嘘半分と優しさ
と言った経緯を得て、なんとか意地でミシャをこちらへと引き上げて探し物を終えた後のこと。
俺らは『ラジアータ』のすぐそこまで来たのだが、一難去ってまた一難と言う現実に立たされていた。
「……えーっと、カゲフミ。狂獄を越えたら『ラジアータ』はすぐそこなんじゃないの?」
「ああ、本来ならここから十数キロ先にあるはずなんだが……」
「なんか荒野が広がっておりません?」
「荒野、と言うよりこれは……」
俺達の眼前に広がっているのは、ただの赤い荒野である。
しかも、黒い靄がここ一帯を覆っており、呪力で視力を強化して目を凝らして見ても、どうみても『ラジアータ』まで十数キロといった距離ではない。
そんな中、無慈悲に『原初の災厄』が現実を告げた。
「『ゴースト』が暴れ回ったんだろうね。おかげで廃墟どころかなにもないや!」
1人愉快そうに笑う『原初の災厄』はさておき、俺達は各々の反応を見せた。
俺は別になんの不安もなく、カナタは睡眠不足なのか小さく欠伸を漏らしている。
一方でミシャは顔を蒼褪めさせてはカタカタと体が震わせ、カゲフミは頭痛を訴えるかのように肩を落としている。
結論、俺達は十数分ほど話し合って比較的瘴気が薄い場所に結界を張り、少しばかり体を休めることにした。だがやはり、眠れない。
眠れないと言うのも、緊張感によるものではなく慣れによるものだった。
実際、ここでは太陽の光など意味がない。さらには『ゴースト』は夜に活動が活発になる。
ゆえに昼のうちに仮眠を取らなければならず、夜になったら全員で固まって行動するのが『ラジアータ』に着くまでの方針となった。
ただ、今安眠しているのはカナタと『原初の災厄』ぐらいだ。
とは言え、女性陣は少し離れた場所で結界を張って過ごしているし、今はカゲフミが女性陣の様子を見張ってくれている。
体内時計の狂いによって目が冴えてしまった俺は、今や暇を弄ぶしかすることがない。
手持無沙汰な俺は、首元に下げたロケットペンダントを弄っていた。
ロケットペンダントを開けば、そこには姉さんと俺が映っている写真が1枚挟んである。
俺はその写真を眺めながら、去来する過去と悲しみにふと呑まれかけた。
あの日から、姉さんの姿を見る度に俺は姉さんへの罪悪感でどうにかなりそうであった。
姉さんが『マタ』を発症し3年もの闘病生活を送る中、俺は姉さんに笑顔など見せたことなどない。
例え笑っても、その場しのぎで姉さんを安心させる為の偽りの笑みであり、きっとそれは姉さんも分かっていた。ただ気丈に振舞っていた俺からすれば、本心を見抜かれていたことは恥でしかない。
「……ごめん、姉さん」
俺があのとき、もっとちゃんとしていれば、姉さんは『マタ』で亡くなることはなかったのにとあり得ない妄執に憑りつかれてしまう。
そう、全てはあのときの自分の不甲斐なさが原因だったと、胸中で後悔ばかりが巡っていた瞬間だった。
「……あの、ラインバレル様はお休みになられないんですか?」
「ミシャ……?」
背後を振り返れば、そこには姉さんによく似た少女が立っていた。
またもや姉さんとミシャが重なって混線するどうしようもない思考回路を、俺は頭を横に振って妄執ごと明後日の方角へ吹き飛ばす。
ミシャはどこか遠慮気味に訊ねるも、その表情と声音には俺への心配と気遣いがあった。
「もし、眠れないのであれば、少しばかり術式をかけることも出来ますよ?」
「いやいや、駄目だって。ここからが正念場なんだから呪力は温存しておかなきゃ」
「でも……っ!」
そう必死に心配だと訴えるミシャを見て、俺は思わず苦い思いから口元が緩む。
このままでは話は長くなるだろうし、ずっとミシャを立たせておくわけにはいかないと、俺は自分の隣を叩いた。
「座りなよ、立ってたら疲れるだろうし」
「あ、はい。ありがとうございます。……で、その……」
「どうしたの?」
どこか視線を泳がせて、たどたどしいミシャを見て俺は首を傾げる。すると彼女が水の入ったガラス瓶を背に隠しているのが見えた。
「だったらせめてお水を。瘴気を吸い過ぎると喉が痛みますから」
「ああ、ありがとう。でも俺はこの仮面を装着してるから、飲食の類は出来ないんだよね。言ってなかった?」
「あ! そうでした! ごめんなさい、ならお水じゃなくてせめて再誕の“法”による強化だけでも……!」
そう慌てふためくミシャを見て、俺はすぐにミシャが嘘を吐いていると気づく。
厳密に言えば、本音が半分で嘘が半分だ。
瘴気で喉を痛める俺を心配しているのは本当で、俺が飲食が出来ないことを忘れていたと言うのは嘘。
しかし、この子は最初から俺が眠れないことを分かっていたのはすぐに見抜けた。
まだミシャと知り合って間もないが、この子は非常に分かりやすい。
悪く言うのであれば単純、良く言うのならば純粋。どこかの誰かと同じで、隠し事や嘘は苦手なのだ。
しかし何故こんな分かりやすい嘘を……と逡巡していると、ミシャは俺の隣に座りこむ。そして急にこう切り出した。
「その……ラインバレル様は元々呪力がないと聞きましたが、まさかその仮面で呪力を補っているのですか?」
と急に痛いところを突かれるが、今の俺はそんな彼女の不器用ささえ許容出来ていた。
出会った頃はそんな不器用なところが苛立って仕方がなかったが、ここ数十日の旅のうち、俺はすっかりミシャへ気を許してしまっていた。
それこそ何故俺に呪力がないのかだとか、カゲフミのおかげでそれなりに戦えるようになったとか色々と話すぐらいに。
するとミシャも距離を縮めてきて、今じゃ彼女を本当の妹のように感じてしまっている自分がいた。
今こうして不器用に話を切り出してしまうのも、彼女が人に気を遣う性分だからだとも理解出来ている。
それも幼くして肉親を失い、『光輪を仰ぎし者』で育ち、『ミシッピ』で人に尽くしてきたがゆえの性分だ。
現に俺らの中で戦う力がなくとも、彼女は弱者なりにみんなの心に寄り添っていた。
カゲフミがカナタへ毒を吐けば、カゲフミに臆することなく「止めてあげてください!」とすぐ様止めに入るし、『原初の災厄』に絡まれて俺が疲弊していれば、ミシャが俺の代わりに『原初の災厄』にとことん付き合う。例え、奴にどんな嫌味を言われ続けようとだ。
そんな前向きさと気遣いに、『原初の災厄』を除く俺達3人——少なくとも俺は内心救われていた。
だから今はもう優しくて思いやりのある妹の言葉に苛立つことはないし、俺はミシャへ自然と笑顔を返せている。
「そうそう。これは『原初の災厄』が作ったもので、俺はあいつの呪力を借りて戦っているに過ぎないんだ」
「そうでしたね。ごめんなさい、嫌な話を繰り返し聞いてしまって」
「謝らなくていいよ、別に聞かれても不快な話じゃないし」
すると、一瞬ミシャの唇が微かに開いたままになる。
その瞳には俺しか映していないが、俺ではなく別のなにかを見ていることに気付くと、俺は彼女の視線を辿る。
ミシャが視線を向けていたのは開かれたままのロケットペンダント。俺は一瞬これに視線を落として、また指で弄り回して言葉を継ぐ。
「これ? 見ての通りロケットペンダントだよ。俺の宝物」
「宝物、ですか……」
そう返すとミシャは、俯いては急に黙り込んでしまう。
俺はなにか気に障ったことでもあったかと焦るが、すぐミシャは顔を上げて真っすぐな視線で俺を見据えた。
「もしかして……。ラインバレル様も『ゴースト』による被害で家族を亡くされたのですか?」
ミシャの言葉に瞬間、心臓が跳ねる。
過去俺が『マタ』によって家族を亡くしたことは、ミシャを含む3人どころか『原初の災厄』にさえ詳しく話していない。
恐らくいつしか自然と打ち明けるだろうと思ってはいたが、気づけば俺はリアムを討つと言う目的しか仲間達に明かしていなかった。
正直本心を突かれて胸が痛む。だけれども、この痛みを誰かに吐き出してしまいたいのも事実。
そう胸の痛みに悶えていれば、ミシャは確と俺を見つめてこう言葉を継ぐ。
「本当なら無理に聞いてはならないのでしょうけれど……。でも、ラインバレル様が苦しいのであれば、私は力になりたいです」
「ミシャ……」
そんな力強い言葉に俺は息を呑み、もう強がりと言う枷を壊してミシャに過去を打ち明ける。
「俺が9歳になる頃にはさ、もう両親は『マタ』で亡くなっていたんだ。それから3年前まで姉さんと暮らしてた。でもそんな姉さんも、結局は『マタ』を発症して息を引き取った。以降俺は、天涯孤独の身さ」
「すみません! そんなお辛い話をさせてしまって! で、でもお姉さん達はきっと……」
俺の話を聞いた後、ミシャはまたもや背の折れた案山子のようにぺこぺこ必死に頭を下げ、俺を必死に励まそうとする。
そんな健気さがとても痛々しくて、同時に散々彼女の愛に甘えている俺を自覚した。
一方ミシャはどこか顔を蒼くしつつも、しっかり俺への気遣いを忘れずに話の舵を切る。
「その……ご家族はとても幸せだったと思います。苦しいのに自分達のために頑張ってくれていたそのお気持ちを……」
「それは違うよ、俺はただ父さんが言っていた『正しき人間』になりたいだけなんだ」
「『正しき人間』? それは一体どのような人なのでしょう?」
「それは――……」
かつて父が俺に説いた言葉を口にしかけた瞬間、突如俺の眼前に映っていたミシャが脳内にいるあの男とすり替わる。
男は相変わらず傷だらけで、全身を血で濡らしてぼそぼそと乾いた唇を動かす。
「止めておけ。それ以上話せば、お前は至らなくていい道に至ってしまう」
「至らなくていい道……?」
「ここから先はさらなる地獄だ、逃げ場なんてどこにだってない。そもそも現実から目を逸らすことは罪なんかじゃない。幸せを享受する上でときには必要な行為なんだ……なのに、お前はどうして自分から地獄へ堕ちようとする?」
「それは……」
「家族の仇を討つためか? だがお前の敵は■だけであってこの世に蔓延る悪じゃない。■ならまだしも、世界を敵に回す意味などどこにも……」
今回から数話に渡ってミシャ編となります。
最初はラインバレル君は本当に善人なのかを前出ししていましたが、彼の闇はここは一旦置いておきます。直に化けの皮が剥がされますから。
ただちょっとミシャの不器用さと優しさは現しきれていないなとは後悔しております。結構これでも頑張ったんですがね……。
さて、ミシャに甘えまくりのラインバレル君ですが、この後彼とミシャの間でとんでもないことが起きます。
------
後少しモヤッとしたので、24話の内容を大幅に改変させていただきました。もしよろしければ、ご覧下さい↓
『マナイズム・レクイエム ~Allrgory Massiah~』 24話
https://ncode.syosetu.com/n7611ia/24/
後、こちらが先日修正した第1話になります↓
https://ncode.syosetu.com/n7611ia/1/
⚔35話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3151984/




