6話 大胆な行動
「ふー、美味しかった」
「そうですね、思ったよりも美味しく作ることができて私も安心しました」
笑顔を見せてはくれているもののシロエはどこか物足りなさそうにしていた。というか、小さな声で「アレをこうしていたら深みが」とか言っているから本当に研究熱心なんだろう。
俺からしたら大満足でしかないのだけど……本物の舌を持っている人は感性が違うんだろうなぁ。ぶっちゃけ、俺の舌だと最低と最高くらいの差が無いと味の違いなんて分からないと思うし。
さすがにゴブリン肉とオーガ肉の違いは分かりそうだけど。ゴブリン肉は安い代わりに固くて食えたものでは無いと聞く。……逆にシロエにゴブリン肉で料理を作ってもらうのもありかな。
ある程度、考える頭があれば良いものと良いものを混ぜ合わせて不味いものにはできないだろう。だからこそ、最低ランクのものをどれだけ美味しくできるか、試してもらった方が腕前をよく知れる。
まぁ、もっと生活が安定してからだけど。
今は人間らしい生活を送ってはいないからね。確かに居住空間としては最高だし、食事も最高ランクだけど人との交流は少しも無いからなぁ。それに洞窟暮らしっていう時点で人間らしい生活とは言えないよね。
現地の人達ってどれくらい強いんだろう。
やっぱり、冒険者ギルドとかもあるのかな。酒臭いガラの悪い大男が多くて、美女を連れていたら難癖付けて戦いとかになる可能性もある。……いや、そんなテンプレートな事が起こるわけがないか。
「お風呂が湧いておりますが、このままお入りになられますか」
「お、いいね」
多少は酔っているがふらつく程じゃない。
恐らくだけど何の問題もなく風呂に入れるはずだ。まぁ、最悪はシロエが介抱してくれるだろうし気にしなくていい。そうなったら自責の念にかられるだろうけど、シロエなら喜んで対応してくれそうだし心配はしていない。
着ていたローブをハンガーにかけておく。
開けた皿をキッチンに下げてから男性用の寝室からタオルと服を持ってくる。パンツや靴下もタンスの中に綺麗に収納されていたから……キャラクター達は同じ下着を使い回していたのかもしれない。
ゲームをやり込んでいても知らなかったな。
まぁ、そんな情報を出したところで百合だったり、薔薇だったりが好きな人しか喜ばないか。俺みたいな人が知ったところで「へー、そうなんだ」程度の話でもあるからなぁ。
「おー、広いな」
さすがに最高ランクのテントだ。
三つの風呂と一つのサウナがある。何人も一緒に入れるようにシャワーだって七個くらいあるんだ。ここだけを見たら高いホテルにいると思ってしまうくらいには良い場所だね。
風呂から湯を掬って体にかける。
温度は四十四度、熱いけど我慢はできそうだ。
「あー……良い湯だなぁ……」
今日の疲れが一気に消えていくみたいだ。
食事を終えてすぐに風呂に入れる様にしていたって事は……俺が帰宅する少し前に温めを開始したんだろうなぁ。テントのガスとか電気って魔力を使って作り出しているからシロエが何かしていないと冷たいままなんだよね。
まぁ、大半はテント内で過ごしている人達から漏れる魔力で補ってくれてはいるから快適なんだけど。……やっぱり、親愛度を上げるために課金アイテムである、このテントを買っておいて正解だったな。
ボーッと何も無い空間を眺める。
今日一日で色々な事があったなぁ。イベントを最後の最後まで走って、ゲームのサ終を見ようとしていたら出れなくなって、出たと思ったら知らない高難易度ダンジョンで……挙句の果てには圧倒的に格上の相手であるオーガとも戦った。
でも……楽しくはあるな。
初めてゲームをした時と同じ感覚だ。最初は知らないオープンワールドの世界と癖の強い二丁拳銃に戸惑ったっけ。どうすれば上手く扱えるかなって考えているうちに世界最強とか言われるようになって……そこからは銃の弱体化しかされてこなかったからなぁ。
あのゲームを、あの世界を一人のプログラマーが作ったって聞いた時は驚いたよ。その人と交流する機会もあったから……だからこそ、俺はこのゲームを、銃使いを辞めなかったんだ。ぶっちゃけ、銃士じゃなくて剣士にでもなった方がもっと強くなれたと思うし。
あの世界の俺は誰よりも銃を扱える存在として求められていたんだ。それをプログラマーの人も望んでいた。でも、今は幾らでも好きなことができる。……まぁ、銃を使うのはやめないけど。
「……あの人も転移していたら同じ気持ちになっていたのかな」
先に消えてしまった女性。
本音を言えば一緒に異世界転移したかった。最初から最後まで共にゲームを続けてくれた人だったから……もっと話したい事があったな。
とはいえ……ヒカルって誰なんだろう。
俺の本名はヒジリだ。確かに光と聖で似てはいるけど少し違う。誰かと間違えて何か話をしようとしたのかな。
でも、あの人が間違えるとは思えないし……。
「ま、いっか」
考えても分からないものは分からない。
だったら、忘れて今の生活を楽しんだ方がずっと気楽だ。今の俺にはゲームで得た知識やスキル達、そして道具がある。生まれたら親が医者でした並に勝ち組だ。
風呂から上がってシャワーの前に座る。
少しだけ長風呂をしてしまったみたいだ。熱い湯が出ているはずなのに涼しく感じる。……まぁ、涼しくっていうのは嘘だけど心地よい温度で気持ちよく感じるな。
頭からお湯を被って……確かここら辺にシャンプーがあったはず……。
「きゃっ!」
「……はぁ?」
何か柔らかい感触がした。
大きくて……球体状で……それでいて……。
「……シロエか」
「一緒に風呂を楽しもうと思ったのですが……マスターは大胆ですね」
「はぁ……そういう事にしておくよ」
大胆も何も男が入っている風呂に入って来る時点でシロエの方がおかしいだろ。ましてや、シャンプーが置いてあった場所はシロエの胸があるにしてはおかしな場所だ。
つまり、触らせるために動かしている。
お湯で目が見えないのをいい事に棚の上に胸を置いているんだろう。なんて嬉しい事を……ゴホン、けしからん事をしているんだ。本当にこの天……小悪魔と来たら……。
「タオルは巻いたままにしてくれよ。そうしたら上がらないであげるから」
「仕方ありませんね」
あの暴力的な体を見てしまったら俺は化け物になってしまう自信がある。まぁ、一緒に入る事自体は吝かでは無いからね。素肌を見せてこないのなら我慢できそうだからそうしてもらいたい。
「はい、お求めのものです」
「ありがと……よくジャンプーが欲しいって分かったね」
「マスターの事で分からない事はありません」
その割には大胆な事をしてくるけど。
まさか……それを俺は望んでいるというのか。シロエの裸を見てあーだこーだしたいって心の底では考えている……否定できないのが嫌だなぁ。
髪で泡立ててから体に付けて隅々まで泡だらけにする。さすがに股間までは洗えなかったけど他は洗えたからいいや。すぐに洗い流して目を閉じたまま風呂に向かった。
「先に体を洗ってから入ってくれよ」
「……仕方ありませんね」
少し不服そうな声が聞こえたけどシロエの裸を見ないためなら何だってする。俺が怪物にならないために、まだ人として理性を保てるように動くしかない。
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