憎悪に堕ちた彼を嗤う者と救おうとする者
今話から10章になります、よろしくお願いします。
「おお、生きておったか」
俺が霊碑街へ向かう途中で最初に合流したのは、『原初の災厄』であった。
こいつは至って平静で、あのときあの場にいた全員が感じていた危機感すら抱いていない。
俺は平然としたこいつの態度であることを確信して、『原初の災厄』の頭を鷲掴みにするとそのまま人形のように振り回す。
そして奴を遠くへと投げた後、俺は息を荒くして怒りを堪える。
自身の表情など見えずとも、この呼吸が、頭に昇った血の温度が、心拍数が、嫌と言う程に見開いた眼が俺がどんな顔をしているか知らせている。
次瞬、俺は『原初の災厄』を追撃し、奴の側頭部目掛けて回し蹴りを放つ。
無論、身体強化はしてあるゆえに普通の人間であれば、壁に投げつけられた果実のように頭が潰れる。だが、こいつの場合はそんなことをしても無意味でしかなかった。
「……おいおい、非道いじゃないかラインバレル。仲間にこんな仕打ちをするなど」
「同じ仲間を見殺しにしたお前が、どうして仲間を名乗る?」
そう視線で『原初の災厄』を刺せば、『原初の災厄』は笑みを深める。
今こいつが浮かべる嗤笑こそ、俺にとっては悲惨な現状の答え合わせであるがゆえに、俺は容赦なく怒りと暴力に身を堕とす。
俺は足を振り上げ、そのまま『原初の災厄』へ踵落としを一発見舞う。
だが、こいつは余裕綽々と俺の踵を手で受け止めていた。
呵々と口元に描く弧から笑い声が漏れた瞬間、その不気味さに頭に昇った血が一気に冷めていくのを感じた。
未だ腑に落ちない怒りについては、現実と言う嫌味を口にすることで鎮めておく。
「もし1万歩譲ってお前が仲間だったとしたら、本当に性質が悪い。最初からミシャを殺す気だったんだろ? あの『セカンド』が俺とミシャを標的にしていたのを知っていた癖に」
「ああ。奴の性格上、あの小娘の歪さとお前へ抱く愛情を嗅ぎつけたと思ってな」
「そうかよ」
俺はそのまま『原初の災厄』に構うことなどなく、霊碑街へ1人で向かおうとするが、『原初の災厄』は呆然としたまま首を傾げる。
「ん? どうした? このまま『ゴースト』共を殺すんじゃないのか」
「いや、それは平行作業だ。今はカナタとカゲフミと合流しよう」
「はぁ?」
と『原初の災厄』は正気かと言った表情で顔を歪める。そして目を覚ませと言わんばかりに俺をこう諭す。
「今のお前の調子であれば、『ゴースト』の上位個体共など瞬殺出来る。仲間を思うなら、まずはそれらを片付けるのが先決だと思うが?」
「だからこそだ。俺が2人を守るんだよ」
なにせ今の俺は『業火の仮面』の反動により、正気を失いかけている。
ゆえにこのまま闇雲に『ゴースト』共を葬っていれば、2人のことさえも殺しかねない。
だからせめて、彼らの安否だけを知るだけでも……と俺は生きているであろう2人へと無様にも縋ってしまう。
鋼のように重厚に聞こえる割に鉄板のように薄い俺の一言に、『原初の災厄』は嘆息する。
「……やれやれ。ようやく、正気になったかと思いきや、少し熱が冷めたか。馬鹿め」
「馬鹿だと?」
俺は『原初の災厄』を睨むが、『原初の災厄』はあっけからんとしている。そして何故か呆れたように、再度嘆息する。
「そろそろお前のためになる助言をしておこうか。別に助言に悪意などないし、むしろ今後起こる戦いに参考になるはずだ」
「助言?」
「仲間に縋るなど、もう終わりにしておけ。仲良しこよしで得られる温かい夢はここで終いだ。いい加減目を覚ませよ。何故自分が仲間を求めたか気づかなければ、お前はより後悔する」
最悪、その後悔はお前を殺すだろう――そう俺を見上げて視線を合わせた翡翠色の瞳が俺へ助言を寄越す。だが、その助言とは一体なんなのだと俺は思わず聞き返しそうになる。
何故俺が仲間を求めたかなど、答えは単純で俺が弱いからだ。そしてなにより、お前のような害悪など信用出来ないからこそのこと。
だから俺は助けて欲しいと彼らに救いを求めたのだと、鋭気に満ちた視線を向ければ『原初の災厄』は馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる。
「そらみろ、お前もどうせ奴らを駒としか見ていない。例えそんな気がなくとも、そうしてしまったんだよ。そしてそれを許諾して時点で、奴らも同罪。所詮は復讐譚の端役にすらなれん。そもそも、お前は何があろうとも『ラジアータ』へ辿り着く運命にあったんだよ」
「違うッ!」
『原初の災厄』の言葉に、俺は怒号を放つ。
先程冷めたはずの怒りは、さらに腹奥で沸騰して脳まで突き抜け、頭の中は否と現実を否定し続ける。
俺は仲間を駒とは思っていないと。
例え、そう思っていなくともそうさせてしまったことに対し目を逸らし続けて俺は泣き言を喚き散らす。
「そうじゃない、俺はみんなを守る気でいた! 守りたかったんだよ! それに、カゲフミもカナタもすごい奴なんだ、あの2人がいなかったら俺はとうに死んで――」
「否。奴らはどうせ、この物語においては端役に過ぎん。精々、お前を順当に闇に落としていくことでしか役に立たん雑兵だ。……しかし、そうか。まだ使いようはあるか」
と『原初の災厄』が笑みを深めた瞬間、俺は嫌な予感が一気に背を突き抜ける。と同時に俺はある事を理解した。
「止めろ」
思わず声が震え、嫌な汗が背中を濡らしていく。
なにせこいつは、最初から運命を定める側にいた。それは『セカンド』が俺とミシャを襲うと予測出来たからと言った生易しい理由なんかじゃない。
そもそも奴が俺に自身の呪力を分け与えたのは、自身の悲願を成就するためだ。
そのためならば、俺らもリアムも等しく燃料へと変えて悲願を叶えることが、災厄には出来てしまう。
ゆえに、次は誰を殺すかと言う選定も自由自在。
偶然を装って殺すも、故意に相手を殺すも思うがままなのだと眼前にいる眼中に映る死神は宣告した。
刹那、俺は呪力を脚に纏わせて、彼らと合流を果たすべく地を蹴って疾走を開始する。それと並行して、視界にも十分注意を払いながらカゲフミ達の姿を探す。
このままではカナタ達は『ゴースト』達によって嬲り殺しにされる。
リアムが直接的に手を出さずとも――いや、リアムが『ゴースト』達に俺を滅殺しろと命じた以上、その運命からは逃れられない。
万が一、運良く生き延びることなど出来もしないだろう。そう確信したがため、俺はまた無謀にも『業火の仮面』から呪力を引き出す。
必然、1人この場に取り残された災厄の言葉が俺の耳に届くはずもなく。
「やはり、その道を選ぶか。だが構わんよ、お前が全てを失うのは儂らには端から読めているのだから」
◆
黒い瘴気は靄となり、視界を覆った天を見下ろせば、夜闇と間違わせる程黒い世界を銀髪が世界を彩る。
長く流れるような銀髪を靡かせる女――カナタ・ハルミは舞うように『ゴースト』達の攻撃を捌き続ける。
そして『ゴースト』が隙を見せた瞬間に、自身の呪力を自身の体ではなく、この場一帯へ放出。『ゴースト』の動きを封じた後に右手に握った短剣で黄金色の目玉を斬り裂いた。
「はぁ……っ、はぁ……」
彼女ただ1人で戦い続け、もう2時間が経過し始めていた。
カナタはあの中で唯一、『ラジアータ』の中心と座す霊碑街のすぐ傍に転移された。だが、それは攻撃手段が限られていた彼女にとっては不幸でしかない。
なにせ、霊碑街のすぐそこには『ラジアータ』の主であるリアムが聳え立っているのだ。ゆえに『ゴースト』の数は底知れず、彼女1人で17体の『ゴースト』と『ゴースト』の上位個体を2体は仕留めている。
ここまで彼女が生き残れたのは、ただ彼女が得意とする攪乱と『血濡れの剣』で培ってきた戦闘術によるもの。
しかし、裏を返せば彼女はたった2つの武器だけで、長時間多くの『ゴースト』を相手にしてきている。
正直カナタ自身、よく自分がここまで善戦を繰り広げたと奇跡に思うし、幸いにも負傷したのは左腕の裂傷のみ。だが、いよいよ体力の限界が近づいてきた。
彼女は息を繰り返し、荒い呼吸を繰り返すも立ち止まっているとカナタは小さく舌打ちする。
「ちっ、まだ沸き出すだなんて冗談じゃありませんわ」
ギチギチと不気味な金切り声が四方から聞こえてくる。
完全に囲まれた以上、ここにいるのは危険。そう判断したカナタは『ゴースト』を振り切ってそのまま、合流地点である霊碑街を目指すのだが、それを叶えさせてくれる程『ゴースト』に隙はない。
なにせ『ゴースト』は知能が低いとは言え、多少の学習能力は備えているから初見で殺さねば、徐々に成長して経験とこちら側の攻撃の耐性を得る。
挙句に数が異常なため、いくら振り切ろうと無駄なのだ。
カゲフミのように遠方から仕留めるだけでなく、どこかに攻撃が当たれば問答無用で死に至る能力なら問題などない。
だが、近接戦と陽動を得意とする彼女では量に押されてしまえば勝ち目はないのだ。
いよいよ自身の死に際も近いか――そう疲労からか諦観した瞬間、自身を囲んでいた『ゴースト』達が悲鳴を上げる。
ふと悲鳴が聞こえた先へ振り向けば、そこには徐々に黒い瘴気に触れて溶けていく『ゴースト』の姿があった。
10、15、20、30――と『ゴースト』を憎悪で浸して滅せば、僅かだが退路が開かれる。そしてそこから現れたのはカナタがずっと探していた彼の姿。
「バレル! ご無事でしたのね!」
そう言い、カナタがラインバレルに近寄ろうと地を蹴った瞬間、今まで『ゴースト』を滅殺していた黒い瘴気がカナタを囲む。
「――ッ!?」
カナタは突然のラインバレルの暴挙に、前ではなく中空へと躍り出て一回転した後、さらに上へと奔る。そして中空からラインバレルの様子を窺う。
すると、彼は目を見開いており、既に眼球の毛細血管が千切れているのか血涙を流している。
さらに呼吸も不安定で、今立ち止まるその姿はまるで幽鬼のよう。
今のラインバレルは完全に呪力に呑まれている。
そう判断したカナタは宙を蹴って、まるで流星の如く地面へ着地すれば、ラインバレルの肩を掴む。
「バレル、しっかりなさい! わたしですわ! あなたの未来の妻であるカナタですわ!」
そうカナタは訴えるも、焦点の合わないその瞳はカナタを映していない。なにより、黒い仮面の下から漏れ出す呪詛があまりにも禍々しかった。
はい、前回混乱&突如の地獄顕現&ミシャ退場&ラインバレル君が絶望に堕ちるの4コンボでしたが、カナタも中々に大変でしたね。
挙句『原初の災厄』の煽りMAXでラインバレル君はあんな目に遭うわけですが、もう彼にはこのまま堕ちていくしか道がありません。にしてもガチで『原初の災厄』を殺りに行くなら、もう罪業の“法”使ったほうが早いっす。
さて、24話で色々とラインバレル君に色々言ったカナタですが、今後彼女はどのような行動を取るのでしょうか? 次回へ続きます。
ちなみにこちらがカナタ編その②となってます。
⚔45話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレを含みますので、ご注意下さい※)
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3162240/




