ミシャ・ウンディカラムという少女の業
ミシャとラインバレル――偽りの兄妹達はあれから小一時間程話し込んだ後、各々床に眠りにつく。
ミシャは兄と偽ったラインバレルにひたすら懐いていたが、途中から彼は妹に偽った彼女をこう宥めている。
「さすがに寝ないのも身体に毒だから、少しぐらい休もうか」
ミシャはあっさりと、ラインバレルの言葉に従った。しかし彼女は自身の寝床で眠りにつこうにも、興奮と歓喜が交感神経と脳を刺激して眠気すら感じない。
ミシャは横になりながら、1人微笑う。
いや、その笑みは既に微笑ではなく悪鬼が餌を前に浮かべる嗤いと大差ない。
それほどまでに自身を駆り立てる愛情は、罪と壊れた倫理に濡れ切っていた。
ああ、ようやく兄さんがミシャの元に帰ってきてくれたと。
彼女——ミシャ・ウンディカラムは元々『ミシッピ』の生まれではない。そもそも彼女が住んでいたのは狂界の内側にある小さな村だった。
しかし、彼女が10歳の頃に彼女の住んでいた村を『ゴースト』の群れが襲ってきた。
そこでミシャの兄はたった1人の妹の心を犠牲にして、その妹と村にいる幾人の子供達を守ることに成功したのだ。
当時ミシャは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、自分達を瓦礫の雨から守った兄へと手を伸ばす。
ある孤児を庇って、瓦礫に足を押し潰された彼はもう2度と動けない。それは彼自身がよく分かっていたからこそ、次いで彼を襲った炎が自身の身を覆う刹那に彼は妹へとこう告げる。
「大丈夫、後で追いつくから。今はとにかくその子達を連れてここから逃げるんだ。俺が力を貸してやるから」
無論、炎に焼かれる兄を見てミシャがこの場から動けるはずもない。しかし数秒後、ミシャは兄が遺した最期の言葉を反芻して我に返る。
俺が力を貸してやるから――その力こそ彼女の身に宿る憎悪で、この日から彼女は兄の愛に包まれて、兄だけをどうか守りたいという加護の力を開花させたのだ。
だからこそ彼女の“再誕”による能力は、本来彼女の兄にしか適応されないはずなのだが、6年経った今、イレギュラーが起こってしまう。
兄亡き後ミシャはなんとか僅かながらに生き残った子供達を連れ、自身らを救出しにきた『血濡れの剣』の兵士に保護された。
そしてその数日後、彼女はたった1人で狂界の外へと出てしまう。
それは兄を探す為で、結果彼女は兄を見つけられないまま『ミシッピ』の住人に見かねて拾われたことで、『ミシッピ』へ腰を下ろすことになる。
『ミシッピ』に移り住んだ彼女は、ヘレ・ソフィア神の遣いと称される『光輪を仰ぎし者』へと所属することで、神からの言葉を待っていた。
彼女の望む彼女の神託とは、もはや言うまでもないだろう。
ただ離れ離れになった兄がどこにいるのか、今どうしているのか、自身を探してくれているのか――そんな期待しか抱けずにいた。
そんな期待は、彼女が歳を取るにつれて膨らんでいく。
誇大妄想を広げ、神に対し虚偽の信仰を仰ぐ彼女が、神を敬愛しているかなんて問うのも馬鹿げた話だ。
現に、彼女の原罪は彼女が兄に抱いている愛情にあった。
ミシャ・ウンディカラムという少女は、実の兄を愛していた。
それは兄弟愛などではなく、女として男に抱く愛情として。
ミシャと彼女の兄は幼い頃に両親を亡くし、以降は兄妹手を取り合って生きて来た。その間に生まれた愛ならば、まだ彼女の人格が少し環境に揉まれたせいだと言えた。
だが、ミシャ・ウンディカラムは生まれながらの狂人であった。
生まれて物心がついたときから兄を男として愛しており、それはもはや自身の遺伝子に予め組み込まれた欠陥に等しかった。
兄に寂しいと甘えて彼の隣で眠るのは、彼の肌の温度を感じていたいという欲情から。
彼女は何度兄の手に、唇に、頬に触れた際に、自身の出生を恨んだことか。
自身と兄は兄妹だからこそ、結ばれることはない。出来やしない。
それは人としての倫理が説いたもので、なにより彼女の愛しい兄もまた彼女の愛情に気付いてからは、それはいけないことだと彼女を諭した。
だと言うのに、ミシャの兄も兄でどうしようもない愚か者であった。
ミシャが自身に抱く愛情を知っておきながら、彼女を拒むことなど一切なく、唯一の肉親だからと彼女を諭す程度に留めていたのだ。
その甘さが彼女の暴走を助長し、彼女を矛盾に苛ませて心をズタズタに切り裂いた。
ミシャは何度も納得しようとした。
これは、人間としては“いけないこと”なのだと。
しかし、彼女はいつだってそう倫理を説く自身に牙を立てていた。
うるさい、そんなことなんて知らない。
そもそもどうしていけないことだと言うの?
人を愛することは素晴らしいと神様やみんなは説いているのに。
人を愛せと、思いやれと。なんなら男と女は子供を作るではないかと。
それをたかが血が繋がっている程度で、何故ここまで否定されなければならないのかと。
これが、彼女の再誕の能力による歪さに起因してしまう。
神を信じる者でありながら、白に近しい者であるはずが何故呪力を扱えるかなど、答えは至って単純。
彼女は自身を、自身の愛がまかり通らぬ世界をどうしようもなく憎んでいた。
さらに言うのなら、彼女はあの日自身と兄を引き離した『ゴースト』達を、兄を探さなかった『血濡れの剣』の兵士を、『ゴースト』を生む原因であるリアムをこの手で殺したいとさえ思っていた。
だからミシャがラインバレル達と行動を共にしたのは、ある種の復讐とも言えよう。
自身の平穏を壊したリアムへの復讐。しかし、ミシャの兄はミシャへ復讐などさせたくなかった。
その兄の切実な想いはミシャの呪力への制約となり、彼女の能力を限定させたが、さらに運命は狂ってしまう。
数日前、ラインバレル・ルテーシアと出会ってしまったことが全ての始まり。
彼女が胸に秘めていた禁忌の愛は、再び彼女を内なる想いを駆り立てることで、彼女を愛という法を司る『ばけもの』へと再誕させてしまったのだ。
言っておくが、ラインバレルとミシャの兄は別の人間で、ただ似ているだけだ。
だが、その顔立ちが髪色が、瞳の色が、彼の性格が少々似すぎていただけなのだ。
ミシャの兄とラインバレルを並べてしまえば、その違いなど子供でも気づく。しかし、ミシャの抱え込んだ歪んだ愛情が、彼らを分かつ鏡を壊してしまう。
ゆえに、ミシャはラインバレルと共にいることで再度自身の歪みを自覚した。
私は兄を愛している。
これはきっと永劫変わらず、そしてラインバレルは自分の元へと帰ってきてくれたと。
さらに彼女をここまでおかしくさせたのも、彼女の運命が狂う数日前の魔術師が告げたヘレ・ソフィアの一言も原因だ。
『光輪を仰ぎし者』には、ある程度への神への信仰心がある。
例えミシャのように信仰心がなかったとしても、『光輪を仰ぎし者』の人間からすればヘレ・ソフィアという神は絶対の存在。
神様が言うのであれば間違いないと言う、思考全てを神という存在に投げた環境も彼女の歪みを助長させていったのだ。
現にミシャは、あのとき意識を失った後に幻想に微睡んでいた。
これは兄がいつしか自身と交わした約束の成就だと、神が与えた祝福なのだと。
もはや、彼女を真っ当な人間に戻す術はない。
なにより、彼女はラインバレル・ルテーシアという存在を自身の愛した男と認識してしまった。だからこの幻想はラインバレルが死なない限りは絶対に覚めることなどない。
そして運命はラインバレルを殺さないからこそ、よりこの呪いと罪業をより深くしていくだけだ。
こうして芽生えた罪業の芽を、彼岸の彼方から生気のない灰色の瞳が捉えている。
同時に、血と繁栄を司る神もまた悲しそうに柘榴色の瞳を細めて天から彼らを睥睨している。
彼女らを止める存在などどこにもなく、ただ天と地獄の主達は新しき罪の再誕を嘆くのであった。
い、やぁあああああああ――――ッ!もう嫌ですぅ―――!!
……あ、これで6話は終了になります。
なんとなく予想できた人もいたかもしれませんが、もう執筆中は身を引き裂かれるような痛みでいっぱいでした……もうなんなん、本当に。
今回はミシャの話でしたが、次回8話はなんとカゲフミの話になります。いよいよ彼のツンを暴いてやります。
⚔37話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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