新しい仲間
「遅い」
『オリベ』中心部にある区画――そこの宿屋街にある一件の宿屋の前で、俺達はカナタさんを待っていた。
既に正午は過ぎて、時刻は午後14時半。未だカナタさんは姿を現さず、痺れを切らした『原初の災厄』は足を小刻みに揺らしている。
「……正直、これでよかったのかな」
「さぁな、もしかしたら約束をすっぽかされたのだろうよ。宿賃も中々いい値段だったしな」
「まさかの1泊1人3万円とかびびったよなぁ。というか本当に彼女は何者なんだろう?」
「知らん。毒婦でないと否定していたが、毒婦の可能性が濃厚だろうに。……だが」
「なにか気になることでも?」
「1つな。しかし脳内お花畑のお前は知らなくて構わん、どうせあの女が傍にいたらいいなーとか思っておるのだろう? このケダモノめ」
「むしろあんな美女が近くにいたら心臓持たないんだけどなぁ。昨日はよく持ったよ、俺の心臓」
と、なにもかもが滅茶苦茶な状態なのが今だ。
いっそ彼女のことは毒婦ではなく、台風かなにかだったのだろうと半ば諦めていると、西側から黒い陰がこちらへと駆け寄って来る。
こちら側に駆け寄ってくる黒い陰は、徐々に俺の視界を見覚えのあるシルエットへ変えていく。
黒い見覚えのある姿——カナタさんは昨夜とはうって違い、町娘のような格好をしていて、その手に3つの黒いなにかを持っていた。
彼女は息を切らし、俺達を目の前にして立ち止まる。そして顔を上げた瞬間、俺と『原初の災厄』に手に持っていた黒いなにかを渡す。
「遅れて申し訳ありません、少し手間取ってしまいましたわ。これが狂界を通過するためのパスポートになります」
「え!?」
黒いなにか――手帳型をした謎の物体をカナタさんは、狂界を越える為のパスポートだと言う。
俺は驚愕し、思わずパスポートを落としそうになるが、カナタさんがぎゅっと俺の手を握ってパスポートを落とさないようにしてくれた。
驚く俺を他所に『原初の災厄』はカナタさんからパスポートを1つ奪うと、すぐに中身を開く。そして『血濡れの剣』の責任者が所有する判が押してあるかどうかを確認する。
すると、1番最後のページにしっかりと血と剣の判が押されていた。
「ミシュル・フランベ……こいつは確か……」
「ええ。そのミシュル・フランベ様こそ、『血濡れの剣』の最高権力者。しっかり、その方からも許可をいただきましてよ」
「え? え?」
俺は思わず、手元にあるパスポートとカナタさんの顔を交互に見る。
「どうかなさいまして?」
カナタさんは首を傾げており、本当にどうしたのかと俺を心配しているが、これでさらに彼女の正体に謎が深まっていった。
同時に警戒心と疑心が膨らむ。ゆえに彼女を今後も協力者として協力を仰ぐのであれば、彼女が何者なのかを知らなければならない。
相変わらず取って付けたようなお嬢様言葉を崩さないカナタさんだが、カナタさんは俺の両手から手を放し、俺の首裏へと腕を回すと碧瞳で俺の顔を覗く。
「ちょ……っ! カナタさん! 人が見てますって!」
「ふふっ、わたしは構いませんわよ? なにせ愛しいバレルのお役に立てたんですもの。少しぐらいご褒美はいただいてもよろしいでしょう?」
耳元で囁かれる甘えたいと希う彼女の姿に、俺は体を硬直させてまた口から魂が出て行きそうになる。
そんな中、『原初の災厄』が俺の尻にタイキックをかまし、俺は尻を蹴られた衝撃と痛みで魂を呼吸1つで吸引して口から出かけた魂を体内へ戻す。と同時にカナタさんも俺から身を剥がした。
とにかく、今すべきことはただ1つである。
「……カナタさん、どうしてあなたはここまで俺に尽くしてくれるんですか?」
そう、今知っておくべき事実はそれだけ。
まず彼女の正体を知るのも重要だが、まずは彼女の動く理由が知りたかった。
現に俺は過去『原初の災厄』の動く理由をしっかり聞かなかったため、一杯食わされた覚えがある。
だからせめて、協力者として協力を仰ぐのであれば協力してくれる理由を聞くのは当然のことだ。
するとカナタさんは相変わらず訳が分からないといった表情を浮かべるが、すぐ不満そうに碧瞳を細めた。
「もしかしてわたしが怪しい人物だと思っておりません? ……まぁ否定は出来ませんけれど。それで? わたしがあなたに協力する理由? そんなのは1つしかありませんわ」
「教えて下さい」
俺は向けられた不満げな視線を真摯に見つめ返す。瞬間、彼女の瞳に慈愛の念が宿る。
「ただ、バレルの傍にいたいだけ……。それだけですわ。わたしはあなたに恋をしてしまいましたの」
「恋?」
はたしてそんなもので、動く理由になどなるのだろうか?
いや、愛は確かに大事なものだが、愛する人の為ならば自身を顧みずに尽くすなんて結局こう言うことだ。
「馬鹿らしいでしょう? けれどそれが真実ですの。愛した以上、もう離れることなど出来やしないのだから」
「それって――」
俺はここで、ようやくカナタ・ハルミと言う人間の本質を少しだけ垣間見た気がした。
この人は俺と同類だ。
尽くすことが、愛することが例え損だと知っていても、離れることなど出来ない。本当に愛しているからこそ、自身の全てを懸けたい。そんな深い愛情が、首裏に回された彼女の腕の温度と碧瞳から伝わって来る。
そして、カナタさんはまるで愛の告白が書かれた手紙を読み上げるかのように最後はこう締めた。
「よろしければ、あなたのお傍にわたしを置いてくださいませ」
「……でも、それには条件と言うか、事情と言うか」
結論を出すにはまだ早計だと俺が言葉を濁すと、カナタさんは落胆を見せるどころか優しく微笑む。
「昨晩口にしていましたけど、バレルの望みは邪神・リアムを討つことでしょう? なら、わたしは影から援護しますわ。そう言った術には長けていますので」
「そう言った術?」
くす、とカナタの桃色の唇から微かな微笑が漏れた瞬間、彼女の体内を駆け巡る呪力が、『業火の仮面』に宿った呪力と共鳴する。
「小規模展開・光輝顕彰及び魅了伝染」
カナタさんが詠唱を紡いだ瞬間、陽の光がカナタさんの目の前に収束した瞬間に全方位を照らす。
眩い光はこの場にいる全員をただ呑みこみ、同時に光を感知した者はみなカナタさんを発光源であるカナタさんを見遣った。瞬間、俺の中で違和感が広がって行く。
カナタさんはある男性へと視線を向ければ、その男性へと近づき、手を差し出す。
「わたし、後でリンゴを買う予定でして。その分のお代をいただけませんこと?」
そういうと男性は夢見心地といった有様で自身の懐から財布を取り出し、銅貨をカナタさんの手のひらへ乗せる。
「ありがとう」
代金を受け取り、男性に背を向けたカナタさんが指を鳴らすと、この一帯を包んでいた光が一気に消失する。
刹那、誰もが辺りを見回してここが現実だと認識した後、何事もなかったかのようにそれぞれの日常へと帰っていく。
こんな超常現象を起こして見せた後、カナタさんは俺を見た瞬間に片目を瞑る。
「こう言った幻覚や騙し討ち、その他にも情報収集に破壊工作であれば全てお手のもの。……どうでしょう? わたしって、とーっても価値の女であると思いませんこと?」
「……へぇ、確かにお姉ちゃんってばすごいや。ならボク達と一緒に――」
そう『原初の災厄』が感心し、カナタさんへ手を差し伸べた瞬間に、カナタさんは『原初の災厄』をまるでゴミかなにかを見るような視線を向ける。
「勘違いなさらないでくれます? わたしが身を捧げるのはバレルだけでしてよ。決してあなたのような悪魔ではありませんの」
怜悧でたったこれだけでも、心臓を貫くことが出来そうな一言に『原初の災厄』は機嫌良さそうに口角を上げる。
「うん、それでいいよお姉ちゃん。どうかラインバレルをよろしくね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますわね。坊や」
「……あのー、こんな空気の中大変心苦しいのですが」
俺は険悪な空気の中、挙手をしてなんとか割り込む。するとカナタさんと『原初の災厄』はなんだとこちらを見るが、俺はカナタさんへ視線を向ける。
「カナタさんの実力は分かりました。ですが、あなたほどの人間がそこらの酒場に溜まる娼婦なんかでないことも、今証明されています」
彼女が俺と同類であり、ただ俺に尽くすだけが目的なのは理解した。だが、だからと言って彼女の正体を裏付けるものはなにもない。
「今後あなたを仲間として出迎えるのなら、俺はあなたのことを少しでも知りたい。だからどうか答えて欲しい」
そう俺が真摯に訴えれば、カナタさんは驚いて目を丸くする。
「あなたは……“何者”ですか?」
名前だとかそう言うものではなく、カナタさんが一体どこに所属していたのか。それだけが謎であった。
先に口にした通り、俺は仲間になるのならば仲間を信用したい。だから隠し事はあまりしたくない。
それが向こうからすれば嫌なことなのかもしれないが、だからといって正体も知らないまま背中など預けたくない。
そんな俺の我侭に、カナタさんは嬉しそうに笑う。
「わたしは『代理人』ですの。『代理人』は元々こういった破壊工作などの技量を兼ね備えた情報操作員……と言うのはご存じ?」
『代理人』とは依頼者からの依頼により、あらゆる問題を解決する工作員のようなものだ。
毒婦のように情報を集めるのはもちろん、依頼内容によってはその情報を意図的に流すことすらする。ただ毒婦と一線を画すのはその手腕。
毒婦はただ情報を流すだけでいいが、素人であるがゆえにいつ機密情報を流すかも理解していないし、最悪関係のない第三者へ情報を伝えてしまうこともある。
毒婦からすれば金こそが目当てなのだから、どこかで大金をチラつかせてしまえば、簡単にそちらへ傾くが、『代理人』は違う。
自身の信条と正義に従い、依頼人から受けた仕事は必ず完遂させるプロフェッショナル。
呪力をここまで扱えるなんて初めて知ったが、カナタさんが『代理人』と聞いた瞬間、全ての謎が繋がる。
「って、ことはお姉ちゃんは毒婦の上位互換……もしかすると、どこかの組織に所属していてもおかしくないってことかぁ」
「いいえ? わたしはただの娼婦であり、一市民として市井で暮らしていますもの。しかし今日からわたしはバレルの妻! つまり任された仕事はバレルのあらゆる苦痛を取り除き、慰め、身を粉にする役目だけですわ!」
「うーん……。その好意は嬉しいんですけれど、その慰めるっていうのが嫌な予感しかしないんで止めてもらえます?」
「まぁまぁ、つれないこと。……でも、これで妻の座になる足掛かりは得たと思うのはわたしだけ?」
“仲間”がなんだか変な言葉に変換されていた気もしなくないが、まぁこれで問題はないだろうと俺は安堵の溜息を吐く。
そして、咳払いをした後にカナタさんへ手を差し出す。
「改めまして、俺はラインバレル・ルテーシアって言います。今後もどうか気軽にバレルって呼んでやってください」
「……まぁ」
俺が差し出した手を、カナタさんはきゅっと軽く握る。そして身を震わせてどこか悲しそうに微笑んだ。
「ええ、不束者ですがよろしくお願いしますわ」
いや!どっちやねん! どうもこんばんは、織坂一です。
カナタの素性を聞いて、「お前どっちや!」と思う方も多いでしょうが断言しておきます。彼女は『代理人』です。
ただ『代理人』もその仕事ぶりから貴重な存在ですし、ここまでやれる人間はそういません。なので、面倒ごとを避けるといった意味で、カナタは娼婦として振舞っていた訳です。
さて、4話も後1話だけなのですが、次は少々不穏な回になります。
⚔18話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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