神が告げたのは救いの報せか、人柱になれとの命か
俺達は赤く燃える炎を仲良く囲むが、場の空気は険悪かつ最悪なものである。
特にカナタは肩を落とし、自身の失言を先程から悔やんでいた。
しかし、そのカナタの失言を聞き逃さなかった『原初の災厄』はカナタとは正反対に上機嫌だ。
普段口になんかしない水をちびちび飲みながら、彼女の憔悴しきった精神をさらに削っていく。
「で? カナタお姉ちゃんは結局何者なの?」
わざとらしく首を傾げる『原初の災厄』だが、俺とカゲフミはその悪意のある様を見てもう溜息しか出なかった。
ただこの場で真っ当なミシャだけが、『原初の災厄』に「止めてあげてください」と奴を止めるが、奴がそんな言葉に耳に貸す訳もなく。
カナタは後悔の念からか、ずっと『原初の災厄』の言葉を意識からシャットアウトしては頭を抱えている。
「もう嫌ですわ、最悪ですわ。ああ、もうわたしの馬鹿馬鹿馬鹿……これだからあのクソ野郎を信仰する信徒共はいつだってわたしを狂わせて、もう嫌嫌嫌嫌嫌……」
「ま、まぁ……水でも飲んで落ち着いて。ね?」
「うう……っ、普段はありがたく頂戴するダーリンの気遣いですが今は不要ですわ……。今、わたしは自分と神を恨んでいますので、愛だけはこの邪悪な心を侵さないで……」
もはや、彼女の精神はいつ千切れて発狂してもおかしくない。
これは拙いと思うも対処法などなく、今はそんな彼女を見守ることしか出来ないのが少し心苦しい。
「だったらいっそ、全て自白させる術でもかけようか? もう諦めて楽になれよ」
「カゲフミ、絶対するなよ? やったら怒るからな?」
本気で呪術をカナタへかけかねないカゲフミにセーブをかけつつ、俺はカナタの背中を摩る。すると彼女も覚悟したのか、顔を上げては3回深呼吸を繰り返した。
「大丈夫、大丈夫ですわ……。やれば出来る、やれば出来る、やれば出来る。この程度、いつか篭絡した侯爵様の相手より楽ですわ……」
「カナタ、悪いことは言わない。もう口を塞ぐか一旦水を飲んで落ち着いてくれ。それ以上、喋るとまた地雷を踏むから」
ぽんぽん、とカナタの頭を撫でてやれば、彼女も精神的にようやく落ち着いてきたのか俺の肩に頬を擦らせる。そして、一通り精神統一をした後に、彼女は真実を語る。
「多分もうお察しでしょうけど、わたしはつい4年前まで『血濡れの剣』の一部隊である『収集隊』に所属しておりましたわ。例のパスポートも、あのとき持っていたものをコピーした偽造品ですの。まぁ? いい男がいなくてこっちから辞めてやったのですけれど」
「カナタ様は男漁りのために『血濡れの剣』へ? あんな組織にそれだけの理由で入るなんて……」
そうミシャが言葉を零した瞬間、彼女はすぐに我に返って口を手で塞ぐ。
無論、信仰深く闘争を嫌う彼女からすれば、今の発言は悪意と言うよりも偏見なのは俺には分かる。だが、普通に聞いていれば起爆剤になるのは違いない。ゆえにこの後どうなるのかももはや自明だ。
「ああ゛!? 男漁りが悪いとでも言いますの!? 文句があるのなら男と朝寝してから言ってごらんなさい!」
「すみません! すみませんッ! 組織の実情を知らない私が至らぬ発言をして不快にさせてしまってすみません!」
より凶暴化するカナタを眼前にして、俺は女性の恐ろしさをここで初めて知る。女性がここまで人格が変わるだなんて、俺はここ18年生きていても知る由もなかった。
カナタの地雷を踏んでしまい謝り倒すミシャが、もはや背が折れた案山子に見えてしまう。
なにより、カナタが『血濡れの剣』を辞めた理由が胸に刺さってしまう俺もまだまだ男として世間知らずなことを知らされる。
うん、誰か1人だけを死ぬまで貫いて愛して下さるのは、女神様と姉さんしかいない。もう2度と女性の愛の囁きに騙されるものかと残酷な教訓を俺は静かに胸に刻む。
「……水いる?」
「カゲフミ。気持ちは嬉しいんだけど、俺水飲めない」
どうやらあのカゲフミが気遣うほど俺は余程酷い顔をしていたと気づけば、俺はカゲフミにこう頼み込む。
「水の代わりに全力で右頬殴ってくれない? 多分そしたら夢から覚めれるから」
「分かった。その人格ごと吹き飛ぶ勢いで殴るからそのつもりで」
「恩に着る」
と女性陣が揉める一方で、俺ら男性陣までも気がおかしくなってくる。
いや、気がおかしいのは俺だけで、カゲフミは普段の俺への不満をこれを機に晴らすつもりだ。
最悪俺がここでくたばってくれれば万々歳という意志の元、拳を振り上げようとしている。そして女性陣の方でも口論は激化していく。
「確かに私は殿方とお付き合いなどしたことなどございませんし、先程言ったことはあなたの気が済むまで謝罪いたします! しかしだからと言ってヘレ・ソフィア神への侮辱だけは許せません!」
「はぁッ!? あんなクソ野郎が一体なにを救ったってのよ? あなた達はいいわよねぇッ、そんなおめでたい頭をしてて! だから幻覚なんか見るのよ!」
「幻覚もなにも……! 私だってちゃんと解ってます!」
「んな訳あるか! そもそも、バレルにはわたしがいるんだから引っ込んでろ!」
「だから、違いますから! 話を聞いてください!」
唯一、この混沌の中で満面の笑みを浮かべる『原初の災厄』は、正にここが天国だとその表情が語っていた。
しかし、そんな地獄の顕現もそろそろ幕引きとさせてもらうと俺は地面へ伏していた上体を起こす。
カゲフミからキツいアッパーを食らった俺だが、これで俺も目が覚めたし、大分冷静になれた。
そしてカゲフミもまた溜まった不満を解消出来たのか、今はこの地獄を沈めんと俺と共に死地へ踏み出してくれる。
「……で、そこの淫売の事情は分かった。アンタが『収集隊』の出身ならその実力も納得がいく。なにせ天下の『血濡れの剣』が大陸に誇る陽動部隊だ」
とカゲフミは嫌味も混ぜながら、簡潔に『収集隊』が如何なる組織なのかをざっくりと説明した。
俺自身、『収集隊』が如何なる組織かは知らなかったが、陽動部隊と言われてようやく色々と腑に落ちた。
カナタの能力ももちろんだが、なによりあの偽造されたパスポートの出どころはずっと引っ掛かっていたのだ。俺もどこか晴れた心地でカナタへと礼を告げる。
「そうだな、これで心の靄が晴れたって感じだ。ありがとう、カナタ。勇気を出して話しかけてくれて」
俺が本音を告げると、今まで鬼女のように荒れ狂っていたカナタはピタリとミシャへ暴言を吐くのを止める。そしていつものお約束の流れへと入った。
爆速で俺の元へ駆け寄って抱き着いた後に猫のように俺に甘えているが、ここでようやく俺達は本題へと入る。
「……と、ミシャもごめんよ。というか、会って間もない女の子を呼び捨てにする俺も最低だけど、でも少し気がかりが多いものだから」
「いえ、とんでもございません。むしろ私の方が迷惑をかけてしまいました。なにより、ここにいる皆様へ誤解を生んでしまい、大変申し訳ありません」
「誤解?」
「先程、そちらのお方……カゲフミ様やカナタ様が口にしていた事です。私がラインバレル様を実の兄と区別がついていないのではないか――と」
そう口にする彼女の言葉に、ようやく俺達は彼女の真意を聞くことになる。
ミシャは最後まで自身が悪いと謝罪しながら、訥々とここに残りたがる意志を明かす。
「そもそもの話なのですが、あなた方があの日『ミシッピ』を訪れるのはヘレ・ソフィア神によって予言されておりました」
「神が俺達の存在を予言した……?」
カゲフミは珍しく目を開いて戸惑いを見せ、思わず驚愕の言葉を漏らしてしまう。そしてミシャはカゲフミの言葉に静かに頷いた。
「まず私の所属している慈善団体、『光輪を仰ぎし者』が如何なる団体かご存じですか?」
「いや、全く……」
俺が全く知らないと明かせば、ミシャは懇切丁寧かつゆっくりと『光輪を仰ぎし者』がなんたる組織かを語る。
「『光輪を仰ぎし者』とは『人類愛護団体』の別称になります。『人類愛護団体』は読んで字のごとくですが、神の教えに倣い人を守ることも活動内容に入ります。しかし、『光輪を仰ぎし者』に戦える者はそういません」
「らしいね。しかも『光輪を仰ぎし者』の信条として、戦うのはご法度とか言う噂はあるけど」
「はい、残念ながら……。しかし、我々の中には神の代弁者と呼ばれる魔術師が何名か存在します。その魔術師達が神からのお告げを代弁しているのです」
カゲフミが良いタイミングでミシャに問いかけることで、内容をさらに深く掘り下げつつ平易な説明へと変えてくれるので非常に分かりやすかった。
ただ、ここ3年聖都から出なかった俺からすると、狂界を越えた世界の事情などなに1つ知らない。
それどころか、聖都の周辺に住む者は戦火に巻き込まれることもまずないから、『ゴースト』の詳細や対『マタ』組織の存在を知り得ていない。
と言うより、わざとこれらの情報を明かしていないという可能性があるのではないかと言う憶測が脳裏に過る。
ともかく、今はそんな政情の闇より目の前にある話題に集中する。
「そもそも魔術師ってなんなんだ? 魔術なんて代物も初めて聞いたけど……」
「魔術って言うのは、謂わば呪術の亜種。呪術は呪力を消費することで使えるけれど、魔術は使用者の生命力を力の根源として使用するわけ。それゆえに扱える人間も大分限定されてる。……アンタなんかには向いてそうだけど」
「そして、その魔術を扱う魔術師の方は普通の人間ではありません。もちろん、それは人格的な意味で。あの方々は自我がありません、一説によれば魔術習得の過程でそうなるとのことですが」
ここまで来れば、あれだけ離れて散りばめられた話題もまとまってくる。つまり――
「この世で魔術師だけが神託を聞けるといった感じなのか」
「はい、そのような認識で構いません。欲どころか自我のない彼らは嘘を吐けません、ゆえに神の言葉をそのまま私達に告げます。そうして、4日前に『光輪を仰ぎし者』に所属する魔術師があなた方の存在を私達へ教えて下さいました」
「じゃあ、なんで4日という猶予があったのに『ミシッピ』には人がいたんだ? それこそおかしい話だろう?」
「馬鹿言え。『ミシッピ』の周辺にはなにもないし、普通の人間がうろついていれば、それこそ『ゴースト』に出くわす。俺達が狂界の先で数時間でも快適に眠っていられるのは、万が一のことがあっても対処出来るからだ」
「それは……」
俺は、ここで託宣という存在の重さに初めて気づく。
そして昼に見たあの異様な光景に、どうしても同情心が込み上げてきて仕方なかった。
抑えきれない同情心と怒りは、ただ俺の全身を震わせて拳を強く握りこませることで落ち着かせる。ああ、なんてこれは残酷な現実なのだろうかと。
「なら、自分の言葉を信じて絶望の中で希望を待てとでも言うのか」
俺が無意識に憤怒の言葉に、誰一人声にして答える者はいない。だが、再び気分が害され始めている様子のカナタは口を尖らせつつも俺を宥める。
「でも仕方ないのかもしれませんわね。神が全てを……人々を守れるのならば、この世に『マタ』も『ゴースト』もありませんわ」
「……そう言うことです。それにヘレ・ソフィア神は“繁栄”を司る神です。せめて4日前のお言葉こそ、あの方の優しさなのでしょう」
これはあの方の優しさと言うミシャの言葉に吐き気がして、思わず俺はそっぽを向いては舌打ちしてしまう。だが、ミシャは構わずこう続けた。
「そして、ヘレ・ソフィア神は私に対してこうおっしゃったそうです。あなたこそが来る救世主を加護する者となる、存分にその“法”を捧げなさい……と」
ようやくミシャが俺へ固執した理由も明かされ、もう言葉など出やしなかった。
それは、大体ヘレ・ソフィア神に対しての文句だが、あのときミシャが急に人々を先導したのもこの話を聞けば頷ける。
「……相変わらず奴はイカれておるのう、使えそうな駒は躊躇なく使う。神となってもその業の深さは計り知れんわ」
『原初の災厄』もまた、呆れからか素の口調でヘレ・ソフィア神に対しての不快感を消え入りそうな声で呟く。
ただこんなことを聞いてしまった以上、俺は色んな意味でミシャが心配になってくる。
「ミシャ……君は、本当にそれでいいのか? 自分の信じる神がそう言ったから、自分の命を無駄にするのか?」
「無駄なんかではありません。私も『光輪を仰ぎし者』の一員ならば、これは当然のことです」
そうじゃない、と俺は歯を鳴らして噛みしめる。
なにより胸の中で燃え盛る嚇怒は、俺を否定しては肯定する。
そう、『正しき人間』でありたくばここは怒れ。
いや、そんな憤りなど所詮は偽善なのだ。
善と悪が交じり合い、調律が取れない不快な灰色が夥しくて、気持ち悪くて仕方ない。頭に昇った血で視界が点滅し始めたときだった。
「……人とはいつとて自身の信条に従い、それらに対しては強欲に生きてしまう」
「は?」
急なカゲフミの言葉に、つい思わず俺は噛みついてしまう。
しかし、彼からそれも予定調和と言うよりも、今この場で唯一現実に納得のいかない俺をカゲフミは静かに宥めた。
「これは兄さんの談だけどね、本当にそうだよ。人は1つ心に決めたらそれだけに強欲になる」
一瞬、カゲフミは目を伏せ、どこか懐かしむかのように頬を綻ばせる。
だが、それはたった一瞬。
彼が弧を口元に浮かべた刹那、漆黒の瞳は俺を戒めるように捉えた。
「いや、1個だけならまだいい。アンタみたいにあれもこれも手を出す奴は相手にするのも面倒臭いんだよ。カナタの言う通りだ、神でも全てを守るのは不可能。……なら、諦めろ」
「――ッ!」
俺はカゲフミが俺を宥めた瞬間から、どんな言葉であれ言い返す気でいたが、今彼の薄く赫色を纏う漆黒の瞳を見て、言葉が綺麗に胃に落ちていく。
“諦めろ”――この言葉は俺に向けられたが、黒い瞳を瞳孔に縁取られた赤い瘴気にはカゲフミの後悔と怒りを感じられた。
と同時に、俺の勘違いでなければカゲフミは今激昂している状態だと悟る。俺ではなく、世界そのものに。
「悪い、カゲフミ。目が覚めたよ」
俺はカゲフミの傷口を抉ったことでようやく目を覚ますが、正直彼の塞がらない傷を抉ってしまったのを申し訳なく思う。しかし、当のカゲフミはいつものことだと溜息を吐く。
「まぁ……所詮人間は我欲塗れだし、それはそこの離反者も俺も変わらない。1人だけ馬鹿がいるけど、アンタも俺ら側だろ?」
「は、はい……。厚かましいですが、では、その……」
「勝手について来ればいい。しかしあくまでなにかあっても全ては自己責任で。最悪そこの馬鹿を盾にしていいから」
「ごめんてば……」
こうしていくつかの修羅場をくぐって、俺達の意見の相違はなくなった。
同時に、新しい仲間が増えたことを心苦しく思うが、残念ながら前向きな気持ちで彼女を迎えられる心情ではない。
なにより友人の心的外傷を抉った俺は、この後三日三晩は贖いに自分への罵倒を浴びせ続けた。
そんな中、俺は奴に問う。
聖者も、いや神であれど禁忌を犯すのははたして罪なのだろうかと。
すると、奴は静かに首を横に振る。
「罪じゃない。神は……いや、神も人も総じて間違いを犯す。そしてその罪過はいつしか大義となって精神を駆り立てる。……悲しい現実だけどな」
と、奴——もとい俺の覚醒のきっかけとなった男と俺はこういった場面ではよく言葉を交わしていた。
罪を具現化したようなこいつがそんな風に断定してしまえば、悲しくも納得出来てしまう。
そして俺達は、『ラジアータ』と目の鼻の先である地獄の谷へと足を踏み入れることになる。
ま、またもやカオスだ―――ッ!もう3回目ですが、このカオスの波も今回で終了です。後、ものすごく長くなって申し訳ありません。
しかし、カナタは『代理人』ではなく、実は『血濡れの剣』の出身でした。なんてことだ。
にしても今回は新情報が多すぎるので、少し活動報告の方でまとめさせていただきます。
そして、次回から7話突入&『ラジアータ』突入&第3章の開始です。
⚔33話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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