男が今出来たことは
そして『原初の災厄』だけでなく、脳内に住まう謎の男1人と共に『ラジアータ』へと向かう旅路の途中、俺達は『オリベ』という自称商業国にて狂界を越える前に一休みすることになった。
既に俺らが聖都を出てから1ヶ月近く以上経っており、ようやく設備の整った街に寄ることが出来ることに俺は内心胸を撫で下ろす。
なにせ今までは森や草原、痛い思いをしたあのときと同じようになにもない平地にて一晩過ごすことも多かった。
街といってもこじんまりとしていて、外部の人間を迎えるような習慣がない。つまり宿屋などは街に1つもない。
精々、街に住まう住人の迷惑にならない場所で寝泊まりするのが関の山だ。
ゆえに他人に迷惑をかけないように気遣いながら旅を続けるのも、案外精神が摩耗するものだと俺はこの長旅で学んでいた。
ようやく心が落ち着くかと期待したその矢先、俺は『オリベ』に着き次第、災難に巻き込まれる。
『原初の災厄』が俺に無実の罪を擦り付けるわ、美女からの強襲を受けるわ……散々な思いをしたが、正直こんなもので済んでくれればどれだけ良かったことか。
時刻は午前3時過ぎ。俺と『原初の災厄』は酒場の上の階にある部屋へと向かう。
『原初の災厄』は部屋に着き次第、ベッドの硬さを確認して満足するや否や、即刻休むといって秒で夢の世界へと旅立って行った。
一方俺は、悔恨の念にを押し潰されていた。
つい先程、カナタさんから聞いた6日前に起きた聖都セイビアでの悲劇——『光の盾』が壊滅したことを聞いていた。
それどころか『光の盾』の壊滅では飽き足らず、教会は跡形もなく『ゴースト』によって蹂躙されたという事実が精神と脳内を激しく揺さぶって俺は今にも吐きそうだった。
「なんで、俺が聖都を離れてからこんな……」
俺は繰り返し疑問を虚空へと投げかけ、解消出来ずに呑み込んで吐いてを繰り返す。と同時に、この悲惨な現実にどこか疑念を抱いていた。
何故ならカナタさんから、聖都自体にそこまで甚大な被害はなかったと聞いたからだ。
無論、聖都に住まう者がみな無事なんてことはないが、過去他の街で起こった『ゴースト』被害と比べればまだ易しいとのこと。
それも『光の盾』の奮闘あってのことだろうが、そもそも『光の盾』が『ゴースト』の群れに対して、果敢に立ち向かえるだろうか?
その問いに関して、俺の中では否定しかなかった。
まともに戦ったことのない俺が否定するのも難だが、ゼネルやヴァンタールのような輩に到底『ゴースト』の群れなど倒せやしないだろう。
なにせあれだけ驕り天狗になっただけでは飽き足らず、民間人にも迷惑をかけるような集団だ。
自身のプライドを守るためならば勇ましくなれるだろうが、それ以外で勇敢な兵士でいられるはずもない。
なにがともあれ、『光の盾』の奮闘など今はどうだって構わない。問題なのはこの悲劇が起こったタイミングである。
聖都が襲われたとき、一体俺はなにをしていたか。正直関連性を求めても仕方ないだろうが、やけに引っ掛かるのだ。
まるでどこかで誰かが、この事件についてわざわざ触れて欲しいと俺に伝えているかのようで。
だからか強迫観念と焦燥も入り混じって、段々俺の思惟はどんどん怪しい方向へと向かっていく。
聖都が襲われた日の前後、俺は“罪業”という“法”に目覚めてしまった。
そしてその後に、聖都は『ゴースト』に襲われる。どうみてもこんなものはおかしい。
「……しかも、なんでよりによって教会が襲われるんだよ」
そう、俺がやけに自分の行動と関連付けたがるのは、教会が襲われたという点が大きい。
何故『ゴースト』は街全体ではなく、教会だけを集中的に狙ったのか。そこに悪意を感じざるを得ない。
「なぁ、お前ならなにか分かるか?」
と俺は藁にも縋る思いで、自身の中にいるあの男へと謎を問いかける。
正直今の俺は冷静ではないし、この解決しようのない問題に対して怒っている。
その事実は否定しようがないが、何故か俺はこいつならば答えを知っていると男へ妙な信頼を抱いていたのだ。
最近どころか現在進行形で、俺はこの男に謎の嫌悪感を抱いている。が、今はこいつが好きか嫌いかで迷っている場合ではない。
すると、男は目を見開いて息を詰まらせていた。
「なんだ?」
俺がそう苛立ち交じりにそう返すと、次瞬男は俺へと微苦笑だけを返した。
男の浮かべた苦笑は、どこか泣き出しそうな子供のようなものであり、今の俺と同じく悔恨に苛まれるようにも見えた。
しかし、どこか安堵したようなその顔を見て、俺が感じたのは殺意だ。
ふざけるな、ふざけるなよ。何故、お前が笑っている?
訳の分からない怒りに俺の脳内は煮え湯のように沸騰し始め、無意識に歯を砕きそうな程噛みしめて自然と本心を口にしていた。
「いい加減にしろよ、お前のその態度が気に入らない」
と俺が嚇怒の一言を吐き出した瞬間、男もまた吐き捨てるように呟く。
「安心しろ、俺もだ。もしお前が俺と同じ半端者であるならば、今すぐにでも殺してやるよ」
「は?」
突如殺意をぶつけられると俺の意識は薄れていくが、はっきりと男が口にした言葉を自身の耳で聞き取る。
殺す? 一体どうやって?
半端者? 俺が? お前と同じ?
すると男はどこか俺を憐れむように口元を緩ませると、じっと俺を見つめる。
「今のうちに警告しておくぞ。その“罪業”という“法”に染まれば、お前は確実に過去の俺と同じになる」
「過去のお前、だって?」
「ああ。無謀にも復讐を決意して、勝手に人間を捨てて、悪意に染まって、最期は自責の念を抱いて独り惨たらしく死んだ俺の様にな」
「……」
思わず、俺はこいつの過去とやらを聞いて黙り込んでしまう。
一体、こいつの正体が何者なのか分からないどころか名前も聞けない以上、このまま素直にこいつの過去を聞いてもどこかでまたノイズが走るかもしれない。
となれば、一旦こいつに好きに話させておくか……と俺は昂った熱を冷まそうとした瞬間、男が返してきたのは俺への問いだった。
「もうこの際お前の名前はどうでもいい。奴がお前の名を呼んだのを耳にしたからな。だが、1つだけ聞きたい。お前はどうしてそこまで邪神という存在を憎む?」
その問いに、今度は俺が息を詰まらせた。
今、邪神であるリアムへの思いが濁流のように喉に押し寄せたものの、あまりにも憎む理由が多すぎて詰まって出てこない。
それを男は察しているのか、嘆息した後に再度答えを促す。
「そこまで言わなくていい、もっと簡潔にだ。正直学もなく人情にも疎い俺が罵声を聞いても、騒がしいと思うだけだ」
「なら、最初から聞くなよ」
そう俺は返すと、1度深呼吸をして脳内を整理する。
リアムを憎む理由は数多ある以上、1つに絞ることなど出来ない。だが、強いて1つにまとめるとしたらこうだ。
「そんなもの、自身の行動を正当化しようとしてるからだろうが。理由があったら、暴力を振るっていいって?」
「……」
俺が一言でそう返すと、突如こいつは黙り込む。
本来ならここで俺も黙るべきところを、何故か俺は苛立って捲し立ててしまう。
「リアムが過去になにをして、どうして邪神になったのか俺は知らない、知りたくない。けどな、『原初の災厄』の話を聞く限り、あいつは自分は悪くないと思ってる。どれだけの死者を出そうが、どれだけの人が大事な人の死を嘆こうが、あいつにはどうだっていいんだよ」
「……そう、だろうな。きっとそうだろう」
「——ったく、なんでお前がそんな自分が当事者であるように言うかな」
そう吐き捨てた瞬間、男は顔を曇らせる。
その表情はなにかを隠していたのが見え透いて見えたから、俺はもう馬鹿馬鹿しくなってこう悪態を吐いた。
「……本当はこんな自分でいたくなかった。ゼネル達のようにある程度憎悪が抱けて、呪力が使えたのなら、何者にも縋らずにこの手でリアムを殴れたのに」
俺が悔しさで拳を握りしめていると、男は淡々と俺へとこう問う。
「■を殴るまでの過程に至れずに死んだとしても? 全てが無駄だったとしても、お前は自分の人生を恨み悔やまないのか?」
「そんなことなんて分からないさ。……けど、あのとき死にかけて思ったんだよ」
またもや途中でノイズが走ったものの、俺の口はもう言葉を止める術さえ知らない。
さらに止まらない言葉と同時に想起するのは、あの臨死体験めいた出来事の後の事だ。
そう、俺はあのとき――『業火の仮面』の呪力に体を蝕まれて死にかけたとき、天国で姉さん達に会えるかどうか、その資格はあるかなんて考えていた。
仮にも人生の最期にそんな呑気なことを思えてしまう以上、本当に俺は馬鹿な人間なんだろう。
だから俺は、きっと姉さん達に天国で会えるのなら『原初の災厄』に騙されて殺されようが、リアムを殺せなくとも幸せだったと言うだろう。
そんなどうしようもなく誰かに深く興味を持てず、かつ中途半端に誰かを無理に憎もうとする愚かさに嘆息する。
そう深く息を吐いた瞬間に、俺の膝に一滴の雫が落ちる。
「——え?」
ポタ、と膝に落ちた雫はどんどん膝を濡らしていく。
そうズボンを濡らす雫を視認した瞬間——いや、涙を視認しなければ俺は自分が泣いていたことさえ気づけなかったことに気付いた。
「なんで……?」
どうして今俺は泣いている? そう自身に問いかけた瞬間だった。
「お前は自身の本心に嘘を吐いているのが辛いだけだ」
そう、脳内で男の重く枯れた声が響く。
今にも消え入りそうな静かな声は、訥々と俺の本心を紐解いていく。
「お前は常に自身を欺いている。本当は■を殺したいのに、それを何故か表面化しない。■を恨んでいることを吐き出したいのに、それが出来ない。……何故それが出来ないのかまでは知らないがな。だからお前は半端者だったのか」
最後は自身の抱えていた謎が解消出来てすっきりした……なんて言葉を向ける男に対し、もう俺は言葉を失っていた。
結局、俺は。俺と言う人間はこの先、どんな思いでこの先を行けばいいというのか。
「どうすればいいんだよ……ッ、どうしたら奴を殺せる? こんな自分を許容できる!? なんで、なんでなんでなんで、なんでなんでなんでなんでなんで――…」
瞬間、俺の意識がプツリと糸を切られたかのように途切れた。
どうしてこうなったのか――そんなことさえ、男に問うことも出来ずに。しかし、俺の中にいるはずのこいつが俺の眼前に姿を見せた。
突如起こった奇怪な現象さえ、俺はぼんやりとしか認識出来ていない
俺の眼前に姿を現した男は、もういいとどこか同情めいた顔をしていた。
けれどもどこか、恨めしそうに顔を顰めているから、段々こいつが分からなくなってくる。だが、こいつだけは俺の本質を十分理解したと静かに首肯した。
「今は寝ておけ、この呵責だけは俺が大事に持っておく。……もう自ら堕ちていくな。彼岸へ来るのは本来ならすべきことじゃないんだ。例え彼女のことがなくたって、これ以上俺という存在を増やすな。それが、俺に唯一出来る贖罪なんだよ」
分からない。途切れていく意識じゃ、こいつの言葉の意図は理解出来ない。
だが、何故か俺はありえないほどの心地の良さを感じていた。まるで、いつの日か母さんに抱き上げられたときに感じた安堵のように。
また、ここから俺は段々変わって行く。
前を向けと誰かからの鼓舞を無意識に受けて。
その鼓舞というものが、この青年から流し込まれた憐憫だと気付くことなどなく。
まぁ、ラインバレル君が怒るのもしゃーないなの回が今回でした。
何故聖都の教会だけが徹底的に潰されたのは未だ不明ですが、この様子だとなんだかややこしいですね。意図的に暈しているのですが。
そして、今回の話が前回のラインバレル君が泣いた云々の部分になります。結構彼も彼で裏に色々抱きすぎですが。
この話を機に一体彼らがどうなるのか楽しみですね。
というか、ラインバレル君無事なのか?
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