95.精神世界
(ダメ……だったのかな……)
と、わたしは思った。
わたしがいるのは、とても暗い世界だった。
周りの景色は闇に沈み、戦っていたはずのアレクもジェイクも見当たらない。
自分の手足も見えないほどの暗闇に包まれた世界に、わたしは一人で座り込んでいた。
手足に力が入らず、立ち上がれなかった。
座っているのも辛いくらいで、気を抜いたら一瞬で意識を失いそうだった。
この世界で唯一の光は、父さんの魔法式だった。
ほのかに明るい球体が、少し離れたところに浮かんでいた。
その、わたしの全てをかけた魔法式は……
全く動いてなかった。
使える魔力を全部使い果たしたのに、まだ、何も起こせてなかった。
淡い緑の光が灯っているだけで、何の力も、何の効果も感じられなかった。
きっとどこかに、黒い部分が残っている。
球体の中心部――わたしが理解できてない部分に、致命的なほどの魔力不足が生じているのだ。
だから、魔法が起動しないのだ。
(まだやれるっ、やれるもん!)
挫けそうな自分を励まし、わたしは自分の内面に触れた。
【わたし】を形作る魔力は、まだ残っている。
その全てを引きずり出してでも、あの球体に捧げなければならない。
(これ以上やったら、ほんとに死ぬかも……)
という予感はあった。
手足の感覚も、身体の感覚さえも薄れていた。
思考が鈍くなっていて、頭が全然働かない。
これまでのどんな訓練でも、どんな戦闘でも、こんな感覚になったことはなかった。
もはや限界はとっくに超えていて、生命までも削っているのは間違いなかった。
【わたし】が無くなっていく、という感覚はとてつもなく恐ろしく、心が凍り付いてしまいそうだった。
暗い世界でたった一人、自殺に向けて歩むのは、どんな勇者であろうとできないと思った。
(ダメだよ。弱気になっちゃ!)
わたしは頭を振って、嫌な考えを振り払った。
考えている暇はなかった。
今もアレク達は戦い続け、大勢の人が死んでいるのだ。
それを止めることだけを、考えなければならなかった。
わたしは動かない右腕を懸命に上げて球体へと伸ばし、自分の中から引き出した力を注ぎこもうとした。
わたしがわたしでいられる最後の瞬間まで。
もう出せるものなんて欠片もなかったけれど、ほんの一滴だろうと絞り出していった。
思考が混濁し、身体に力が入らない。
手を上げているのさえも、辛すぎた。
視界が歪み、魔法式の輪郭が滲んでいく。
上下どちらを向いているのかも分からなくなって、自分が座っているのか、倒れているのかもはっきりしなくなってきた。
だんだん、腕が下がっていった。
右手が地に付き、俯いてしまったわたしには、もう何も残ってなかった。
魔法は、まだ動いていない。
球状の魔法式には何の変化も起きてなかった。
(ごめん……なさい……)
と、誰に向けてでもなく謝った。
わたしの全てを与えても、魔法を使えなかったのだ。
何が足りないのかも、これ以上何をすればいいのかも、考えられなかった。
薄れゆく意識の中、わたしは呆然と座り込んでいるだけだった。
消える。
消えてしまう。
【わたし】という存在が、リース・クロムウェルという存在が、なくなってしまう。
生命の根幹たる魂を失くしてしまったら、もう、生きていけない。
わたしが、死を、覚悟した、瞬間。
右手に、小さな光が灯った。




