かくして青年は“彼女”によく似た女と出会う
「ん?」
一瞬、『原初の災厄』が立ち止まるとすんすんと鼻を動かす。
俺も立ち止まって辺りを見回すと、数十メートル先には酒場の看板があった。
『原初の災厄』は酒場の看板を見るなり、目を輝かせてはこちらへ振り向く。
「おい、ラインバレル! ここの酒は絶対上等なものが置いてあるぞ! 儂の勘がそういっている!」
「本当かよ……」
俺は歩を進めて酒場の看板前まで行くと同時に、内心溜息交じりに『原初の災厄』の話を疑う。
上等な酒など、それこそ高い店にしかないのが定石だ。俺も一時期場末の酒場で働いていたことがあるから分かるが、確かに高い酒はあるにある。だが種類は左程ない。
はたして商業国もそうなのかは知らないが、酒の種類の少なさに文句をつけられて駄々を捏ねられたその日には俺はこいつを見捨てることしか出来ない。
「はいはい、分かりました分かりました。というかお前は見た目が少年だから、店主に怒られるぞ」
「知るか! いい加減酒を飲ませろ――ッ!」
「どこの酒乱だよ、お前」
すると『原初の災厄』は俺に背を向けて、そのまま店内へと駆け込んでしまう。
「あっ、馬鹿!」
そうして俺も奴を追うと、同じく店内へと入ってしまう。
店内へ足を踏み入れた瞬間、「いらっしゃいませー」と俺達と出迎える声と客達の賑やかな笑い声が耳を劈く。すると。
「ん? おチビちゃんは誰かの子供かい? ここは酒場だから子供は入っちゃあいけないよ?」
早速、まともな感性をお持ちの男性に声を掛けられる『原初の災厄』。
もういっそこのまま追い返されてくれ――そう思っていた刹那、奴は突然ぽろぽろと涙を零し、嗚咽を漏らす。
「うう、助けておじちゃん……。お兄ちゃんがね、ボクに店内を覗いて来いって」
「兄ちゃんって、あの赤い髪のチャラい兄ちゃんかい?」
「うん……」
色々と奴の言葉を否定したい衝動と混乱が一気に押し寄せて、俺はその場に立ち尽くしてしまう。
一体なにが起こっている? と言うより、今の俺、ナチュラルに悪者にされてません?
そう現状を理解したときには時既に遅し。
『原初の災厄』はどうやら俺を酒好きの軟派者だと、あの男性へ伝え、高い酒はないか聞いて来いといわれたと泣きついていた。
さらに俺は幼い自身を虐げる非情な男だとか、日々自分は俺の高圧的な態度に怯えているとか嘘百八を並べ立てている。
よし、分かった。とにかく俺は奴の言う例の結婚詐欺師のカモとやらを探そう。そしてそいつの元にこの災厄を送り返そう、そうしよう。
そうするにはまず、大事な商品であるあの災厄を俺の手元に戻しておかなければならない。
俺は気まずい空気の中、他の客に頭を下げ、『原初の災厄』の元へ寄る。
『原初の災厄』の涙が伝播して、店中は今や静けさに包まれていた。そして静謐な店内に満ちるのは俺への罵倒だ。
「なぁに? あのお兄さん、いい歳してあんな小さな子に酷いことしてるの?」
「おっかねぇなぁ……。見るからにやんちゃしてそうだし、苦労してんだろうな。あの子」
むしろ酷いことをしているのは、あなた方を今騙している少年で、苦労しているのは俺の方ですと訴えたいが、俺は早急に『原初の災厄』を回収した後、他の客からの視線から逃れるよう店の隅の席へと腰かける。
俺は混乱と怒りで頭痛を訴えながらも、静かにメニュー表を開いて『原初の災厄』に差し出した。
「……んで? どれがご希望ですか?」
「まずはビールだろ。高い酒を食前酒にするなよ、戯け」
「お前は、仕事上がりのサラリーマンかなにかですか?」
と言い、『原初の災厄』からのオーダーはまずビール3杯。後、ソーセージの盛り合わせにワインを1本とかなりの量の酒と料理を強請り、俺らは酒と料理が届くのを待つことにする。
俺が『原初の災厄』に代わって注文を終える頃には、すっかり店内は再び活気を取り戻していた。だが、活気に溢れる店内の中でただ1人、俺は場にそぐわない辛気臭い表情を浮かべる。
なにより俺は酒場に入ってもなにも口に出来ないゆえ、することなどなにもない。
ここ1ヶ月旅をしていて思ったが、『原初の災厄』はともかく、俺自身全く腹も空かなければ喉の渇きさえ感じない。
喉の渇きに関しては、『業火の仮面』に込められた呪力に体を焼かれたときぐらいだ。
おかげで食事と言う手間が省けたが、俺は馬鹿をしたと思う。
そもそも誰かと食事をしたことなど、姉さんの死後はなかったことだし、活気に満ちた酒場など最後に足を運んだのも1年以上も前だ。
だからか人の温かみを忘れてしまったのか、食事も飲酒も無駄であると切り捨ててしまったのは。
しかし、こうやって賑やかなのを見ると、そこに混ざれないのがなんとなく寂しい。
俺は背中で『原初の災厄』を隠すように座り、とにかく他の客にこいつが飲酒をしているところを見せないようにする。
早速、届いたビールとソーセージの盛り合わせを美味そうに口にする『原初の災厄』の姿を視界に映したくなくて、俺はただ視線を逸らす。
すると、ある1人の女性と目が合った。
俺と同じく碧いその瞳は、俺をばっちりと映している。
女性は目を丸くしては俺をまじまじと見ているが為、正直目を合わすのも恥ずかしい。
しかし、あまりにも流れるような銀髪が美しすぎて、どうも見惚れてしまう。
暖色のライトに照らされた銀髪は、角度によってはオレンジ色の花火のように見えて――と、彼女から目を離せずにいたときだった。
「ダ」
ダ――と一瞬女性の艶めかしい唇が動き、甘い声が漏れる。
「ダ―———ァリ―———ン!」
女性は語尾にハートマークをつけんばかりにそう叫んだ後、目を輝かせてこちらへと突進してきた。
一体何事かと俺は咄嗟に身構えるが、女性はまるで猪の如く俺の方へと向かってくる。
そして3秒。3秒経った頃には俺の胸へと飛び込んで、その拍子に思い切り背中へと腕を回してきたのだ。
「は……?」
そう絶句し、手に持っていたフォークを『原初の災厄』が落とす。
同時に、再び店内が静まる。
訪れた静寂と同時に店内へ響いたのは、突然飛びついてきた女性の猫撫で声だった。
「ねーぇ、ちょっとお兄さーん? よければわたしと遊びませんこと?」
「遊びって、その……ポーカーと、か?」
疑問を疑問で返してしまったが、全く女性は意に返していない。
むしろ小さく微笑しては俺の耳朶を弄り、そのまま手を滑らせ俺の髪に自身の指を絡ませる。
「やぁね、そんなことじゃありませんわ。それとも遊び方を解っていて、わたしを困らせていますの?」
と、女性は不満げに白い頬を膨らませる。
同時に女性は、俺の膝に身を乗り出す――と言うより、今にも俺が押し倒されそうな構図が出来上がってしまう。
すると、どこかから客の笑い声が聞こえてきた。
助け舟になるであろう『原初の災厄』は唖然としており、全く役に立たない。というより、俺自身どうしたらいいのか分からないのだ。
この場はどうすべきかと身をよじらせて抵抗した瞬間に、女性はくすりと妖艶に含み笑いを漏らす。
「あらあら、もしかしてまだ綺麗な体だったりして? いやですわ、そんな凛々しいお顔をしながらそんな可愛らしい面もあるなんて」
「ちょっ、ちょっと……あの!」
「なぁに? ダーリン」
俺の耳元で女性がそう囁いた瞬間、俺は蒸気を口から吹き出すやかんのようになってしまう。
違うのは、口から出ているのは俺の魂と言うことだけ。
しまった、これはまずい。これは害悪だ。そう分かっているが最早抵抗出来るだけの力などなく、言葉と多少のスキンシップで俺は骨抜きにされる。
「チョッッッッロッ!」
とどこか『原初の災厄』がそう侮蔑していた気もするが、今やそんなことはどうでもいい。
成程、神様。ここが俺の墓場ですか。俺は邪神を討つ前にこの女性に身ぐるみ剝がされなければいかんのですね。
俺はそのまま女性のするがまま、彼女の人形へとなり果ててしまうことになる。
いやいやいや!!『オリベ』脱出のための手続きはないんかい!!まだないです!どうもこんばんは、織坂一です!
はい。今回ようやくヒロインの1人がマナレクAMへと参戦しました。
にしても本当にチョロいな、ラインバレル君……。いや、だって彼は年齢=彼女いない歴ですし……。精々所持金を盗まれないようにね。
⚔16話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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