緊急事態
「……で、これは一体どういうことですの?」
日も落ち、俺達は狂界から少し離れた小さな町で一夜を明かすことにした。
青年――もといカゲフミは、どうやら最初からこの街で今夜は滞在する気でいたらしく、その予定を俺は邪推ながらなんとか聞き出した。
正直、あの好感度墜落から回復は辛かったが、カゲフミも悪い人ではなく、俺がすんなり本心を明かせば「勝手にすれば?」と道中共にすることを承諾してくれた。
てっきり俺は狂界から先は無人なのかと思っていたが、そうでもないと聞いたときは驚いた。
カゲフミ曰く、狂界から先に住むのは大体お人よしばかりといっていたが、なんにせよこうして気が休まるところがあるのはありがたい。
俺はそんな彼の数々の好意に甘え、この街で宿を探した後に酒場はないかと必死に探した。
結果、今このように俺とカナタさん、『原初の災厄』とカゲフミは街中にあるこじんまりとした酒場で杯をそれぞれ手にしている訳だ。
ただ俺の突発的な発案に対し、カゲフミは俺を訝しんでいた。だが、こんなことのきっかけはそう難しいことではなくて。
俺はカウンター席でカゲフミの隣に座り、俺達のすぐ後ろの席で『原初の災厄』とカナタさんがテーブル席に座っている。
端正な顔を不服そうに歪めるカナタさんに対し、『原初の災厄』はビールを片手に彼女にこう煽る。
「なに? カナタお姉ちゃんってば、ラインバレルを盗られたことが悔しいの?」
「まだ寝取られてなんておりませんわ! けどッ! 今日会ったばかりのぽっと出の殿方にわたしのダーリンが盗られるなんて……ッ! わたしは同性愛を眺める趣味はありませんわよ!」
「はは……カナタさん、落ち着いて下さい。実は俺がこうしてピンピンしていられるのも、カゲフミが助けてくれたからなんです」
ナチュラルにカゲフミに「さん」を付けることもなく呼んでしまったが、カゲフミはそんな俺を睨むだけで許してくれる。
ああ、もう勝手にやってろよと言うそんな念が少しは痛むけれども。
とにかく今は暴走寸前のカナタさんを宥めるべく、過去にあったことを話すことにする。
「実は俺、『オリベ』に来る前に死にかけたんです。そこで彼が助けてくれたからこうして生きてる訳で……」
「まぁっ、わたしの知らないところでバレルの好感度稼ぎやがりましたわね、この男! 分かりましたわ、第2の旦那様として迎えようと思いましたが、むしろライバルへと降格ですわ!」
「好きにしろ、この淫売。この大陸にある国はどれも一妻多夫制を認めてないから」
カゲフミの華麗なツッコミ返しに、カナタさんは発狂しては頬を膨らませテーブルへと不機嫌に肘をつく。
なんにせよカナタさんはこれで落ち着いた訳だが、今度はカゲフミが俺へと尋ねてくる。
「と言うか、そもそもなんで酒場になんて寄るわけ? アンタはその仮面を付けてる限りは飲食は出来ないんだろ? そもそも仮面自体外せないのに」
「あー、それはさ……。俺の流儀、ってやつ?」
「何故に疑問形?」
と言い、カゲフミは顔を顰める。
俺も釣られて思わず苦笑してしまうが、軽く頬を掻いた後にその流儀とやらをカゲフミに明かす。
「簡潔に言うと、俺達の再会を祝して……って感じかな。後は今俺に出来る恩返しってことで。さっき言った通り、ここでの料金は全額俺が持つし」
「再会を祝して……ねぇ」
そうぼんやりとした様子で、カゲフミは一口ビールを煽る。
「自分は飲めないくせによくやるよ。やってて虚しくならない?」
「それは少し。だけど例え飲めなくとも、こうして再会出来た喜びを少しでも噛みしめたい。仲良くなりたい人と交流を持てるって言うのは、それだけで貴重なのさ。カゲフミは嫌かもしれないけど」
「よくご存じで。正直、昼のあれも嫌だったね。おかげで俺の決意と目的はアンタらに捻じ曲げられたのだけれど」
「あはは……」
と、カゲフミの厳しい指摘兼嫌味に思わず俺は苦笑しか出ない。
カゲフミにこっぴどく侮蔑された後、俺達はあるトラブルに巻き込まれた。
そのトラブルとは戦闘。
俺達の周囲を囲んでいた血生臭さは『ゴースト』が近くにいることを示しており、俺達は突如『ゴースト』18体との戦闘を余儀なくされる。
「おい、アンタ。その趣味悪い仮面を使う以外に戦う術はあるか? もちろん近接戦は不可」
とカゲフミは俺達の1歩前に出て、俺達を庇うかのように前方にいる数体の『ゴースト』へと立ち塞がった。
俺は急な話で言葉が詰まりかけたが、急いで言葉を喉奥から押し出す。
「期待に添えられず申し訳ないが、俺はこの『業火の仮面』を使わないと呪力を扱えない。俺にはあいつらを汚染することしか出来ないから」
「汚染?」
瞬間、カゲフミがこちらに視線を向けた瞬間だった。
『ゴースト』達は爪を鳴らして、そのまま俺らを串刺しにしようとするが、俺達は散開し『ゴースト』の攻撃をなんとか回避する。
「そこのお兄さん! あなた、もしかしなくても時間を稼げば戦えるクチでしょう!?」
俺らが『ゴースト』の攻撃を避けた後、カナタさんは大声でカゲフミへこう問いかけた。するとカゲフミは落ち着いた様子でこう返す。
「そうでもなくても戦える。だが、呪力は今後の為に貯めておきたい」
「なら、わたしが一肌脱いでやりますわ! バレルと坊やは下がりなさい!」
とカナタさんとカゲフミは一瞬言葉を交わし、戦闘態勢へと入る。
カナタさんは飄々と天を駆けるように宙へと踊り出て、自ら『ゴースト』達の餌を演じた。
俺はそんな彼女の唐突な判断に呆気に取られるが、瞬間彼女の艶やかな声が詠唱を奏でた。
「“私は水底に棄てられるべきもの、しかし私は現世へ浮上してしまった”」
カナタさんが詠唱を紡ぐのと同時に、カゲフミは俺の首根っこを掴んでは俺をそのまま後方へと投げた。
「アンタはそこで見物でもしてろ、この場はあの女と俺でどうにか対処する」
俺は強制的に静観を余儀なくされたが、呪力で身を浮かせて宙を自在に舞うカナタさんもまた『ゴースト』達へ仕掛けに入る。
「“しかし毒の皿と化したこの身は、いつか私を棄てたあの人へ届くべくそれまで私は生きるのだ”」
二節目が紡がれた後、突如蒼い空を突き破って黒い蛆の群れがこの世界へと這い出る。
這い出た黒い蛆達の塊はカナタさんの呪力の塊で、そのまま『ゴースト』達へ目掛けてカナタさんは呪力を飛ばす。
それは見事『ゴースト』達に直撃し、カゲフミもまた『ゴースト』の死角に回った。
彼は欠損した左腕を水平に掲げ、『ゴースト』の1体へ狙いを定めた。
「“過去神と共にあった槌は、今ここに顕現する”」
次瞬、カナタさんの紡いだ詠唱の二節目に重ねて奏でられるカゲフミの詠唱。
カゲフミが詠唱を紡いだ瞬間、左腕に彼の呪力が形を成して渦巻く。欠けた左腕の先は長い筒のようなものへと形を変えた。
瞬間『ゴースト』が奇声を上げれば、カナタさんの姿は宙になく今度は地面を疾駆し、三節目の詠唱が紡がれた。
「“それこそ毒女の幸福、いつか見た心中への罪は今もこうして胸を高鳴らせている”、“いつか貴方の見とれたこの身体は、再び舞って貴方を惑わす”」
そのままカナタさんはまるで光さえ置き去りにするように、一瞬で『ゴースト』達の合間を駆け抜ける。すると『ゴースト』達は自身の爪を暴れさせ、今度は勝手に仲間内で殺し合いを始める。
「“これは雷神の怒りではない、根を腐らす賢者による神秘の霊薬”」
『ゴースト』達が狂う中、カゲフミの詠唱は二節目へと入った。彼が先程形成した黒い長筒の先端には、呪力で練られた黒い輪が顕現する。
そしてそれらはカナタさんが先程『ゴースト』達へ放った呪力を吸収していく。
「“生命の樹を絶つべく、21の小経と10のセフィラを今ここに”、“我が曇りなき目は絶対にお前を逃がさない”」
カゲフミは善悪どころかこの世にある命全てを根絶させるもの――そう彼が自身の能力を明かした瞬間、カナタさんもまた最後の一節を紡ぐ。
「“再誕せよ”――“服毒せよ、これこそ汝の罪なり”!」
カナタさんの詠唱が奏でられた後、甲高い音が耳を劈き、『ゴースト』はさらに狂乱して、とうとう動きそのものさえ止め、その瞬間を死角にいる魔手に捉えられてしまった。
「“再誕せよ”――“生命は根源の樹たりて、我は樹の根に陰を翳す”」
『ゴースト』達が狂乱している間に、カゲフミの超常の異能も顕現した。
黒い長筒から放たれたのは、黒い弓矢のようなもので、それは1体のゴーストの身を貫く。そしてそのまま矢は屈折して、また別の『ゴースト』を射抜いた。
「意外と完璧な仕事をしてくれる。おかげで狙いやすい」
続いて、長筒からもう1本――2本、3本と矢が放たれると、次々と『ゴースト』は黄金色の瞳を射抜かれ、さらに矢は屈折し続ける。最終的に『ゴースト』は針地獄に縫いつけられたような有様となっていた。
時間にしてたった数分。『ゴースト』達はこの2人に完璧に封殺される。
「ほぅら、ダーリン! わたしってばやれる女でしょう?」
カナタさんは『ゴースト』を置き去ったときのように、俺へと爆速で走り寄って来てはそのまま俺の胸に飛び込んでくる。
顔を明るくして俺に笑いかけるカナタさんを見て、俺が浮かべたのは困惑と敬意だった。
呪力で宙を駆けるなど早々出来ないだろうし、彼女の補助は完璧であった。
ゆえにカナタさんは戦闘面においても尊敬出来る呪術の遣い手だと実感する。
ここでまさかの戦闘!?
多分お気づきになった方はいないと思いますが、カゲフミが前話で自分の目的を語った瞬間、前作でリアム君が襲われるときの予兆が起こっています。そのため、今回は戦闘を挟みました。
いやー、にしてもカッコいい詠唱なんて思い浮かばないですなぁ……。詠唱解説などは活動報告にてしておりますので、よろしかったらぜひご覧ください。
⚔22話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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