8.アレクの実力
「わたしの護衛をしてもらうとして、どうやって戦うつもりなの?」
と、まずは聞いてみた。
戦い方も人それぞれで、向き不向きがある。
距離を詰めて肉弾戦をするのか、銃を使って中間距離で戦うのか、後方から魔法とか支援をするのか、とかだった。
「リースは、敵に近づいて戦うんだよな?」
「そーだよ。近接戦の方が得意かなー」
それは、ずっと稽古をつけてくれたダリルさんからのお墨付きだった。
だから卒業記念に、【炎の短剣】を譲ってもらったのだ。
「ヒーラーは後方からの支援が、本来の役目なんだが……」
「そういう世間様の常識は、どっかに置いといて」
アレクの指摘に、わたしは笑って反論した。
わたしの乏しい魔力は、回復魔法に使うよりも肉体の強化に使った方が役に立つのだ。
ゴルドニアでは、体内の魔力を使って筋肉とか皮膚とかを強化する方法が確立されている。
自分の身体を思うままに操るのは、ほんのわずかな魔力で十分で、訓練を重ねれば鋼のような硬い皮膚や、見上げるほどの巨人を投げ飛ばすくらいの腕力を手に入れられる。
熟練した人は呼吸をするくらい自然に身体を強くできるし、そのまま何時間も戦い続けられる。
わたしだって、子供のころから何年にもわたって、ダリルさんから厳しい訓練を課された甲斐もあって、並みの兵士や冒険者には負けない自信があった。
「それなら、俺はその銃を、使わせてもらっていいか?」
アレクが指さしたのは、草むらに落ちていたマグリット・ライフルだった。
「これはもともとダリルさんのものだし、今は村のみんなの共同管理だから、別にいーけど……」
銃を拾い上げながら、わたしはそう説明した。
たぶん……いいはず。
怒られたり、しないはず。
そう自分に言い聞かせながら、鈍色に光る銃をアレクに投げ渡した。
確かに、これなら普通に魔法を使うよりも効率的だろう。
マグリット・ライフルは、全部で五種類の魔法が撃てる。
蛇のようにのたうつ雷を放つ【雷蛇】。
巨大な氷の棺桶を作り上げ、中に敵を閉じ込める【氷棺】。
地面から石の槍を生み出す【岩槍】。
無数の風の刃を放つ【風刃】。
合計四つの中級攻撃魔法に加えて、逃走用の【幻視弾】までも備えていて、相手と状況に合わせて、銃身に備えられたセレクターで魔法を切り替えて戦える。
魔力のない人でも十分な威力の魔法を扱えるので、ゴルドニアの国軍にも採用されている優秀なライフルだった。
それに、片腕が使えないアレクは、肉弾戦には向いてないと思う。
さっきのティムとの取っ組み合いを横目で見た限り、敵の前に出て剣を振り回したり、拳での殴り合いをしたりはしない方がいいんじゃないかな。
きっと。
「そもそも、使えるの?」
「大丈夫だ。構造は知っている」
アレクはあっさり答えると、受け取った銃を脇に抱えて銃身を折って、銃身にはめ込まれた細長い弾倉を引き出した。
封印の魔法式が刻まれた筒の底に親指を当て、口の中で何か小さく呟いて、魔法で封じられたふたを解除。
内部に仕込まれたバネで押し出されたふたをどけ、本体を片手で二,三度振って、中に仕込まれていた魔鉱石を取り出した。
「おおー。よく知ってるねー」
と、その慣れた手つきを目の当たりにして、わたしは素直に感心した。
アレクの手の上にあるのは、細長く削られた青く透き通った宝石、魔鉱石だった。
光り輝く宝石の中心では、雷のような青い光線が揺らめいている。
この小さな輝石が、様々な魔法を生み出す魔力の源となるのだ。
「それ貸して。あなたに権限を与えるから」
「お前に、できるのか?」
「むー。馬鹿にされた気分」
「あ……悪い。そんなつもりじゃ……」
むくれたわたしに睨まれて、困ったように眉を寄せたアレクは慌てて言った。
「いやその……冗談……なんだけど」
軽く言ったつもりが真正面から受け止められて、わたしの方が困ってしまった。
彼は根が真面目なのか、ジェイクみたいにちょっとは言い返して欲しかったんだけど……
(まあ、それを初対面の人に求めるのは無理、かな?)
わたしはアレクから魔鉱石を受け取ると、それを右手で握りしめ、権限付与の作業を始めた。
輝石の表面に刻まれたわたしの因子を読み取らせ、頭に浮かんだ球形の魔法式に命じて、新たに権限を与えられるようにした。
「それじゃ、これに指で触って」
と、彼に魔鉱石を差し出して、右手の人差し指で触れてもらった。
一瞬、顔をしかめるアレク。
魔鉱石が彼の因子を少しだけ、吸い取ったのだ。
そのことを予想していたのか、彼は指を引っ込めずにいてくれた。
わたしはそのまま作業を進め、宝石の内部に取り込まれた因子を、青い光を放つ表面に刻み込んだ。
「とりあえず、仮の権限を与えたよ。効果は二十日くらいもつから、その間は魔法を撃てると思う」
付与したのは仮の権限だから、万が一ライフルを持ち逃げされても、すぐに使えなくなる。
たぶん彼なら大丈夫だとは思うけど、念には念を入れておかなくちゃダメなのだ。
「それで十分だ。助かる」
そう言ってわたしから魔鉱石を受け取ると、アレクは弾倉へとはめ込み、さっきとは逆の手順で素早くライフルを元に戻した。
それから片手で銃把を持って、少し離れたところにある大岩に照準を合わせた。
親指で銃身から突き出た小さなセレクターを動かしている間にも、銃身の隙間から淡い光があふれ出てきた。
魔鉱石を通じて生じた魔力が、薬莢へと充填されているのだ。
ほんの数秒で魔力がいっぱいになって、発砲できるようになった。
標的に向けられた銃口の揺れが、徐々に、小さくなって。
照準が、一点に集中した瞬間。
アレクは、引き金を絞った。
銃口から蒼い光が照射された直後。
わたしよりも大きな岩が、一瞬で凍り付いた。
【氷棺】を試し撃ちしたのだ。
「おおっ。すごい威力!」
わたしは純粋に驚き、賞賛の拍手を送った。
嬉しそうな自慢したそうな彼の腕は、ジェイクよりはるかに上だと思う。
照準は正確で、岩のど真ん中に命中している。
浸食時間も短く、ジェイクが使った時の数分の一しかかかってない。
それに威力も高く、中級魔法どころか、上級にも匹敵する威力があると思う。
この棺桶に巻き込まれたら、複数の敵をまとめて氷漬けにできるだろう。
「それじゃさっそく、護衛をお願いしていいかな?」
「そりゃ構わないが、どこに行くつもりだ?」
彼の実力もだいたい分かったし、これならいけると思ったわたしは、次の標的について話した。
「セルザム商会のキャラバンをね、襲いたいの」
ピクニックにでも行くような軽い言葉に、アレクは目を丸くした。