愛と禁忌の“法”
結局、俺達4人は1度『ミシッピ』を出る。
陣頭指揮を採っているカゲフミは眼鏡をかけたまま瞳を細め、レンズ越しに『ゴースト』の様子を遠くから観察していた。そして『ゴースト』の動きを観察した上で、今後どう動くべきか1人吟味する。
急なことに『ゴースト』退治を申し出た少女――ミシャも強引に俺らに付いてきてしまった。『ミシッピ』を出るまでの道中、カナタがずっと俺の隣で身を縮こませている彼女を睨むと言うアクシデントも添えて。
非情だろうが、俺もこの子を『ゴースト』の殲滅戦に連れて行くのは反対だった。しかし、やんわりと制止してもミシャは首を縦に振ることはなかった。
そしてカゲフミは今後の行動方針をまとめ終えたのか、眼鏡を外して眉間の皺を揉むと同時に嘆息する。
「駄目だ。ここ近辺から狂獄までゴーストが徘徊している。なにかを探し回るようにな」
「なにかを探し回っている?」
俺はカゲフミの言葉に疑問を覚える。
そもそも『ゴースト』とはリアムの呪力で生み出されたものだが、眷属ではないはず。
むしろ自然発生していることから、意志など持たないと言うのにと考えたところでカゲフミが横槍を入れる。
「まぁ、眷属というよりも奴らはリアムと同調しているようなものだし。だからリアムが眠っている間はその名の通り浮遊霊とそう大差なかったけど……だとしたら奴は一体なにを探している?」
「そんなの分かりませんわよ、本人に聞く以外には。なんにせよ、『ミシッピ』が壊滅するのも時間の問題でしょうね」
と、カナタはいとも簡単に残酷な現実を導き出す。あのカゲフミが苦言を呈しているあたりで、俺も『ミシッピ』にいる人達全員を救えないという現実を理解してしまった。
だが、本当にそれでいいのかと俺は考え込んでしまう。するとカゲフミから容赦ない苦言が入って来た。
「……言っておくけど、俺は手を貸さないから。それよりとっととこの街を出た方が早い」
俺は再び毒血を呑まされた心地になり、腹立たしい思いから反射的にカゲフミを睨み返してしまう。瞬間俺とカゲフミの視線は交わるも、カゲフミはそのまま俺の視線を流した。
「急ぐぞ」
「……じゃあ、俺は残るよ」
「は?」
不意に俺の決意が零れ出た瞬間、カゲフミは俺を刺すように黒瞳を細めては睨みつける。
ああ、お前の言いたいことはよく分かっている。
しかし、そんなものは残酷すぎると俺はまた反対の声を上げようとした刹那、カゲフミは乱雑に頭を掻く。
「……あのさぁ、アンタにとって大事なのは見ず知らずの他人と大義のどっちなわけ?」
「そんなことは今関係ないだろ。俺はこのまま見て見ぬフリをして見捨てるのが嫌だと――」
「関係ない訳ないだろ。言っておくが、呪術を用いた能力者は決して無敵なんかじゃない。忘れてるだろうからもう1度警告しておくけど、呪力は行使すればするほど仕手を呑む。それはアンタがよく分かってるだろ?」
瞬間、カゲフミの厳しい指摘に、俺は呼吸が止まりかけるのと同時に頭に血が昇るのを感じた。
確かに俺のやっていることは、ただの偽善に過ぎない。
だが、ここで誰かを見捨てていくなんて『正しき人間』の在り方なんかではない。
例え見ず知らずの他人であろうと、困っている人がいるのならば見捨てることはするな。俺はそう父さんに教えられた。
だと言うのに、カゲフミは俺の選択をこの場では悪手だと断言する。
「ここで倫理を説くな。……と言うより、アンタの思考は聖者か神のソレだよ。アンタは自分は優れていると思ってるわけ? 劣等生の俺が手ほどきしてやらないと呪力の扱い方さえ分からない甘ちゃんだって言うのに」
「――ッ!」
普段ならばカナタが割って入って間を取り持つが、彼女は今沈黙を貫いている。
一瞬俺は彼女に裏切られた気になったが、違うと俺のある側面が囁く。
そう。彼女が今口を噤んでいるのは、カゲフミの方が正しいからである。
もっと彼女の意思に添うのであれば、俺がより長く生きる為にはカゲフミの選択の方がいいと言ったところだろう……と。出なくば、俺は死に急ぐとカナタは知っているから。
慙愧に堪えないが、それが俺の現状であり限界だ。でも。
でも――と言葉を継ごうしても、言葉が出てこない。そしてカゲフミはとうとう諦めろと俺を宥める。
「……人間、誰しも救ってやれない生き物だ。救える人間にも限りがある。その現実から目を逸らしたら、それこそこっちが死ぬんだ」
「ああ……」
そう。仕方ないのだと俺はようやく怒りを腹の底へ沈める――が、その瞬間。
「づ……ッ!」
嫌に俺の心臓が強く跳ねる。
一体何事かと思いきや、心臓の鼓動が速まって行く中で脳の中がある一言に犯されていく。
いいや、救え。見捨てるな。お前ならば出来るとも。
そんな突然湧いた意味不明な鼓舞に対し、俺の意識を介してこちらを覗き込む彼は俺にこう警告する。
己惚れるな。人間に出来ることなどごく僅かでしかない。
例えどれだけ意志1つで身を削ろうが、結局は自身の無力さと残酷な現実に打ちひしがれて、自身の精神を壊していくのだと。
それがどれだけ愚かしく、辛い事かと俺に訴えたときだった。
「バレル、カゲフミ! 第2波がきますわよ!」
「……え?」
すると、数キロ先から黒い靄のようなものがこちらへと向かってきた。
それはまるで風のように吹き荒れ、速度自体も早い。ゆえに奴らの接近に気付いたときには既に手遅れだった。
「これだから善人に付き合うと損しかしない……。あの速さだと俺が捕捉出来るかどうか」
カゲフミは黒い長筒を左腕に顕現させ、顕現させた黒い輪を覗き込んでそのまま矢を放つ。
一瞬にして風のように吹き荒れる『ゴースト』達は身を削られるが、ここで異常事態が発生する。
カゲフミの放った矢を食らった『ゴースト』は、矢が掠っただけでも動きを止めて自壊していく。しかし今度は矢が当たった『ゴースト』からまた新しい『ゴースト』が這い出たのだ。
「ちっ、脱皮を始めたか」
「『ゴースト』の脱皮ですって? そんなのわたしは聞いたことありませんわよ」
それは、当然俺もだ。
そして『ゴースト』の脱皮が如何なるものかを空気と化していた『原初の災厄』が語る。
「『ゴースト』の脱皮、かぁ……。もうこれはリアムが直々に操っているとしか思えないね。ボクも数度しか見たことがない」
冷静に語る『原初の災厄』の顔には諦観が浮かんでおり、ここは逃げるか吉と珍しく警告していたが、すぐに『原初の災厄』は俺の後ろで怯えていたミシャへ声を掛ける。
「ねぇ、お姉ちゃん。君の能力をラインバレルに与えてくれない?」
「は?」
「そんなの――」
無理だと全員が断言しかけたその刹那、『原初の災厄』は口角を吊り上げる。と同時に、こちらへ高速で向かって来た『ゴースト』達が黒い糸に絡め取られた。
「“射止めよ”、“負の因子たるや、総じて我らの害なれば”——一斉起動・第5術式“攻撃排除”」
黒い糸に絡め取られた『ゴースト』達は、そのまま仕手であるカゲフミが詠唱を唱えた後に次々とカゲフミの放った矢で射貫かれていく。それを『原初の災厄』は勝機だと捉えた。
「お姉ちゃんの“再誕”の“法”は愛と禁忌の法。だからラインバレルとは相性がいいんだよ。……まぁ、もう術式は解除出来ないけど」
と笑みを深めて、指を鳴らす『原初の災厄』。
俺は嫌な予感がして、咄嗟にミシャの方へ振り返る。すると彼女は何故か俺を切なげな視線で俺を見つめていた。
一瞬、彼女の視線に怖気が走るが、『原初の災厄』は指揮を取るかのように告げる。
「さぁ、少女よ。これを贖いとするかさらなる罪と化すか――選べッ!」
「……ごめんなさい、みんな」
『原初の災厄』によって強制的に“法”の発動を強いられたミシャは、泣き出しそうな声で謝罪をする。
いや、謝罪というより独白のようなその呟きは、継ぐ言葉の声量にかき消された。
「ミシャは、みんなより家族を選びます……! ――“静けさに眠るその夜は、私にとってなによりの幸福であった”」
家族? 家族なんて一体どこに?
そう俺が彼女に問いかけても、彼女の口が紡ぐのは詠唱のみ。
「“いつか童が聴いた歌はまた誰かが紡ぎ出す”、“しかしその歌は希望ではなく、いつか誰かが焦がれたただの愛の歌”、“共に母の胎へ還るその日まで、私は歌を抱いて歌に聴き耽る”――“再誕せよッ!” “愛の揺り籠に揺られるは背中合わせた双生児”」
詠唱と同時に彼女の呪力が放たれた瞬間、彼女の呪力は俺を包んでいく。
ここで俺は彼女だけでなく、俺も『原初の災厄』に誘導されたのかと初めて気づく。
だが、彼女の呪力に身を包まれた瞬間、先程まで感じていた心臓への違和感は消失する。
それどころか呪力が増幅され、しかも俺の精神を蝕むことなどないまま“罪業”の使用を許可したのだ。
「兄さんッ、今です!」
ミシャの声に押され、俺は『業火の仮面』から呪力を放出し、それを右腕に纏わせて地を駆ける。そして黒の網に絡まれた『ゴースト』との距離を縮めた瞬間に拳を振り上げた。
「“断罪せよ”――“我こそ地に墜ちて罪業を食らう破滅の使徒なり”――“一部開放”」
脱皮した『ゴースト』はそのまま、2体とも奇声を上げて焼け爛れていく。
まるで光か愛か――憎悪とは正反対の幸福に浸かされて、このまま死ぬのは嫌だと自身に起こった現実に抗うが無駄な抵抗に見えた。
と、なんとかミシャのおかげでこの場を乗り切った俺達。『ゴースト』が滅した瞬間、ミシャが体勢を崩す。
そんなミシャを『原初の災厄』が受け止め、奴は彼女になにか囁く。するとミシャは小さく優しく微笑む。
「ようやく、です」
きょろ、と俺とカナタ、カゲフミをその蒼瞳でしっかりと捉えたまま、ミシャは落ち着いて欲しいとか細い声で俺達へ訴える。
「あの街は大丈夫ですよ。また直に神の遣いがやって来るでしょうから、今は少しでも、『ラジアータ』……へ……」
そう呟いて、彼女は意識を失う。
まるで、これこそが自身の追い求めた幸せだと言わんばかりに。
な、なんかカオスだ―――ッ!
ラインバレル君とカゲフミは容赦なくぶつかっていますが、これはカゲフミの方が正しい。目的を見失うなよ主人公。
けれども、なんだかこのミシャというヒロインちゃん、なんだかやべー香りがしますが……どうなんでしょうね?
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