83.立ちはだかる巨人 その2
「よし! 次はこれで行こう!」
ようやく決断したわたしは、巨人の足元に接近し、その間をすり抜けるような動きを見せつけた。
予想通り、巨人の一部が剥がれ落ち、魔人の群れが生み出された。
わたしの突破を防いで、本体で踏みつけるつもりなのだ。
攻城用の槌みたいな足を上げ、動きを止めたわたしに狙いを定める。
足が下ろされると同時に、わたしはそれが来るであろう地面にダガーを突き刺した。
剣を置いたまま後ろに下がって。
「砕けて!」
と命令。
ダガーの魔鉱石が反応し、地中に向けて、爆炎魔法のエネルギーが走って。
粉砕。
足が叩きつけられた石畳が、大きくえぐり取られた。
あるはずの地面が無くなり、深く大きく開いた穴に足を取られ、巨人がバランスを崩していく。
ゆっくりと傾ぐ巨体。
わたしは巨人の足元にあった短剣を手に取り、再び敵へと接近。
倒れ行く身体を支えようと伸ばした腕を切りつける。
半分ほどが千切れて、それでも踏ん張ろうとする太い腕を。
最大出力の【風刃】が、完全に切断した。
手首から先を失い、その巨躯がさらに傾いていく。
鼓膜をつんざく轟音と地震のような揺れを伴って。
巨人が、仰向けに倒れた。
そう。
こちらの攻撃が届かないなら、届く位置に来てもらえばいいのだ。
揺れる地面を一足に跳躍して、わたしは目玉の上に着地。
「ここなら、崩れないよね?」
返事を待つまでもなく、自分よりも大きな目玉に剣を突き刺した。
立ち上がる時間なんて与えない。
「エクスプロード!」
目の中で大爆発が起き、巨人の頭が殴られたように跳ね上がる。
「もう一度!」
えぐれた頭により深く剣を刺し、再び魔法を起動する。
魔法の爆発と共に一つ目が完全に吹き飛び、大きな頭にぽっかりと穴が開いた。
穴の底に、輝く宝石があった。
そこらの魔人よりもはるかに大きな、魔鉱石だ。
自分の傷を、宝石を包み隠そうと、うごめく紫の肉が集まってくる。
倒れ伏したままの巨人が、傷口をふさぎにかかっているのだ。
「アレク! お願い!」
わたしの声に応えて、大きく空いた穴の中に、氷の塊が生まれた。
【氷棺】が穴の修復を防ぎ、氷の底に宝石の一部が覗いている。
短剣を逆手に持ち、赤熱した刃を氷に突き立てる。
炎熱魔法が氷を瞬時に溶かして貫き、赤い切っ先が魔鉱石に触れて。
硬い手ごたえが、両手に返って来た。
宝石が、砕けなかった。
どれだけ力を込めて押し込んでも、びくともしなかった。
何度も刃を突き立てても、全く歯が立たなかった。
鋼のように強固な塊が、剣先の侵入を阻んでいる。
「刺さってよ!」
いくら叫んでも、いくら願っても、思いは届かなかった。
わたしの腕力が、足りないのだ。
防御魔法ではない。
純粋に頑丈な、魔鉱石の本体が、刃の侵入を阻止しているのだ。
巨人が、のそりと身を起こした。
一つ目に剣を突き刺されたまま、両手をついて上体を起こし、立ち上がろうとする。
あとちょっとなのに。
もう一押しで倒せるのに。
ほんの少しの距離が、突き込めなかった。
巨人の頭の周りに、無数の触手が髪の毛のように湧き出たのを見ても、わたしは手を離さなかった。
三つ目の作戦なんて、すぐに思いつかなかった。
アレクに助っ人を頼みたくても、彼だって群がる魔人を相手にするのがやっとだった。
今ここで、なんとかしないといけないのだ。
だからここで手を離してはダメ。剣を引き抜いてはダメ。
早く硬い壁を押し切らないと……
何かが、頬をかすめた。
その何かは甲高い音を立てて、短剣の柄頭に激突した。
まさに目にもとまらぬ速度で。
ぶつかった衝撃でダガーが奥へと押し込まれ、切っ先の先にある宝石に小さな、とても小さなヒビが入っていた。
立ち上がろうとした、巨人の動きが止まった。
自らの核が傷付き、動けなくなったのだ。
その力を与えた存在はわたしの背後、はるか遠くにいた。
クララさんが、目に見えないほど小さな的に、狙撃を当てていた。
巨人の弱点を狙って銃を構え、点のような目標を狙って発砲。
二発目、三発目、四発目。
祝福によって生み出された弾丸が、何度も同じ個所に当たるたびに、切っ先が前へと進んでいく。
パキリと、硬いモノが割れる音がして。
宝石の亀裂が、一気に広がった。
魔鉱石が、巨人のコアが貫かれたのだ。
わたしは巨人から離れて着地して、消えゆく敵を見上げた。
巨人は両腕をでたらめに振り回し、滅びの運命に抗っている。
そんな抵抗もむなしく、巨大な身体が崩れ落ち、やがて色を失って消滅していく。
完全にその姿が消えてから、わたしはアレクを探した。
敵を倒した喜びを分かち合う暇もない。
急いで王宮に向かわないといけないのだ。
通りの反対側で見つけたアレクは、わたしに背を向けて王宮の方を見ていた。
一瞬、目的地を見ているのかと思ったけど……
違った。
彼の前、わたし達と王宮との間、破壊の限りを尽くされた道路の上に。
三つの、紫色の塊が転がっていたのだ。
それらは次第に大きくなって、手と足が生み出され……
ゆっくりと、立ち上がりつつあった。
「ウソ……でしょ?」
わたしは、呆然と呟いた。
三人がかりで、やっとの思いで倒した巨人。
その強敵が、新たに三体、現れたのだ。
「どーしよ……こんなの、勝てるの……?」
思わずこぼれた言葉が、わたしの本心だった。
絶望的な気分だった。
奴らに比べたら、わたし達なんて豆粒のように小さい。
その手や足を振り下ろすだけで、簡単に潰せてしまうのだ。
くじけそうになって、足が止まったわたしの前で。
「やむを得ないか……」
無念そうに言ったアレクの、魔力が増大し始めた。
【魔鎧】を、使うつもりなのだ。
≪まだダメだよ!≫
我に返ったわたしはとっさに力ある声を放ち、彼を止めた。
それは、わたし達の切り札なのだ。
アレクの命を削り取り、その代償として得られる力。
「止めないでくれ。生身では、奴らは倒せないんだ」
「でもっ、わたし達の目的は、あの巨人じゃないんだよ!」
わたしは、必死になって反論した。
この先でどんな敵が現れるかも分からないのに、ここでアレクに倒れられたら、【魂の鍵】を手にするどころではなくなる。
「その目的を果たすためにも、こんなところでは負けられない。それくらい分かるだろう?」
「こんなのには負けないよ! 絶対に!!」
彼を説得したくて、自分を奮い立たせたくて、わたしは大声を上げた。
わたしもアレクも、擦り傷や切り傷は色んな所にあるけど、大きな怪我はなかった。
身体は動く。手も足も動かせる。
まだ、戦えるのだ。
「お願い。それを使うのは最後の最後にして。わたし達はまだやれるし、他の手があるかもしれないじゃない」
「他の、手段?」
「うん。援軍を呼ぶとか、あいつらから逃げ切るとか、色々……」
援軍なんて、当てはないけど。
「とにかくっ! 切り札は最後まで取っておくものなの! 分かった!?」
「あ、ああ……」
余計な追及を受けないように、わたしは声を張り上げ、アレクの同意を得た。
そんなことを話している間にも、巨人たちはわたし達に迫っていた。
明確な標的として認識しているのか、地面を揺らしながら、まっすぐこちらへと歩み寄ってくる。
わたし達が短剣とライフルを構えて、迎撃行動に入ろうとした時。
≪リース!≫
と、耳元で声がした。




