8話 シロエの強さ
「おし、じゃあ、行こうか」
現在、時計は九時を指している。
昨日は十一時くらいに寝付いて起きたのは七時くらいだ。大体、八時間睡眠をしたから頭はスッキリしている。シロエの作った朝食を食べ終わってすぐに、風呂に入ったからっていうのもあるかもしれない。
シエロは六時には既に起きていたようだ。
今朝は昨日の残りのシチューとパン、それと焼いたソーセージを出してくれた。そこで済んだらまだ良かったけどソーセージに合わせるタレを三つくらい作っていたからね。素直に驚いてしまった。
とはいえ、それらのおかげで昨日の疲れは一切、残っていない。何ならシロエの料理のおかげでバフが付いているから昨日よりも元気かもしれないね。
「今日の目標は最低で二階層の攻略、出来そうなら三階層までクリアしておきたいかな」
「早く街に行くためにも悠長にしていられませんものね」
「うん、そうだね」
別にその通りだから否定しない。
寧ろ、俺が肯定してしまったせいでシロエの方がダメージが大きいみたいだ。俯いて恥ずかしそうにしている。おおよそ、昨日の約束を思い出してしまったんだろう。
扉を開いて最短距離を進む。
昨日の段階で一階層がどんな感じか分かったからね。下手に長居するつもりは無い。それに歯応えのない敵と戦っても楽しめないし、何より……。
「上位種と言ってもこの程度ですか」
シロエが瞬殺してしまうから俺が戦えない。
今だって心器である二本の短剣を出してオークナイトとゴブリンナイトを屠っている。えーと、確か心器の名前が『桔梗』で敵にダメージを与える事に自身にバフを付けるだっけか。
これが初期の段階では全ステータス二倍まで持っていけたんだよなぁ。そりゃあ、課金させるためとはいえ、オーバーパワーが過ぎるし弱体化もされるよね。今は最大で1.5倍だったはずだ。
素で一番、足が速かったのに戦う事でより強化されていく。……考えれば考える程に運営が許した理由がよく分からないよなぁ。心器の強化が無くてもオーバーパワーだって言うのにさ。
「思ったよりも早く着きましたね」
「……シロエのおかげだよ」
一階層の終わりまで一度も戦えなかった。
合計で三十体はいたのに全て一瞬で倒してしまっていたせいで……はぁ、俺の存在理由が分からなくなってきたな。まぁ、そんな事を言ったらシロエが気に病むだろうし言わないけど。
それにシロエが敵を倒したら俺にも同じだけの経験値が入ってくる。仲間、配下って言ってもいいかな。ゲームではキャラクターとゲームプレイヤーの関係ってそんな感じだった。
ゲームのキャラクターって、どれも強かったから当たり前と言えば当たり前か。キャラクターを持っていなかったら碌に遊べないゲームなんて過疎化するだけだし。……いや、改善できていなかったからプレイヤーが減ったんだもんな。
はぁ、思い出すと運営に対しての文句しか出てこないや。それでもプレイヤーのレベルが上がりやすい設定っていうのは今の俺にはありがたい話だからね。初めて設定面で運営に感謝したかもしれない。
「ここのダンジョンは三の倍数ごとにボス部屋がある。シロエのおかげで今日中に三層のポータル解放までは行けそうだね」
「あの程度の魔物であれば造作もありません」
「ああ、分かっているよ。……さてと、バフが切れても良いことはないから二階層目に行こう。ポータル付近までは俺が先導するよ」
先導と言っても敵が現れ次第、シロエが瞬殺するだけだ。俺はポータルの入口付近まで歩いていくだけ。……戦ったとしても時間がかかるから任せた方がいいか。
余裕が出来た時、それこそ、また夕食を作ってもらう間に戦闘訓練に励んでもいい。昼間の探索の時間はシロエに任せて攻略をメインにする。攻略のテンポを速めるのなら俺の介入は不必要だ。
「手応えがありませんね」
「進化種とは言ってもゴブリンやオークの第一進化種でしかないし、レベルが二十に行かない者達だからね。そりゃあ、シロエが苦戦するような相手では無いさ」
元々のスペックが天と地程の差があるのに手応えを感じるわけが無い。ゴブリンやオークのステータスなんて魔物の中でも下の方だったし。とはいえ、第一進化種のリーダーの次の進化先であるナイトからは話が変わってくる。
三階層からはゴブリンナイトが現れ始めるから今みたいな感じでは進めないだろう。オーガに比べれば大した事は無いにせよ、ゴブリン種は数を武器に戦闘を行うからなぁ。
この感じからして……三階層のボスはオークナイト辺りか。四階層からはオークナイトも出てくるから可能性は高いよな……。
ナイトの進化であるジェネラルが十階層からだから……十四階層からオーガが出るのはゴブリン種の派生進化だからとかかな。代わりにゴブリン系統の魔物が出現しなくなっている。
ゴブリンキングやクイーンが出ないのは……個人的には楽だから嬉しいけど。アイツらはオーガよりも強いし能力面でも相手にするのは面倒臭い。何よりゴブリンキングに関してはシロエのレベルが低い段階で連れていくのは悪手だし。
「……おし、空いたぞ」
「ありがとうございます。では、早速……」
二階層目のポータルの扉を開けた瞬間にシロエが特攻してしまった。……とはいえ、中にいるのはオークリーダーが十二体だけだ。入口とは反対の壁に着地して次の敵へと攻撃を変える。
初撃だけで五体の首を落としていた。
そこから線上にいる二体の首を落として……首が地面に落ち切る前に、壁を蹴り上げて次の攻撃に移る。俺のレベルも上がっているはずなのに目で追うのがやっとだ。
それもゲームでシロエの行動の癖を知っているから追えている……いや、予想出来ていると言った方が正しいかもしれない。アレを対面するとしたら急所以外の攻撃は受けて銃弾を当てるしかなさそうだな。
倒せる……かは不明だが対処は出来そうだ。
もちろん、そうならない事に越したことはないけど。アレだけの強さを敵に回すのは悪いが許したくない。ゲームキャラクターの時点で裏切られる危険性は低いから大して心配はしていないが。
それでも多少は敵対する可能性は考えておいた方がいい。ゲームと似た世界であって、ゲームとは違った世界なんだ。人との関わり方を間違えば簡単に信用を失う。
ましてや……ゲームキャラクター達は全員、どこかしら変わった人達ばかりだからね。シロエのような普通に近い人の方が少ないくらいだし。
「二十四秒……思ったより時間がかかりました」
「二十四秒なら十分だよ。もっと数が多かったら俺も戦っていたからね。その時にはもう少し減らせていたはずだ」
「……そうですね。いえ、転移する前のような速さを出せなくて悲しくなってしまったんです。このままだとマスターの役に立てないのでは、と」
「レベルが低い段階でこれだけの事が出来て、役に立てないからと捨てるわけが無いだろ。逆に俺の方が見捨てられそうでビクビクしてしまう」
まぁ、やり方によってはシロエの役には立てると思う。それこそ、風魔法とかを使って敵を一箇所に固めてやれば一撃で全滅させる事ができていただろうし。
いや、それでも俺自体は大した仕事をしていないから存在する必要は無いかもなぁ。本当にシロエから不必要に思われないか怖くなってきた。
「私はマスターがいないと生きていけませんよ。マスターのように何でもできるわけではありません」
「……一人だと生きていけないって事だよね」
「そうですよ。……マスターのおかげで私は私を好きになれたのですから。もう一人になりたくはありません」
シロエの言葉は過去の傷から来るものだ。
才能の塊のようなシロエであっても全てが順風満帆に上手くいっていたわけではない。自信を無くして生と死を彷徨う中でプレイヤーと出会っているんだからな。
だからか、シロエがゲームの時よりも俺に依存した姿を見せてくるのは。……なるほど、そう考えると合点がいく。
「一人にはしないよ。ずっと一緒だ」
「ふふ、信じています」
シロエの頭を撫でてから笑った。
地面に転がるオークリーダーの遺体を回収してポータルを開いておく。これで拠点への行き来は楽になったはずだ。今日は……まだまだ時間もあるし次の階層に進むか。
「次の階層に進もう。早く街に行くために」
「はい、そうですね」
嬉しそうに心器をクルクルと回してシロエは笑った。
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