死をもたらす者達
以前、別の内容を1話にしていましたが大幅に改変させていただきました。
今この世界には“死”だけが溢れかえっていた。
今と限らず昨日も、一昨日も、それどころかもうこの101年の間ずっと。
そして今、新しい骸の山に2人の男が追加されようとしていた。
片や白い衣服を纏った美丈夫。彼こそこの世界に繁栄をもたらす人類の希望。
彼はこの世界の最たる害悪である黒衣の邪神を討つべく、今もなお邪神と渾名された黒衣の男に攻撃を繰り出す。
だが邪神と呼ばれた男——リアムは無間とも言えよう自身の呪力を武器に、容易く白い衣服を纏った美丈夫の肉体をひたすら削っていた。
「ち……ッ! 照準を合わせても殺し損ねるなど、この死に損ないめ!」
美丈夫は先程から、この呪力で染まった漆黒い大地を光で焼き続けていた。
まるで泥を拭うどころか、穢れそのものを焼いて消滅させるかのように。
ただ、光で焼くと言っても完全な呪力の浄化は出来ないがゆえに、精々美丈夫の力を以てしてもリアムの呪力を上書きするのが関の山。
しかし相手の呪力を自身の力へ上書きすることにより、必然とリアムの呪力を封じると言うのは決して悪手ではない。だが、この場合美丈夫に対して非常に分が悪いのに変わりない。
と言うのも、そもそも美丈夫は自身の力の根源となる天にある座から引きずり落とされ、今地上に顕現しているからだ。
本来なら天に座す神たる存在が、この世界に身を墜としてしまえば、必然と打てる手は変わって来る。
そしてそんな泥試合を開始してもう幾許の時間が経過しただろうか。それさえ誰も把握出来ていない。
実際、美丈夫は今リアムになど構っている暇などない。
今彼がすべきことは、苦しみ悶えて死に逝く人間達の救済。だが美丈夫の目の前にいるリアムを放置することも神として許されなかった。
だからすぐにでも、早く今も苦しむ人間達を救ってやらねばと美丈夫は押し寄せる激痛の中で焦燥に歯噛みする。そんな美丈夫の姿を見てリアムは愉快そうに嗤った。
ああ、そうだ。もっと苦しめ。お前が苦しむ顔を見るのはとても気分がいい。
なんなら、そのままおっ死ね。そしてこの時代の徒花と化せと憎悪だけを灰色の双眸へ込める。
普段なら挑発などしないリアムではあるが、このときは別と言うもの。なにせ、ここにはリアムが後悔して創り上げた理想が広がっているのだから。
「どうした? 俺を早く殺さなければ、もっと『マタ』で人が死ぬぞ? 神としてすべき仕事を放棄するなよ」
「黙れぇええええ――—ッ!」
美丈夫は咆哮と同時に全力で、地上とリアムへ対して光を照射。そしてリアムの呪力の海を浄滅する。
もはや呪力を焼く光輪の範囲は、1キロや2キロと言った範囲ではない。
現在、今の一撃で美丈夫がリアムの呪力を焼いた範囲はこの世界の大陸2個相当に及ぶ。しかし、それだけ広範囲の土地を光で浄滅こうが、邪神たるリアムの呪力はこの世界から消えない。
そしてリアムの呪力は美丈夫を苦しめるでは飽き足らず、冥府に座す冥王のように彼が意識せずとも骸を積み上げる。
助けてください、神様——と青年がうめき声と同時に美丈夫へ救いを求めた。
そしてうめき声を上げた青年の兄は血を吐き散らして、弟と同様に美丈夫へ救いを求める。
「助けて、たす……け、しにたく、ない……ッ」
口元からは血が溢れ、止めどなく噴水のように止まらない。
血で喉を詰まらせ、呼吸が出来ない。
このままではリアムの呪力が彼らの身体を完全に壊す前に死んでしまう。
そしてそれはなにも、この兄弟に限った話ではない。
「お、母さん、くる、しい、よぉ……」
そう喉を掻きむしる幼い子がか細い声を上げ、幼子の母は彼女の手を握った。
「大丈夫、大丈夫だよ。きっと神様が救ってくださるから」
自身の子供を励ますために母はそう優しく返すも、この母もまた内臓はリアムの呪力により壊死しつつあった。
子供に見つからないようベッド下に隠した血いっぱいの桶は、正に今のこの世界そのものを現している。
誰もがリアムの呪力に犯されて、老いも若いも死に、ときにはその事実を悟らせないと隠す者達ばかりが生きるのが今この時代なのだ。
このように死屍累々とリアムの呪力によって、死に至る者は幾万といる。
この100年で通称・『マタ』と言う疫病にて死した人間は一体いくらか? そんなことはもう誰にも分からない。人間に繫栄をもたらし続けたこの美丈夫にさえもだ。
『マタ』とはこの美丈夫が名付けたリアムの呪力によって起こる病の通称である。
原因はリアムがこの大陸へまき散らした呪力によるものだ。
リアムの呪力に犯された者は、等しく内臓が爛れて、神経が麻痺して、やがて呼吸さえ出来なくなる。
無論、『マタ』から人を解放出来る方法など1つきりだ。目の前にいる原因を殺すことでしかこの死の波は防げない。
「痛い、痛い痛い痛い、痛い―――ッ! お腹が、お腹が熱いよう――ッ!」
そう泣き叫び悶える少女は、『マタ』を発症してからまず呪力で子宮を焼かれた。きっと1週間も経てば、生殖機能が完全に停止するだろう。
そうなってしまえば、完全に子孫は残せなくなると言った弊害もまた『マタ』特有の症例の1つ。
たったそれで済むのなら、この少女は死と言う運命に見放された幸せな子だ。
残念なことに『マタ』は1度発症すれば、死と言う運命から逃れられない。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ねッ! 母さんをこんな目に遭わせた神様なんて死んでしまえッ!」
と『マタ』で苦しむ母の手を握る青年は、天へ向かって慟哭する。
『マタ』と言う存在が邪神の手によるものなど大衆は知らない。ゆえに美丈夫を『マタ』と言う災禍を撒いた原因だと誤解している者もいるが、その辺の事情は今やどうでもいい。
地上に住まう人間達が神を崇拝するかどうかなど、美丈夫からすれば些事だ。
ただ、美丈夫は自身を忌むこの青年へと教えてやりたかった。それ以上、私を恨むのは止めなさいと。
それは決して神である自身に畏敬を抱かないのは不敬ゆえ――と自己への保身からではない。
では、何故美丈夫は恨むことを止せと警告するのか。
理由はたった1つ。『マタ』は、誰かを憎むことでも発症してしまうからだ。
だからやがて、美丈夫を恨んだあの青年も近いうちに『マタ』を発症して、母と同じ苦しみを味わうことだろう。
理屈など簡単だ。殺したいと宣告され、抵抗しない者などどこにいるだろうか?
かの青年が諸悪の根源を美丈夫と誤解しているとは言え、こんな事態を引き起こした原因は間違いなくリアムだ。
例えリアムと言う存在を知らずとも、煮え滾った憎悪は誰を殺すべきかと必然と理解する。
その結果、例え誰が原因でこうなっているか知らずとも、根源で憎悪と憎悪は結びつくのだ。
そして敵意を向けられたリアムの呪力は、敵意を向けた者に対して牙を剥く。
報復と言った形ではなく、どうか自身を殺すなと言った抵抗の意を込めて体内へ浸食していくのだ。
だから余計に性分が悪いと、美丈夫は人類を守るべく、リアムを相手取りながら、死に瀕する者達を救おうとする。
どこにも逃げ場などなく、逃げる術もない地獄の賛歌。
だが、もうそれも終わりにせねばならないと美丈夫はここ10年悩みに悩み続けた。
リアムをひと時も休まず相手にしつつ、『マタ』で苦しむ人達を救いながら。
だが、何億もの人間を救うには、リアムを殺すにはそれ相応の対価を払わなければならない。しかし、その対価を払うのは難しいと美丈夫は幾度悩んだことか。
「さぁッ、そのまま死ねよヘレ・ソフィア! あのときの仕返しだ、もう2度俺と『ラジアータ』や俺と彼女に関わらないと誓え! でなければ、今すぐにでも人類全員殺してやるよ!」
「ほざくな戯けが! お前はずっと眠っていれば良かった……いや、あのとき死んでおけばよかったのだ! それをよくも100年も私の手を煩わせるとは不敬者めッ!」
ああ、そうだ。そもそもこの地獄が顕現したのは目の前にいるこの邪神が101年前に死ななかったから。おかげでようやく神となりえたこの身もボロ雑巾のような扱いを受けた。
だから美丈夫——ヘレ・ソフィアと言う男はそろそろ選ばなければならない。
リアムを殺すべく、自分を道連れにするか。
リアムとの戦いを終わらせるために、自身の切り札を使うかどうか。
しかし後者を選べば、多くの人命が犠牲になる。今まで自身が守り抜いてきた尊い命達を。
100を救うために1を殺すか、1を救うために100を殺すか。
どちらにせよ犠牲者が出るのは必然。ならば、と彼は覚悟を決めた。
「……よくも吠えましたね、ならばよろしい。そのままお前の運命を停止させて、呪力の連鎖を止めてやります」
嚇怒と慙愧、リアムに対する憎悪に今生きる者への謝罪——それらを込めて、いよいよヘレ・ソフィアは自身の武器を手に取った。
赤く錆びた鎖が彼の手に顕現した瞬間、それらは幾百幾千とリアムの身体を縛るどころか、あらゆる地表を串刺しにする。
錆びた鎖は生気を吸い上げ、突き刺さった大地を石化させた。
当然リアムもまた体に巻き付かれた鎖の影響で、自身の呪力とヘレ・ソフィアの力が反発して腐り始めていく。
「“信託とはすなわち人々の希望、ゆえに私は光輝たる座から汝らに告げよう”」
人類を救済すべく紡いだ詠唱。それは今この大陸に住まう者達全員への耳へと届き、彼らは顔を上げて天を仰いだ。
柔らかく怜悧な声は人々に安心感と不信感を抱かせ、リアムはこの一節を聞いた瞬間に、ヘレ・ソフィアに殺されまいとすぐ様抵抗する。
「“逃避たければ赦しを乞え、然して俺の耳には愛しい彼女の言葉しか届かない”」
などと、愛しき彼女へどうか力を貸して欲しいと邪神もまた己が“法”へ手を伸ばす。
だが、そのリアムが彼女へと伸ばした手は鎖に巻き取られては無惨に千切られた。
さらにヘレ・ソフィアは鎖だけでなく、浄滅の刃を形成してはリアムの身体を膾切りにしていく。
これ以上今展開している“法”の出力を上げてしまえば、ヘレ・ソフィアは消滅するだろう。しかし、彼はそれでは割に合わないと傲慢にも、彼もまた自身への“法”を最大限まで引き上げる。
「“神が下す罰は今ここ”——“刮目せよ”、“連鎖と血が繋ぐは人々を救世する光の道なり”ッ!」
「——ッ! “お前らを殺すのは捕食の邪神だ”——“そして『愛』以外は全て滅しろッ!”」
同時に重なった詠唱と呪力と神の“法”
神は全力を以て邪神を討ち、邪神も殺されまいと必死に抗う。
その結果、邪神は一時的な運命の停止により眠りにつき、神もまた弱体化に陥った。そして地上に残された人類は、その手で自らリアムから完全に浄滅出来なかった呪力に抗わなければいけなくなる運命をこの日背負わされる。
どうも皆様こんばんは。
今回プロローグ部分にあたった第1話を大幅に改良させていただきました。
その理由については活動報告にて語っていますので、よろしければ目をお通しください。
にしても、最初からクライマックスですねぇ……。こりゃあ酷い。
そもそも、「リアム君は前作で死んだはずでは!?」とかヘレ・ソフィアが例の彼かについて色々あると思います。これは全部前作を読んだ人による疑問ですが。
少し捕捉になるのですが、ヘレ・ソフィアとリアム君は101年もの間戦っていますが、ヘレ・ソフィアの能力的にリアム君と戦うのは大分相性が悪いです。
なのでこんなにも色々長引いているのですが、浄化効果のある熱をあれだけ浴びてよくもまぁ一掃されないのは流石邪神……でも、前作じゃ大分スペック低かったよねあなた(辛辣)
謂わばこれで相討ちとなった訳ですが、この世界は今後どうなっていってしまうのでしょうか……。
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