96.リースを守る人
薬指にはめた指輪が、光り始めたのだ。
わたしをずっと守ってくれていた【防護の指輪】。
そこから溢れる白き光は強さを増して、暗い世界を照らし出していった。
わたししかいない世界が光に満ちて、自分の身体が、手足が見えるようになった。
その光は力尽きそうだったわたしを優しく包み込み、崩れ落ちそうなわたしを支えてくれた。
とても温かな、優しい光に抱擁されて、わたしは自分を取り戻した。
なくした力が、魂が回復していって、白き世界が認識できるようになった。
強き光はやがて収斂し、ある形を作り始めた。
それは、人の形をしていた。
手足が伸びて髪が伸びて、わたしと変わらない背丈の誰かの形をしていた。
顔には目も鼻も口もなく、人相は分からない。
腰まで届く長い髪と、その佇まいから女性だと思えるくらい、だった。
でも……
わたしは、その人を知っていた。
だって、生まれた時からずっと、一緒にいるのだから。
「お母さん……」
と、わたしはその人に声をかけた。
わたしの声が届いたのか、その人は――母さんは優しく、微笑んでくれた、気がした。
彼女は伸ばしたわたしの手を取り、両手で握り締めてくれた。
手が柔らかなぬくもりに包まれて、母さんの思いを伝えてくれるようで……
瞬間、わたしは悟った。
ヴァルト・リングの魔力の源が何なのかを。
魔力のないわたしを守ってくれたのが、誰なのかを。
「ごめんなさい……わたしのせいで……」
と、わたしは目の前にいる母さんに謝った。
わたしが、母さんの魔力を使ったせいで、病気が進んでしまったのだ。
わたしが好き勝手に振る舞い、【防護の指輪】と【炎の短剣】で大量の魔力を使ったから、母さんの命を削ってしまったのだ。
ところが……
その人影は静かに首を振って、わたしの考えを否定した。
それから、光に包まれた腕を伸ばし、わたしをギュッと抱き締めてくれた。
数年ぶりにされた母さんの抱擁はとても懐かしく、涙が出そうになった。
その優しい思いが流れてくるようで、すり減った魂が癒されていくのを感じた。
(いいのよ……)
という声が、聞こえた気がした。
(私は、あなたを守りたい……私がどうなろうとも、あなたを……)
母さんの声が、その思いが、わたしの中に流れ込んでくる。
いつも優しく、時に強かった母さんの愛情が、わたしを満たしてくれていた。
「ありがとう……お母さん」
と、わたしはお礼を言った。
そう。
謝るよりも感謝を。
それこそが、わたしがするべきことだった。
「お母さん。お願いが、あるの」
というわたしの言葉に、母さんは何も聞かずに頷いてくれた。
「わたしを手伝って欲しいの。アレクやジェイク、みんなを助けなきゃ」
そして何より。
「ケイトさんを、止めなくちゃいけないの」
あの人は、とても悲しんでいるのだ。
悲しみが大きすぎて、深すぎて、自分を追い詰めてしまって。
こんなことを、してしまったのだ。
だから絶対、彼女を止めなくてはいけない。
父さんの魔法式に向けて伸ばした手に、母さんは手を重ねてくれた。
その手から大きな魔力が流れ込み、わたしを助けてくれた。
球体の中へとわたし達の力が満ちていくと同時に、わたしは魔法の起動を試みた。
母さんの助けを借りて理解できてなかった部分を理解し、そこにも魔力を込めていく。
そうして力を合わせて作業を続けると、ほんのわずかな時間もかからずに。
球体が、色鮮やかな輝きを放ち始めた。
父さんの魔法が、ついに起動したのだ。
輝く魔法は光の密度を増して、わたしのいる世界を覆い尽くした。
光の範囲がぐんぐん広がり、アム・クラビスさえも飲み込んでいった。
「やった……やったよ!」
と、母さんの手を取って喜ぶわたしの中に。
様々な情報が、流れ込んできた。
国中にある様々な魔装具の位置や、グリミナの人がどこにいて、どの程度の魔力を供給しているのかなど、ゴルドニアの魔法に関わる全ての情報が流れてきたのだ。
今のわたしには、あらゆる魔装具の種類や位置や数が把握できるようになっていた。
それが分かれば、十分だった。
アム・クラビスの複製品。
ゴルドニア王国の隅々にまでばらまかれた、魂に印をつける装置。
人から魔力を、生命力を奪い去る悪魔の道具。
その、数千個もの魔装具を特定し、わたしの手中に収めていく。
こうするために、父さんはこの魔法を作ったのだ。
グリミナを作る魔装具を見つけ出し、必要な命令を下すために。
後はただ、命令すればいい。
必要なのは、たったの一言だった。
「滅せよ」
わたしは迷いなく、その命令を下した。
その命令に従い、数千もの魔装具が瞬時に崩壊した。
乾いた砂のように崩れ落ち、その機能を停止したのだ。
それだけじゃない。
大元であるアム・クラビスの宝石にも、ヒビが入っていく。
ひび割れは次第に大きくなってお互いにつながり、回復できない傷が広がっていった。
ゴルドニアの建国を成し遂げた力の源が。
王国の根幹を支える土台が。
そして、この国の悲劇の元凶が。
バラバラに砕け散った。




