喜びに浮かれる彼らを彼岸から見つめる者
「にしてもやったな、兄ちゃんよう! あのカナタを落とすなんてよ!」
「ほんとほんと。どんな手を使ったんだか……」
「まさか、有り金全部積んだんじゃねぇの? カナタはそこら辺も上手いぜ?」
そして、その日の夜。俺達は今夜もまたあの大衆酒場へと足を運んでいた。
どうやらカナタさんはここで長い間お世話になったらしく、酒場の常連客達に別れの挨拶したいと言った。
ならば挨拶はすぐにでもと、そう俺が勧めて昨日の今日で俺と『原初の災厄』はまたこの酒場に足を運んだ訳である。
しかし何故か、現状酒場ではカナタさんと俺の結婚を祝していた。
こうなった経緯としては、カナタさんが酒場の従業員や店長に何故店から離れるのかと聞かれた瞬間にこう答えたからである。
「つい先日、夫が出来ましたの。ですから、夫と共に少し地獄まで新婚旅行まで行って参りますわ」
と言うカナタさんの爆弾発言を、客の1人が聞いてしまったがため今に至る。
さらに夫は誰かと周囲に問い詰められた結果、ついでに同行してきた俺がその夫とやらであると知られてしまった。
勝手な都合の押し付けは喜ばしいものではないし、はっきり言って迷惑だ。
たが俺の中途半端な優しさが、カナタさんや酒場の客達から槍玉に上げられる原因になったと言う訳だ。
おかげで、今俺はこうして場違いでありもしない祝福を受けている。
槍玉に挙げられていると言うか……祝福する人が大半なのだが、中には俺に嫉妬を抱き、怒り狂って酒場を出た者も多い。
他にも数度俺は何度は店の外まで出された結果、カナタさんに想いを寄せる男性客から罵倒されたり、酔った勢いで殴られて負傷もしている。
こんな良くも悪くもどんちゃん騒ぎが数時間は続いているからか、俺自身いっそどうにでもなれと若干自暴自棄となっていた。
しかし、こうしてカナタさんの門出を祝うのは悪いことばかりではない。
なにせカナタさんは笑顔で、他の娼婦や馴染みの客などに別れの挨拶を告げていた。
その笑みは、ようやく女としての幸せを手に入れられたのだという幸福でいっぱいだった。今後、彼女がどうなるかなど不安など微塵も感じさせない。
あんな軟派な男と地獄まで新婚旅行などと碌なもんじゃないという心配の声もあったが、カナタさんは笑み1つでその声すら一蹴した。
「地獄までの新婚旅行なんて、ちょっとした火遊びですわ。夢はもっと大きいものですもの。いずれ小さな一戸建てを建てて、そこでバレルの元へ永久就職ですわ」
大体の人間は、カナタさんの軽口めいた覚悟を「なんじゃそりゃ」と笑い飛ばす。しかし、それで構わないとカナタさんも笑みを崩さない。
そう。忘れてはならないが、俺らが目指すのはあの『血濡れの剣』でも未だ攻略出来ていない『ラジアータ』であり、討つべきは邪神であるリアム。
この世の邪を一掃――その目的を果たすことは容易なことじゃない。
ましてや、カナタさんのような若い女性がそんな血みどろな道を歩むなど、本音を言うなら今からでも考え直して欲しいとも思う。
だが、俺がそうカナタさんを諭そうとすれば、カナタさんは首を横に振る。
「わたしの幸せは、もうバレルの傍にしかありませんわ。だから最期まで責任はとってくださいまし」
そんな嫋やかな笑みに、俺は折れるしかない。
だから、俺はあのときのような失態だけはしないと固く誓う。
例え『ゴースト』の群れが再び俺らが襲ったとしても、彼女は絶対に死なせない。
カナタさんのような女性が俺の妻になるだなんてのはもったいないが、全て終わった後は、またこの酒場に帰ってきて全て無事に終わったと真実を思い出代わりに全てを明かせばいい。
そうして今度は俺もビールの一杯ぐらいは口にして、温かい日常へと帰ろう。
―—だが。
日常の温かさに焦がれる彼の意識の中——いや、それすらも超えた彼岸の先で1人の男の憎悪が蠢く。
本来ならば赤く染まった荒野を地に足着けて彷徨うはずの生きていてはならぬ存在は、先日あることを機に長く深い眠りから目を覚ました。
男が神に討たれて、約1000年以上が経った今。男はある女の墓を枕に眠っていたはずが、偶然自身と鏡写しの存在に自身の意識を触れられてしまった。
ゆえに男は自身の意識を触れられたことに気付くことで、かの聖都——写し身である彼に縁深い場所を自身の眷属達へと襲わせた。
別段これは男が意図した訳でなく、男はただ寝ている中邪魔をされたため、その手を払っただけである。
そして聖都は半壊し、教会にいた聖職者だけでなく孤児ら、さらには『光の盾』の兵士すら壊滅まで追い込んだ。
男は未だ微睡んだ意識で、彼の意識へと視線を向ける。
お前は一体誰だ? ――と。
突如自身の意識に触れたと思いきや、男がかつて喰い荒らした存在への干渉すらしてみせた未知の存在。
「はたして『原初の災厄』か、それとも別のなにかか……」
男は思案するが、それでもなお答えは出ない。
ならこちらから仕向ければなにか得られるかもしれないと思うが、それすらする必要もなくなった。
なにせ意識が触れた彼は男が先日起こしたことを知るや、すぐに喪失感に襲われて男への憎悪を胸中で滾らせていた。
ああ、許すまじ。お前はやはり死ぬべきだと。男からすれば、彼の抱く殺意に少しだけ安堵した。
偶然生き残ってしまった男は、今や愛しい彼女と2人きり。だが、愛しい彼女はなに1つ言葉を発さない。
たまにこちらを心配しているようにも思えるが、かつて感じた温かみなどとうに失われている。
なにより、その温かさは男自身の内側にしかなく、今も自身をこうして生かしている。これが不幸以外の何物だといえるのだろう?
だから男はただ、自身を討てるであろう写し身を認識した瞬間から、彼岸より彼を待ち続けている。
それがかの災厄であれば、2度と彼岸へ足を踏み入れぬようにまた喰らえばよし。
弱体化の度合いにもよるが、今の男の力量からすれば喰い切ることはそう難しくない。だが――
「もし、お前が俺と同じならば……そのときは殺させてもらうぞ」
と、男は空虚が満たす意識の中で殺意を向ける。
男は自身と同じ存在を見ていることに、腹が立って仕方がない。
なにせ、それ程までに自身が憎いから。
そして今や男は半不死身と化した以上、男を殺せるのは神かそれと同等の断罪者のみである。
男は死を望むが、永遠を望む。
死と言う永遠を求めながら、愛しい人とこの彼岸でいつまでも暮らすという刹那にさえ焦がれている。
そんな矛盾の集合体は、いよいよ断罪者の品定めへと移る。
もはや意識は、この眼はしっかりと覚めた。ならば後はすべきことをするだけである。
自身の幸福を邪魔する者を排除し、また彼は自身の苦痛に魘される。これを白痴の如く延々と繰り返すのだ。
その灰色の瞳は哀愁は無論、どこか自壊への羨望も込めて、今もラインバレル・ルテーシアと言う男を見つめている。
最悪同調した意識から干渉するという奥の手で、奴をいつか消してやろうとその喉元に殺意の刃を突き立てて。
どうもこんばんは、織坂一です。今回は結構最初に書いた原稿とは内容が変わってます。
本来ならば、カナタを送り出すところで終わっていたのですが、補足というか先日カナタが話していた聖都を『ゴースト』が襲ったことで『光の盾』が全滅&ラインバレル君の通っていた教会が酷い目に遭ったこと、それを誰がやったのかを軽く追記させていただきました。
……って、え? 写し身?
そして、次回からは第5話になりますので、よろしくお願いします。
⚔19話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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