夜の語らい
あれからさらに時間は過ぎ、俺は徐々に『ラジアータ』との距離を詰めていく。
いや、もう俺はではなく、俺達はと言うべきか。
今やカナタだけでなく、ミシャやカゲフミといった仲間達もいる。
幾分と問題を抱えてしまっているが、それでも『原初の災厄』と2人で旅をしていたときの不安に比べれば、こんなことはどうってこともない。
―—と、いい加減落ち着きたかったのだが。
「全くなってなさすぎ」
とカゲフミの握ったナイフが交わった瞬間に、力で押し切ると俺はそのまま後方へ飛ばされた。
カゲフミは手加減してくれたため、俺は怪我こそしていないが、カゲフミは呆れている。
「精神統一はそこそこ様になってきたけど、集中力にムラがありすぎ。そんな身体強化じゃ、『ゴースト』の一撃受けたら死ぬよ?」
「——ッ、悪い。気を抜いた」
俺は今夜もカゲフミから、呪力を用いた戦闘や小技について訓練を受けていた。
訓練を申し出たのは、当然俺からだ。理由は俺が足手纏いになっているから。
カゲフミは未熟な俺に対し、ナイフでの戦闘術の他にも身のこなしという基礎や、呪力で身体強化をする方法、さらには身体強化をしたときはどう動けばいいのか……など、様々なことを手ほどきしてくれている。
「もう1回頼むよ」
「いや、今日はここまで。いつも言ってるだろ? いつ『ゴースト』が襲ってくるか分からないんだから体力を温存しておけって。ただでさえ、足手まといをもう1人引き取った今じゃ俺とあの淫売の負担が大きすぎる」
そう厳しく睨むカゲフミの一言は、俺の胸に深く刺さる。
俺が自身の無力さに歯噛みしていれば、カゲフミはなにも言わずにこの場を後にした。
「……よくもまぁやるものだな。まぁ、戦い方は一朝一夕で身につくものではないが」
「うるさいな。俺だってみんなの足を引っ張りたくないんだよ」
と、声を掛けてきた男に俺は冷たく返す。
すると男もまた、「ああ、そうか」と念だけ返してくる。
あの一件——俺がカナタを協力者として仰いで『オリベ』を出る頃にはこいつの嫌悪感は綺麗さっぱり消えていた。
そして、あの日から男は休むことなくこちらをじっと覗き込んでいる。
正直気持ち悪いが、その視線に籠っているのは無だ。
ただ俺達を景色として見ていて、そんな不気味な行動をもう1つの日常だと受け入れている俺がいた。
なにより、日に日に『ラジアータ』へ向かうほど、こいつの存在感というのは増していく。
はたしてどうしてかと思いつつ、泥で汚れた顔を洗うために俺はキャンプ地へと戻る。
みんなはもう床に着いているが、俺は顔を洗い終わった後に、ただ灯りとなる焚火を無心で見つめていた。
と言うのも、万が一『ゴースト』が襲ってきたときにすぐ様動けるようにするためだ。
今日は俺が見張りなため、出立までの数時間後まではこうしていなければならない。
なんとなく手持無沙汰であったため、俺はほんの暇つぶしに青年へとこう問いかけた。
「そういやお前、なんか言ってなかったか? さっき」
「……ああ、あれは寝言だ。珍しく寝ていたからな」
カゲフミとの訓練中、こいつはなにか俺に問いかけていたような気がした。おかげで気になって隙を作った瞬間に、カゲフミに叱咤と同時に首を刈られかけたのだが。
こいつはあのとき、ずっとこう口にしていた。
許してくれ、許してください。もう俺は耐え切れないから――と。
繰り返す謝罪の意味が分からなかったが、こう本人から寝言だといわれればすんなり納得してしまった。
「寝言って……。人の中にいながらもいいご身分だな、訓練の邪魔をしてくれるなよ」
「別に。いちいち俺に構うからああ言われるんだろうが。そんなお人好しだから『原初の災厄』にいいように使われるんだ」
「おー、俺の1番の悩みの種を指摘するとは、正気に戻ったようでなにより」
今ではこう憎み口を叩き合う仲となったが、正直こんな風に悪態を吐き合うのはカゲフミでも難しい。
何故なら、俺はどうしても他人には善い顔をしてしまうから。
この気性のせいで、つい先日仲間達に心配をかけてしまい、問題を起こしてしまった。だからこうやってガス抜きしてくれるのはなんにせよ助かる。
そしてしばらく。俺達は会話などないままに沈黙だけが静謐なこの場を包み込む。
体感でおよそ1時間経った頃か、突如こいつは俺へとこう聞いてきた。
「……なぁ、お前は■を■■■しまったときはどう思う?」
「は?」
またもや、ノイズ音が重要な部分をかき消してしまったので、俺にはこいつがなにを言いたいのかさっぱり分からない。だが、こいつの表情から読み取るに、かなり深刻な話なのは分かった。
なにせ、今のこいつはどこか蒼褪めてなにかに怯えていた。
そんなこいつの表情を見ていると、悪夢を見て飛び起きた子供かと幻視してしまうが、こんな悪辣の化身を子供として扱うのは純粋な子供達が可哀そうだ。
という本音は飲み込み、俺は対等な相手としてこいつの疑問への返答を思案する。
「いや、知らないし。そもそも、許してくれないって何をだ? お前は一体何をしたんだ?」
「……」
俺の返事にどこか焦燥を帯びる男の表情の変化に、俺はいちいち付き合う気はなかった。
どうせノイズで重要な個所が消されるなら、深掘りして拗らせるのは良くない。
ただ、疑問は呑み込めないなんて後味悪く言葉を咀嚼しつつ、俺はお前の意図など読めないと返した。
「まぁなんにせよ、だ。例えば人を詰っただけでも大体は許されないよ、だってこっちからしたんだから」
「そう、か……」
「人としては当然の倫理だけどな。あくまでこれはお前が悪いことをしたと仮定した場合の話だから、深く考えずに流してくれ。でも、なぁ……」
「なんだ?」
「こう励ましてもお前はどうせ安心しないだろ? だから保険はかけておく。人はさなにかされたら割と覚えてる……それは分かるだろ?」
「ああ」
こいつが素直に俺の話を聞き入れるのが珍しいと目を丸くしつつ、俺は言葉を継いでいく。
「だから悪いことをしたら罰は受け入れる、これも当たり前の話だ。どんなことであれ、咎は背負うんだよ。なにかをしてしまったのなら。言葉でも暴力でも、作ってしまった傷は消えることはない」
なんだか一方的にこいつを詰める真似をしてしまい、俺は去来する罪悪感を呑み込む。
当然こいつの顔は曇って憂いているが、それを聞いていては後数時間なんてあっと言う間に過ぎるだろう。
どうか今ある現実に帰るためにも、ここでこいつのことは精算しておきたい。そんな俺の欲望に素直に従えば、案外つらつらと言葉は出てきた。
「それが人と付き合っていく上で大事なことだろ? ……まぁ、その傷をやたらと気にして言葉を噤んでいれば、それはそれで問題だけどな。どうせお前はなにかやらかした後に、後でその傷を気にして人の顔を窺うタイプだろ?」
と、まるで俺はこいつのことを旧友の仲であるかのように語る。
一体何故と疑問が浮かぶも、それはまぁいいではないかと俺のある側面が囁く。
ここで恩を売っておいても損はないぞ、という謎の命令に戸惑っていれば、低く潰れた声が微かに言葉を紡ぐ。
「本当、いつの世もままならないな。暴力ってやつは」
「当たり前だろ。やらかした分の報いは受けろ、俺はお前を庇わないからな」
「酷な奴め。本当に俺に対しては容赦ないな」
「ああ。俺は唯一お前だけは遠慮なしにやらかしてもいい存在だと思ってる」
何故なら、こいつこそが俺の写し身であるから。
この世界——何十億人といる人々の中で、ただ1人心の底から本音を言い合っていい気がしてならないからこそ、俺は遠慮はしない。そんな俺をこいつは軽く罵倒する。
「普段は善人面してるくせに、こうも毒を吐くなんてお前も大概だぞ?」
「言ってろ。お前もどうせ同じなくせに」
「——はっ」
瞬間、俺らの間でふっと意識が軽く浮き上がり、腹の底から笑いがせり上がる。
「「本当にお前って、おかしいやつだな」」
―—なんて、軽口を言い合えるだけならどれだけ良かったことだろうかと俺は後々後悔することになる。
まさか、あんな現実に直面してこいつの正体を知るのも、こうして袂を分かたなければいけないのも、どうしてと。
真相は全て、俺が彼岸へ辿り着いたときに明かされる。
まだ幾許かの余裕が残された俺は本当に愚かで、どうしようもなかった。
ここまで来たら、俺はもう、逃げられない。
これにて閑話は終了になりますが、なんか仲良くなりすぎてない!?
まぁ、最後に濁してますが実はこの謎の青年は後々物語を繋ぐための重要人物です。そのため、『原初の災厄』同様に好感度管理をしないと、下手な道に落ちかねないのですが結局似た者同士なのか仲が良い。性格は真逆なんですけれどね。
というより、カゲフミがラインバレル君に手ほどきをしたり、見知らぬ名前の子が出てきましたがこれはもう隠しきれなかったがゆえの失態です。申し訳ない。
そんな誰だか分からんキャラクターも次回から始まる6話にて登場しますのでお楽しみに!
⚔28話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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