青年の目的と邪神の真実
「あ、あのさ。さっきはありがとう」
俺達は狂界の内側へと足を踏み入れ、お互いしばらく黙り込んだまま歩き続けていた。
さっき俺達を助けてくれた青年は、俺らより前へ速足で進む。ゆえに俺は青年に歩幅を合わせて、先程から謝り倒しつつ、感謝の意を伝えている。
ただ、彼は俺の言葉などまるで耳に入っていないのか、無表情のままこちらに視線1つすら寄越す様子もない。
もはや無駄にも思えてきそうなやり取りを30分程粘り強く続けた結果、沈黙を破ったのはカナタさんだった。
「もういいですわ、ダーリン。その殿方、とってもクールですし顔面偏差値も高い。多分バレルより前に会っていたら惚れていましたが……ちょっとイケ好かないですわ。キクキョウ家の人間だからってお高く止まりすぎではなくって?」
一瞬俺が虚しさが腹奥からこみ上げてきて、カナタさんに少々失礼な印象を抱いてしまう。だが今はそんなことはどうでもいい。とにかくカナタさんが完全にヒートアップする前に彼女を止めるのが先だ。
「ちょっ、カナタさん! それはさすがに失礼すぎですよ!」
「いーえ、ここはいわせて下さいまし。妻の座の特権を切りますわ」
すると、青年は「はぁ」と小さく嘆息する。
「勝手に言ってろ。俺はそこのガキに礼を返したに過ぎない」
と切り捨てると、青年は目端で『原初の災厄』を見つめる。俺は先程から気になっていたが、いい加減理解出来ないためその話について追求する。
「こいつが? 君はこいつと知り合いなのか?」
「ガキ、アンタの名は?」
青年は俺の追求など意にも介さず、『原初の災厄』へ名前を聞く。すると『原初の災厄』は俺達の元へ走ってきては前に踊り出て、ぶかぶかの服の袖をヒラヒラとさせた。
「スカルだよ! よろしくね、お兄さん」
「骸……ねぇ」
瞬間、青年は『原初の災厄』の偽名を鼻で笑い飛ばす。
俺も『原初の災厄』の偽名など初めて耳にしたものだし、そもそもカナタさんも『原初の災厄』のことは「坊や」としか呼ばない。
ゆえに、今即興で名付けた名前なのかと思ったが、『原初の災厄』は口元に浮かべる笑みを深めた。
「おかしいかな? ボクが誰なのか分かっている以上、この名前で通じるはずだけど……」
「それもそうだな。よくお似合いだよ、反吐が出る程に……で、そこの恩知らず」
「へ? 俺?」
突如この不穏な流れで、俺に会話に入れと青年から直々に指名が入った。
嬉しいのだが、なぜこのタイミングでとは思うし、恩知らずといわれるのは少々痛い。
そして当然、彼が俺の今を言及するのは自明だ。
「なぜ狂界まで来た? あんなド素人の呪力の扱い方じゃ、精々『ゴースト』の十数体を仕留めるのが関の山だ。まさかこの先にいる存在すら知らない……なんて能天気な頭はしてないだろうな?」
「それは無論、知ってる。なにせ俺達はリアムを――」
「止めとけ。……ああ、実力的な意味じゃないぞ? あれは特殊な宝石箱で、限られた者しか開けられない」
「宝石箱? 一体どう言うことだ?」
すると青年は歩くのを止めて、急に立ち止まる。すると静かに空を見上げた。
「……俺は無神論者だけど、あれは神が残した遺産に他ならない。なにより目覚めたのならより価値は高まるんだよ」
「ええと……。全く話が読めないんだけど……」
「読めないように言ってるんだよ、馬鹿なの?」
「あ、はは……」
ようやく話の輪に入れたかと思えば、罵倒だけされるのはあまりにも無情すぎる。すると、一瞬だけ青年の顔が曇る。だが、すぐに口元が緩められてはどこか自嘲しているように感じられた。
「……そうだな、今の非礼に面白いことを教えてやるよ。そこの死骸野郎への返礼と命知らずのアンタ達への警告も兼ねて」
「警告?」
唐突な青年の気の変わりようと、警告という言葉に俺が驚愕で声音を上げれば、青年は訥々とその警告とやらを口にした。
「まず、アンタ達は勘違いをしている。リアムは旧暦から存在しているが、旧暦から今までずっと活動していた訳じゃない。目を覚ましたのはつい最近……およそ3週間と少し前だ」
「え?」
俺は急かつ予想もしていない事実に呆気ない声を漏らすが、『原初の災厄』だけは「やはりか」と小声で呟く。
それに3週間と少し前といえば、確か――と俺はあることを思い出そうとするが、知りたい情報は中々見つからない。
なにせリアムが眠っていたということ自体が意外だった。と同時に俺は奴の異常性に気づいてしまう。
奴は意識せずとも呪力をまき散らし、さらには『ゴースト』さえも操っていたとまで情報が結びついたその刹那、俺は3週間前になにが起こったのかをようやく思い出す。
3週間前に起こった異常事態。それは聖都・セイビアを『ゴースト』の群れが襲い、甚大な被害が出たというあの悲劇。
俺はあの悪夢を思い返しては息を呑み、憎悪と畏怖が高まる中、青年は相変わらず俺の知らない現実を容赦なく明かしていく。
「じゃあ、奴が眠っている間に殺せばいい……なんてことは不可能。アイツは常に結界に守られているし、その結界は並大抵な攻撃では壊せない。だから最近『血濡れの剣』の連中が慌ただしいのもそれが理由」
そうだったのかと俺は現状にようやく追いつくが、そこである疑問が芽生えて、思わずその疑問を口にしてしまう。
「でも神が残した遺産って? 奴は邪神だろう? 人間にとって得なんて1つもないはずだ」
「ああ、その通り奴は邪神だよ。アイツが眠っていても、アイツから放たれる呪力は延々と放出され続ける。だから『マタ』なんてものは流行るし、『ゴースト』の存在もそれが原因。言ってしまえば負の遺産、ただ……」
「ただ?」
「アンタは、人々が一切憎しみ合うことない世界があると思えるか?」
俺はその問いかけに、またも息を詰まらせる。
その答えは単純で、俺はそんな世界はありえない現実を嫌という程分かっている。
人が一切憎み合わず、平和にいられる訳がない。例え呪力なんてない世界を仮定しても、人間が憎み合わない世界など俺には考えられなかった。
「そんなことはないだろ? だから、どこかの馬鹿がリアムのようになる可能性は十分ある。もしかしたら奴より厄介な存在も生まれるかもな、そしたらどうやってそれを対処する?」
「あ」
ここで、俺はようやく青年の言いたいことを少しだけ理解する。
「つまり奴は邪神でこそあるが、人々を呪力から守ると言った意味では貴重なサンプルなんだよ。キクキョウ家もその対処法を求めて『ラジアータ』にも行ったのが何人かいる」
「じゃあ、君も調査かなにかで『ラジアータ』へ?」
「さぁ? さすがに他人にそこまで明かせない」
アンタの問いかけには全て答えたぞと青年は飄々と俺の言葉を躱した瞬間、青年の全身から悍ましい気配を感じた。
その悍ましい気配というのは、もちろん呪力。だが、その呪力は質と同時に量が桁違いであった。
そして俺は、青年の黒い瞳の瞳孔を縁取る赤い瘴気と目が合い、恐怖で意識が刺される。
「これを聞いたなら、さっさとどうするか決めろよ。『ゴースト』に襲われて痛い目に遭いたくないならな」
などと言い、去って行く青年を追う者は誰もいない。いや、誰も追えないのだ。
なにせ彼の右腕——銀色の義手から漂う呪力量の圧倒的差を青年は意図的に誇示したから。
あの銀腕に込められた呪力量は、およそ『ゴースト』1000体分は軽く超えるであろう。
なにより、右目の瞳孔を縁取るあの赤い瘴気も義手と同じほど悍ましいものだ。
正に殺戮兵器。
いや、ここまできたら怪物とそう変わらない青年の姿を前にして、俺は無意識にこんな言葉を不意に漏らした。
「もしかして、君の目的って……リアムを殺すことでは、ない……?」
すると青年は俺の言葉が耳に届いたのか、目端だけで俺を見遣る。
どこか不快そうに、かつ興味を持ったその黒瞳は俺だけを見て、その先を口にしてみろと言葉を促す。
俺は一瞬唾を飲むが、深呼吸をして、今自身の中で浮かんだ思惑をもう1度反芻する。
あくまでこれは予想だが、今まで彼に聞かされた話で1つだけ違和感があった。
その違和感とは、彼がリアムをサンプルと称したこと。
彼はリアムをサンプルといい、呪力から人を守る為の加護と称した。そしてリアムは早々殺せない存在とも言い切っている。
また俺のようにリアム憎さで『ラジアータ』まで行くのであれば、奴を敵としか認識しないし、幾ら俺らの意気を消沈させるためとは言え、別の言い方があるはずだ。
つまり、青年はリアムという存在を敵ではなくサンプルとしてしか見ていない。
そして彼の銀腕に、明らかに生身の眼球ではないと思える右目。普通の人間ならば、好き好んで自身の体を無機物に変えたりなどしない。
そこから予測されるのは、青年がなんらかの思惑で誰かから生身の体を奪われた――もしくは生身を捨て去らなければいけなかったという事情。もうここまで来れば、彼の願いがなんなのかはすぐ理解出来た。
「君は自分の体を元に戻したいのか?」
「……へぇ、分かったんだ? 意外と頭は回るようでなにより」
このとき、青年は初めてその漆黒の瞳に感心を宿す。すると吹いた風が彼の黒い髪をたなびかせ、彼は消え入りそうな声で呟く。
「厳密には俺じゃない。俺がこんな体になったのは自分の意志でだ。そこに後悔は1つもない、だが――」
どこか血生臭い風が鼻腔を突き抜けた瞬間、彼の瞳に憎悪が宿る。
「キクキョウ家だけは絶対に許しやしない。奴らを潰す為にもリアムの所有するあれが必要……それだけ」
「そ、う……」
俺は、これ以上彼になにかを聞くのは止めることにする。これ以上、彼の傷を抉らないように。
なにせ、今一瞬彼の体内で呪力が急激に乱れた。つまり彼は今怒っている。
ここまで親切にしてくれたのだから、これ以上彼を不快にさせたくはない。人として当然の配慮だ。
ただ、どうしても端正な顔立ちに不釣り合いすぎる義手が彼への興味を引かせてくれず、俺は彼の腕をまじまじと見てしまう。
さすがに服は脱げないだろうから確認のしようがないが、もしかしたら彼は体もまた機械とすり替えているのかもしれない。
さらに、彼の全身は常に呪力に蝕まれている状態であった。しかもその呪力量は俺以上。
それでもなお平常心を保っていられるのだから、彼は胆力があるとか、もはやそんな次元で語っていい話でもないだろう。
憐んでなどいないが、どうしてか胸が痛む。
本当はこんなことを思ってなどいけないのに、何故か彼を助けたいと思ってしまう。
その衝動は毎秒増していくし、ましてや彼は恩人。少しだけなら力を貸しても――と烏滸がましい考えが脳裏を過った瞬間だった。
「じゃあ、後は『ラジアータ』攻略を頑張って。俺は急ぐから。ただでさえ、リアムがいるところまでは距離がある」
「待ってくれ!」
同時、俺は今俺の横を通り過ぎた彼の手を握り、彼はこちらへ振り返る。
その刹那、彼の漆黒の瞳と目が合い、俺が思ったことを口にしようとしたとき。
「……気持ち悪」
と見事、俺は彼から侮蔑の視線を向けられた。
わぁ……! この人以外にも優しい……! どうも、織坂一です。
……とまぁ、これで4話の最後に目覚めた男が誰だったのかが明かされましたね。
そして彼がサンプル云々というのは事実ですね。というより、呪力がこう物をいう以上、リアム君みたいなのが生まれるのはあり得る話です。
なので、彼が生かされている理由の1つにはサンプルというのもありますね。
にしても、ラインバレル君がフラれてしまった……!
そして、フラれたということはつまり、この青年はヒロイン!!ヒロインって男かよォッ!
⚔21話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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