84.風の王、再び その1
カルプトを通じて、じゃない。
わたしの耳元に、直接声が響いている。
≪ああくそっ。やっとつながった≫
舌打ちそうな声で、ジェイクは言った。
力ある言葉を使って、召喚術師はこんな芸当もできる。
精霊様が住まう世界を通じて、自分の声を他人に届けることができるのだ。
あちらの世界では、こっちの距離は問題にならないから、どれだけ離れていようとすぐ隣にいるような感覚で話ができる。
カルプトも遠くの人と話をするために、精霊世界との繋がりを魔鉱石と魔法式で構築していた。
「何の用なの!? あんたと話してる暇なんてないんだけど!」
ジェイクと話しながら、わたしは巨人の一体へと切りかかった。
落ちてくる魔人を一撃ごとに排除しながら、太い幹のような足を削っていく。
≪お前を心配してたんじゃねーか! 精霊たちがいきなり騒ぎ立てるし、王都の方角で魔力が爆発的に膨れ上がったからな!≫
「そうなのっ。それで今は取り込み中、だよっ!」
脚を切り崩そうとするわたしを潰そうと、脚と同じくらい太い手が、何度も地面に叩きつけられる。
わたしは揺れる地面を駆け回り、巨大なスタンプの隙間を掻い潜っていた。
≪何があった!? やばいのか!?≫
「がなり立てないで! 忙しいって言ってるでしょ!」
集中が切れたら、行動予測が外れたら、一巻の終わりなのだ。
だから余計な話なんて、して欲しくはなかった。
「今は、でっかい変な魔獣と、戦ってるの! 気味の悪い巨人が何体もいて、わたしやアレクを殺そうとしてるの! 分かった!?」
≪めちゃくちゃピンチじゃねえか!≫
「そーなの! だから邪魔しないで!」
ほんっとに、こんな奴と言い争ってる場合じゃない。
もっと頑張らないと、ここを突破できないのだ。
うじゃうじゃと湧いてくる魔人が邪魔で、巨人の立つ向こう側に抜けられない。
巨人は敵も味方も考えず、何度も手や足を振り抜き、振り下ろしてくる。
足元にいる魔人を何体潰そうとも、体内へと吸収してまた吐き出すから、向こうは味方の損害を気にする必要がなないのだ。
≪邪魔なんかしねえよ! お前は俺が守ってやるとも!≫
「あんたは村にいるんでしょ!? どうやるつもりなのよ!?」
いくらギャアギャアわめこうとも、ここに出てこなければ意味がなかった。
遠くからの援護なんて、何ができるというのか。
≪心配すんな。糧はそこに、いくらでもあるみたいだからな≫
なのに、幼馴染の男は自信満々で、あいつの嫌な笑みが想像できてしまうほどだった。
≪リース。お前の声を借りるぞ!≫
「ちょっと! 何を呼ぶの!?」
わたしのなけなしの魔力を使って、ジェイクは精霊様を召喚するつもりなのだ。
精霊様を顕現させるのに、距離は関係なかった。
あちら側の世界は、こことは理が異なる。
ジェイクの制御の元でわたしが力ある声を出せば、王都にあふれる魔力を使って、望みの精霊様を呼び出せるだろう。
「待ってよ! 精霊様を呼んだって……」
≪ごちゃごちゃ言うな! 頼むから手伝ってくれ!≫
わたしが止めようとするのを、ジェイクは途中で遮った。
≪世界を形作る偉大なる者たちよ。我が呼びかけに応えたまえ……≫
わたしとジェイクの声が重なる。
半ばあきらめの心境で、わたしは彼に従った。
あいも変わらず、こいつはわたしの話をちっとも聞いてくれない。
生死がかかったこの場面で、魔力切れを起こすことがどれだけ危険なのか分かっているのか。
それに、【土の精霊】や【岩の精霊】を呼び出したところで、戦況が変わるとは思えなかった。
わたしよりも弱い精霊様に出てきてもらったところで、あの巨人に踏みつぶされたら、きっとひとたまりもないだろう。
≪その、大いなる力の一端を、我に貸し与え……≫
ジェイクと共に声を出すごとに、足さばきが鈍っていく。
精霊様を呼ぶのに魔力を使っているから、身体強化が切れそうだった。
「おい! しっかりしろ!」
わたしの異変に気付いたアレクが警告してきた。
(分かってる。分かってるけどっ)
わたしはほぼ完全に立ち止まり、あちらの世界とのコンタクトに全ての魔力を使っていた。
だからもう、歩くくらいしかできなかった。
格好の獲物となったわたしに、魔人が一気に群がってくる。
分厚い紫の壁が押し寄せ、わたしを押し倒そうとしてくる。
「リースに手を出すな!」
彼は殺到する敵を複数の雷で薙ぎ払い、その後ろから姿を現す者どもの突進を。
わたしを取り囲む氷の壁で、食い止めてくれた。
≪我が声に応じて出でよ……≫
四方に広がった透明な棺桶の中心で、ジェイクの制御をわたしが具現化していく。
わたしが声を出すごとに、棺桶の外側……巨人の足元に魔力が集まり、周囲の空気を巻き込みながら渦巻いていく。
その渦の大きさは、ノームどころのレベルではなかった。
濃厚で、圧倒的な力を持つ、魔力の塊が生まれていた。
自らの危険を察知したのか、巨人が地面を踏み鳴らしながら近づいてきて。
わたしを守る氷を、踏みつけてきた。
何度も、何度も。
わたしよりも太い足が振り下ろされるごとに、わたしを保護する氷の壁に、ピキピキと亀裂が走っていく。
(早くして! もうもたない!)
声をジェイクと合わせているから、わたしは声が出せなかった。
魔力も全くと言っていいほど残ってなくて、次の踏みつけをかわせる自信もなかった。
とどめとばかりに、巨人はさらに大きく足を掲げた。
ぎょろりとした一つ目でわたしを見下ろし、勝ち誇った笑顔が見えるようだった。
最初はゆっくり、やがて勢いを増して足が振り下ろされた直後。
≪偉大なる、風の王よ!≫
わたしの力ある声に導かれ、魔力の渦から、竜巻のような暴風が生じた。
荒れ狂う嵐に巻き込まれ、片足立ちになっていた巨人が飛ばされて、いくつかの建物をなぎ倒しながら仰向けに倒れた。
吹き荒ぶ風の渦は周囲に広がり、雷を伴う嵐に巻き込まれた魔人どもは粉々に砕かれていった。
魔鉱石を失い、魔力の残滓となった彼らの身体さえも、嵐の中心へと吸収されていく。
渦のサイズが次第に大きくなって、魔力が増していくごとに、その中心には強い光が生まれ始めた。
それは、翡翠色の光。
この場に現れようとしているのは、ノームやサクラムなどではない。
もっと偉大な、大いなる力……
やがて直視できないほど強い光があふれ出て、暴風が少しずつ収まり始めた。
そして、猛る嵐が収まった跡には。
巨大な翡翠色の龍が、現れていた。




