事態急変
いや、腹を括るではなく自身の尻を拭うと言うのが正しいか。
俺は俺を見上げるミシャに対し、冷酷にもこう告げる。
「期待させておいて最低だけど、先日の言葉は撤回する。後、俺はもう君を妹だなんて思わない」
「え……?」
俺の突然の裏切りに、ミシャは声を失う。
そして戸惑いを見せる蒼瞳にみるみる涙を溜めていく中、俺は本当に彼女を想うなら口にしなければならない一言をようやく彼女へと伝える。
「君はお兄さんと俺は似ていたと言っていただろ? 顔つきとか、髪の色とか目の色とか……後、優柔不断なところとか不器用なところが似ていたんだったよな?」
と3日前の昼に嬉々としてミシャが語っていた、彼の本当の兄の人物像を俺は口にする。するとミシャは何度も頷く。
「そうです、あなたは私の兄さんで、ミシャが愛している唯一の――」
「だが、話を聞く限りだと君のお兄さんは一切君を否定しないし、こんな辛辣なことも言わない……そうじゃないのか?」
「いえ、兄さんは今もいつもと同じ……で、あれ? あれ?」
ミシャの愛の告白を踏みにじって、俺は次々と現実を彼女へ突き付ける。もう彼女の妄想や、他者の尊厳を嘲る飯事に付き合う気はないと言う意思表示も込めて。
どうやらミシャもそれを理解出来たようで、彼女はずっと自身に1人でなにかを問いかけ続けている。だが、俺はその問いかけさえ耳を貸さない。
「……どうか、目を覚ましてくれ」
そんな切実な願いを静かに口にした瞬間、ミシャは再び俺を見上げる。
一方でカナタはミシャの様子から罪悪感を感じたのか、申し訳なさそうな顔で乱れた髪を手櫛で整えれば小さく苦笑して俺をこう諭す。
「申し訳ありませんバレル、嫌な役を買わせてしまって。けれどもういいでしょう、お互いに。後はリアムを討った後にでも話すとしましょう?」
「……そうしてくれると助かる。そもそもここは敵地だ、気を抜くなよ馬鹿共」
カゲフミもまた険悪な空気を締め、散乱した士気を高めようとする。しかし、ミシャはまだ地面に座り込んだままだ。
「ミシャ――」
そう俺が、ミシャへと手を差し伸べた瞬間。俺の体内で電流のようなものが全身に走る。
一瞬、体内に突き抜けた痛みに俺は顔を歪めるが、段々視界がぼやけていく。
一体なにが起こっている?
ぼやけた視界にピントを合わせようと悪戦苦闘していると、俺の眼前に脳裏にいたはずの灰色の瞳の男が姿を現す。そして男は唐突に俺へとこう告げる。
「今すぐここから逃げろ、このままじゃお前らは死ぬぞ」
「は? 急になにを言って……」
俺はつい咄嗟にそう言葉を返すが、男は俺を無視してただただ警告を繰り返す。
「そこの黒髪の男が言った通り、ここは敵地だ。そして『ラジアータ』全域こそ、俺の体内のようなもの――ゆえに」
男の姿は陽炎のように揺らめき、段々黒いなにかへと輪郭を変えていく。
輪郭はどんどん変形し、最終的には乱れた長髪に黒い外套を纏った古びた石像のような男へとなる。
今まで不確かでしかなかった偶像が、肉体を得た瞬間に男はこう言葉を継いだ。
「お前はもっと早く、俺と意識が繋がっていることを他の仲間に相談すべきだった。そうすれば、きっと今のような事態にならずに済んだのに」
「お前は……」
一体誰だ? 長きに渡って隠された謎を男へ問いかければ、渇いた唇からついに彼の名が告げられる。
「リアムだ。俺とは初見と言った顔をしているが、薄々分かっていただろう? もう2ヶ月も前にお前が覚醒してその罪業を手にした瞬間から。そして、聖都の一部が廃墟になった後は俺との繋がりが色濃くなったことには気づいていたはず」
「は……?」
俺は一瞬男——リアムの語ることを疑わしく思うも、なに1つとして否定は出来ない。
なにせ俺はリアムとたまに語り合い、ときにはリアム自ら助言などもしていた。
正直、何故リアムが自身を打倒しようとする俺に助言をしていたのかは不明であるし、リアム自身それを語るのはどうでもいいだろうと、俺を射抜く視線が思惟を遮断する。
とは言えリアムの言う通り、俺自身奴の正体になんとなく気づいていたのは否定出来ない。
名前や一部の会話内容にノイズが走っていたとは言え、3日前を最後に会話していたときのあの瞬間が立派な証拠だ。
俺はあのとき、自身を裏切り者だと理解していたのだから。
そして今まで見逃した違和感は、奴の正体を裏付けるのには十分すぎる。
だが、どうしてそれを告げるのが今なのだと俺は疑問に思う。
何故こんなタイミングで、袂を別つと言わんばかりに真実を口にするのかと俺は失望しかけ――いや、そうではないだろう。
そもそも何故リアムは俺の意識と繋がっていたのか。
俺は必死にその理由を探すも、そんなものなど記憶のどこにもない。だが、リアムだけはそれを知っていると真実を淡々と明かしていく。
「俺とお前の意識が繋がっていた理由は多数あるが、今更それは明かさない。ただ強いて言うなら、俺が今までお前の気持ちに沿っていたのは、セイビアの教会壊滅の話を聞いたあの夜がきっかけだ」
「じゃあ、あのとき俺の意識を奪ったのは……同情?」
答えが欲しいと切実な俺の訴えに、リアムは小さく首肯する。
先程は言わないと視線で訴えていたはずなのに、すぐに手のひらを返すこの様を見て俺は違和感を覚えた。
だが、そんな違和感は些事であり、今陥りかけている非常事態を前にすれば考える必要もないとリアムは言う。
「そもそも俺は逃げるのは悪くないとお前に散々言ったはずだ。だと言うのに、お前が俺の警告を無視し続けた結果が今だ。……仲間に裏切り者だと思われる? どうでもいいだろ、そんなこと。どちらにせよ、もう遅い」
じゃあお前は結局なにがしたかったんだ? ――そうリアムに問おうとした瞬間、俺の胸の内に亀裂のようなものが走る。
そして胸に入った亀裂はリアムとの意識を切り離して行き、リアムもまた俺の問いかけに構うことなく言葉を継ぐ。
「『ラジアータ』は俺と彼女の終の住処だ。……あの日、壊れてしまったあの家をこうして取り戻したんだよ。無論、そこに部外者が入れば……どうなるか分かるだろ?」
「だから、どうしてお前は――……!」
俺が叫んでは問いかけ、灰色の瞳が虚無ではなく殺意を宿した瞬間にこの場に瘴気が満ちていく。そしてそれは突然天から降って来た。
リアムの命令と同時に天から降って来たのは、黄金色ではなく紅い大きな目玉に黒い爪を携えた『ゴースト』。
俺の胸中で悲哀ばかりが胸を打つ最中、リアムは無情にも俺らを殺せと自身の手先へそう命じる。
「行け、『セカンド』。あのときは殺し合ったが、今では面白い芸当も身に着けたと聞いた。いっそそれでそいつらを殺せ」
明らかに通常個体とは違うと感じさせる殺気と瘴気の濃さに、思わず俺は息を呑む。
その瘴気の濃さこそ、15体の上位個体のうちの1つだとこの場にいる全員が理解し、俺の意識もまた現実へと帰還した。
「みんな! そいつは『ゴースト』の上位個体だ!」
俺が喉が裂けんとばかりの大声で忠告をした瞬間、既に俺の目の前からリアムは消え失せていた。そして『ゴースト』の上位個体だと既に知っているカゲフミは、一気に呪力を解放する。
「そんなことはもう分かってんだよ、厄介なことになる前にさっさと殺す」
カゲフミの戦闘宣言と同時に、『セカンド』と呼ばれた『ゴースト』は壊れた蓄音機のような声と狂笑を吐き散らす。
「まぁまぁまぁまぁまぁ! 本当に嫌味な人間ですねぇ、あなたは。かつて殺し合った存在に自らの敵を殺せと命じるなど。しかしまぁ、私も如何せん退屈なので、この子達と遊んであげましょう。――“空間歪曲展開”」
金属を擦り合わせたような不快な声が、詠唱展開した瞬間にこの場の空間が『ゴースト』が宣言した通りに歪む。同時にカゲフミは俺らへと振り返ってはこう叫んだ。
「恐らく今から俺らは別々の場所に飛ばされる! 一体どこに飛ぶかは知らないが、とにかくこの先にある霊碑街で合流するぞ!」
カゲフミからの指示が下った瞬間、目の前が暗くなり、俺達は各々見知らぬ場所へと飛ばされる。
空間が捻じ曲げられ、転移が完了するまで1秒もかからない刹那。偶然俺と一緒に同じ場所に転移したミシャの存在に気づくと、ミシャは俺の顔を見ては笑う。
「良かった、兄さん――」
そう、ミシャが安堵を口にした瞬間、ミシャの体を黒い爪が無惨に貫く。
「え?」
ほんの一瞬ミシャに刺さった黒い爪の先を辿れば、そこには先程『セカンド』と呼ばれた『ゴースト』がいた。
そして『セカンド』はあれだけ愉快に嗤っていたと言うのに、今や興覚めと言わんばかりに嘆息する。
「……はぁ。あなた達はどこか面白そうだからわざわざ選んであげたと言うのに、まさかこんなものとは拍子抜けですよぉ。あーあ」
不気味な音がミシャからした瞬間、『セカンド』はその黒い爪をミシャの身体から引き抜く。すると赤い血がミシャの全身を濡らし、ミシャだけでなく地面と、すぐ傍にいた俺さえ赤く染める。
「ミ、シャ……?」
俺が穴だらけになっては体勢を崩すミシャへ手を伸ばした瞬間、彼女は呆気なく地に縫い付けられた。
そして、彼女の背から、腹から、足から――と空いた穴から流れ出た血液がさらに地面を赤く染め上げていく。
だが『セカンド』は俺達に構うことなどなく、カチカチと手持無沙汰と言わんばかりにミシャの血で赤く濡れた黒い爪を鳴らす。
「あーあ、もういいです。もう知りません。私は壊れ切った愛情がさらに粉々になるところを見たかったのに、どうしてこんなことに……。人間って脆いですねぇ、やっぱ」
「お前……」
次瞬、俺は『セカンド』へと視線を遣る。そして『セカンド』は俺と目を合わせた瞬間に、奴は身震いした。
そして奴がなにかを口にしようとした瞬間に、俺は問答無用で『業火の仮面』から呪力を一気に放出させる。
「お前は、絶対に」
「ひ――ッ」
悲鳴か、それとも息を呑んだだけか……『セカンド』が再び甲高い声をこの場に響かせた瞬間、俺の放った瘴気は一瞬にして『セカンド』を蝕む。
今まで制限してきた罪業の一部開放ではなく、端から一撃必殺の全力の能力開放はまるでマッチに点いた火にバケツいっぱいの水を被せたようなものだった。
一瞬にして『セカンド』は塵になるが、その分『業火の仮面』に宿った『原初の災厄』の呪力が俺の精神を蝕んでいく。
そうして、俺の意識が徐々に黒へと反転しそうになる中、同時に想起したのは今や懐かしい父さんの言葉だった。
はい、争ってる場合じゃありませんでしたね。
ここでようやく閑話や色々で語っていた(正しくは匂わせていた)男の正体が明かされました。何故この2人が繋がれているのかは、26話参照です。
活動報告で深掘りますが、結構ラインバレル君的にはあの青年がリアムだったってことはショックです。しかも立て続けに仲間を失うなんて悲しみの二乗。
おかげで前作から蘇ったセカンドさんは一瞬にして滅されたのでした。可哀そうに。
後、セカンドさんが変な能力使ってますが、この理由なども活動報告にて明かしていますので、ぜひともよろしければそちらもご覧ください。
⚔42話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれているのでご注意ください※)
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