覚醒を果たした後の災難
今話から閑話になります。よろしくお願いします。
幼い頃、俺は彼女にこう注意を受けたことがある。
それは俺に後ろ指を指す村人達——特に学友達が俺の過去を飽きもせず馬鹿にしたときのことだ。
思わず俺は怒りに任せて学友の1人に手をあげてしまい、彼女はそれを強く咎めた。
俺は彼女から鉄拳制裁を受けた頭を押さえながら、涙目で彼女を見遣る。
「……別にいいだろ。喧嘩をふっかけてきたのは向こうだ」
「でも、彼は手をあげなかったでしょう? なら、喧嘩をふっかけたのは貴方だわ」
そう咎められればそうかもしれないと流されかけるが、俺は「いいや」と餓鬼っぽく無駄に意志を曲げずに首を横に振る。
「いや、それでも――……」
「でもじゃない! いい? なにがともあれ、最初に手をあげた方が悪いのよ?」
どんな理由があれ、彼女は人を殴ってはいけないと言う。
言葉での殴り合いであれば、まだ実害はないし危険も左程ない。だが手が出たとあらば話は別だ。
どんなに言い訳をしたところで、どんな理由があるとは言え最初に手を出してはいけない。そんな彼女からの教えで俺は少しばかり自身の中にあった倫理観を矯正した。
ゆえに以降は、俺から手をあげることはなくなり、相手は黙って耐える俺を一方的にコケにし始める。
正直奴らを殺してやりたい気持ちでいっぱいだったが、俺は耐えに耐え、耐え抜いた結果、最終的に奴らは俺から離れていった。
やれ案山子だ、臆病者だ……そんな言葉と共に唾を吐いて、一通り貶して飽きたらどこかへ去って行く。そして以降、奴らは俺に目を向けることなどない。
「ね? 私の言った通りでしょう?」
俺が怒りを抑え込み、なんとか耐えきった後のこと。彼女は俺の血で濡れた熱い頬を濡らしたハンカチで冷やすと同時に血を拭う。
現に今、俺はまた村人からなにかと難癖を付けられ、奴らの苛立ち解消の玩具とされていた。
怒りに耐えている中、向こうから思い切り顔面を殴られたものの、幸い大きな怪我はどこにもない。
俺はただ頷き、再度彼女の教えを反芻する。
とにかく、なんであれ最初に手を出してはいけません。そんな人として守って当然であるべき道徳を、俺は今破ってしまった。
ただ俺の意識に指が触れたからといい、触れたその指を払った結果、1つの教会が滅んで、多くの死傷者が出た。
人を一時的に傷付けるならまだしも、命を奪ったこの有様に彼女はなんと言うだろうか?
きっと、叱るだけじゃ済まされない。許してなどくれない。
なぁ、一体どうすればいい? ——と戸惑っていたときだった。
「いや、知らないし。そもそも、許してくれないって何をだ? お前は一体何をしたんだ?」
だから、俺は人を殺したんだ。
そう訴えても、目の前にいるこいつは分からないと首を傾げる。
ただなにか言葉を返さないと悪いと思ったのか、数秒ほど考え込んではこう返した。
「まぁなんにせよ、だ。例えば人を詰っただけでも大体は許されないよ、だってこっちからしたんだから」
こいつは言う。彼女と同じように、先に手を出した方が悪いと。
こいつは彼女とは違い、諭すのではなく割と一刀両断してくる性格だ。
潔癖とでも言うべきか、今も俺の非は許されないと呆れつつ容赦なく断罪する。
「だから、どんなことであれ咎は背負うべきなんだよ。された方はいつまで経っても覚えてるんだからさ」
そう自嘲交じりに呟く様を見て、俺はこいつから視線を逸らす。
なにも知らないとは言え、例の件の当事者である俺をこうも受け入れるとは本当に奇怪な奴だ。
「本当——」
俺もまた釣られて自嘲の笑みを漏らし、こいつへこう返した。
「いつの世もままならないな、暴力ってやつは」
「当たり前だろ?」
なにを馬鹿なと、どこか俺を嘲笑うような表情は意識の向こう側でもよく見える。
こいつからすれば、俺の姿など脳裏にしか見えない。だと言うのに、こいつは脳内での会話ではなく、俺と実際に対峙しているかのようにやり取りを交わす。
本当に、本当に、本当に。
「「お前はおかしなやつだな」」
と言う一言が、火種同士が打ち合う音で掻き消えた。
◆
最近、俺の中でおかしな現象が起きている。
それは決して体調不良などではなく、むしろ好調の印であり、この現象が起きてから俺はやたらと『業火の仮面』に宿る呪力の流れをよく視ることが出来た。
それどころか『業火の仮面』に宿る呪力だけでなく、他者が体内に宿る呪力もはっきりと見てとれる変化はある種異常といえるだろう。
だが、この異常は正常なものだと忌々しき相棒は吐き捨てた。
「罪業という“法”に目覚めたのであれば、別段呪力を読むぐらい出来て当然だ。どこも悪くないからさっさと寝ろ」
しっし、と雑に手で払われるが、いいやそうじゃないんだと俺は言葉を付け足す。
「じゃなくて、俺じゃない別の誰かみたいなのが――……」
「知るか。儂はお前のカウンセラーではないし、自分の問題は自分でどうにかしろ」
と言い、『原初の災厄』はすぐさま寝転んですやすやと寝息を立て始めた。
ああ、なんてこいつは呑気なんだ。こっちはその“罪業”という“法”に目覚めたことで、厄介なことが起きているというのに。
端正な寝顔を見て俺は、どうもやり場のない苛立ちにこいつの顔でも踏んでやろうかと変に感情が昂るが、その昂りは一瞬にして掻き消える。
「止めとけ、その馬鹿になにを言っても無駄だ」
と低く、枯れたような声は一気に俺の苛立ちを鎮火させた。いや、これは違うと俺は脳裏に聞こえた声へ反抗する。
「……そもそも、元の原因はお前なんだが?」
そう、全ての元凶は脳内に住み着いているこの男のせいである。
男は灰色の目をぱちくりとさせて、「俺が?」とあからさまに自分は悪くないと俺に訴えるどころか、自身が原因であることに気づいてすらいらいない。
そんな現状と直面してしまえば、もうこのやり場のない怒りは無意味と化すだけだ。
結果、俺は今日もまた自分の気がおかしくなっただけだと思い込むことで、やっとゆっくり眠れそうな気がした。
全ては俺が“罪業”という“法”に覚醒したあの瞬間、灰色の瞳をした黒髪の男とあの白い世界で出会ったことが始まりだった。
最初はただぼんやりと、向こうの言葉が流れてきたり、どこからか視線を感じたりするだけだった。
だが、日に日にこいつの存在感は大きくなっていき、今や暇があればこちら側の意識に干渉してくるようになった。
とは言え、俺の意識を乗っ取ろうとはしないし、日中は1人でうなされているので唸り声に反応しなければ別に問題はない。
ただ夜になると、何故かこいつは目を覚ましては俺に話しかけてくることがある。
今日は初めて会話を交わしたが、俺が名前を教えるまでは散々な目に遭った。
こちらが誰だと聞いても、こいつは一向に名前を答えない……と言うより、声が消えてしまうどころかノイズ音が変わりに置き換えられるのだ。
まるで、名前を聞いてはいけないといった警告めいたノイズ音。しかし、それのせいで俺はこいつが誰なのかすら知りえなかった。
名前は無論、お前は一体何者だと聞けば、いつだってノイズ音が邪魔をする。だからこそ、俺は急遽出来たこの同居人の正体を一切知らない。
なんにせよ、この灰色の瞳の男はいつだってこちらを覗き込んでいる気がする。それがあまりにも不気味すぎて、気持ちが悪い。
「……おやすみ」
と、俺は男にもう話しかけるなと釘を刺す。
出来ることならば、どうかお前が翌日には消えていますように……と一向に拭えない謎の嫌悪感に今日も俺は眠れなかった。
どうもこんばんは、織坂一です。
さて、閑話もとい大事なことを忘れていたので合間に挟もうという失態が今回から始まりました。
今回は少々時は遡って、ラインバレル君が覚醒してから『オリベ』へと着き、その後にカゲフミもパーティーに加わった後の話です。
ただ、この話は読んでいなくともこの先にある謎は理解は出来るかもしれません。(あくまでこれは作者としての主観です)
ですが、ラインバレル君の悲劇を足したいのであれば、ある回を読んだ後にこの話を読むとさらに本編が楽しめます。
また前作のマナイズムレクイエムを読んでおくと、この謎の人物が誰か判明しますがネタバレが嫌な方はお気をつけ下さい。
面倒くさい仕様ですが、何卒お付き合いください。
⚔25話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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