痛みに喘いで出した結論
「が……ッ、ぐゥ……ッ!」
体内を巣食う不純物を粗方吐き出した後、ようやく俺の精神は落ち着きを取り戻していた。
それに要した時間はおよそ30分。しかし今度は全身を襲う激痛に悶えていた。
正直、自我を取り戻しはしたが、それでも未だ精神は不安定な状況だ。
それでもなお、憎悪に精神を呑まれまいと、あの怨嗟の熱に精神を蒸発させられまいと抵抗したのに今度はこれだ。
思っていたよりも高額な対価に、俺は後悔しかけるが、そんなことはしない。
自分から覚悟を決めたくせに、後悔するなど言語道断。
痛みも罪過も全てを背負え。そう気合い1つで全身を蝕む痛みに耐える。
だが、それも生憎無理らしいと俺は悟った。
なにせ視界の焦点など合わず、先程から何度も何度も吐いている。
胃の中になにもないからこそ、より辛く、水分を欲してしまう。
しかし『業火の仮面』を装着した以上、水分や食物の摂取は不可能。呪力との反発を起こしてどちらにせよ嘔吐くのだ。
毎秒経つごとに一層増していくこの苦しみなど、俺はこの18年間で1度も経験したことがない。
これほどまでの苦痛は、余程の責め苦であろう。ただそれでも俺は過去を思い返してはひたすら耐える。
父さんや母さんは、特に姉さんはもっと苦しい思いをしたぞと。
だからこの程度の苦痛など、俺も耐えなければ姉さんたちに顔向けが出来ないと。
「全く……。ライは私がいなければなにも出来ないんだから」
苦痛に奥歯が噛み砕けんばかりに噛みしめた瞬間、脳内を駆け巡ったリフレインは、愛しい姉さんのものだった。
今にも壊れそうな精神には、あの人の温かく活気のある声が酷く染みる。
気付けば、地面には俺の吐いた胃液だけでなく涙も共に落ちる。
同時に、堰を切って涙が溢れてきた。
「会いたいよ……姉さん……っ」
哀惜の念は堪えず、いっそ姉の傍まで逝きたいとまで思ってしまう。だが、こうやって弱気ながら悲しみに耽っていると、全身を襲う激痛が和らいだ気がした。
まるで姉さんの愛が、汚らしい憎悪を浄化して行くように。
涙を流し、大切な人の死を悼み、無様に地を這っていると俺の視界に黒い影が映る。
顔を上げれば、そこには『原初の災厄』さんがいた。
「うっ、あ……ああ……ッ!」
なにを思ったか、俺は『原初の災厄』さんへと手を伸ばす。
どうか助けて下さい。そう無様に助けを乞えば、彼は俺の手を足で蹴っては払う。
目を見開き、悲痛を訴える俺とは対極に『原初の災厄』さんは嗤っている。
その大きな翡翠色の瞳は、俺が愛しい――いや、俺が地獄へ転げ堕ちていく様が美しく愛おしいのだと、残酷にも俺を讃えている。
そして吊り上がった口端から漏れ出した言葉は、あまりにも非情なものだった。
「ざまぁないな。本当に甘いんだよ、お前は。言ったろう? 儂は災厄、人類の敵。なのに、そんな邪悪に心を許し、そいつの吐く言葉を信じること自体がおかしいんだよ。どうせ今もなお、儂がお前に近づいた目的さえ検討がつかないくせに」
「目的……?」
なんだそれはと喉から言葉が出そうになるが、未だ治まらない喉の激痛により言葉が詰まる。
すると『原初の災厄』さんは屈んで、俺に視線を合わせては俺の頬を優しく撫でた。
「正直、リアムなどどうでもいい。奴は放っておいてもいつかは討たれる。しかし、それはきっと1000年も後のことだ。ただ、儂が復讐劇に役者として舞台に立つのもよかろう……そうお前を騙したのよ」
そう言えばと俺は、『原初の災厄』さんとの今までの会話を思い返す。しかし、あれら全ても今俺に伝えた言葉も狂言だと悟った瞬間、俺はこう聞き返す。
「じゃあ、本心は……?」
そう焦点の合わない目で必死に彼を見つめて言葉を返すと、彼はそっと俺の耳元に唇を寄せる。そしてこう囁く。
「お前のようなお人良しがそう悪に染まっていく姿が見たかった。その転落に抗う演目は実に素晴らしい」
そう言うと『原初の災厄』さん俺から離れ、再び立ち上がる。そしてただ延々と嗤ってこちらを睥睨するだけ。
助ける気など到底ない。だけれども死ぬのは勘弁してくれ。これが彼の本心。
そんな『原初の災厄』さん――いや、『原初の災厄』という悪魔の悦楽のために俺は使い潰される。だが、これも当然自業自得だし、むしろ上等だと笑い飛ばす。
笑い飛ばした瞬間、吐き出した血が地面を赤く濡らすが、そんなことはどうでもいい。
ここまで来たのなら、俺は地獄だろうがどこへだって往こう。しかし、精神が安定しても体が持たない。
もはや筋繊維は膠着し、俺の体は小刻みに震えている。
内臓は燃えるように熱いし、血が沸騰しているのがよく分かる。まるで体内に鉛でも流し込んだかのうようだ。
ゆえに心臓の鼓動は強く激しい。だが時に心拍が停止しかけたりと非常に不安定で、とうに体温は氷のように冷え切っている。
例えどれだけ強い意志を持ったとしても、どうにかなるなんて幻想だと俺は痛感する。
気合や根性だけで全てがどうにかなるなら、医者などいらないし、人間が自身の生活などを振り返ることなどしなくていいのだ。
正に、無情――とうとう俺は痙攣しながら地面へと崩れ落ちる。
早くも来た人生の終幕だが、不思議と未練はなにもなかった。だが強いて文句を言うのであれば1つだけ。
今も俺を見下げるこの『原初の災厄』と出会ったことで、俺の人生は顛墜の一途を辿ってしまった。
所詮は無駄死。ただ今に黒く堕ちそうな脳内に浮かんだのは疑問と自分勝手な願いが1つ。
「俺は、天国に逝けるのかな……?」
姉さんだけでなく、両親がいるであろう天国へと。そして、あわよくばそこで再び家族4人で平穏に暮らすことを夢見てしまう。
しかし俺は『原初の災厄』に魂を売った身であり、例え『ゴースト』という害敵であろうと殺してしまった。
もしかしたら、姉さんや父さん達に会えなかったりして……なんて物思いに耽っていたところだった。
「? ……なんでここに呪力の塊が? いや、そもそも人か?」
と、頭上から低い声が聞こえた。
俺はまるで人かどうか選定する意の言葉を聞いた瞬間、俺は神からの遣いが来たのかと思った。しかし神からの遣いの手が俺に触れた瞬間、違和感を覚える。
なにせその指先からは温度が感じられず、鉄のように硬い。そしてなにより、その指先から感じられるのは呪力だ。
「“零せ”、“その不浄の汚れは全て汝に不要なものなり”。“生命の根源より、その不浄を滅す”――救急処置・第3術式“不浄滅相”」
神に捧ぐように紡がれた詠唱を耳にした瞬間、冷たい指先から温かいなにかを感じる。
そしてその温かいなにかは俺の全身を駆け巡った後、体を蝕んでいた呪力を溶かしていく。
全身の呪力を溶かすのに必要としたのはほんの数秒で、今起きた悪夢が夢かなにかと錯覚してしまう程だった。
なんとか俺は回復を施してくれた声の持ち主に礼を言おうとするが、顔を上げるどころか体を起こすことすら出来ない。
それを知ってか、声の持ち主は俺にこう警告する。
「動くな。今の状態で動いたら、また呪力が体を蝕む。後数時間はこうしておけ」
すると、ザッと草を踏む音が耳を撫でる。
そして視界に映った黒い影は、徐々に遠くなって行く。
「ま……って……」
必死に喉から言葉を絞り出すが、未だ喉が焼かれたように熱い。
なにより、声の主は俺を完全に無視してこの場を後にする。
俺は九死に一生を得たのだが、この臨死体験を以てある思考に至った。
リアムを討つという覚悟は、何故かより一層増した。
しかし、1人で『ラジアータ』まで向かえば、それこそ今後なにかがあるかは分からない。
ましてや傍に俺自身の自壊を愉しみにしている悪魔がいる以上、なにをされるかもまた不明。
せめて、今のように頼れる誰かがいたならと俺の脳内で救済の念が過る。
あまりにも幼稚で急ぎきった答えだが、こんな選択もあるにはある。
仲間を得たりなどしてしまえば、それだけ不和や窮地に陥ったときの混乱は必然となるが、利だって少なくない。
そうだ、協力者を募ろう。俺は少しだけ晴れた頭でぼんやりと考える。
この後、俺は2時間後には起き上がることが出来、忌々しい相棒を連れて、このまま平地を超えることが出来たのだった。
やっぱ『原初の災厄』さんは信用しちゃならんね!!! どうもこんばんは、織坂一です。
まぁ、あの呪いの装備であの火力……代償がほんの少しな訳ないじゃないですか。
しかも、さりげなく『原初の災厄』さんの目的がここで明かされました。
詳しくは活動報告で明かしますが、ただこれも『原初の災厄』の目的の1つです。なので彼が味方にいるだけでもう不幸でしかないわけです。
さて、通りすがりの誰かが親切にラインバレル君を治療していった訳なのですが、彼が一体何者なのかについてはもうしばらくお待ちください。
次回から、第4話ついでに2章突入になります。
⚔14話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意ください※)
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