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85.風の王、再び その2

「こいつは、すげえな……」

 わたしの前に鎮座する風龍(ヴァンドレイク)様が、ジェイクの声で話していた。

 自分自身の姿を確かめるように、巨大な両腕や尻尾なんかをあちこち見回していた。

「大丈夫……なの?」

 とわたしは聞いてしまった。

 風龍様はあの時、ジェイクに力を与えた時、彼が力に相応しくなければ命を失うと仰っていた。

 その力を使ってしまって、ジェイクは死んだりしないのだろうか。

「今のところは問題ねえよ。魔力は安定してるし、ちゃんと定着してるだろ?」

 それは、その通りだった。

 龍の身体を構成する魔力が揺らいだり、お姿がかすんで消えそうになったりはしていない。

「それはそうと、ここは地獄か?」

「地獄の方がマシだよ。きっと」

 炎に包まれた街並みを見回したジェイクに、わたしは答えた。

 崩れ落ちた建物の群れ、破壊された大通り、あちこちにある爆発の跡と魔装具の残骸。

 大勢の人が倒れ、誰一人として動かない。

 この場にいる生ある者は、わたし達と、魔人たちだけだ。

 そんな世界は、地獄でもそうはお目にかかれないと思う。

「で、こいつらが騒動の原因なのか?」

 ジェイクが見据えているのは、倒れ伏した巨人と、その後ろにいる巨人たち。合計三体。

 それにわたし達を取り囲む単眼の魔人の壁。

「そう、だよ。こいつらが……」

 わたしが最後まで言い切る前に、龍の巨体が倒れた巨人に躍りかかった。

 起き上がろうとしていた敵を、自らの重量を利用して弾き飛ばした。

 その超重量に跳ね飛ばされ、敵は足元の魔人を潰しながら地面にたたきつけられた。

 そのまま前脚を使って巨人の肩を押さえつけ、大きくあけた口で頭に食らいついた。

 鋭利な牙を突き立てられた頭から、血吹雪のように体液が噴き出る。

 頭を潰されつつある巨人は、両手で龍の長い体を掴み取り、必死に引きはがそうとしていた。

 それを援護しようと、後ろにいた二体も、無数の魔人の群れも、風龍様へと襲い掛かっていく。

「うっとうしいんだよ!」

 ジェイクの咆哮と共に、龍の全身に文様が浮き出てきた。

 その直後、全方位に向けて無数の風の刃が放たれる。

 一つ一つがわたしの背丈ほどに大きい刃の雨は、魔人をことごとく細切れにして、接近しようとした巨人の手足をも切り飛ばした。

 そして、圧倒的な威力を持つ魔法の風が。


 近くにいたわたしにも飛んできた!


「ちょっと! あんたわたしまで殺す気!?」

 慌てて【防護壁】で刃を防いですぐ、わたしは龍の姿の男に文句を言った。

「お前にはヴァルトがあるだろーが! 文句を言うな!」

 わたしを一顧だにせず、龍は食い込ませた牙を振り回して。

 馬乗りになった相手の首を引きちぎり、強靭な顎が咥えた頭をかみ砕いた。

 核たる魔鉱石を失った巨人は、それきり動かなくなって、やがてその姿を薄れさせていった。

「次が来るよ!」

 と、わたしが警告するまでもなかった。

 手足を再生し、再び風の龍に襲い掛かろうとしていた巨人に向けて首を上げ、ジェイクは大きく開いた口を向ける。

「消えな!」

 その口から吐き出されたのは、刃の竜巻そのものだった。


 暴風の息(ストームブレス)


 千を超える数の魔装具を組み合わせて作り上げる極大魔法。

 それに匹敵する威力を持つ嵐が、二体の巨人を飲み込み、跡形もなく消し去ってしまった。

「すご……」

 わたしは、言葉もなかった。

 あんなにも苦戦した巨人が、いとも容易く倒されてしまった。

 残されたモノは、何もなかった。

 竜巻の余波は魔人どもをバラバラに切り刻み、煙や霧のように消し去ってしまったのだ。

 あとには静寂と、立ち尽くしたわたしが残された。

「んで、あの役立たずはどこにいる?」

「悪かったな。役に立てなくて」

 道路に散らばる瓦礫の間から、ライフルを手にしたアレクが現れた。

 あからさまな侮蔑を言われて、ちょっぴり傷付いているようだった。

「アレクはすっごく活躍してるよ!」

 その顔を見ていられなくて、わたしはジェイクに反論してしまった。

 いやホントに、彼の援護がなければ、わたしはここまでさえも辿り着けなかっただろう。

「こいつを危険にさらすような奴は、死んだ方がいい。そう思わないか?」

 ジェイクは鱗に覆われた大きな顔をアレクに近づけ、金色に輝く双眸で睨みつけた。

「お前が出てくる瞬間が、最大の危機だったんだ。それを理解しているのか?」

 アレクが指摘したのは、風龍様を召喚するために、わたしが力ある声を使った時のことだ。

 あの時は足が止まって、巨人に踏みつぶされそうで、確かに一番危なかったかもしれない。

「そのリスクを冒す価値はあっただろう? てめえだけでここを切り抜けられたのか?」

「できたとも。俺とリースの力があれば」

「ははっ。守るべき女の手を借りる奴が、偉そうなことを言うなよ」

 にらみ合う龍と男の間に火花が散り始め、なんだか一触即発の雰囲気だった。

「もうっ。いい加減にして! 言い争ってる場合じゃないの!」

 わたしは二人の間に割って入って、長いひげを生やしたバカでかい頭を押しのけた。

 ともかくにらみ合う二人を引きはがさないと、王都の危機なんてそっちのけで決闘でも始めそうな雰囲気だったのだ。

 それに、ジェイクの周りには、新手の敵が集まりつつあった。

 風龍様の高い魔力は魔人を引き寄せるし、何よりビルよりも大きな龍の姿は目立った。

 襲ってきた巨人を一掃したとはいえ、他にもたくさん敵はいるし、何より私たちの目的を果たすためには、ここで立ち止まっている場合じゃなかった。

「わたし達は王宮に行きたいの。ジェイクも手伝って」

「もちろんだ。任せろ」

 風龍様はその大きな口を笑うようにゆがめると、かぎ爪の付いた前脚でわたし達をつまみ上げ、自分の背中に放り投げた。

 わたし達が慌てて翡翠色の鱗に覆われた背に捕まると同時に。


 巨大な龍は大通りの石畳を、疾走し始めた。


 ジェイクはその巨体を生かし、飛び掛かって来る魔人を踏みつぶし、突き飛ばしながら突進。

 燃え盛る炎を突っ切り、進路を塞がる瓦礫の山を突き破って、一直線に駆け抜ける。

 わたし達は市街地をあっという間に突き抜け、黒く焼け焦げた広大な庭園を駆けていく。

 烈風のごとき突進を食い止めるべく現れる魔人を、その大きな脚でことごとく踏みつぶして。


 一気に、王宮までたどり着いた。

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