困惑
すぅすぅと規則正しい呼吸が、先程から俺の耳朶を撫でている。
結局あの『ゴースト』との戦闘後はカナタが『ミシッピ』へと戻り、住人に頼んで装備を分けてもらった。
その間、俺達3人はカゲフミが張った簡易的な結界の中にいたため、無論第3戦とはなっていない。
幸い『ミシッピ』にいる『光輪を仰ぎし者』という慈善団体の方が、無料で5人分の装備を与えてくれた。
そしてミシャのことを話すと、何故か街の人達は憐憫を込めた笑みを浮かべてカナタへこう言ったという。
「そうですか……あの子がそういったのですね。なら私達は止めません、ようやく彼女も生き別れた兄と再会出来たのですから」
だからどうか、今後も兄妹末永くいて欲しいと言っていたと戻って来たカナタが俺へとそう伝えてくれた。
当然、この話を聞いていくら鈍い俺でも、誰がミシャの兄なのかと勘違いされているか理解出来た。
ゆえにカナタはただいま絶賛不機嫌真っ最中であり、それどころかミシャを見捨てろとまで言い出したので、俺は必死にカナタを宥めた。するとカナタは俺へとこう詰め寄る。
「じゃあ、バレルは見ず知らずの少女に兄だと勘違いされたままでいいんですの? もしいいのであれば、本当に罪なお方ですわ!」
「いやぁ、それはさすがに……」
俺が返せたのは苦笑1つだけ。
正直、どうしてこうなったと言った心地でいっぱいだ。
ミシャが呪力を開放して能力を行使した際、彼女は俺を「兄さん」と呼んでいた。
まさかミシャの兄が俺と似ていたのであれば、そんな偶然が起こるのは何千分の一の確率だろうかとしか思えない。だが、俺はそれを手放しに喜べやしなかった。
と言うのも、俺にも姉さんがいたゆえの思考だ。
勝手な持論ではあるが、俺自身兄弟という肉親は替えが効かないと俺は思っている。
両親は無論、兄弟もまた法や生半可な絶縁宣言などでは断ち切れない存在。
同じ血と引き、同じ遺伝子かあるからこその唯一という存在だ。ただ世の中には色んな事情があって、義理の兄弟を家族と呼ぶことを否定したりはしないが。
俺がかつて顔を出していた教会でも、血の繋がりこそないが、互いを兄弟と呼び合っている孤児達もいた。それを悪とは言わないし、そう言った絆も美しいと思っている。
しかし、血の繋がりというのは深いと俺はよく分かっているからこそ、ミシャが心配で同時に彼女が俺に浮かべた表情や言動が気味悪くもあった。
『ミシッピ』の住人を避難する際に、初めて見せたあの恍惚とした表情。
そして今まで暮らしていた住人よりも、ただ似ているだけという理由で他人である俺を選んだという理由——それが酷く歪に見えて仕方ないのだ。
彼女にどんな事情があったかは知らないが、早いところ俺と彼女の兄は別なのだと誤解を解かなければ、今後トラブルも起きかねない。
だからせめて、一刻でも早く目を覚ましてくれなんて微苦笑を浮かべながら最低な思慮に耽け、俺はカナタからお叱りを受け続ける。
「……あれ? ここは……」
「あ、起きた?」
刹那、ミシャが目を覚ます。
ミシャが目を覚ました瞬間、『原初の災厄』とカゲフミは知らぬ存ぜぬと前へ進む足を止めない。
一方カナタはこちらへつかつかと足早に近寄ってはミシャの隣に並ぶと、碧瞳を細める。
「おはようございます、お嬢さん。起きて早々気分を害されて欲しいのですけれど、人の旦那を寝取るとはどう言った趣味をお持ちですの?」
「え? だ、旦那……? 一体どなたが……」
この状況はあまりにも拙い。
俺はカナタの吐く言葉から、俺が思う以上にこの場は深刻だと悟る。
確かにカナタは口が過ぎることがあるが、それでもわざと悪意をぶつけることだけはしない。
だが今だけは違う。起きて早々気分を害されて欲しいなど、明らかにミシャを故意に傷付ける気でいる。
一瞬、嫉妬からここまで怒っているのかとも安直な考えに陥ったが、恐らくそれは違うだろう。
なにせ、カナタは『ミシッピ』に足を運んでからずっと生理的に『ミシッピ』に住む人達を拒んでいた。
俺が我侭を言ったがゆえに付き合ってこそくれたが、それでもミシャに対しカナタには嫉妬だけでなく彼女への嫌悪を感じる。
俺はとにかくこの場に割って入ろうと口を開くも、カナタに遠慮なく口に指を突っ込まれて黙らざるを得なくなる。
「あなたをおぶっているとーっても優しいお方ですわ。生き別れのお兄さんと勘違いしているだかなんだか知りませんけど、馴れ馴れしいと思いません?」
「あ……、はい。そうですね、ごめんなさい……」
ミシャは俺の背中から降りることもないまま、消え入りそうな声でカナタへ謝罪する。
しかし、カナタはそんなミシャから視線を逸らさない。恐らく早く俺から離れろとでも言いたいのだろう。
俺も酷ではあるが、体調に問題がないのであれば早く降りて欲しいと思う。それにそろそろ日が暮れる頃合いであった。
いよいよ潮時か――そう俺が茜色の空を見上げた瞬間、カゲフミが足を止めてはこちらへ振り返る。
「とにかく今日はここらへんで休むとしよう。それにそこの小娘も目が覚めたのならばいいタイミングだ」
「え? え?」
当然、今目覚めたばかりで話の先が見えないミシャからすれば困惑の声しか出ない。
さすがのカゲフミも非情になれないのか、ミシャへとこちら側がミシャに求めていることを丁寧に説明する。
「ここから1キロ先には、アンタが所属している『光輪を仰ぎし者』の人間が避難民を受け入れる拠点地がある。そこの馬鹿のせいでアンタをここまで連れてきた訳だが、元々はアンタが勝手に『ゴースト』退治について来たことが事の発端だ」
「カゲフミ! さすがにそんな言い方は……!」
俺の言葉に対しカゲフミは嘆息を1つだけ漏らすと、気だるげそうな顔で俺を見る。
その視線で俺はカゲフミの言いたいことを察知したが、彼も俺への不満が限界なのか先を言わせろと訴える。いや、呆気なくカゲフミの不満は零れた。
「……あのさぁ、いい機会だからいっておくけど、俺達はアンタのお人よしに振り回されてるんだよ。だったらなに? その小娘を妹のように預かってでもみる? いいな、それ。勝手にやってろよ、もう」
「……ごめん」
全てカゲフミの苦言と不満は全て正論だし、カナタも口に出さないだけで俺への文句は少なからずあるだろう。それに俺にとっても、こんな飯事など良くはないのだ。
けれども、このどうしようもない優柔不断さが彼女を見放すなと訴えてくる。
俺が自分の半端さに歯噛みする一方で、ミシャは俯いてはこう口にした。
「……そうですよね、私の存在がご迷惑なのは承知しています。むしろ、ここまで送って下さってありがとうございます。ですが――」
ミシャはようやく俺の背から降りるが、彼女は決死に喉から言葉を振り絞る。
「私、ここで諦めたくありません! 今度こそ、ミシャは……あの人を……!」
またかとここにいる全員がミシャの言葉に項垂れる。
そしてとうとう怒りを露わにしたカナタは、ミシャへと掴みかかった。
「いいこと!? バレルはあなたの兄ではないの! そんな幻想に縋ってよくもまぁ、『人類愛護団体』の人間だと名乗れますわね!? 結局、あなたも『血濡れの剣』の連中と同じで、自身の欲とその身勝手な信仰心が――……」
「ん? 『血濡れの剣』の連中と同じ?」
と、カナタの激怒の言葉に口を挟む『原初の災厄』。
奴は一件不思議そうな表情を浮かべるが、その裏ではカナタの言葉を口実にこの場をひっかき回す気満々なのは、俺とカゲフミしか気づいていない。
「あれ? カナタお姉ちゃんは『代理人』じゃなかったの? なのに『血濡れの剣』の内情を知っているような口ぶりなのはおかしいねぇ? でももしカナタお姉ちゃんが『血濡れの剣』の人間なら、あのパスポートのことも納得出来るかも」
『原初の災厄』は上機嫌そうに嗤いながら、カナタとミシャをくるくる囲んでは回る。そして――
「ボク、もっとカナタお姉ちゃんのこと聞きたいな! それにもうこんな険悪な空気なんて、ぶっ壊れちまえー……ってことで、いい機会だし反省会でもしない?
そう不気味に口元に描かれた三日月を目にした俺達は言葉を失い、自身の生存本能に従う。
今ここで逆らうな。逆らえばきっと俺達はこいつに殺られるぞと言う本能からのお達しに従って。
ま、またもやカオスだ―――ッ!
カナタは通常運転ですが、ラインバレル君は振り回されまくりでカゲフミはそれ以上に振り回されてます。苦労人だね、君も。
にしても、こういったときに『原初の災厄』さんは動かしやすいなぁとつくづく思う今日この頃です。
⚔32話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3149135/




