ギロチン令嬢は3秒前へと死に戻る。
グロ描写がありますので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。
公爵令嬢システィーナは、ボロボロになった姿で死を待っていた。
(やっと死ねる)
数十日にも及ぶ牢獄生活は、生きる希望や人としての尊厳を奪うには十分だった。
ギロチンの刃を固定するロープに斧が振り下ろされ、18年の生涯が終わる――はずだった。
~投獄される前日~
王立学園では卒業パーティーが開催されていた。国王夫妻をはじめ、国内の王侯貴族が軒並み出席している大規模な夜会だ。
しかしファロン公爵家の長女システィーナは、壁の花となってしまっていた。何故なら王太子のロラン・アーガイルが、婚約者であるシスティーナのエスコートを放棄しているからだ。
そして離れた場所にいるロランは、満ち足りた顔で平民のアイリーンに寄り添っていた。
「王太子殿下の婚約者は、アイリーン様になりましたの? わたくし存じませんでしたわ」
聞こえよがしな嫌味と共に、クスクスとシスティーナを嘲笑う声が聞こえてくる。蔑むような周囲の視線から目を逸らし、システィーナは時間が過ぎるのをただ待つしかなかった。
そして夜会が終わろうかという時、
「システィーナ・ファロン!」
数メートル先で、ロランがシスティーナの名を呼んだ。システィーナは死んだような目で婚約者を見る。これから何が行われるのか、大方の予想がついているからだ。
(これは仕方のない事よ)
システィーナは「全ての原因は自分にある」と思っていた。最高位魔術士の家系であるファロン公爵家に生まれたにも関わらず、システィーナには魔力が無かったからだ。
金髪碧眼で天使のように愛らしかったシスティーナは、蝶よ花よと育てられた。4歳時には王太子ロランとの婚約も決まり、順風満帆の人生となるはずだった。
しかしそうはならなかった。いつまで経っても、システィーナに魔力が発現しなかったからだ。業を煮やした公爵は、8歳時にシスティーナを教会へと連れて行き、そこで詳細な魔力調査が行われた。
結果は魔力なし。ファロン公爵家始まって以来の出来事だった。平民でさえも多少の魔力を持つ者が大半であるのに、公爵令嬢が魔力なしというのは異例中の異例だったからだ。
システィーナの母である公爵夫人は不貞を疑われ、それ以後は家族仲が一気に壊れた。優しかった両親は豹変し、システィーナを責め続けるようになる。
生活が一変して虐げられるようになったが、それでもシスティーナは諦めなかった。魔力が無いのであれば、その不足分を他で補おうと、王太子妃教育も社交も勉学も人一倍努力したのだ。
だが、それらは周囲からあまり評価されなかった。貴族界隈では、強い魔力持ちである事が何より重要視されているからだ。
「貴様との婚約を破棄する!」
金髪碧眼の美しき王太子ロランが、システィーナへと無慈悲に告げた。
「婚約破棄の件、承知いたしました」
震えながらも、システィーナは精一杯の礼を返す。
(魔力が無い私が悪いのだもの)
「システィーナ。婚約破棄となった理由は分かるな?」
「はい。私に魔力が無いからです」
「そうではないっ!」
ロランの怒声に、システィーナはビクリと震えた。
「貴様が聖女アイリーンを亡き者にしようとしたからだ!」
「私がアイリーン様を亡き者に? いいえ。そのような事はしておりません!」
心優しいシスティーナは必死に否定する。全く身に覚えがないからだ。
「システィーナ様! 罪を認めてください!」
泣きながら訴えるのは、ピンクブロンドの髪をした聖女アイリーンだ。強力な魔力を持つ者として聖女認定されたアイリーンは、平民の身で王立学園へと通っており、そこでロランと恋仲になっている。
「アイリーン様!? いいえ! 私は何もやっておりません!」
「ならばこれを見よ!」
ロランは魔法を使い、空中に映像を投射する。
「そんな……」
システィーナは絶句した。映像の中のシスティーナは、アイリーンを短刀で切り付けていたからだ。アイリーンが間一髪で気付いて事なきを得ていたが、映像の中のシスティーナに殺意があるのは容易に見て取れる。
「罪人を連れて行け!」
ロランが衛兵に向けて指示を出すと、システィーナは口を塞がれて連行されていった。その時、ほんの僅かな違和感に気付く。
(まさか!?)
システィーナは、ロランとアイリーンの口元に薄く笑みが浮かんでいるのを見た。
~投獄された初日~
牢に入っている間、冷静になって考えた。
(あれは作られた物だわ)
王太子妃教育を受けて来たからこそ王家の闇も知っている。王家で秘匿されている魔法技術を使えば、投射魔法の内容改竄も可能だ。
王家は、魔力が発現しなかったシスティーナを見限ったのだろう。だからこそ、システィーナに掛けられた冤罪を国王は黙認した。
システィーナの両親も、出来損ないの娘に対して愛情はない。王家と対立してまで異議申し立てをする可能性は、皆無と言える。
(けれどロラン様は、アイリーン様をどうなさるおつもりなの?)
この国は一夫一妻制で、妾も認められていない。ロランがアイリーンに惹かれていようとも、平民ではどうにもならない。
しかし数日後、牢番から告げられた事実でシスティーナの疑問は氷解した。
「アイリーン様はファロン公爵家の養女となられる。お前の代わりとして王太子妃になるんだとよ」
養女として迎えたアイリーンが王太子妃となるならば、ファロン公爵家も面子が立つだろう。システィーナだけが犠牲になる事で、全てが丸く収まるのだ。
「……そう」
(それでもいい。幸せだった時も確かに存在したもの)
幼い時は、両親もロランもシスティーナを愛して慈しんでいたからだ。その幸せだけを胸に、システィーナは犠牲になる運命を受け入れた。
~処刑される日~
手枷と足枷を付けられた。民衆から石をぶつけられ、罵詈雑言を浴びせられながら、断頭台へと向かって歩いていく。
もう限界だった。水も食事も僅かにしか与えらず、生きる気力も体力も根こそぎ奪われていたからだ。
(やっと死ねる)
やがて全ての準備が整った。
ギロチンの刃を固定するロープに、斧が振り下ろされようとした時、
「待て!」
ロランの声が響いた。アイリーンや護衛達を後方に従えて、颯爽と現れる。
(ああ、ロラン様……)
婚約者として過ごした時間は無駄ではなかったのだと、システィーナは涙を零す。だがロランが告げた言葉は残酷だった。
「この女は聖女アイリーンを害したのだ。ただの死など生温い。無限煉獄の苦しみを与えてやろうではないか!」
「ぃっ」
ロランの手に握られている物を見たシスティーナは、声にならない悲鳴をあげた。無限煉獄の秘宝は、対象者が亜空間へと飛ばされ、死の瞬間が無限に続くという王家の秘宝だ。もう100年以上使われていない非人道的な代物である。
「次代の国王として、稀代の悪女に罰を下す!」
ロランの発言は民衆を熱狂させる。
(やめて!)
システィーナはポロポロと涙を流すが、ロランとアイリーンを喜ばせるだけだった。
ロランが魔法を唱えると、秘宝から放たれた光がシスティーナを包む。
「やれ!」
斧が振り下ろされると、システィーナの地獄が始まった。
~~~~
斬
(痛い!)
斬
(痛い!)
斬
(もうやめて! 許して!)
斬
何度も何度も何度も何度も、死の瞬間が繰り返された。100万回1000万回と、首が落とされ続ける。
常人であれば正気ではいられない狂気の空間だった。
(どうして?)
斬
(私が何をしたと言うの?)
痛みと苦しみに耐えながら考え続けた。システィーナに瑕疵などなかった。貴族令嬢として、真面目に清廉潔白に生きてきた。ただ魔力が無かっただけだ。
(許せない)
斬
(許さない!)
斬
(絶対に――許さない!)
システィーナは長い時間、全てに怒りを抱いて憎み続けた。
~~~~
「やれ!」
しかし斧がロープへと振り下ろされる事はなかった。
「どうした? 何をやっている!」
ロランは声を荒げるが、斧を持った男は微動だにしない。
「ふふふっ」
システィーナの笑い声に、ロランとアイリーンはビクリと震える。
「その御方には、時間停止の魔法を掛けました。しばらくは動けませんわ」
システィーナは指先を小さく動かす。すると手枷足枷と断頭台は、木っ端微塵となって消滅した。
「ロラン様。アイリーン様。民衆の皆様も、お久しぶりですわね。と言っても、あなた方にとっては何の事やら分からないかもしれませんが」
システィーナは現世へと復帰する際に、数秒程度時間を巻き戻している。殺された後ではなく、殺される直前へと舞い戻る為だ。
「どうされたのですか? あれ程熱狂されておりましたのに、皆様静かですわね」
誰も言葉を発せずにいるのは、システィーナから暴力的なまでの魔力が溢れ出ているからだ。
その異常な様子を見て、危機意識の強い者は一早く逃げようとした。だが、
「逃がしませんわ《結界!》」
ドーム状の大結界が張られ、誰であろうと逃げられない状態となった。
「ふふふっ。無限煉獄から抜け出すには、魔法を極めるしかありませんでした。ですので今の私からは、誰であろうと逃げられませんわ。ふふふっ。それでは皆様、断罪を始めましょうか」
史上最強の魔女となったシスティーナは、ニコリと微笑んだ。
~~~~
数千の断頭台が一列に並ぶ異様な空間。
斬
『ぎゃぁあああああああ』
斬
『もう止めてくれぇえええええ!』
斬
『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ――あぁああああああ!』
老若男女問わず、延々と首が落とされる。そして首が落とされては、胴体と首が繋がって同じ事が繰り返される。
無限煉獄の対象者は、ギロチンを見物していた者達全員と、システィーナの両親と国王夫妻だ。
『すまなかったシスティーナ! これからは父親として――ぎゃああああああ!』
『愛しているわシス――ぁあああああああ!』
『王太子妃にしてやるから――ぎゃあああ!』
『痛い! 痛いぃい! 許してぇシスティーナ!』
しかしいくら懇願されようと、システィーナの心には響かない。
「痛いでしょう? 苦しいでしょう? 逃げ出したいでしょう? ふふふっ。皆様は首を落とされる事に興味がお有りなようですから、私が協力して差し上げます。気が済むまでお楽しみくださいませ」
何度も何度も何度も何度も、首が落とされては時が巻き戻る。そんな地獄絵図の中、人々は絶叫しながら後悔し続けた。
~5年後~
暖かな陽光が降り注ぐ日、システィーナは庭でティータイムを楽しんでいる。
「システィーナ」
帝国の首席魔導士である銀髪美丈夫のルークが、にこやかに席に着いた。
「遠い目をしていたね。何かあったのかい?」
「5年前を思い出していたのよ」
「ああ、君がギロチン令嬢だの断頭台の魔女だのと騒がれていた頃か」
「ええ。貴方には感謝しているわ」
当時、荒れ狂うシスティーナの魔力は、世界の魔素そのものを壊す寸前だった。危機感を抱いた各国は世界崩壊を喰い止めるべく、名立たる魔導士達を派遣したのだ。
そして強固な結界を破ってシスティーナの元まで辿り着いたのが、若くして大魔導士とまで称えられていたルークだった。
「まさか求婚されるとは思わなかったけれど」
「それはしょうがないよ。魅力的過ぎた君が悪い」
あまりの美しさに心を射抜かれたルークは、システィーナを衝動的に抱き締めて求婚してしまった。すると亜空間にいたシスティーナの精神が現世に戻り、魔力の暴走が収まったのだ。
「断罪中の彼等は元気かい?」
「死ぬ事はありませんから、元気と言えば元気でしょうね」
正気を取り戻してからのシスティーナは、オリジナル無限煉獄魔法に手を加えている。断罪時間に個人差を設けたのだ。
システィーナに罵詈雑言を浴びせた者や投石をした者などは、亜空間でより長く苦痛が続くようになっている。
「まだ断罪中なのは、あと2名だったかな?」
「ええ」
残り2名以外は断罪が終了して、現実世界に意識が戻ってきている。
「ロラン様とアイリーン様だけは、特別仕様にしておりますから」
「君以上の魔力を発現出来なければ、永久に抜け出せないなんてね。しかもそれが君の死後もずっと続くんだから……真の魔女を怒らせるなんて、馬鹿な人達だよ」
ルークはヤレヤレと言って肩を竦める。
『真の魔女と真の聖女は表裏一体』
強大過ぎる魔力を持つ者は、魔力が封印された状態で生まれてくる。これはシスティーナの魔力をルークが解析した事で、初めて判明した新事実だ。
魔力の封印を破るには2通りの方法がある。愛情を与え続けるか、苦しみを与え続けるかだ。
愛情を与え続ければ大聖女として覚醒するが、苦しみを与え続ければ大魔女として覚醒してしまう。
この事はシスティーナの生まれ故郷であるアーガイル国にも伝えられた。今では恐怖のギロチン地獄も人々の語り草となっている為、魔力を持たないだけで虐げられる事はもうないだろう。
何故なら魔力を持たない者は、将来恐るべき存在へと覚醒して報復に来るかもしれないからだ。
「おかあさまぁ」
4歳になったばかりの可愛らしい少女が、システィーナに抱き着いた。
「どんなお話してたの?」
「そうねぇ。因果応報のお話よ」
「いんがおうほう?」
「良い事をしたら、皆が優しくしてくれるというお話よ。だからクリスティーナも、皆に優しくしてあげてね」
「うん!」
システィーナは愛娘の頭を撫でる。ルークはその様子を優しい眼差しで見つめていた。
~~~~
世紀の大魔女は幸せな人生を送る。永遠に生きる事も可能だったが、システィーナはそれを望まなかった。
晩年は子や孫にも囲まれた楽しいものとなる。そして愛するルークが天寿を全うした数年後、システィーナも老衰で静かに息を引き取った。
~断罪された者達~
恐怖に怯え続ける国王夫妻は、政務を行う事もままならなくなった。その為、王太子ロランを廃嫡とし、第2王子に王位を譲って国政から退く。
ファロン公爵夫妻は精神病を患い、公爵位を返上して田舎に引き籠った。システィーナが大聖女として覚醒する可能性もあったと知り、後悔し続ける日々だ。
そして亜空間では、止む事のない2人の悲鳴が永久に続いていく。
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【連載版】公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる




