涙と本音
俺はそんなカゲフミの様子を理解出来ずに、ただ唖然としてしまう。
一方、カゲフミは自身の気が済むまでひとしきり笑うと、珍しくすぐ俺に謝罪する。
「ああ、悪い。元々、銃っていうのは旧暦の遺産だ。マスケット銃っていうんだけど、旧暦でも左程流通はしていなかった。なにせ戦場に流通する前に世界が滅んだから」
「へ、へぇ……」
一体お前はなにがおかしかったんだという疑問は残るが、別にカゲフミに怒ってはいない。
と言うより、他人を嘲ると言う悪癖が出てしまっているだけだ。
カゲフミは他者どころか、世界そのものを見下して生きている。そんな性分を俺は嫌というほど分かっていた。
決して、他者を蔑むことが悪だと断定はしないし、止めろとも言わない。むしろこうなってしまって当然と思えてしまう。
なにせこれだけ博識で、戦闘経験も『聖火隊』の人間よりずっとある。それにカゲフミがいなければ、色んな意味で俺はここまで生きてなどいなかった。
結界を張るのはもちろん、本人曰く簡易的な呪術で俺らの窮地を救ったりなど、その能力の高さがどれだけ頼もしかったか。
なにより、俺がここまで戦えるようになったのもカゲフミのおかげだ。
加えて鋭い観察眼に、冷静に戦闘中に指示が出来る、齢20歳にして熟練した兵だ。
「……まぁ、そんなことはいいや。俺の能力は別に銃の錬成ではないし」
「え? 銃を扱うのが能力じゃないのか?」
「あくまでそれは俺が使いやすいからそうしてるだけ。重要なのは放ってる弾道の方」
そう言えば、と俺はカゲフミが戦っているときの姿を脳裏へと思い浮かべる。
カゲフミ曰く、彼は銃と呼ばれる武器を錬成して使用している。ここまでは本人の談と合致している。
だが、それが能力の真髄でないとなると……とさらに記憶を辿り、カゲフミの攻撃を受けた『ゴースト』の様を思い返す。
カゲフミの放った弾道は掠っただけでも『ゴースト』の動きを停止してしまう。と言うより、掠っただけでも『ゴースト』は死ぬのだ。
一瞬、俺の能力と類似していると思ったが、カゲフミは違うと否定する。
「お前の場合は呪力が徐々に『ゴースト』へ浸食していくだろ? だから汚染。でも俺のは根絶。つまり俺の呪力に触れた瞬間に死ぬし、最悪瘴気に触れただけで死ぬ」
とチートすぎる能力に羨ましいと思うも、その強さがまた自身の憎悪の深さであるとカゲフミの瞳孔を彩る赤い陽炎が悲しい現実を告げていた。そしてカゲフミ本人もそうだと肯定する。
「これが、俺が他人を――いや、キクキョウ家を憎んだ結果だ。後悔はしていない……でも、なんでもっと早くこうならなかったんだ」
カゲフミは俺を置き去りにして、独り静かに悔いる。
今の自分の力など、はっきり言って無駄なのだと。
どれだけ優れた能力を持とうが、既に遅い。守りたいものは全てを憎む前にあったのにと。
そう俺に打ち明けた瞬間、カゲフミは我に返って顔を逸らす。
「……悪い、忘れてくれ。アンタには関係ない話だから」
カゲフミは、いつものように素っ気なく俺を突き放す。
俺は今までこう言った彼の突き放す行為を性分だと思っていたが、それは違うとここで初めて知る。
カゲフミは口では「関係ない」と言っても、いつだって俺にそう告げたときの声は震えていた。それは今も変わらない。
「カゲフミ」
ようやく大事な友人の本当の気持ちを知れた俺は喜びからか同情からか、この手を伸ばす。
そして、カゲフミの頭に手を乗せては軽く撫でる。
「……は?」
当然、カゲフミは目を見開いて俺を見る。その顔には驚愕もあったが、どこか恥らしさもあった。
少々気持ち悪いが、俺はそんなこいつが可愛いと思いつつくしゃくしゃとカゲフミの頭を撫で回す。すると、素直でない彼が取る行動はたった1つ。
カゲフミは俺の手を振り払い、俺を化け物でも見るかのような視線を向ける。だが俺は別に化け物でもなければ、カゲフミに害意を加えたい訳ではない。
「安心してくれ、俺はここにいる。お前が救ってくれたおかげでこうして俺は生きているんだ」
そう。カゲフミはかけがえのない俺の命の恩人で、俺をここまで育ててくれた師匠であり、友人である。
誰よりも強く、格好いい男。俺もこんな風に頼もしくなれればどれだけよかったかと嫉妬したこともあった。しかしどれだけ妬んだって、いつでも勝るのはこいつへの尊敬なのだ。
あれだけの呪力が体内で暴れても抑え込んで、平静を保てるなんてもはや人間業ではない。そしてそれは人としての精神力の高さや強さを現している。
「お前がどれだけその力を……過去を悔いたって、その強さを俺はすごいと思う。立派だと思う、そして俺はそんなお前が好きだ」
なんて、友人には到底吐けないような言葉が出てきてしまったが、これが俺の本音である。すると渇いた地面を一滴の雫が濡らす。
「カゲフミ?」
地面を濡らしたのは、カゲフミの瞳から零れた涙。
俺はまたも地雷を踏んだかと思い、なんとかカバーしようとするも、カゲフミ自身泣いていることに気付いていないようだった。
1度地面を濡らした雫は、小雨のようにぽつぽつと地面を濡らしていく。
「……え?」
たっぷり数十秒おいて、ようやくカゲフミも現実へ追いついた。
カゲフミ自身どうしていいのか分からないようで、明らかに泣いている自分に怯えている。
小刻みに肩を震わせて、その唇から嗚咽が漏れる。そんな自分が全く理解出来ないと黒い瞳に困惑を浮かべながら。
俺は咄嗟に上着を脱いで、カゲフミの頭に被せてやる。
突如首に重みがかかって申し訳ないと思うが、抱きしめる訳にもいかない。せめて今の俺に出来るのはこれぐらいだ。そして俺はカゲフミから顔を逸らす。
「ごめん……でも、見ないようにするから。泣き顔を他人に見られるのって、嫌だろうし……」
そして顔を逸らした瞬間、俺の姿勢が横へとよろめく。
肩になんらかの重みを感じて、気づけば俺は押し倒されていた。
俺は一体なにが起こったのかと、僅かに重い胸元へと視線を落とせば、カゲフミが俺に抱き着いては胸元に顔を埋めていた。
俺は困惑するも、こいつが無意識でしているのだと知れば、また自然とカゲフミの頭を撫でていた。
今度は割れ物に触れるかのように、そっと。するとカゲフミは嗚咽交じりに本心を吐き出す。
「俺は、嫌いだ。他人が、世界が、キクキョウ家が」
これが彼の憎悪の源泉。
正直最初は俺も嫌われていたのかと思えば心は痛むが、今はその真意を問わずにただこいつの言葉を聞き届ける。
「大嫌い、大嫌い大嫌い大嫌い……! でも、俺が1番嫌いで、憎くて堪らない。こんなにも弱い俺が……ッ!」
さすがの俺も、ここで「カゲフミは弱くなんかないよ」と無神経な言葉を口には出来ない。今俺がこいつのためにしてやれるのは、静かにこの独白を聞き続けることだけ。
「あの子を……ッ、トキツカを、兄さんから守れずに殺してしまった。あの子はなにも悪くないと言うのに……あんな純粋な子こそが、世界で平穏に……生きて欲しかったのに……」
もう戻らない過去への切実な願いは、自分自身を痛めつけることは俺も知っている。
ただ自分の無力がゆえに殺してしまった『トキツカ』という存在へ悔いる姿は、まるで小さな子供のようだった。
「でも、きっとトキツカは――……」
ふと、俺はあれだけ口を噤んだのに勝手に言葉が出たことを情けなく思う。
だがここで守られる立場の人間の言葉を知らせてやらないと、余計にカゲフミは後悔に押し潰されてしまうだろう。
なにより俺も、その『トキツカ』と言う子も守られる立場だったからこそ、守ってくれる相手に伝えたい想いが1つだけある。
「カゲフミがそうやって自分と言う存在を覚えてくれているだけで嬉しいんだ。俺らからすれば、自分のために頑張ってくれるお前が格好良く見えて、すごく誇らしいんだ。……だからもう、自分を責めてやるなよ。憎悪全てを捨てろなんてことは言わないから」
瞬間、カゲフミは息を詰まらせる。
そして、胸元が徐々に濡れていくのを服越しに感じる。
「だから、ありがとう……って」
そうトキツカも伝えたいんだと訴えれば、カゲフミは小さく頷いた。
背中に感じる義手の重みは残酷で、かつカゲフミもまた俺と同じ人間なのだと安堵してしまった。
待ってくれ、ラインバレル君。あの状況で抱きしめるという選択肢が出るとは、君は一体どんな教育を受けてきたんだい!?(読者の皆様の代弁)
そしてカゲフミもまぁまぁやりますねぇ! 甘えん坊さんだったのか君は。
とまぁ、これでカゲフミの憎悪の源泉が明かされましたが、彼の過去はまだまだ続きます。
ただ、ラインバレル君って本当にスケコマシというか女の敵ですね。こんなにグサグサ攻めるからヤバい女しか寄ってこないんだよ。
⚔39話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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