89.末路
「な……に……?」
と、愕然とした声を上げたのは、王様の方だった。
彼は兜に包まれた顔を、瞳をゆっくりと下に向け、自分の状態を確かめた。
蒼い手甲に貫かれた、自分のわき腹を。
一撃、だった。
アレクが放った右の拳が、王の分厚い鎧を貫いていた。
「ば、かな……」
アレクが腕を引き抜ぬくと、王様はよろけるように後退した。
大きく開いたお腹の傷口から大量の血を流し、自らの鎧をさらに濃い赤で染め上げていった。
「……素人が使いこなせるほど、アルマトーラは単純なものじゃない」
静かなアレクの声が、静寂を取り戻した室内に響き渡った。
「どれほど魔力を集めようと、それを精錬して密度を高めなければ剣もなまくらにしかならないし、鎧も紙くずのように脆くなるだけだ」
「余は……余、が……」
突きつけられた現実を前にして、目を見開いた王様は千鳥足で後退を続け、少しでもアレクから離れようとしているみたいだった。
「今ならまだ間に合う。アム・クラビスを使って、魔鉱石を止めてくれ」
「いや……だ。余、は……」
口からも血を吐きながら、王様はアレクの要求を拒絶した。
「おのれ……なぜ、余が、このような目に……」
片手で傷口を押さえて、クリフト王は痛みに顔をしかめて呻いていた。
自らの大剣を床に引きずり、泉を越えてなおも下がろうとしていた。
「お前が今、味わっている痛みの何万倍も、他の人々は苦しんだ。お前と、お前の取り巻きのつまらない欲望のために、何百万人を犠牲にした?」
アレクは最後まであがこうとする王様に追いつき、その剣に手をかけた。
「それを止めるのは今だ。この【魂の鍵】を使って、王国の悲劇を止めてくれないか」
「余、は……」
受け入れがたい要求を突き付けられたクリフト王は……
「当然の権利を行使したまでだ! 神より授かりし王権をどのように行使するのは、ゴルドニア王家の血を受け継ぐ者の自由だ!」
心の底からの叫びを上げた。
同時に剣と鎧に満ちた魔力を爆発させて、アレクを弾き飛ばそうとした。
「お前は、いつもそうだったな……」
嘆息したアレクは膨大な魔力の奔流を受け止め、その場に踏みとどまった。
「他人を見下し、他人を虐げるのが当たり前だと思っている。そんな奴に王権を渡したのが、間違いだったんだ」
自らを押し流そうとする魔力の流れに逆らい、一歩、また一歩と近づいていく。
「くそっ、なぜだ! これほどの力の前で、なぜ動ける!?」
「さっきと同じだよ。魔力の量は問題じゃない。質を高めなきゃ……な!」
地を蹴ったアレクは、一瞬で王様の前まで肉薄。
迎撃しようと打ち下ろされた大剣を左腕で跳ね除けると。
右の拳で、兜に守られた頭を殴りつけた。
「ぐああぁぁっ!」
という悲鳴と共に殴り飛ばされた王様が宙を舞った。
赤い鎧に包まれた身体が地面に叩きつけられ、床をえぐりながら地を滑って、その先に立っていた女性に足元にぶつかった。
表情もなく、冷たい視線で見下ろすケイトさんのところに。
「お……おのれっ! おのれおのれっ! こんなことは断じて許されぬ! 神に選ばれし余に手を出すなど!」
悪態をつきながら、なおも立ち上がろうとしたクリフト王の手から。
ケイトさんが、大剣を奪い取った。
とても簡単に、あっさりと。
彼女が口の中で何事か呟くと、剣を構成する魔法式が解けたのか、太く大きな刀身が溶けるようにして崩れ落ちて。
鍔の部分にはめ込まれていた宝石――【魂の鍵】の本体をその繊手で引き抜いた。
「返せ! それは余のものっ……!」
奪われた秘宝を取り返そうと、長身の女性に手を伸ばそうとした王様の動きが。
止まった。
自分から止めたんじゃない。
動けないのだ。
鎧が空中に固着してしまったみたいに。
「なぜだ!? なぜ動けぬ!?」
戸惑いの声を上げた王様が身にまとう深紅の鎧。
力の源である魔法の鎧が、光を放ち始めた。
「な、何だ!? 何が起きた!?」
「魔力の暴走が始まったんだ。君が制御しきれなかった分の、ね」
狼狽する王様にケイトさんは整った顔を近づけ、事実を冷静に突きつけた。
「アレク君、だったかな。彼も言っていただろう。アルマトーラは君ごときに使いこなせるほど単純ではないんだよ」
「そんなでたらめなど……!」
「嘘ではないよ。ほら? だんだん熱くなってきただろう?」
ケイトさんの言葉を証明するように、王様がまとう鎧から、熱風が噴き出し始めた。
わたしもその暴風に当てられ、肌がじりじりと焼かれるのを感じた。
「残念ながら、君の命は残り僅かだ。あと5……4……3……」
ケイトさんのカウントダウンが0になると同時に。
「こんな……こんなはず、では……こんなこと、がぁ!」
と、断末魔の叫びを残して。
クリフト王の身体が、吹き飛んだ。




