92.封印結界
「やめろ! 手を放せ!」
「わたしはいいから、ケイトさんを!」
と、わたしは背後のアレクに向けて叫んだ。
とにかく戦闘に集中してくれないと、彼の命が危ういのだ。
ケイトさんは、わたし達よりずっと強いのだから。
天に向けて伸び続ける石の柱は、どんどん速度が上がっていく。
加速力と重力とで、わたしの手を引きはがそうとする。
足元の王宮や市街地が一気に遠ざかっていって、わたしは夜の空に向けて上昇を続けていた。
わたしは加速に負けないよう、片手で柱の先端を掴んでいた。
石に食い込んだ手と指の痛みをこらえ、腰に差した短剣に指先で触れた。
(早くしないと、もうすぐ結界に……)
と、思っていた。
この先数百メートルの上空にあるのは。
封印結界だ。
このまま上昇を続ければ、柱はわたしもろとも王都を包む封印結界に激突する。
そうなったら最後、結界の迎撃魔法に焼き尽くされるだろう。
巨大な都市を包み込み、その全てを守る盾が、大きな口を開けてわたしを待ち構えているように思えた。
わたしは最悪の未来を避けるべく、手に取ったダガーに命じる。
炎熱魔法、起動。
狙いは……宝石を守るように握られた石の指。
わたしが切っ先を一振りすると。
赤く染まった刃は石柱の先端を、やすやすと切り裂いた。
「おっ、っとっ」
こぼれ落ちた宝石を空中で辛うじて拾い上げ、わたしが石の柱から離れた直後。
上昇を続ける柱が、結界に激突。
衝撃音を伴って、バラバラに砕けた石の破片が花を開くように空へ爆散。
たくさんの石の花びらに囲まれて、落下を始めたわたしを狙って。
結界の一角に、強い光が溜まり始めた。
結界の迎撃魔法が起動したのだ。
戦術級極大魔法【雷の大砲】。
雷系の最強魔法が、わたしへと照準を定めていた。
空中では、回避なんてできっこない。
せいぜいが身体をひねるくらいしかできない。
だからわたしは、雷を撃たれる前にアム・クラビスをどうにかしようと思った。
両手の中には、硬く冷たい魔鉱石の感触がある。
それを取り込むべく、頭の中に父さんの魔法式を思い浮かべた。
幾何学模様と記号に包まれた球体は、大半が黒く染まっている。
わたしにできる範囲を起動して、緑の光が灯った一部を、手の中の魔鉱石に振り向ける。
冷たい石が、温かな光に包まれて……
何も、起きなかった。
「どうしてよ!?」
と、わたしは叫んだ。
わたしの両手から生まれた魔法の光は、大きな宝石を包み込んでいる。
でも、それだけだった。
魔鉱石には何の変化もなく、うんともすんとも言わない。
わたしは何もできないまま、高度がどんどん下がっていくのを感じているしかできなかった。
次第に風が強くなり、地面が迫って来る。
同時に、結界に生じた光が白く眩く輝き、次の瞬間には発射されようとしていた。
【防護壁】起動。
極大魔法なんて受けられるはずもないけど、何もしないわけにはいかなかった。
照準を定め、わたしを消滅させる光が瞬いた直後。
視界いっぱいに、蒼い姿が見えた。
「ダメだよアレク! 魔法が!」
と叫ぶ暇もあればこそ、蒼い鎧に包まれたアレクがわたしにぶつかり、落下軌道を変えてすぐ。
わたしを抱き締めたままのアレクを。
結界から放たれた、光の帯が貫いた。




