強襲
俺らの不安定な旅は、いつしか1週間程続いていた。
1週間前に胸中で十字架を切ったことが功を奏したのか、今現在『ゴースト』の上位種どころか『ゴースト』の通常個体にすら遭遇していない。
だが今朝方ある森へ入った瞬間、嫌な予感がして仕方なかった。
俺は森に入ってしばらくして、不安で1度『原初の災厄』さんを見遣ったが、彼は静かにこう返すだけだった。
「そう怖じ気づくなよ、あの弱虫でも『ゴースト』は殺せた。既に覚悟を決めたお前の方が幾分かマシだ」
と、ここでも何故か俺とリアムを対比するような彼の口から出てくる。
最初は全く気付かなかったが、『原初の災厄』さんが口汚い単語を口にするときは、大体リアムが関係している。
思い返せば、『聖火隊』には対処出来ないが、あの野蛮人には出来たぞと言う言葉は、『聖火隊』の人間よりもリアムの方が優れていると褒めているように見える……が。
恐らくそれはない。なにせ彼はリアムを恨んでおり、それは俺も重々承知している。
だからこそ、再三彼が俺に伝えているのは、リアム程度の器に収まるなよという叱咤だ。
はたしてこれを叱咤と捉えるか個人によって違うだろうが、俺としては叱咤として受け取っている。
無論、俺自身もリアムに関連する話を積極的に聞きたいとは思わない。
それもそうだ。なにせ奴がこの世にいなければ、『マタ』という疫病はなく、俺の家族も死んでなどいなかったからだ。
奴にどんな大義があるかは知らないが、『原初の災厄』さんの口ぶりだと、そもそもリアムという男には大義すらないのではと思えてくる。
なにも知らぬままに力を手にして力に溺れ、結局大事なものを見失って今に至ったような。他者の人間性を非難する気はないが、それでも彼は立派な人間と称えられる人種ではないのは確かだ。
そうこう思考を巡らせているうちに、俺達は森を出る。
しかし、森を抜けたすぐ先の光景を見て、『原初の災厄』さんは舌打ちを1つ零す。
「くそっ、平地か。これでは逃げ切るのも難しいぞ」
森を抜けた先に見えたのは、壮大な緑。
青々と茂った草が地平線まで広がっており、樹木や建物どころか岩陰など1つもなかった。
こんな場所で『ゴースト』に襲われれば、盾などない為に振り切るか、初手で『ゴースト』を全滅させるしか生き残る術はないだろう。
「なら、ここを切り抜けましょう。なんとか遮蔽物を見つければ、特に問題は――……」
「阿呆が。もういるんだよ、奴らは」
「え?」
瞬間、蒼い空が漆黒いなにかに覆われて黒く染まる。
突如闇が俺達を襲うが、夜闇は所々に蒼色を残していた。その違和感に気付いた瞬間に黄金色のなにかと俺の視線が合う。
「来たぞ! 『ゴースト』だ!」
「――ッ!」
黄金色の球体がこちらを向いた瞬間、数多の黒い爪が俺の足元と『原初の災厄』さんの足元へと降り注がれる。
その数は見えただけで10体以上。俺はすんでのところで回避したが、前髪の毛先が切断された。
しかし『ゴースト』達の動きはさらに加速。こちらが襲って来た『ゴースト』の数を認識したときには既に俺達は囲まれているのだと気づく。
「……成程。こんな時間帯活動出来る上に、速さも奴の足の速さが足されているか。中々に厄介だぞ」
そう『原初の災厄』さんは静かに俺に警告した後、彼は自ら『ゴースト』の前に踊り出る。
そして腕に緑色の炎を纏わせては、そのまま腕を突き出した。
「“愛しいお前たちは儂のものだ”――喝采せよ、“これぞ超常の果てである”ッ!」
咄嗟に紡がれた詠唱と同時に、炎は膨張し、不可視の圧となってそのまま『ゴースト』を押し返すが、しかし――
「やはり速さでこちらを潰す気か!」
『ゴースト』達はみな、『原初の災厄』さんの攻撃を避けきり、結果『原初の災厄』さんは呪力を無駄に消費することになる。
そして攻撃を避けきった『ゴースト』達は再び上空から黒い爪を振り下ろして、そのまま俺らを串刺しにしようとする。
正直避けられるのならば避けたいが、そもそも『ゴースト』達の動きが早く、俺らは後手に回ることしか出来ない。だからこそ、この事態を好転させる方法はただ1つ。
「小僧! 儂の呪力をさっさと解放しろ!」
などと『原初の災厄』さんは簡単に言ってくれるが、そもそも俺自身呪力を放出させる術が分からない。
一応『原初の災厄』さんから口頭で教わったが、方法は至ってざっくりとしたものだ。
「ふぅむ……。簡単に言うなら、俺が世界で1番最強~! とでも思うことか」
「そんなこと……出来る訳ないだろうがッ!」
それもそうだ。なにせ戦火の火蓋は突如切って落とされた。
この先自身が辿る道が過酷であるゆえに逃げない覚悟ならばとうに済ませた。しかし薄紙に等しい覚悟は結局上辺だけだと知るのは現実に直面してからだ。
例え心の内で硬く決意したからとは言え、いざ実践となった際に体が動くかどうかなど分からない。
ましてや俺にとってはこれが初戦であり、『原初の災厄』さんもまた今俺らを襲う『ゴースト』が、彼の知っている『ゴースト』でないことにも今知ったくらいだ。
などと、渋っている間にも『ゴースト』からの攻撃は止まない。
なんとか間一髪で避けても、次避けきれるか分からないし、まだこの苦境を打破出来ない問題は山積みである。
「ちっ!」
つい数秒前までは、走った方向を悟らせなければ逃げ切ることが出来たが、今では俺が走る方向すら奴らは予測している。
これも今になって明かされたがゆえに、思わず俺も無意識に舌打ちを零した。
俺が聞いた話だと、『ゴースト』の知能はそこまで高くはない。それは『原初の災厄』さんも同じことを言っていたため信憑性は高い。
だが、もはや昔の常識など今は通じない。そんなを現実を痛感しながら、俺は一旦森まで後退し、そこで身を潜める。
『ゴースト』達は躍起になって視界から突如消えた俺を探す。『原初の災厄』さんはと言うと景色自身を一体化させることで、なんとか奴らの目を晦ましているようだった。
なら、このまま『原初の災厄』さんが『ゴースト』を排除するのが最適解だが、先程見た術式では全滅など不可能。
であれば――と俺は息を深く吐く。
今こそここで戦えと言う覚悟が脳裏を過るが、俺のある側面はこう囁く。
勝機などないのに、戦うのはあまりにも無謀ではないか……と。
俺は一瞬生じた逡巡に汗が噴き出るが、なんとか気合いで現実に意識を帰還させた。
勝機? そんなものなどなくとも戦えると俺のある側面は囁いた。
そうだ、今は勝機がどうとか言ってはいられない。
とにかく呪力を捻り出せ。全力で放出させろ――その言葉に従い木の陰から身を乗り出した瞬間だった。
俺の眼前に、黒い爪が映る。
しかも、血生臭いなにかが、俺を囲っている。
それに気づいた瞬間、俺が悟ったのは“死”と言う刹那だった。
いやー、1週間も『ゴースト』に襲われないなら平穏な旅ですよ。どうもこんばんは、織坂一です。
……とはいえ、『ゴースト』もそこまで湧いている訳でなく、一応『血濡れの剣』の皆さんが定期的に駆除活動にあたっています。『光の盾』の皆さんじゃどうにもならないので。
まぁ、ラインバレル君も前回大見え切ってましたけど、大体戦闘開始したらこんなもんですよ。軍人じゃあるまいし。
にしても昼間に、なんでこんな大量に『ゴースト』が湧いたんでしょうね? 普通ならばありえない事態なのに……。主人公への苦難かな?
さて、ラインバレル君の命運は如何に――!
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