歪な人形
【追記】こちらの話ですが、2023年の5月16日に内容を改変させていただきました。どうかご了承下さい。
酒場の窓から漏れる灯りが夜闇を照らし、俺らの影も光に照らされ伸びていた。
外の空気を吸うという名目で、あんな風にあの場を離脱してしまったことに俺は若干カナタさんへと罪悪感を抱いている。
お節介を焼くだけでなく、店内にいた他の客に迷惑をかけてしまったと俺が内心反省しても彼女には1ミリも伝わることはない。
俺はこの後、彼女に一体なんて声を掛ければいいのかさっぱり分からずにいた。そうやって言葉選びに迷っている瞬間、カナタさんが重い口を開く。
「……さっきはありがとうございます。わたしなんかを庇ってくださって」
どこか気弱なカナタさんの言葉に、俺はちらりと彼女へと視線を向ける。
普段はあれだけ勝気な彼女は、今や俯いて目尻に涙を浮かべている。
なにより、自身をなんかと卑下する姿が彼女に似合わないあまり、俺は自分勝手な幻想を彼女へ押し付けてしまう。
「わたし“なんか”……なんて言わないでくださいよ、いつもは勝気なのに」
そう、姉さんのように。
いつも明るくて、どこかお調子者っぽいけれど意志は強くて固くて。大好きな人の為にはなんだってやれる――そんな優しすぎる素敵な女性なのだから。
だが、ここで俺が理想なんて押し付けても彼女は辛いだけだろう。
だから、俺は今彼女にかけてやれる言葉はいっそここで全部言ってしまおうと腹を割ろうとした刹那、カナタさんの沈んだ声がさらに陰を帯びる。
「いえ、それこそ欺瞞ですわ。例えなんであれ、呪力を持つ人間がどれほど最低な人間か……そしてああやって戦える人間がどれだけ醜いことか。鈍感なあなたもさすがに分かるはずですわ。あなたは私を天女のようだとおっしゃいましたけれど、わたしはそんな美しい人間ではありませんの」
「だとしても、自分を卑下する必要はないじゃないか。それなら俺も、カゲフミも……呪力を持つ全員が同族だ。決してカナタさんだけが汚れた人間だなんて俺は思いません」
と俺がカバーに入った瞬間、俺はふとちらりと目端で隣に並ぶ彼女に視線を寄越す。
すると、カナタさんはどこか自嘲するかのように不気味に口角を吊り上げていた。まるで、俺があまりにも世間知らずな子供だと嘲笑うように。
どうして、あなたはそこまで純粋でいられるのかと呆れるように。
「……なんて可哀そうな人なんでしょうね、あなたって。きっと誰にも良い顔をして今まで生きてきたのでしょう? わたしはそんなあなたの純粋なところが大好きですわ、けれども同時にそこをとても嫌悪している。昔のわたしを見ているようで嫌になりますの」
「カナタさん……?」
突如彼女の口から告白されたのは、拒絶の言葉。
俺を嫌いとはっきり口にした後、カナタさんは憂いと自嘲で端正な顔を歪める。
「本来ならあなたのような方は、わたし達のようになること自体おかしいと言っていますの。そのまま、悪意に犯されないことを幸せだと享受していればいいのに」
ああ、そうだ。俺は知っている。
呪力を用いて戦うことがどんな意味を成すのか。そしてその技量に長けた者ほど、どんな思いをして生きてきたのかを。
だが、だからと言ってカナタさんを悪者だとか汚い女だなんて侮蔑や差別なんてどうして出来ようか?
今彼女は辛いと表情で訴えているのに、本当ならばこんな現実を受け入れたくはなかったと歯噛みしているのに。
このまま見捨てるなんてと気持ちばかりが逸って、彼女を励ます言葉が出てこない。
そんな俺の心情を悟ってか、カナタさんは止めと言わんばかりに消え入りそうな声でこう呟いた。
「もう、こんな汚い世界から足を洗いなさいなバレル。きっとリアムは『血濡れの剣』なり、誰かが討ってくれますわ。なんなら、わたしもあなたのためと一矢報いてもいいかも――……」
「カナタッ!」
その一言を止めに、もう俺は我慢ならないと気づけば彼女の腕を掴んでは彼女に真っ向と向き合っていた。
カナタはそんな突発的な行動に出たことが読めていたのか、悲しげに微笑んでいる。だからこそ、俺の胸の痛みは毎秒ごとに増していく。
一方、俺の心情を読んで掴んで離さない彼女は、淡々と言葉を紡いでいく。
「冗談ですわ、わたしは誰かのために死ぬなんて嫌ですもの。例えそれが誰であろうとも、わたしはわたしの人生を誰かに譲りません。決して。でも……」
でも? ——と俺が彼女に聞き返そうとした瞬間、一瞬だけ彼女の柔らかい唇が俺の唇に重なる。
俺は思わず目を見開いてしまうも、抵抗はしようとは思わなかった。
いいや、抵抗出来なかった。なにせ――と思ったところで、彼女は唇を離す。
「今、あなたはわたしを拒まなかった。わたしの胸を押し返すなり、抵抗は出来たはずなのに。……どうしてかお分かり?」
そう、カナタの言う通り今の行動は唇が触れる刹那に拒むことは出来た。
なにせ呪力を扱う人間には全身に呪力が流れている。常に『業火の仮面』と言う呪力の探知機を装着けている俺からすれば、彼女を拒むことは出来たと言うのに。
「なら、なんで……?」
俺はその理由を気づいているはずなのに、愚かにも聞き返してしまう。
カナタさんはそんな呆けた俺を蒼瞳に映しつつも、子供のような笑みを浮かべた。
「わたしをなに1つ疑わずに信用してくれているからですわ。例え、恋人どころか友人と言う他人以上になれなくとも、あなたはわたしを思ってくれている。とても大切に、こうやって」
と、カナタさんはふと俺の頬を優しく撫でる。
まるで硝子細工に触れるかのように、大切なものを壊させやしないと伝えるかのような優しさが、どうしてか胸を痛ませた。
「……あれ?」
気付けば、俺は自身の頬を涙が濡らしているのに気づく。
当然涙はカナタのものでななく、正真正銘俺の目尻が零したもので。
そんな子供のような純粋さが、どうしても愛おしいとカナタさんは俺の耳元でそっと囁く。
そして、いつか聞いた穏やかな声は俺をこう宥めた。
「そうやって誰かを思って涙を流せること……その優しさを忘れないで下さいね? もう決して、わたしも泣かないと誓いますから。そして出来ることならば、これが最初で最後の恋であるように願っていますわ」
そう囁くと、彼女は俺から身を剥がしてこの場を去ろうとするが、俺はそんな彼女の手を引く。
ああ、どうしてこの人はこんなにも自分をひた隠しにするのだろうと、どうしてか俺は胸が切なくなる。
「……別に、俺は仲間だからってなんでもかんでも素直に全部打ち明けて欲しい訳じゃない」
カナタも言ったように、所詮恋人も友人も他人止まりだ。
血を分けた肉親のように血の繋がりなどないし、そもそも肉親でさえ他人のように感じてしまう瞬間があると言うのに。
だから俺は決して、俺の勝手を彼女に押し付けたくないと思う。
それがどうしようも温かくて、彼女自身が最も拒んでいる行為だと今知れたから。けれどもと俺は腹奥から本心を大声で吐き出す。
「でも! そうやって欺瞞ばかりを向けるなよ! それが辛いって自覚しているのに、そんなことをしたくないと思っているのに、どうして君はそこまで自分を傷つけるんだよ!?」
それが隣で見ていて悲しいと俺は叫ぶ。
確かに俺は彼女が勝気で、愛する人のためならばなんでもやれる女性だと勝手を押し付けていた。
しかし、そんな人物像は彼女の言う通り、本当の彼女じゃないのかもしれない。
「自分はそんな人間じゃないって勝手に決めつけて、卑下するのが俺は悲しいよ! 別にいいじゃないか、人間誰だって優しくなれないし強くもない! それが……!」
それが人間であり、俺達人間に許された自由と弱さだ――そう言いかけて言葉に詰まると、彼女は苦笑して俺をそっと包み込むように抱きしめる。
「……もういいですわ、十分あなたの気持ちは分かりましたから。だから、これ以上はなにも言わないで下さいまし。これ以上踏み込まれたら、本当にあなたの虜になってしまいそう」
それが毒女である自分にとって、最も恐ろしいことだとどこか怯えを感じさせる囁きに俺は歯噛みする。
カナタさんはそんな慙愧に堪えない俺の頭を撫でては、「ありがとう」と手の温度だけで伝える。
酷く残酷だけれども、どうしてかこれ以上涙は零れなかった。
それは彼女の慈愛が伝播したからか、それともこれ以上女性の前で泣くのは恥ずかしいと言う羞恥からか。
どちらかは読めやしないけれども、分かったことはただ1つ。
カナタ・ハルミと言う女性は決して強くもないし、美しい訳でもない。
その美貌の裏には、艶やかな声に隠された真実は夥しいものだと俺へ知らせてくる。
ただ俺は、これだけは信じたかった。
彼女は自分の人生を誰かに譲らない。けれども、もし譲るその日が来たのならば――
「あなたのために、命を捧げようなんて決めさせないで。もうわたしはこれだけで救われたの。だから、その日が来たらどうか……わたしを見捨てて、ラインバレル」
俺に全て譲げて、愛を徒花にしてみせると彼女は俺へと誓う。
取って付けたお嬢様言葉は剥がされ、俺は彼女の素顔を覗く。
“わたしを見捨てて”と告げたその笑みは、彼女とよく似ている。
本当は勝気でも愛深くない人だったとしても、これだけは本物だと彼女は視線だけで俺へと告げた。
そして今度こそ俺の手を振り払って、自ら彼女は酒場へと踵を返す。
これは俺の勝手だが、俺はなにがあっても仲間を殺したくはない。でも、彼女は違う。
俺への想いを最期の恋という思い出にして、死に際ぐらいは自身が普通の人であると証明したいと願い、そしてその身を散らすのだ。
それが彼女の本当の願いで、俺への切望と謝罪。
「……本当は愛してると素直に言えればいいのに、わたしって嫌な女」
彼女の独白は俺に届くことはないが、それでも俺には分かった。
まるで歪な人形。彼女はそんな自分を恨み、嫌悪する。
「でも、ありがとうバレル。あなたも同じ思いでいてくれて」
自身と同じく、決して恋人や友人は他人以上の何者にもなれないと言う意見の賛同にただ安堵していることを。
……はい。前書きにもあります通り、かなり今回の話は改変させていただきました。
改変前はラインバレル君が自身が過去詐欺に18回以上遭った上に、『原初の災厄』にも会ったことで人の悪意に触れられたとカナタへ告げました。
だから、欺瞞を抱くことは決して悪ではないし、所詮友人とは他人以上にはなれないとカナタを励まし、カナタはラインバレル君へ愛していると本音を告げました。
ですが、本文の通り内容がかなり違っています。
カナタは本来勝気でもなんでもないし、自分が汚いと自身を嫌悪しています。
さらには前回のカゲフミとの口論で自身は多気であることや、今までのラインバレル君への態度で好きな人に献身的だというのも嘘だと明かしました。
結局、自分はなにがあっても自分だけが大事……そんな人間として当然な感情を素直に現したのがカナタ・ハルミだというのが彼女の本音です。
しかしだからと言ってラインバレル君への気持ちは嘘ではなく、自身はこの想いでどうにかなりそうだからもう止めてと。さらにはこのままラインバレル君へ情が完全に傾いたそのときには自分の命は好きに使えともラインバレル君へ明かしています。
未だ謎の多い彼女ですが、一体彼女にどんな過去があるのかについては10話あたりで明かされます。
本当に以前から読んでいる読者様には失礼ばかり働く私ではありますが、もっとキャラを立てるように書くべきだったと大変後悔しております。
他のヒロイン達も同様に、もう少しキャラを立てられるように頑張ります。
今回は突如内容を改変したため、活動報告はありません。申し訳ないです。




