82.立ちはだかる巨人 その1
それは巨大な、三階建ての建物よりも大きな、巨人だった。
地にそびえ立つ二本の脚。
左右に生えた二本の腕。
太く寸胴の身体のてっぺんには頭も生まれて、わたしくらいに大きな一つ眼を、わたしに向けて煌めかせた。
「下がれ!」
アレクの警告と同時、巨人が太い幹みたいな脚を振り抜いた。
「きゃああぁぁあ!」
真横に飛んだわたしの口から、悲鳴が吐き出された。
身体が、衝撃波に嬲られる。
巨木のような足がわたしをかすめるように通過して、背後の建物に激突。
振りぬかれた足に蹴り飛ばされた石の建物が粉々に破壊され、はじけ飛んだ瓦礫が地平線まで吹っ飛んでいった。
冗談みたいな破壊力だった。
あんなのを喰らったら、人間の身体なんてひとたまりもないだろう。
「相手にするな! 突破するぞ!」
「アレク待って!」
制止が、間に合わない。
少し離れたところをすり抜けようとした彼の周囲に、人の大きさほどの肉の塊が降ってきた。
巨人の腕から生み出されたそれらは、瞬く間に形を変えいく。
のそりと立ち上がった十を超える魔人が、アレクを取り囲んで突破を阻止。
応戦しようとライフルを構えた、彼の頭上に。
黒い、影が差した。
それは、ゴムを引っ張ったみたいに伸びた腕だ。
虫でも叩き潰すように無造作に、巨人が手のひらを振り下ろす。
「待てって言ったでしょ!」
文句を言いつつ彼の背後に駆け寄ったわたしは、その背中に体当たりするようにして、死をもたらす影の中からアレクを押し出した。
影から抜け出た直後、地面に叩きつけられた手を中心に、立っていられないほどの地震が引き起こされた。
足元の石がひび割れ、周囲に砂煙が立ち昇る。
絡み合うように地面を転がったわたしの目に、太い柱に圧し潰された魔人の姿が飛び込んできた。
巨人が、味方ごと叩き潰したのだ。
潰された魔人たちはしばらくあがくように動いた後、巨人の手に吸収されていった。
「でたらめだな……」
あの魔人と同じ末路になりそうだったアレクは、顔を引きつらせていた。
「倒しちゃわないとダメみたいね」
とは言ったものの、倒せるのかは自信がなかった。
巨人の大きさは、村で戦った風龍様とほぼ同じに見えた。
でもあの時にはダリルさんもいたし、村長さんもジェイクも自警団のみんなもいた。
今はわたしとアレク、それにクララさんの援護があるだけだった。
巨人は、わたし達をじっと見ている。
獲物を逃さぬよう、動きを見落とさぬよう、一時も頭を動かさない。
頭を狙うクララさんの狙撃も、巨人は意に介さない。
何度となく弾丸が頭にめり込んでも、全くひるまないのだ。
遠方からの弾丸が、あまりに分厚すぎる肉壁に邪魔されて、敵の弱点に届かないみたいだった。
「さあ、やるよ!」
それでも自分を励ますように、わたしはアレクに声をかけて前に出た。
彼女にばかり、負担をかけるわけにはいかない。
祝福を酷使した何百発、何千発もの狙撃は、クララさんの身体を苛んでいるはずだから。
わたしの動きに反応して、巨人が手を上げる。
さっきと同じく手から肉の雫が落ちて、わたしの行く手に魔人の群れを生み出した。
わたしはそれらを相手にせず、群れの一体の肩に足をかけて。
跳躍。
真上にある、巨人の手を目指した。
空を飛んだわたしを打ち落とそうと、巨人が真横に手を振るう。
眼前に迫る肉の壁。
わたしは空中で姿勢を変えて、両足を壁へと向けた。
打ち込まれる手を足で受け、激突の衝撃を受け流す。
「がっ……!」
口から悲鳴がこぼれる。
肉体を強化していてもなお、足の骨と筋肉が悲鳴を上げる。
振り抜かれる手から飛ばされないように、ダガーを紫の手のひらに突き刺して、柄を両手で握り締めた。
腕の旋回が止まった時を見逃さず、短剣で身体を支えて壁をよじ登り、わたしは巨人の腕の上に立った。
別の手が上からふってきて、腕に止まったわたしを叩き潰しに来た。
すぐさま身体をかがめた直後。
周囲に生まれた氷の塊が、ハンマーのような打撃からわたしを守ってくれた。
掌底の勢いがなくなってから、【防護壁】で氷の壁を解除。
わたしを見据える単眼目指して、巨人の腕を駆け上がる。
相手の迎撃行動は。
腕から生えた触手の群れ。
鞭のようにしなる細長い腕が群がって、わたしを掴みかかる。
「邪魔なのよ!」
小さな手を広げて捕らえようとする触手を切り飛ばし、わたしは一気に肩まで駆け抜けた。
ぎょろりとした瞳に、手が届きそうなところまで達したところで。
足元が、崩れ落ちた。
「ふえっ??」
巨人が、肩から腕ごと、身体を崩落させたのだ。
足場を失い、ジャンプのタイミングも逃したわたしは、なす術もなく地面に落下。
突如として液状化した肩と腕と一緒に、真っ逆さまに転落した。
両手足をついて着地したわたしの周りに、待ち構えていた魔人の群れが殺到。
秩序も統制もなく、ただ上から押さえ込みにかかってくる。
「やばっ……!」
とっさに爆炎を放っても、奴らの動きが止まらない。
敵の質量がありすぎて、爆風が押し負けたのだ。
瞳孔が、開いたのが分かった。
このままのしかかられたら、間違いなく死ぬ。
肉に覆われて息ができなくなったら、人間なんて簡単に死ぬのだ。
今さら跳躍しても、この外に抜け出るのは不可能だ。
地面に穴を開けても結果は同じ。
ダガーで切り裂くには数が多すぎる……
必死で打開策を練るわたしをあざ笑うかのように、魔人の群れはわたしを包み込もうと……
その、敵の動きを。
地面から生えた無数の岩の槍が、全て阻止した。
【岩槍】による、援護だった。
わたしはすぐさま動きを止めた敵の一部を切り崩して、かろうじて包囲を抜け出した。
「あ、ありがと……」
震える声で、わたしはお礼を言った。
アレクは小さくうなずき返すと、わたしの前に出て魔人をけん制し始めた。
その鮮やかな動きに見とれている場合じゃない。
窮地を救われたとはいえ、巨人はまだそこにいるのだ。
わたし達の前に立ちはだかり、わたし達を殺すまでその場に留まり続けるのだ。
(どうすれば……)
頭を狙うためにもう一度登ろうとすれば、同じ結末になりそうだった。
足場が自在に崩せるのなら、接近を阻止するのはたやすいだろう。
かといって、跳躍して直接狙えばはたき落される。
空中ではまともな動きが取れないから、不用意に飛んだらダメなのだ。
アレクが時間を稼いでくれているうちに、わたしは必死に頭を働かせた。




