80.変わり果てた光景
「これからの作戦は、決まりましたか~?」
と声をかけてきたのは、部隊の再配備に取り掛かっていたクララさんだった。
わたしは彼女に、ソニアさんから聞いたことをかいつまんで話し、王宮へ向かうことを告げた。
「それでは、私はリースさん達の援護をしましょう」
「ああ。頼む」
アレクの短い返事を受けて、クララさんの右腕に変化が起きた。
身の丈ほどもある大型ライフルを携えていた指や手や前腕が溶けるように崩れ落ち、黒く塗装された銃身に溶け込んでいったのだ。
ビキビキと硬質な音を立てて、長い銃の本体も変化してく。
銃の口径が太くなり、銃身のそこかしこから、白い煙を上げ始めた。
銃床の部分は後方へと伸びていき、最後部には放熱板のような複数の羽根が生えていく。
クララさんの右腕が、長大な銃器そのものになっていったのだ。
最終的には、銃の全長がほぼ倍にまで伸び、右腕の生体部分と硬い金属とが融合したようなライフルへと変化していた。
「これが私の祝福なんです。魔獣を殺すことに特化したものなんですよ」
その【物質改変】という祝福は、右腕の中に取り込んだ様々な物質を、鋼よりも硬い構造体に組み替えられるのだそうだ。
腕に組み込まれた銃身だけじゃない。
そこらにある石や砂とかでさえ、銃床の部分に放り込こめば、あらゆる敵を貫く弾体へと改変させられる。
ライフルに組み込まれていた物体加速の魔法式を彼女の魔力で駆動させることで、作り上げた弾体を短身銃剣とは比較にならないほどの速度で撃ち出せるのだそうだ。
「見た目は不格好ですが、威力はバッチリです!」
彼女はとても愛おしそうに、右腕から生えた巨大な銃を左手で撫でていた。
「この場は頼む。俺達が奴らを止めるまで、持ちこたえてくれ」
「お任せくださいっ。この門を拠点に、人々の安全確保と救出に努めます」
クララさんは左手を胸に当てて淑やかにお辞儀をすると、門の外へと歩みを進めた。
「わたし達も行こう」
クララさん達が守る大門を離れ、アレクと一緒に市街地に飛び込むと。
真正面に、巨大な王宮が見えた。
小高い丘の上に建てられた宮殿は、魔法の光に照らされ、夜の闇の中でも白き光に包まれていた。
王様の手駒である近衛兵に守られたその場所は、複数の尖塔や堅牢な造りの建物が今も高くそびえ立ち、傷一つ付いていなかった。
それに対して、目の前の市街地では惨劇が繰り広げられていた。
王国軍の軍事パレードにも使われる大通りは幅が広く、石畳できちんと整備されている。
昼間は大勢の人や馬車や魔装具が行きかっていた通りは、そこかしこから上がる炎によって、不気味に照らし出されていた。
赤と紫の光が踊り狂う元、路上にはたくさんの人が倒れていた。
日常を楽しんでいたはずの人、定められた職場で働いていたはずの人……
見える範囲だけで何百という人が倒れ伏し、ピクリとも動かない彼らはみんな、息をしていなかった。
大勢の犠牲者の血を吸い込んだ地面は赤く彩られ、そこかしこに爆発でできたような穴が開いていた。
通りを緑に染めていた街路樹も、夜を煌々と照らしていた街灯も倒れて、見るも無残に焼け焦げている。
通りの左右は紫の炎に包まれ、破壊された建物の亡骸が横たわっていた。
崩れ落ちたビルの中では、見捨てられた大勢の【虜囚】達も犠牲になっていた。
逃げろという指示も与えられず、日々の命令に従い職場に留まっている間に、魔人の襲撃を受けたのだ。
彼らの墓標となった瓦礫の山の中からも、新たな爆発が起きていた。
砕けた石やレンガがパラパラと舞い落ちて、わたしの上へと降ってくる。
「大丈夫か?」
「平気、じゃないけど、動けるよ」
心配して声をかけてきたアレクに、わたしは正直に言った。
亡くなった人は、もう助けられない。
その現実を突きつけられても、わたしは走ろうと思った。
「急ごう。わたし達にできることは、これ以上あいつらの好きにさせないことだもん」
まだ生きている人達を救うこと。
今はそれだけに集中しようと思った。
魔鉱石を止めなければ、魔人の被害は増える一方なのだから。
王様の手にある【魂の鍵】を止める。
そのためには、どんなことでもする覚悟だった。




