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97.結末

「やれやれ……君達親子にはやられたね」

 という声が、はっきりと聞こえた。

 母さんの意思の声とかではなく、本当の声が、わたしの耳朶を叩いたのだ。

 その呆れたような、ため息のような声に導かれ、わたしが顔を上げると。


 間近に、ケイトさんがいた。


 鼻がくっつきそうなくらい、近くに。

「ひゃああぁぁっ!」

 驚きの声を上げて後ずさりしたわたしの背中に、何かがぶつかった。

 それは傷付き、膝をついたアレクだった。

 鎧の一部が砕け、全身傷だらけになった彼は、これ以上戦うどころか立ち上がることもできない重傷を負っていた。

 アレクだけじゃない。

 少し離れたところには、魔力でできた身体の一部が欠けて、地に伏せた翡翠色の龍――ジェイクの姿もあった。

「アレク! ジェイク!」

「心配いらないよ。二人とも死ぬほどの傷じゃない」

 と言って、わたしを安心させようとするケイトさんは……

 ほとんど傷を負ってなかった。

 身に着けたローブはそこかしこが焼け焦げ、髪も顔も黒く汚れているけど、目立った怪我も出血もないみたいで、わたし達の中で一番元気そうだった。

 アレクやジェイクが死闘を繰り広げたはずの戦場は、とても静かになっていた。

 戦闘の喧騒も殺戮の悲鳴もなくなり、わたしの叫び声が一番大きく感じるくらいだった。

 都市に破壊をもたらした炎が消えて、そこかしこで蠢いていた無数の魔人の気配も全くなかった。

 静謐な夜のとばりが、わたし達を包み込んでいた。

「まさか、すべての魔装具を把握し、狙ったものを破壊できるとは。ディアンはそれほどまでの魔法を作り上げていたのか」

「ごめんなさい」

 と言って、わたしはケイトさんに頭を下げた。

「アム・クラビスを壊してしまいました。大切な人の形見なのに」

「いいや。気にしなくていい」

 わたしの謝罪に対して、ケイトさんは首を振った。

「これで良かったのだ。彼女が作ったものが新たな不幸をもたらしてしまっては、彼女は永遠に救われないだろうから」

 そう少し寂し気に語る彼女は、どこか吹っ切れたような表情を浮かべていた。

「ケイトさんは、これからどうするつもりなんですか?」

 彼女の態度にほっとしたわたしは、未来のことを聞いてみた。

 以前は、答えてくれなかった質問だった。

「私には、これ以上戦う理由はなくなった」

 彼女は両手を上げて、降参というようなポーズを取った。

 それから、わたしの後ろを見やって。

「だが、君達がまだやると言うのなら、もちろん相手になるよ」

 彼女の視線の先には、傷を押して立ち上がったアレクとジェイクの姿があった。

「いえ、もう止めましょう。これ以上の戦いは無意味だと思います」

 全身に傷を負っているにも関わらず、今にも仕掛けそうになっている二人を、わたしは制止した。

 ケイトさんの目的も、わたし達の目的も、すでに果たせたのだ。

 わたし達が争う理由なんて、どこにもない。

 あるはずがない。

 それに、瀕死の重傷を負っている二人には、戦闘よりも治療が必要だった。

「いいだろう。それなら彼らを……」

「あ、大丈夫です。わたしに任せてください」

 治癒魔法を起動しようとしたケイトさんに、わたしは人差し指を立てて見せた。

 わたしは息を吸い、意識を集中させて、体内にある魔力(・・)を使って、一つの魔法式を起動した。

 治癒魔法【全癒】(レスティオ)発動。

 わたしを中心に広がった新緑色の光がアレクとジェイクを包み込み、ボロボロだった二人の傷を塞ぎ、急速に回復させていった。

「なんだかすごく調子がよくて、今ならどんな魔法でも使えそうな気がするんです」

 レスティオは上級魔法のさらに上の大魔法クラスなのに、いともたやすく使えてしまった。

「それは、君がアム・クラビスに触れたからだよ。あの魔装具と接触した君には大量の魔力が流れ込み、ゴルドニアにあるあらゆる魔法式が理解できるのだろう」

「そ、それじゃ……!」

「もっとも、それも今だけなのだけどね。アム・クラビスの魔法式は、まもなく君の中からも消え去る」

「そーなんですね……」

 膨らみかけた希望が砕かれてしまって、ちょっと残念だった。

 まあ……アム・クラビスを砕いてしまったわたしのせいなのだから、誰にも文句は言えない。

 わたし達がそんなやり取りをしている間に、翡翠色の龍はその姿を消していた。

 戦闘が終わってすべての敵が消えたので、ジェイクがここに留まる理由がなくなったのだろう。

 そもそも、風の王に長時間触れていた彼自身の精神も、とっくに限界を超えていたと思う。

「それで、ですね」

 と、わたしは言った。

「あなたはこれから、どうするんですか?」

 まだケイトさんから、その答えを聞いてない。

 彼女の未来に対する思いを。

「本当のことを言うと、これが終われば自害するつもりだっ……」

「それはダメです!」

 とっさに叫んだわたしの勢いに押されたのか、彼女は少し後ずさりした。

「当初の予定からは、大きく狂ってしまったからね。私の願いを叶えてくれた君の言うことに従うよ」

「それなら……」

 と、わたしが振り向いた先には、アルマトーラを解除したアレクがいた。

 彼は全ての傷が治り、腕の白化も完治していた。

 アム・クラビスに魔力を吸われなくなったので、彼が本来持つ生命力が復活したのだ。

「ぜひアレクを手伝ってください。彼がきっと次の王様になって、ゴルドニアをより良い方に導いてくれますから」

「はぁっ!? 俺……が!?」

 言われたアレクは目を見開き、あごが外れそうなほど口を開けた。

 あまりにも予想外のことを言われて、思考が停止してしまったのかもしれない。

「だってあなたも王族の一人なんでしょ? ゴルドニアをこのままにしておいていいのっ!? 他の人が全部元に戻して、大勢の奴隷を使ってもいいって言うの!?」

 完璧に固まってしまったアレクに、わたしはまくしたてた。

 アム・クラビスがなくなったとはいえ、ゴルドニアには奴隷制も魔装具も残っているのだ。

 無償の労働力を使うため、便利な魔装具を使うため、王族の誰かはきっと、何か別の手段を考えるだろう。

 この国にはまだまだ腐敗した貴族と、優秀な魔法学者がいるのだから。

「ねっ? そうでしょ?」

「そう……だな。何とかしないとな……」

 アレクは何とか言葉を絞り出し、そう言ってくれた。

 がっくりと肩を落とし、げんなりとした表情を浮かべているのは、これから待ち受ける苦労を想像しているのかもしれない。

「そうかそうか。君が歴代の王達の後始末をしてくれるのか」

 わたし達のやり取りを見ていたケイトさんは、とてもおかしそうに笑っていた。

「それならもちろん、私の全てをかけて手助けをさせてもらうよ」

 笑いながらそう言ってくれる彼女の表情は……


 わたしが初めて見た、本当の笑顔だと思った。

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