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終わりの始まり

少しネタを多く含んだ作品です。

楽しんでもらえたり嬉しい限りです!

 暗闇に一つの薄明かりが点る。

 大きな円卓を照らすかのように徐々に徐々に四方に置かれた蝋燭へ、灯りがついた。壁にかかる時計は十一時四十五分を指しており、それを見てローブを被った男は大きな溜め息を吐く。


「……今日は一人かな」


 一人には慣れたつもりでいた。

 だが、男の胸にあるのは小さな寂しさ。


 いつからだろうか、人が来なくなったのは。

 一月、半月……その程度では無かったはずだ。最初は活気あった円卓も、今となっては自分を含め二人だけしか来ない。


 ポツポツと人が来なくなる恐怖。

 明日は来るだろう、明後日は来るだろう……そんな思いは全て裏切られてきた。待てど暮らせどログインする人は現象の一途を辿るだけ。


 昔はできた事が少しずつ出来なくなっていく、焦燥感だけでは収まらない嫌な気持ち。仲間のせいでは決して無い。男自身が弱くなったが故だろう。


 苦しさだけが何度も男を蝕み続けている。

 それもこれも……大きな溜め息が漏れる。


「まぁ、それも今日で終わりだ」


 嬉しくもあり、悲しくもある。

 不思議な感情が男の胸でザワつく。


 八年、そんな長い期間を、この世界に費やしてきた。日本とは違う、人間が作り出したゲームの世界。それがサービス終了という形で終わりを迎えるのだ。


「残り十分……」


 終わる、全てが終わっていく。

 緩やかであって、急でもある時間の流れ。


「すいません、遅れてしまいました」


 急にボヤけ始めた視界に一人の女が映る。

 金色の長髪と少し長めの耳、そして大きめの糸目は彼女の種族がエルフである事を顕著に表していた。見慣れたはずの姿だったのだが……不意に男の胸がドキリと痛みを覚える。


「どうかしましたか、白ト黒ノ罪人セイント・ダークネス・ソウルさん」

「いや、✝︎黒百合✝︎(トガビト)さんと会えるのも今日で終わりかと思うと悲しくなっただけだよ」

「はは、嬉しい事を言ってくださいますね」


 普段なら使わないような変な名前を使うのも今日まで、そう紡ぐのはやめた。


 その言葉をもし口にすれば男は自身の八年間全てを無碍にすることとなる。良くも悪くも厨二病に塗れた名前に男は助けられてきた。


 捨てられない、捨てたくない思いが募る。

 それは最後まで自身を支えてくれたゲームに縋りたかったからだろう。なんて事は無い、ただのゲームにどこまでも救われてきた。だからこそーー


「終わって……欲しくないんだ。ここが俺の最後の居場所だったからさ」

「仕方がありませんよ。始まりあるものには終わりも同様にあります。それに人気だからと集金ばかりに走った運営側にも問題があります」

「……分かっているさ。ただ、そう思っただけ」


 女の言う事に男は首肯する。

 確かに男も運営の集金のやり方には程々、愛想が尽きていた。持っていた方が良い装備品やプレイヤーとは別の仲間達……そのどれもが一%にも満たない確率でガチャから出てくる。


 無論、他も良い物ならここまで言われる事も無かっただろう。だが、主に出てくるものは大した事の無い武器ばかりだった。


 装備や仲間を持っている人が重宝され、持っていない人はゲームから退け始め……プレイングスキルを重視するゲームは、いつしかガチャが主体のゲー厶へと変容していた。それもあってだろう、ダラダラと続きながらも唐突に終わりを迎えたのは。


 だが、心残りも確かにあった。

 二人でクランを作り、イベントを全力で楽しんで、そして幾つもの報酬を手に入れてきた。過去の栄光では無い、最後のイベントも二人で一位まで上り詰めてきた。それらが無に帰すのが男には耐えられない。


「それに集金のおかげで推しにも出逢えたからね。良くも悪くも俺は好きだったよ」

「ヤンデレ姫とツンデレ姫ですね」

「そうそう、あの子達のおかげで君とも仲良くなれたしね」


 小さな思いを隠すように男は笑った。

 残り五分となった今では見れない二人。最後にもう一目だけ……そんな願いすらも円卓の間から出られない今では不可能だ。


「最弱武器でよくここまで行けたよなぁ」


 二つの拳銃を生み出して回す。

 心器と呼ばれるプレイヤーに配られる初期武器。最初の幾つかの質問から勝手に選ばれ、そして同じものは一つとして無い、そのゲームの性質に惹かれていった人は多かった。


 その中でも男の持つ二丁拳銃の人気は高い。

 それでも十全に扱えた者は他にはいなかっただろう。強いスキルはある、だが、それをゼロに帰す程にステータス面では強くならなかった。その評価は最後の最後まで変わる事は無い。


「何事も使い方次第という事ですよ。このゲームの性質を熟知して、それでいて他人にはできない芸当を成し遂げる才能があってこそです」

「いやいや、あんな事、誰でも出来るって。練習時間が少なかったから出来ないだけだよ」

「そういう事にしておきます。貴方の軽口も今日で最後になるでしょうから……否定はしたくありません」


 別に男は嘘をついたわけではない。

 ただ敵の微かな動きから攻撃を予想して、それに合う行動を取るだけ。予測さえすれば数秒先に動けるのだから反撃など簡単だった。……とはいえ、それが現実的なものかと聞かれれば首を横に振らざるを得ないが。


 その言い分を何度も聞かされたからか。

 男の体に女が凭れ掛かり話を中断した。若干、男の頬が赤く染まるが女には関係が無いようだ。振りほどくわけでも無く、ただ何かを伝えようとする女を男は待ち続けた。


()()()さん、私ーー」


 女の顔が上がり、声がする。

 だが、続きは紡がれなかった。


 白い煙となって消えていく女を、ただひたすらに男は見ているしかない。そうだ、最悪なタイミングでタイムリミットとなってしまったのだ。


 男の顔から笑顔が消えていく。

 もう全てが終わった世界、だからこそ、女は目の前から消えたのだろう。……男は嫌な予感がした。


 もしここがサービス終了した世界なら。

 それならば何故、自身はログアウトしていないのだろうか。


 不意にステータスを開く。

 上からステータス、倉庫、ショップ、設定と並んでいる中の、設定を選んで開こうとする。だが、設定だけが何故か開けない。


 嫌な予感が確信へと変わっていく。

 ゲームの世界に取り残されてしまった。その事実が男の胸をより痛めつけてくる。円卓から出られないゲームの中で、食事も何も無い世界でどう生きろと言うのか。


 だが、それでもいいという気持ちもあった。

 全てを捧げたと言っても良い世界で、自分の写し身が勝手に消えるくらいならば、本物の自分と共に消えてしまえばいい。


 最悪は……男は一つの武器を取り出した。

 手にあるのは最弱武器と罵られ、誰も使わなかった拳銃。だが、幸か不幸か、この武器ならば自身を殺せる事を男は知っていた。


 ーー最弱故に最強ーー

 その意味を男はよく理解している。


 顳顬こめかみに銃口を突き付ける。

 最後は覚悟を決めて、撃鉄を引くだけ。


 そんな折だった。


 不意に足元に大きな魔法陣が現れる。


 何か異変が起きているのでは無いか。


 暑い、寒い……両立しない感覚が周囲に過ぎる。

 仮にこの状態を例えるとすれば……それは死の間際に感じる苦痛と同じだろう。霞んでいく視界も消えていく感覚も、そのどれもが生への執着を覚えさせるほどの苦しみ。


 武器から手を離し、伸ばす。

 魔法陣から放たれる目が眩むほどの光、その先に求める何かがあるように思えたから。


 あと数センチ、それで魔法陣から出られる。

 そんな思いを無視して男は世界から消えた。

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