毒女は化け物と踊り狂って命を散らす
カナタ・ハルミはただ全力で宙を疾駆する。
後ろから彼女を爆速で迫って来るのは『ナインス』と言う化け物であり、彼はケタケタと哄笑を吐き散らしてカナタと距離を縮めていく。
だが、この速さであればまだ走れるとカナタは確信した。
胸元の傷はなんとか呪力を硬質化させ塞いだことで血は止まった。痛みはあるものの、この速度であればまだ体は動く。いや、呪力で限界まで身体能力を高めて今こうしているのだ。
限界までの呪力の放出は、全身に激痛が走る程度なんて生温いものではない。
本来であれば精神も蝕まれて、最悪先程自身が介抱したラインバレルのような状態になる。
そんな中、カナタは自身の精神を安定すべく別に呪術を展開させているゆえ、さらに呪力の消費は膨らむばかり。
精々もって後数分。これを越えてしまえば走ることどころか、立ち上がることすら出来なくなる。
呪力も尽き、精神も体力も空となって『ナインス』に嬲り殺されることだろう。
「はははッ! どうしたよ、カナタァッ! そうも逃げられちゃ困るんだよ、俺はそこまで足が速くないからなァッ! そのままじゃアンタは俺と殺し合わずに死ぬ。そんな惜しいことはしたくねェのさ!」
無論、自身の後を追う『ナインス』も全て織り込み済み。
奴は今の自分の限界を知っているし、だからこそ自身を仕留めるために執念1つで追いかけてくる。
ならばとカナタは覚悟して足を止めた。そして立ち止まった瞬間に、肺に激痛が走るが、その痛みをなんとか気合いで押し殺す。
深く息を吸って吐いた後、無理に呼吸を整えて、カナタは振り返っては『ナインス』を見遣る。
麹塵色の瞳は細められ、ようやく時が来たかとその瞳に愉悦を宿している。
「おお、やっと追っかけっこは終わりか。なら、お約束通り俺と殺し合いしましょうや」
「ええ。……だけど、勘違いさせたままなのは不愉快だから先に言っておくわ」
カナタの口調が、普段の『カナタ・ハルミ』のものから毒女であるコルド・ブランシアのものへと戻る。
そして、彼女は『カナタ・ハルミ』と言う皮を脱ぎ捨て、かつて『血濡れの剣』で屍を積み上げてきた仕手へと変化した。
「『カナタ・ハルミ』なんて女は、さっき死んだの。あのどうしようもない甘ちゃんの前でね。だからあなたと踊るのはコルド・ブランシアと言う最低最悪の毒女。それだけは間違えないで」
「はははッ! んなもん、気にやしないさ。どちらにせよ、俺はその胸の奥底に秘めたアンタの憎悪が好きなんだ。だからこうして約束を守った訳で」
「ええ。『ゴースト』なんて憎悪の塊のくせして紳士的だから、わたしも胸がときめいたもの。……だから、わたしの毒に浸って死になさい」
『ナインス』への死刑宣告と同時に、カナタ―—いや、コルドは体内にある呪力を全放出させる。そして彼女が最期に紡ぐのは、彼女の人生そのもの。
「“私は水底に棄てられるべきもの、しかし私は現世へ浮上してしまった”」
コルド・ブランシアは2度死んで、カナタ・ハルミとなった。
「“しかし毒の皿と化したこの身は、いつか私を棄てたあの人へ届くべくそれまで私は生きるのだ”」
だけれども、自身が宿す憎悪は同一のもの。ゆえにカナタ・ハルミとコルド・ブランシアが成すべきことは原初に還ることだけなのだ。
いつか彼女が夢見た将来の夢――愛する人のお嫁さんになるなんて幼稚な夢は、憎悪に塗れて彼岸に潰えた。いや、潰えてしまった。
もう彼女は『カナタ・ハルミ』として愛する人の隣で笑うなど出来ない。彼の隣にいる資格もなく、いることすら許されない。
どんなに彼を愛していると言おうが、これまで送って来た人生や犯した罪は消えない。消えてくれない。
だから、それらの贖いのために愛する人を守ると決意し、こうして化け物と殺し合うことを選んだ。
八つ当たりではあるが、自身の夢を潰えさせた『ナインス』に毒の皿を喰わせなければ気が済まない。
幸い、この頭のネジが外れた『ナインス』ならきっと自身をじっくり味わうだろうと予測した瞬間、全身に怖気が走る。
ああ、本当はこの身体は愛しい彼へと捧げたかったのに。
カナタ・ハルミはそう悔いる。
けれど、そんな諦観と我慢はずっと昔から敷かれ慣れている。
そうして彼女の瞳から零れた涙もまた、『ナインス』を殺さんと一滴の毒と化す。
「“それこそ毒女の幸福、いつか見た心中への罪は今もこうして胸を高鳴らせている”、“いつか貴方の見とれたこの身体は、再び舞って貴方を惑わす”」
ごめんなさい。
そう最後に、カナタ・ハルミは愛しい人へと謝罪する。
まだ自分はお礼を言っていなかった。こんなにも穢わらしいコルドを知っても大切だと叫んでくれたことに。
今までたくさんの人を騙して殺してきたけれど、あなたと過ごした夢はとても優しくて心地が良かったと胸の内で遠くにいる彼へと告白する。
「……あなたを、落とせなかったことが悔しいけれど」
もう、あなたの花嫁どころか傍にいることさえ叶わないけれど。
どうか少しでも長く生きて欲しいと呪いを込めて、呪力を全力で収縮させる。
極限まで収縮された呪力は、そのまま異常反応を起こして暴走する。
もっと憎しみを寄越せと、それだけでは足りないぞと自身の呪力が訴えた瞬間に、彼女は暴れ回る呪力へこう命じた。
「“同調せよ”ッ!——“これこそがわたしの罪だから”——……!」
同調、同調、同調――彼女の真価である呪力への同調を展開させて、『ナインス』を自身と同じ状態へ至らす。
つまりは心中。もう自分に戦う術などなく、地を駆けることも宙を舞うことすら出来ない。
今まで決して使うことのなかった完全同調と言う必殺の技を以て、必ず『ナインス』を滅すとコルドは誓ったのだ。
コルドの持つ同調能力とは多岐に渡る。
相手の精神を自身と同じ状態にすることや、同調することで相手の呪力を弄ることも可能だ。
だが、彼女の同調能力の恐ろしさは一時的な乗っ取り行為ではない。
彼女の同調能力の真骨頂は、相手に自身を映して差し込むこと。
さながら水面に映った人影を掠めて、海中へと攫ってしまうように、相手を己のものとして染め上げる。
無論、この究極の同調は捨て身と同義であり、生き残れる保証などゼロに近いだろう。
だが、今は違う。
今、戦う術のない彼女が遥かに強力な相手を葬り去るのに最適すぎる技だ。
同調、同調、同調――と干渉を深めていけば、『ナインス』はただコルドの毒をその身に浴びてはどんどん溶けていく。
「消え、ろぉおおおおおおお――—ッ!」
そう、コルドが命じた瞬間に彼女の意識はぷつりと切れる。
同時に、毒に全身を浸された『ナインス』もまた幸福と言わんばかりに消滅する。
「―—ああ……本当、馬鹿ね、わたしって本当……」
『ナインス』同様に、死と言う暗澹の闇に呑まれる最中でコルドは小さく呟く。
あれだけ自分勝手だった自分が、愛する人のために死んで悔いがないなんておかしい話だと、最期に自身を嘲笑ったのだった。
これで第10話は終了になります。
カナタはなんだかんだであの夜(24話参照)でラインバレル君に惚れて、結果こうして彼を生かすためだけに自分が犠牲となりました。
彼女は「わたしを見捨て(ころし)て」と言いましたが、ラインバレル君にはそれが出来ないのが残念ではあり、こうした末路は似合いと思いつつも最期の後悔がこれです。今のところヒロイン全員報われていないんだが?
さて、次回から11話でいよいよ事態は急激に動き始めます。
⚔49話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますので、本編一読後に閲覧を推奨します※)
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