象に人々は困惑する。
そんな中、ヘレ・ソフィアが人間達の異変に気付いたときには時既に遅し。
最初は風邪程度で留まっていた呪いの身体への干渉は、徐々に深刻と化していく。
旧暦に突如死に絶えた者達はみな、新暦で平穏に生きる者達を羨んでは死に絶えろと呪詛を唱え続けて新暦と言う時代に災厄を喚び寄せる。
その呪詛を呪力に変換して放出するのは、今や廃人と化したリアムだ。
彼も自身の中で止まない呵責と言う呪詛に耐え切れず、自身の持つ能力をここで解放させたのだ。
彼が元々持つのは、『ゴースト』への破格の干渉能力。だが、その干渉能力はいつしか『ゴースト』を中心に人々へと伝染していく。
そして『マタ』と言う異様な呪いが流行して1年。
新暦101年には既に人類は呪いに蝕まれるだけの肉袋と化していた。
旧暦の人間が残した負の遺物は、この1年で何千万の人々の屍を積み上げている。
『マタ』に犯されたら最後。内臓だけでなく神経まで呪力に犯されて、苦しみ耐えながら息絶える。それだけならばどれだけ良かっただろうか。
『マタ』は感染症ではないため、飛沫感染や接触感染を起こしはしない。
だが、元から怒らない人格を有する人間や、人を憎まない性格の人間には馴染みやすい特性がある。
と言うのも、呪力に対抗するには呪力の根源となる憎しみに慣れなければいけない。ゆえに怒りや憎悪に触れることの少ない人間には猛毒となってしまう。
しかも、問題はそれだけではない。
幼い子供や赤子ほど『マタ』を発症しやすいこともあり、おかげでこの1年で人類はどれだけ命の系譜を断たれたことか。
最悪なのが、『マタ』を発症せずともこの理不尽な現象に怒る者も当然いることだ。
そう言った人間が抱いた憎悪をリアムの呪力が感知することで、彼の防衛反応が出て、『マタ』を発症してしまう。
こんな地獄を前に、ヘレ・ソフィアは他の神々を説得。
自身がリアムを討つと宣告し、ここから100年程ヘレ・ソフィアとリアムの戦いが続く。
本来なら神の一柱であるヘレ・ソフィアが、ただの人間であったリアムに遅れを取ることがない。
だが、怯懦を恥じて、現実に絶望した負の塊でいるリアムは自身と同じ神とも言える存在にまで匹敵した。
結果100年も続いた神と邪神の戦いは、ヘレ・ソフィアの『血』と言う能力を行使したことで幕を閉じる。
そして『血』と言う能力を行使した代償こそ、2度目の世界崩壊への引き金となったのだ。
はい、また情報量が多いですね。非常に申し訳ありません。
にしてもここで色々世界の真実が明かされたというか、してやったりと作者はニッコリしております。
ええ、そうですよ。誰が旧暦の後に改暦という時代が来たと言いましたでしょうか?
しかもちゃっかり、この馬鹿2人(ヘレ・ソフィアとリアム君)のせいで新暦が終わってますし。これはもうヘレ・ソフィアのせい。
そして第1話の内容は、新暦が出来て101年経った後なので改暦を迎える前のことです。
あの前半の旧暦の詳細については、ぜひ前作である『マナイズム・レクイエム』で語られているので、よければそちらも併せてご覧下さい。
⚔52話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一読後に閲覧することを推奨します※)
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