気を付けなさい。彼女にはストーカーの幽霊が憑いているから
その日、職場で開かれた飲み会に出席していた三城俊のテンションは高かった。かねてより狙っていた同じ部署の木葉里美も参加していたからだ。彼女は多少は抜けたところはあるが、おっとりとした付き合い易い性格で、しかも巨乳だった。当然、男性社員からの人気が高い。他の部署でも狙っている男性社員が多いという話だ。
が、席取りの段階で彼は既に失敗をしてしまっていた。比較的木葉の近くの席に座れたのだが、まるでパーティションのようにして彼女の女友達の叶瞳が彼の横に座っているので、木葉と直接会話するのが難しい。
叶は別の部署に所属しているが、何でも学生時代からの木葉の知り合いらしく、木葉が許可を取ってゲストで参加しているのだとか。木葉は叶を親友だと言っていた。
女友達同士のコアな会話で盛り上がり、三城は中々会話に加われていなかった。と言うよりも、三城の気の所為でなければ、叶は彼が木葉に接するのを邪魔しているように思えた。
何故、叶が自分の邪魔をするのか分からず、三城は困惑していた。もっとも、自分の勘違いかもしれないとも思っていたのだが。
しばらく話すと席を変えようという流れになり木葉が席を立った。チャンスだとばかりに三城は木葉を追いかけようとしたのだが、そこで彼の動きを封じる為の呪符を貼るかのように、叶がグラスを彼の席の前に置いた。赤ワイン。にっこりと笑う。
“飲みなさい”
という事だろう。
強引に木葉を追いかけるのもカッコ悪いと思い、やむを得ず上げかけていた腰を彼は元に戻した。
「何か用?」
できる限りスマートに彼はそう言ったつもりだった。気が強そうだが、叶は綺麗な顔立ちをしている。もし、自分に気があるのだったならまんざらでもない。
が、それから叶はこんな事を彼に告げるのだった。
「ちょっと忠告してあげようと思って。気を付けなさい。彼女にはストーカーの幽霊が憑いているから」
“彼女”というのは、もちろん木葉の事だろう。
「ははっ! なにそれ?」
やはり自分が木葉を狙っている事に気付いていたのかと思いつつ、誤魔化すように彼はそう返した。
「本当の話よ。木葉に手を出そうとする男には決まって何か不気味な事が起こるの。変なメールが入ったり、事故に遭ったり」
そう言うと、彼女は酒を一口飲んだ。
「そんな風聞を信じているなんて意外だな」と彼は返した。叶は噂話など気にしないタイプに思えたのだ。もちろん、彼はそんな風聞など信じてはいなかった。
「あら? 親切で教えてあげたのに」と彼女はおどけて言う。彼も一口ワインを飲む。味が記憶していたものと違っている気がした。酔いが回って味が分からなくなっているのかもしれない。
もしも、この妙な悪口が木葉への嫌がらせなのだとしたら、叶はやはり自分に気があるのかもしれないと彼は少しばかり気を良くしていた。
「親友に変な噂があるのなら、普通は否定するもんじゃないのかい?」
自分に気がある事を確かめる為に、彼はそう言ってみた。すると彼女は、「親友?」と言って軽く首を傾げた。
「誰が親友なの?」
「木葉さんは君をそう言っていたぜ」
それを聞くと、可笑しそうに彼女は笑った。
「あら、そう? 彼女は私を親友だと思っていたんだ」
「彼女は? 君は思っていないのかい?」
「思っていないわよ」
そう言ってまた彼女は酒を飲む。彼もワインを一口飲んだ。
やはり自分に気があるのかもしれない。そう思うと気が良くなって、彼はツマミを食べつつ更にワインを飲んだ。もう少し良い雰囲気になったら、叶を外へ誘おうと彼は考えていた。
ところがだ。
そこで急速に彼に睡魔が襲ったのだった。ぐわんと頭の中を振り回されたかのような酷い眩暈。
叶が何かを言っている。
「木葉を親友だなんて思っていないわよ。だって私は……」
そう語る彼女の表情は、なんだととても寂しそうに思えた。
目が覚めると飲み会は終わっていた。
いつの間にか三城は寝てしまっていたのだ。惜しい事に木葉の姿も叶の姿もなかった。“しまった、チャンスを不意にした”と彼は思う。スマートフォンに彼女達から何か連絡が入っていないかと確認して彼は驚いた。怪しいメールが届いていたからだ。
『木葉里美に手を出すな』
彼は目を大きく見開く。
そんな彼の様子に気が付いた男性社員が「どうしたんだ?」と彼のスマートフォンを覗き見た。
「それ、まさか噂の木葉に憑いているっていうストーカーの幽霊か?」
三城が送信者を確認すると、自分自身になっていた。
「いや、誰かの悪戯だろうよ」と彼は返す。
それから思い出していた。自分が眠りに落ちそうになっていた刹那の叶瞳の台詞を。
『木葉を親友だなんて思っていないわよ。だって私は、彼女の恋人だと思っているのだもの』
あれが夢の中で聞いた幻聴でないのなら、木葉に憑いているストーカーの幽霊というのは、叶瞳自身なのだろう。
彼女の寂しそうな表情を思い出して、三城はなんだか複雑な気持ちになってしまっていた。