糾弾と理不尽
「ライお兄ちゃーん、このご本読んでー」
ある日の午後。俺は教会の庭先の掃き掃除をしていれば、いつものように教会に身を寄せている孤児達が本を読んで欲しいと強請ってきた。
「ちょっと待っててくれな。もうすぐ掃き掃除がおわ――」
「ライお兄ちゃん! あっちで私とおままごとしましょう!」
「ちょっと待てよ! ライお兄ちゃんは俺に読み書きを教えてくれるってさっき約束したのに!」
――と、ありがたいことに孤児達の間で俺の争奪戦が始まってしまった。
まぁ俺はこの教会に身を置く人間の中で最年少であるし、なにより昔から年下から好かれる性分だった。
彼らの好意は真に嬉しいのだが、正直こんなことが毎日のように続くといっそ俺は影分身の術でも身に着けた方がいいのではないのかと真面目に悩んでしまう。
だが、ある意味この贅沢な悩みは俺にとっての救いなのだ。
何故なら、子供達は大人のように、『聖火隊』の人間のように、私利私欲になど塗れてなどいないから。
こうやって俺を奪ってこそいるが、俺がたった一声かけてしまえばこんな喧嘩などすぐ収まる。
「分かった、分かった。全員にちゃんと付き合うから、もう少しだけ待っててな?」
「はーい!」
明るい返事と同時に、先程まで我侭放題だった子供達は散って行く。その後、子供達は俺がそれぞれ用事を終えるまで我侭を言わずに俺を待ってくれていた。
そして、午後4時半となると同時に教会の鐘が鳴る。
このセイビアでは、大体大人達は午後4時半になれば仕事を終え、それぞれ帰宅していく。
ゆえに青果店やパン屋などは、この時間帯が1番忙しい。また『聖火隊』もこの時間帯には必ず兵士達が休憩に入る。
なので、俺はこの隙に『聖火隊』の本拠地であるアガーペの塔まで行き、今日もまた『聖火隊』への入隊許可をもらうべく直談判をしに行くのだ。
「じゃあ、俺は先にあがります! お疲れ様でした!」
「はい、お疲れ様」
司祭様は手を振って俺を見送り、俺はアガーペの塔まで全力疾走をする――とここまではいいのだが、問題は塔に着いてからだ。
午後5時前、休憩に入っている兵士達は「またか」といった視線を俺へと向けてくる。
当然、遠巻きで見ている者だけでなく、直接俺に接触してくる者もいた。
「よう、ラインバレル。また無駄な直談判にでも来たのか?」
そう俺に声をかけてきて冷やかすのは、俺が学生時代に同級生だった男、ゼネル・クレイブル。
ゼネルは親がこの聖都の領主の1人であり、呪力を扱うことにおいても学生の頃から群を抜いていたことから、学校を卒業後すぐに『聖火隊』へと入隊した。
無論、ゼネルも俺の不出来さは知っていて、同時に俺の奇怪さも知っている。
「おっかしいよなー、お前の両親と姉貴は『マタ』でくたばったくせに、なんでお前だけ死んでないんだ? 呪力が一切ないなら『マタ』への抵抗力も全くないはずなのによ」
「……それはこっちが知りたいよ」
と、俺はゼネルから視線を逸らすことしか出来ない。
そう、本来なら俺もまた『マタ』に蝕まれて死んでもおかしくない人間のはずなのだ。
理由はゼネルが先程口にした通りで、なのに俺の体は健康体そのもの。
むしろ新聞の配達業に日雇いの仕事を2つ掛け持ちしているぐらいだから、体力もそこそこある方だと言える。
だが何故か、俺の体は呪力に犯されない。
それが可笑しいと笑うのは、ゼネルだけではないのだ。
「本当にな。いい加減諦めたらどうだ? 毎日毎日来られるとこっちとしては鬱陶しいんだよ」
ニヤニヤとゼネルの取り巻き達はゼネルが俺に絡んでいるのを見るや、まるで砂糖菓子に集る蟻のように俺を囲む。
「と言うか聞きました? ゼネルさん。こいつ、仕事が終わった後は自主練をしてるらしいっすよ」
「へぇー、それはご苦労なこったな」
ゼネルの取り巻きの1人が俺の日課を口にすると、ゼネルはそれを鼻で笑い飛ばす。
ああ、馬鹿め。お前は本当に夢想家でしかないなと。
ゼネルは俺の肩に腕を回し、そのまま力で抑え込んで俺の動きを封じる。
普通ならゼネルを振り払うことは出来るはずなのに、それが出来ない。つまり、こいつは呪力で自身の肉体を強化させてまで俺に嫌味ったらしく絡んでいるのだ。
「なぁ、いい加減解れよおこちゃま。お前が『聖火隊』に入るのは無理なんだって、俺がちょーっと力んだぐらいで動けなくなるんだからよ」
「ぐ……っ」
俺もまた力を込めて、ゼネルの腕を振り払おうと抵抗する。だが、そんなことさえ俺には出来ない。
ゼネルはそれが憐れだと笑い飛ばし、俺を囲む連中にも伝播して下卑た笑い声がこの場に響く。そんなときだった。
「ん? ゼネル、なにをしているんだ?」
と、ゼネルに声を掛けたのは昨日俺を投げ飛ばした例の兵士だった。
彼はゼネルの先輩にあたるのか、ゼネルは俺を突き飛ばしてその場に姿勢を正す。
それは取り巻き達も同じで、敬礼をした後に彼へと挨拶をする。
「失礼しました、ヴァンタール分隊長!」
ヴァンタールと呼ばれた男の階級を聞いた瞬間、思わず俺は呆気に取られる。
確かに彼は屈強な体をしているし、強面な容貌からして歳は30前半あたりであることは容易に予想がつく。
しかし、あんな行動をする男の階級を聞いて、もはや開いた口が塞がらない。そんな俺は、ヴァンタールと目が合うと、彼もまたゼネルと同様、俺を笑い飛ばす。
「お前は昨日の小僧じゃないか、また泣きつきにでも来たのか?」
「それの何が悪いとでも?」
だが、俺は例えこの男がどんな階級にいようが関係ない。
こんな性根が腐った人物など、敬意を抱くのにも非ず。そう盾ついていれば、ゼネルが俺を見て、馬鹿がと言わんばかりに舌打ちをする。
「そもそも、『聖火隊』とはセイビアだけでなく、セイビア近隣の諸国も守護する気高き兵士達の集いであるはず。そしてなにより、『血濡れの剣』だけでなく『光の盾』もまた、ヘレ・ソフィア神の教えを大事にするはずですが」
ヘレ・ソフィア神というのは、この聖都・セイビアが崇める智慧と繁栄の神であり、一説によればこの大陸に繁栄をもたらしたのも彼だと言う。
ましてやここは聖都なのだから、神の教えはさらに深く守らなければならないもの。
しかし、目の前にいるこのヴァンタールはそれがなんだと笑い飛ばす。
「確かに我らが神……ヘレ・ソフィア神は偉大なお方である。聖都に住まう者はみなあの方を崇め、尊ぶ……。『血濡れの剣』の奴らほどではないが、我々『光の盾』に所属する兵士もまた、それなりにあの方を崇拝している。——だが、それがなんだ?」
どうもこんばんは、織坂一です。
正直ゼネル(使い捨てキャラ)の言い分は本当になんなんでしょうね。君モブよ?
にしても、ラインバレル君は本当に損な性格してますねぇ……。しかし、そんな純粋さが子供からしたら親近感が沸いてるようです。
そして、1話で出て来た美丈夫もといヘレ・ソフィアが名前だけ出てきました。まさか繁栄の神様だったなんて……。いや、ちゃんと神様というのを公言してましたけれども。
⚔4話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが入るので、苦手な方はブラウザバック推奨です)
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